第44回千葉大学教育学部附属小学校公開研究会 社会科 その1

 2011年2月9日(水)、10日(木)、千葉大学教育学部附属小学校の第44回公開研究会が開催されました。今年の社会科の研究主題は「公共意識を高める社会科学習―実社会をふまえた社会形成を通して―」です。報告その1では6年生の授業、および社会科分科会の6年生部分についてお伝えします。

社会科の研究主題について

 2008年度から2年間、「実社会がみえてくる社会科学習」を研究主題に掲げ、法資料を通して実社会を見つめさせる授業実践を進めてきました。その結果、法資料を通して実社会の様々な矛盾や問題点を認識させることはできました。一方で、社会的事象と自分の生活を結びつけて深く考えることや、社会の一員・市民として地域社会に参画しようとする意識(公共意識)を持たせることに課題が残りました。そこで、よりよい社会の形成のために、公共的な事柄に自ら参画していく資質や能力を高められるような授業展開が必要であると考え、研究主題を設定しました。
 「公共意識を高める」社会科学習とは、社会的事象を様々な観点から解釈・判断することで新たな社会認識を獲得し、社会形成を図っていく過程で、ありのままの現実社会や自分たちの生活を見つめ直したり、解決をしたりする学習のことです。「社会形成」の捉え方は次の2点としています。A:自分たちの今ある地域社会を見つめたり、よりよい地域社会のあり方を考えたりしていくこと。B:解決策があらかじめ答えとして用意されていない社会的課題に対して、既存の制度やしくみを見直し、代案を考えていくこと。
       (『千葉大学教育学部附属小学校 研究紀要第44号』 p.23~24より)

〈授業〉

研究テーマ:「障害者との共生意識を高めさせるにはどうしたらよいか」
6年2組 (定員40名 男女20名ずつ)
2月9日(水)9:40~10:20
教科:社会科  単元:「わたしたちのくらしと日本国憲法」(40分を1時間とすると、全8時間のうち本時は第4時間目)
授業者:飯島伸之 教諭

〈研究テーマと手立てについて〉

 「障害者との共生意識を高めている」児童とは、日本国憲法と自分たちの生活の関係をつかみ、障害者福祉を窓口にして、共生活動の必要性と実際に活動するときの難しさや問題点を考えられる児童のことです。そのための手立ては次の2つです。手立て1:日本国憲法の福祉の内容が障害者の思いと結びついているか考えさせる。手立て2:障害のある人々と共に歩んでいける地域社会づくりの難しさについて考えさえる。
          (『第44回 研究開会録』p.22~23より)
 

〈本時の前後の展開〉

 ここまで日本国憲法の3大原則について知り、市や国の政治は憲法の基本的な考え方に基づいて行われていることを理解してきました。前時には、学校の近くの障害者福祉施設(知的障害のある成人の授産施設)を見学し、「自分がどのように感じたか」と「その理由」をカードに書きました。本時では、福祉活動と日本国憲法との関係を考えさせ、憲法の3大原則についての考えを深めて、次の「日本国憲法の内容を実現する社会について自分なりに考えさせる」につなげます。

〈障害者福祉施設での見学を振り返る〉

先生:「見学をして今、どのように感じていますか?」
男子1:「知的障害者は普通の人と違うと思っていましたが、考えていることは普通の人と変わらないと思いました。」
男子2:「普通の人と考えていることは変わらないのに、それが思い通りにならないのがかわいそうかなと思いました。」
先生:「他にもいろいろ感想があると思います。福祉を肌で感じたことでしょう。今日は見学でお世話になった福祉施設のK先生に来ていただきました。」
K先生:「先日は来てくれてありがとうございました。皆さんに「知的障害者ってどんな人」ということを書いてもらいましたが、33人全員がこれまで知的障害者のことを全く知らなかったのですね。私の子どもは小学4年生と2年生ですが、私の弟が知的障害者なので、小さい頃から障害者を身近に見ています。ですから知的障害者についても、「普通の人だよ。でも、みんなと一緒のことができないときもある。頭の中とやることが違う方向に行ってしまうことがあるけれど、人間は人間。お父さんはそういう見学をもっとしてもらうといい。」と言っていました。知的障害者のことを知っている人と知らない人。知的障害のある人が社会に合わせるのか、社会が知的障害のある人に合わせるのか。いろいろな立場や考えがありますが、みんなのことを考えるのが「公共」ということの勉強だと思います。みんなの感じたことを、話し合ってください。」

〈なぜ福祉活動が行われるのか?〉

先生:「私たちが障害者を見るときと、障害者が私たちを見るときの思いには差があるようです。なぜでしょう?差があるにもかかわらず、福祉活動が行われるのはなぜでしょうか?ワークシートの2つ目、「なぜこのような活動が行われるのだろうか」に、自分の考えを書いてください。」

 約5分後、書いたことを発表してもらいます。
男子3:「障害者施設を見学して、障害者のことを正しく知らないと、差別をしてしまうと思います。施設は障害者の居場所作りにもなると思います。」
先生:「差別ってわかりますか?」
男子4:「障害者を知る機会がないと、差別する気持ちになったりすると思います。」
女子1:「憲法によって全ての人と同じように生きる権利が保障されていると思います。」
先生:「ではここで福祉活動と憲法の関わりを見てみましょう。」(スライドを見る。)
 憲法11条「基本的人権」や25条「生存権」、社会保障制度の中に社会福祉があり、福祉と憲法が密接に関係していることを確認しました。

〈これからのノーマライゼーションはどのように進めていけばよいか〉

 生徒が「ノーマライゼーション」(「障害のあるなしにかかわらず、全ての人々が地域の中で生活を送ることができる社会を目指す考え」『第44回研究会会録』p.23より)の定義を読んだ後、一番身近な地域である千葉市の福祉政策について、スライドを見ました。2006年に障害者自立支援法が実施されてから、千葉市第1期福祉政策で障害者の地域生活と就労、交通のバリアフリーに力が入れられていることを学びました。

〈「共生の社会づくり」について、自分達にできることは?〉

先生:「ここからは「共生の社会づくり」について、自分達にできることは何かを考えましょう。まずワークシートに自分の考えを書いてください。(約2分間)次に、グループで意見交換をします。」(約8分間)
 机を移動して7つの班ができました。ある班の話し合いに耳を傾けてみましょう。
班員1:「誰から(話す)?」
班員2:「リーダーから。」
リーダー:「障害のあるそれぞれの人をよく知ることが大切。そうでないと始まらない。いきなり何かするのは無理で、まずコミュニケーションをしないと。」
班員2:「そういうの、できないじゃない。触れ合う機会がないから。」
班員3:「触れ合う機会を設けないと。」
班員2:「それが難しいんだよ。」
リーダー:「知ることが大切ということがある。理解することと触れ合うことが大事でしょう。」

 班討論の後、机を元に戻します。
先生:「どういう考えがあったか、クラス全体で共有したいので、発表してください。」
1班:「全ての偏見をなくし、障害者のことをちゃんと知ってから、・・・あわせていくとよいと思いました。」(・・・の部分は聞き取れませんでした。)
2班:「全ての人が平等であることと、ボランティア・・・」(同)
3班:「点字ブロックの上に物を置かないなど、バリアフリーを邪魔しないこと。」
4班:「障害者を差別しないこと。困っていたら助けてあげる。ふつうの人と同じように接する。」
5班:「ポイ捨てしない。エレベーターのボタンを押してあげる。」
6班:「障害者を差別せず、怖がらず、身近に受け入れてみんなが生活しやすい環境にする。」
7班:「障害者を知ることが大切で、そこからそれぞれのことを理解する気持ちをもって、コミュニケーションをする。」
先生:「個人ができることを考えましたが、それをみんなに広げていくこともできます。共生の地域社会づくりに積極的に参加したりできるといいと思います。ワークシートの最後、「これからどうしていったらいいか」を書いて提出してください。」

社会科分科会より6年生授業について

 最初に学校全体研究「学びを楽しむ授業~考え合うことを重視して~」と社会科部の研究との関連などが説明されました。児童が「考え合う」過程を大切にするべく、「考えるに値する課題」に取り組み、「体験的な活動」と「言語活動」を組み込んだそうです。

(1)授業者の解説とフロアからの質問・意見
授業者:「学校で学んだことが実際に行動にできるか、ということが社会科部共通の問題です。今日の授業はなかなか本音が出なかったかと思います。昨日急に福祉施設の先生が来てくださることになり、切実感のある教材作りができたと思います。」
意見1:「児童が本音を出さずに、先生の要求している言葉を出してくるのがうかがえます。障害者についての本音に、自分なら揺さぶりをかけます。地域社会づくりの難しさをどうしたらわからせられるかと思います。今日からできることをもっと言わせられるといいと思います。」
授業者:「最初、障害者のことを何も知らなかったのに比べれば、学習を通して子どもの姿は確実に変容していると感じます。」
質問:「身体障害者と知的障害者のことが混同されていたようです。知的障害者についてだったのではありませんか?」
授業者:「私も身体障害者と知的障害者を一緒に扱っていたので、もっと線を引いておけば生徒も迷わなかったと思います。」
意見2:「個人の心の問題と、行動にできることと、法の下の福祉とが混在していました。分類してあげるとよかったと思います。最後の「知ることが大事」という意見から、また展開しそうですね。ゲストティーチャーは最後にお話してもらってもいいかもしれません。」
授業者:「次の時間に、心の問題と行動などを分類させたいと思います。ゲストティーチャーは、以前、最後にお話してもらって失敗したことがあったので、最初にお話してもらいました。」

(2)講師による解説
大野 晃 千葉市立花園小学校教頭
 考え合う場をしっかり設定し、バラバラの考えを1つの方向性に持っていくという深まりが研究の核になっていると思います。(研究紀要にあるように)A「地域社会の一員として」考えることは社会科として当然です。B「解決策があらかじめない題材」を取り上げることは斬新だと思います。意外に身近にありますし。その中にある事象をしっかり見極め、様々な立場に立たせて考えさせる。どこまでその立場に立てるかが、この研究の深まりを左右すると思います。
 6年生の授業は、「障害者にどれだけ寄り添えているか」ということで深まりが出ると思います。「相手の立場を理解する」には、手立てを工夫しないと難しいと思います。ノーマライゼーションの第1歩を踏み出せたとは思います。公共意識を考えるには、「仮説的に立場を変えて考えさせる」のが1つの方法。「なぜそうするか考えさせる」のも1つの方法。「法」のことも1つの方法でしょう。

ここまでの取材を終えて

グループ討論を見ていて、自分たちは障害者に接する機会が普段はないことに、障害者理解の難しさを実感している生徒がいることがわかりました。本音が言いにくい面のある題材という点でも、授業づくりが難しいことと思われますが、「考えるに値する課題」に取り組もうとする社会科部の試みが意欲的です。講師の先生が最後に話されていますように、「自分だったら」とか、「なぜそうなのか」と考えることで、社会福祉政策への理解が深まることでしょう。
「公共性を高める」という授業のテーマは、「国民一人ひとりが自由で公正な社会の担い手として、公共的な事柄に主体的に参加する意識を養う」  ことを目ざす法教育の趣旨に沿うものと考えられます。
 次回、報告その2では3年生の社会科「つたえたいもの、のこしたいもの」についてお伝えします。

注: 法教育研究会著『はじめての法教育 我が国における法教育の普及・発展を目指して』ぎょうせい(2005年)p.11

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