第二東京弁護士会夏季ジュニアロースクール2014 その2
2014年8月6日(水)10:30~16:00、第二東京弁護士会法教育の普及・推進に関する委員会による夏季ジュニアロースクールの午後の部についてお伝えします。午後の部は、ある高校の文化祭の企画を検討することを通じ、表現の自由とその限界について考えるプログラムが行われました。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)
2 午後の部「あなたは真実をどこまで伝えますか?」
(1)パート1「ウォームアップ問題―ウワサの真相!」
講師:「午前の部では、三権分立のない国について考えました。午後は、三権分立がされ、表現の自由が認められている今の日本では、どういうことが認められるか、向日葵高校を舞台に考えます。」
【第1幕第1場 報道研究同好会の企画について】
チャイムが鳴り、弁護士6名が向日葵高校文化祭(ひまわり祭)実行委員役に扮して、企画会議を始めました。各団体から提出された企画案について、ひまわり祭のルールに適合した企画かどうかを検討します。報道研究同好会の出した企画案が議論を呼びました。
~学校内外のホットな話題をすべて実名つきで展示します~
〔1〕独占スクープ写真!
全校生徒の憧れ、校内メジャーカップル破局か!?
〔2〕潜入!夜の職員室
真夜中の職員室に忍び込んで秘密情報ゲット!来年のクラス替え表を大公開!!
これと照らし合わせるひまわり祭のルール(資料より)は、次のようになっています。
(イ)向日葵高校の生徒が行うものとしてふさわしい常識的な内容であること
(ロ)向日葵高校生と及び来場者に事故や怪我の危険がないこと
(ハ)企画・展示等が他人を傷つけるものでないこと
(ニ)法律に違反しないこと
ここまでの情報により、ワークシートのウォームアップ問題について、自分の意見を理由と共に記入しました。
ワーク2:〔2〕潜入!夜の職員室という企画について、実施してもよいと思いますか?
発表された意見と理由
ワーク1:「実施するべきでない。すべて実名つき顔写真だと、個人情報がわかり、知られたくないことがみんなに知られてしまうから。」
講師:「男女交際のようなことはプライベートなことだから、勝手に公表されるのは嫌ですね。プライバシーの権利という言葉を聞いたことがある人は、たくさんいますね。公にされたくないことを公にされない権利で、結論は、この企画は実施すべきでないことになります。ルールの(ハ)に違反しています。」
ワーク2:「実施するべきでない。まだ公でないことについて、情報を盗んで勝手に公開することはよくないから。」
講師:「これは犯罪のレベルですね。法律に違反するのでルール(ニ)に反しています。知りたい情報でも、許されない方法で得ることは犯罪レベルなので、実施すべきでありません。
〔1〕も〔2〕も、みんなが知りたい情報でも、何でも公表していいというわけではありません。一定の限界はあるはずです。では、次の場面を見てください。」
【第1幕第2場 体罰問題を考える会の企画について】
次の議論は、2年B組有志「体罰問題を考える会」による「体罰問題―鈴木先生に抗議する」という企画についてでした。この企画は題名のみしか提出されていないので、企画者の一人のマサトシ君が委員会で内容を説明しました。それによれば、「鈴木先生が2年B組の田中君にケガをさせた。終業式に先生がいなかったのは、謹慎していたからだ。」というのです。委員からは、「うちの学校で体罰があるとは聞いたことがない。ケガをさせたのが本当だとしても、体罰とは限らない。勘違いだったらどうするのか?」という意見が出ています。
発表された意見
生徒1:「勘違いなら先生の名誉棄損になり、いけないと思います。」
講師:「名誉棄損とは、どういう状況でしょう?」
生徒1:「この企画に来ない人にも、パンフレットから鈴木先生のことが知られることになり、名誉が傷つけられます。」
講師:「この内容は普通、先生の評判を下げるものですね。ですから、これは名誉棄損になります。しかも、それが勘違いによるものだったら、濡れ衣ですから大問題ですね。実際にマサトシ君に質問してみたい人は?」
→挙手多数
【参加者がマサトシを質問攻めに】
マサトシが登場し、参加者からの質問に答えました。10分間で9名ほどが延べ約20問質問しました。それによると、「部活が始まる時、田中君が生徒指導室に入って行くのを自分は見た。部活が終わった時に田中君が出てきたら、唇から血が出ていた。生徒指導室は鈴木先生の部屋なので、先生が殴ったのだと思う。田中君がタバコを吸っていたかららしい。先生は野球部の顧問である。部活のときに生徒指導室にいたかどうかはわからない。田中君本人には話を聞いていない。勘違いなら大変なことになるが、自分は勘違いではないと思う。当時、野球部は練習していた。自分で見ていないし、本人に話も聞いていないのに、なぜこの企画をしたいかというと、体罰はいけないことなのでなくさないといけないと思うから。」ということでした。
「田中君本人の説明は聞いたのですか?」「鈴木先生がその部屋にいたのを見たんですか?」という質問は、講師からクリーンヒットの質問と言われました。また、「あなたの体罰の基準は?」という質問には、みんなから拍手喝さいが起きました。ちなみに、回答は、
マサトシ:「生徒同士が暴力をふるったらいけないように、先生が生徒に暴力をふるったら体罰で、いけない。」
ということでした。
講師:「誰かから田中君のことをきいたのですか?」
マサトシ:「誰からも聞いていません。僕が判断しました。」
講師:「今までの話から、この企画を実施してもいいと思う人はいませんね。(全員挙手)本当かどうかの調査がまったくできていないので、鈴木先生の名誉を傷つけ、バランスを失しています。」
(2)パート2「真実をどこまで伝えるか考える」
【第2幕第1場 マサトシの調べた事実について】
その後、マサトシが調査した結果、パート1でマサトシが話していたことは事実だったことがわかりました。田中君は本当にタバコを吸っていて、鈴木先生に厳しく注意されました。そして口ごたえしたので、頬を平手打ちされたとのことでした。後日、鈴木先生は田中君と保護者に謝罪し、学校はその際に、先生と田中君にこのことを口外しないよう強く口止めしたそうです。
文化祭実行委員会では、学校がこの事件を口止めしていることが取り上げられました。「再び体罰があった場合、今回の体罰事件を隠していたと言われてしまう。体罰がいいか悪いかをみんなで話し合うこともできないのはよくない。興味本位でスキャンダルを公表するのとは違う。このままにしていると、先生と生徒や学校のあり方を考えるきっかけを失うかもしれない。知ることは必要だし、知るためには、まず伝えることが必要だ。」という議論になりました。
(マサトシを質問攻めにした勢いはどこへやら、ここでは参加者から手が上がらず、講師側から生徒を指名しました。)
生徒2:「体罰があったことを知らないままだと改善されなくて体罰が繰り返されてしまうおそれがあると思います。」
講師:「なるほど、さっき、この企画をかばっていた実行委員の方は、どうでしょう?」
実行委員1:「だってさ、体罰があるってこと自体知らなかったら、体罰がいいか悪いかを話し合うことすらできないじゃない?カップルの破局を興味本位で知りたがるのとは違うよね。」
講師:「なるほど、体罰のある学校をどうしていきたいか、考えたり話し合ったりするきっかけとして知りたいのですね。」
最後は、マサトシに理解を示す実行委員役の発言で、生徒たちの意見が集約されました。
【第2幕第2場 体罰問題の壁新聞案について】
実行委員会は、伝えることが大事であることを確認し、企画としてマサトシの作った壁新聞について内容を検討しました。壁新聞は、模造紙に田中君と鈴木先生の顔写真が貼られ、田中君が喫煙を理由に鈴木先生から平手打ちをされた事実が記されています。そして、「生徒に注意し、指導するためとはいえ、体罰はこの学校をよくするためにもいけないことである。体罰が二度とこの学校で起こらないよう、生徒にも考えてほしい。」というメッセージが書かれていました。
発表された感想
講師:「この新聞を見て、感想はどうですか?」
生徒3:「写真を載せるのは、実名つきだから田中君を知らなかった人にも田中君を知らせることになり、個人情報を侵害していると思います。事実を書くのは悪くないけれど、文化祭でやると外部の人にまで知られるから、どうかと思います。」
生徒4:「田中君は自分がタバコを吸ったことを外部の人に知られたくないと思いますが、知られてしまいます。もし生徒が考えたいなら、校内でやればいいので、今回の企画にはふさわしくないと思います。」
(5分間記入時間。ワーク6の準備のためのワークで、発表はありませんでした。)
【第2幕第3場 壁新聞検討の続き】
壁新聞のタイトル、実名、写真について、実行委員の間で、「事実だから意味はある。」「やり過ぎ。謝っているし。」など、意見が分かれました。マサトシは、「企画の目的は、体罰をなくしてこの学校をよくすること。実名などは削ると、みんなが自分の問題として真剣に考えてくれないと思う。」委員の意見は次の3通りになりました。
〔1〕実施してもよい。理由:体罰は絶対いけない。みんなに知ってもらうことが大事。表現の自由は、強い人が弱い人に何かしたとき、弱い人が言ってもいいということ。実名や写真は、自分の学校の問題として考えるために必要だ。
〔2〕条件付きで実施してもよい。理由:体罰は、先生がその立場を利用してやるからよくないし、生徒も傷つく。発表すべきだけれど、実名や写真などを公表する必要はない。
〔3〕実施すべきでない。理由:田中君が逆切れして平手打ちされたとはいえ、鈴木先生も謝ったのだから、まぜっかえすべきではない。
〔1〕「実施してもよい」の場合、これまでの議論の中で問題ではないかと言われていたことについて、どのように考えますか?
〔2〕「条件付きで実施してもよい」の場合、どのような条件を付けるべきだと思いますか?
〔3〕「実施すべきでない」の場合、その理由を書いてみましょう。
(休憩を含め、グループワーク約40分間)
(3)パート3 グループワーク結果発表
〔1〕実施してもよい:なし
〔2〕条件付きで実施してもよい:5つの班
5つの班全てが実名・写真は伏せるとしました。具体例は伏せて、社会問題として取り上げるという班も2つでした。校内生のみが見られる場所に掲示するという案もありました。
タイトルは、3つの班がそれぞれ「ある先生と生徒」「あなたの学校でありうる体罰事件」「増えゆく体罰」という具体案を発表してくれました。「ある先生と生徒」班は、学校が体罰を隠そうとしたことを強調するという案です。「あなたの学校でありうる体罰事件」班は、ある先生の事例として取り上げ、「これは体罰であると思うか、体罰ではないと思うか」アンケート調査をし、結果を発表するという案でした。「増えゆく体罰」班は、体罰関連の報道を切り抜いて集め、鈴木先生や校長先生、生徒に感想を聞き、最後に「体罰についてみんなに考えてほしい」と書くという案でした。
また、紙面の構成として、「生徒皆に、体罰が学校で二度と起こらないことを考えてもらう」というメッセージを冒頭と最後にもってくるという班もありました。
〔3〕実施すべきでない:3つの班
理由は、外部に公開される文化祭の企画としてはふさわしくないことです。生徒集会などで公表すればよいとします。その場合も、実名や写真を載せる案と伏せる案の両方がありました。体罰について考える週間を設け、クラスで討論するという案もありました。タイトルを「体罰・喫煙をなくそう」とし、田中君が喫煙以外の非行をしているなどという噂が広がらないよう、喫煙のことは書くとする案もありました。
〔4〕意見が3つに分かれた:1つの班
「実施してもよい」派は、より広くの人に知らせることが大事だと考えたそうです。「条件付きで実施してもよい」派は、実名・写真なしという条件と、田中君親子の了解があれば実名・写真を掲載するに分かれました。「実施すべきでない」派は、文化祭にはふさわしくないので、校内だけに掲示すればよいとし、その場合も実名・写真つきとふせる意見に分かれました。
【生徒の感想発表】
自分は最初、「絶対実施すべきでない」と考えていたのに、他の人の意見を聞いて変わりました。はじめは、校長先生は、喫煙や体罰が外部に知られるとよくないと思うだろうと考えました。しかし、曖昧な噂で万引きや殺人事件などが起きたと誤解されてしまうと、余計よくないと思ったのです。
【講師よりまとめ―「表現の自由」とその限界について】
今日は、午前の部で、国民の意見が吸い上げられないと、困ってしまう場面を扱いました。結局、暴動にまで発展していましたね。社会のどこかでは、実際に起きています。
今、みなさんは、三権が分立していて、表現の自由などの人権も認められている社会に生きています。でも、どのような制度もあるだけではダメで、一人ひとりがどう行動していくかが大事です。そこで、今日は、向日葵高校の文化祭を例に、実際にどう行動したらいいのかということをじっくりと考えてもらいました。
学校から国まで、いろんな社会がありますが、その社会のあり方を考えるには、事実を知ることが大切です。そして、事実を知るには、まず伝えることがきっかけになります。だからこそ、表現の自由というのは、大切なのですね。マサトシもそういう気持ちで今回の企画を考えたということでした。一方で、人が知ることで不利益を被る人もいます。最初に登場したカップルはもちろんのこと、鈴木先生と田中君もそうでした。最後には、各班で解決方法を決めてもらいましたが、その中で、伝えることの利益と、知られることの不利益のバランスをとる方法を皆さんが考えてくれて、9つもの解決案ができました。
「表現の自由」とか「プライバシー」とか、言葉としては聞いたことがあった人も多いと思いますが、実際にどうやってバランスをとるか、実はとても難しい問題です。最初の方の問題では迷わなかったかもしれませんが、最後の話し合いや他の班の発表を聞いて、「知ること・伝えることの重み」と「誰かのプライバシーを傷つけること」のバランスをとるには、いろいろな意見があることをわかっていただけたと思います。「表現」は大切な武器ですが、社会のためであっても、何をしてもいいのではありません。一つひとつ問題に当たったときに、丁寧に考えてくれるといいと思います。
【おまけ】
最後に、「体罰も仕方ない」と発言した役の人もいましたが、弁護士としての見解ではないという注釈もつけられていました。
〈アンケートに寄せられた生徒の感想から〉
・伝えること知ることとプライバシーと名誉を天秤にかけると思いのほか悩むころがあり難しかった。
・バランスが大事ということが印象に残っている。
・班で意見を共有でき、自分の考えが変わったりと、とても有意義だった。
・文化祭の例が身近だった。皆で話し合い先生の意見も交えて考えるのが面白かった。
・ウォームアップから段階を踏んで説明があり、わかりやすかった。
・マスコミはかなり個人情報を公開しているので注意して見ていきたいと思った。
【してもらいたい授業】
「憲法にもっと踏み込んだところ」「日本国憲法の話」「普段の裁判の話」など
〈取材を終えて〉
午前の部では、「表現の自由」を勝ち取らねばならなくなる歴史的背景を実感しました。午後の部では、そうした歴史を踏まえて私たちのものになった「表現の自由」と、比較的新しく生まれてきた「プライバシーの権利」のバランスをとるという考え方を学ぶという内容でした。一日をかけ、じっくりと基本的人権の学習ができるよう、オリジナル教材が工夫されていたことがわかりました。生徒は、新聞の記事を実際に作り直すなど、よく考えていたと思います。個人でまとめれば、夏休みの自由研究としてもいい内容だったのではないかと思いました。
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