平成21年度「法」に関する教育シンポジウム(パネルディスカッション編)

 授業編に引き続き、14:45~16:45、体育館で第2部パネルディスカッションが行なわれました。

テーマ

「今、なぜ『法』に関する教育なのか
           ―学校での取り組みを考える―」

開会挨拶

                       

教育庁指導部長 高野敬三

 社会の内なる活力を引き出すために、新学習指導要領で「法」やきまりの教育の充実がうたわれました。東京都教育委員会も法教育研究推進協議会を設置し、取り組んでおります。本日のシンポジウムをカリキュラム開発の一環として、今後の授業実践に役立てていただければと思います。実践の可能性、方向性など、特に法曹関係者の先生からは基本的に押さえておかなければいけない点をアドバイスいただきたく存じます。

趣旨説明

              

教育庁指導部主任指導主事 相原雄三

 東京都教育委員会では、自由で公正な社会の担い手として主体的に社会の形成に参画する資質・能力を育成するため、昨年度より学校における「法」に関する教育に取り組んでいます。新しい学習指導要領における位置付けに沿い、「法」に関する教育を通して「育てたい児童・生徒像」を次のように考えています。①「法やきまり、ルール」に対する興味・関心をもつ。②「法やきまり、ルール」の基本的理念や意義・役割について知り、理解する。③「法やきまり、ルール」を遵守したり、それを利用して問題の解決を図ることで、主体的に社会の形成に参画しようとする。

パネルディスカッション

コーディネーター
 法政大学法科大学院教授 田中 開
パネリスト
 法務省大臣官房司法法制部部付検事 布施京子
 東京地方裁判所刑事8部裁判官 片岡理知
 くれたけ法律事務所弁護士 鈴木啓文
 港区立三田中学校校長 久保田靖明
 練馬区立大泉第六小学校教諭 窪 直樹

1 「法」に関する教育が求められる背景
鈴木弁護士:「皆さんの小中学校時代を振り返っていただくのがよろしいかと思いますが、これまで法については学校段階では扱いきれていなかったと思います。法が一人ひとりの権利の実現にどう役立つかといった教え方はされてこなかったのではないか。そのため、この社会が大事にしているものが学校教育の中で伝わってこなかった。これを伝えていく必要があります。知識を理解するというより、正しさや法的な見方・考え方というものに触れ、成長に従って自分のものになっていく、あるいは自分の考え・意見を持っていくというのが望ましいかと思います。「ルールを作る」、「暴力によらない解決方法がある」ことを知ってほしいですし、正しさは一つではないこと、議論していくことの大切さを分かってもらいたいと思います。

布施検事:「法務省では、司法制度改革をうけて法教育を推進しています。権利と責任を理解し、ルールの目的や司法の役割などを自分達で考えて体験し、将来、社会に参加する力を身に付けるための教育が法教育です。法教育推進協議会では、学校現場でいかに法教育を実践するかなどについて様々な検討をしています。」

片岡裁判官:「裁判員制度では、裁判員に、裁判官を含む他の8名との間で法にのっとった議論をすることが求められます。議論とは人の言うことを聞くことと、自分の意見を言うことです。その聞く・話すスキルを身に付けるのが法教育の第一歩ですが、それだけにとどまりません。そもそも、なぜ裁判員制度が導入されたのでしょうか。国民一人一人が社会の一員である以上、そういったことを考えてもらうことが求められています。これを授業に取り入れるのが、法教育です。人々に社会の一員としての言動が期待される社会になったのです。民事の世界でも、消費者問題等、当事者間の力のアンバランスが問題となる事柄が生じていますから、自分で考えて対処するといった法的な考え方の基本を社会に出るまでに身に付けてほしいと思います。」

久保田校長:「教育というものは社会総がかりで取り組むべきものです。法曹のコミットは非常にありがたいと感じています。授業では、思考力・判断力・表現力に加えて社会に参画する力をはぐくむことが求められています。これが授業を変えていく力、新しい切り口になるかと思います。『生活規範』についてみると、子どもたちの規範意識は結構あります。小学校6年生と中学校3年生に、『学校のきまりを守っていますか』というアンケートを行ったところ、双方とも85%が『はい』と回答しています。しかし、意識はあるが実際はどうか。意識と実際の行動を結び付けることが大事です。中学ではケータイが一番の問題です。「法」に関する教育と規範を結び付けるのが有効かと思います。」

窪教諭:「意識はもっているが、実際の行動はどうかというと伴っていないことはあります。ルールはなぜあるかという背景を大事にしたいと思います。小学生に「『法』という言葉を聞いて何を連想するか。」というアンケートをしたところ、多くの児童が「縛る、怖いもの」と回答しています。憲法には基本的人権の尊重、個人の尊重があります。書かれていることを学ぶことで、自分の考えは合っている、自分の権利は守られるという自信をもってほしい。また、自分の行動はよかったのか、他人の権利を守ったのか、反省する材料にもしてほしいと思います。法は弱者を守る味方だということを実感として学んでいってほしいし、小学生でも学んでほしいです。低学年でも自分の生活に結び付けていくことが大切です。

2 公開授業を踏まえ、実践の際、何をポイントとして取り組めばよいか

事務局:「本日の公開授業について、「法」に関する教育との関連において、どのようなことをポイントに授業づくりを行ったのか、ご説明いたします。
社会科は12時間のうちの11時間目を見てもらいました。ねらいは①私たちの暮らしと政治のかかわりを実際の調査で分からせる。②裁判員制度ができた理由を、具体的な仕組からなぜその仕組ができたか考える。③自分なりに調べたことを基に、自分は裁判員制度にどのようにかかわるか、結果として答えを出せなくてもいいから考えてほしい、ということです。
 道徳は、内容項目4-(1)きまりの大切さを取り上げました。1年生なりに約束やきまりの意義、目的を考えさせることを通して、約束やきまりの意義を理解し、守ろうとする意欲の向上を図ることをねらいとしました。」
特に、展開の後段において、約束やきまりを守ることができた経験を振り返らせ、その上で、どうして約束やきまりがあるのかということについて、考えさせるようにしました。

窪教諭:「6年生の今日の授業では、なぜこの制度ができたか、自分はどのようにかかわるかを問いました。少し前に子どもたちに行ったアンケートの結果では、裁判員になったらやりたい人は少なく、やりたくない人が多くいました。その理由は、面倒・遠い・考えたくないからなどでした。調べ学習では字面を追うだけでなく、実際はどうなっているかを調べ、自分の言葉で表現しました。その結果、模擬裁判で裁判員をやった人が自信をつけたと知り、自分も裁判員をやって自信を得たいと思ったと書いた子もいました。やりたくない理由も、犯人に殺されるかもしれないからなど、付随した理由をしっかり考えてくれたのが成果ではないかと思います。」

佐々木教諭:「1年生のクラスの実態は、集団の中ではきまりを守れるのですが、個々になると守れない子どもがいます。人に見られている・いないにかかわらず、きまりを守れる子どもになってほしいと願っています。「どうして約束やきまりがあるのか。」ということについて、ワークシートの記述には、図書室の使い方・順番を守る・廊下を走らない・公園の使い方・人の迷惑を考える、などが見られました。」

布施検事:「小学校1年生段階の法教育の視点としては、自分達できまりを作ることを体験することも大切です。問題に直面したときにどう解決するかという方向も必要です。食べてはいけないというきまりがあっても、もしマー君がお腹がすいて死にそうだったとしたらどうなのかとか。紛争とは、どちらにも一理あるときにどう解決するかが大事で、それを意識してほしいです。
 6年生の教材は、身近なことではないので実感をともなうのは難しいでしょうが、よく調べてくれました。自分はどうかかわるかという切り口は面白く、適切な問いかけだと思います。
 ルールは自分たちで作るもの、変えていけるものということを理解することが必要です。学校の中でできることはいろいろあります。討論の場や体育のときのきまりもそうです。ルールを自分達で作るということは、国がやっていることと同じということで、自分達も凄いことをやっているとわかります。教員の方は、法教育は難しいと思うでしょうが、ルールを作ることに先生も参加するのが取り組みやすいと思います。子ども達も喜ぶでしょう。」

鈴木弁護士:「道徳で法・きまり・ルールをどう扱うかは難しいです。寓話だと正解があるので、どうしてもそこへ向かってしまいます。家庭の中でのことや図書室の使い方など、実際の問題を題材として、問題点を捉えてどうしたらいいかを考え、きまりへとつなげていくのが面白いのではないでしょうか。廊下を走りたい場面もあります。この社会では個人の自由が前提にあって、自我としてのエゴの対立があり、その自由と自由のぶつかり合いの調整のためにルールが出来るわけです。
 今日行われた6年生の授業は、裁判や事件に一人ひとりがかかわる・扱う悩ましさをつかんでもらうきっかけになっていいと思います。制度を前提とする形にする必要もないかもしれないし、これから研究して行きたいと思います。」

片岡裁判官:「低学年のうちは、世の中にきまりがあることに気付かせるのが第一歩。それを守るようにするしつけが次。その後で「なぜ」がきます。成熟段階に応じた学習が必要です。
 6年生の授業に関しては、大人顔負けでした。社会の一員である自覚のきっかけになるでしょう。抽象的なテーマでの議論は難しいので、具体的なテーマ、特に歴史上のものをテーマにすると面白いです。例えば、『生類憐みの令』、『法は三章のみ』というきまりがなぜできたのか、現在そのようなきまりがあったら、どうなるかとか。議論する力のもとは、調べる力と、考える力ですね。」

久保田校長:「教師から一方的に教えるのではなく、振り返る時間、考える時間が大事です。今日の授業はよくなさっていました。小学校から高校までの発達段階を考えたカリキュラム、他の教科との関連性、学校全体の教育も視野に入れなければなりません。今日の授業規律はきちっとしていたのが、素晴らしかったです。」

3 今後の法曹からの協力・支援

布施検事:「法務省では現場向け教材を作成しているほか、学校に職員を派遣して実施する法教育授業をしておりますので、ホームページを御覧下さい。現在は法務省の法教育授業は中高生向けのみですが、検察庁でも出前授業を行っています。法律家としては、現場の先生にアドバイスできる体制作りの充実が必要と思います。」

片岡裁判官:「裁判所も出前講義をしています。テーマは裁判員制度についてが多いですが、未成年者の犯罪など、テーマ設定は柔軟に応じます。ガイド付き法廷傍聴で裁判の仕組みを学んでもらうこともできます。小学生は難しいかもしれませんので、シナリオのある模擬裁判がいいでしょう。東京高裁では、シナリオも用意してあります。裁判所は司法機関なので、行政権の行使である教育には直接関われないという制約があります。裁判員制度で特に厳しく求められる評議の秘密の問題もありますので、担当裁判官が直接、事件の解説をすることは控えています。今後、講師派遣と法廷傍聴のセットも考えています。」

鈴木弁護士:「東京の三弁護士会でも法教育には取り組んでおります。私の所属する第一東京弁護士会でもこの春休みにジュニアロースクールを企画しています。ホームページを御覧下さい。私自身も、三学期に世田谷区の小学校へ行って、「もしもルールのない世界だったら」という設定のルールに関する授業をしています。小学校では“三匹の子豚”模擬裁判とかの授業もあります。学校の先生の方からも声をかけていただきたいと思います。中学生くらいですと、事件を選ぶことは必要ですが法廷傍聴がお薦めです。小学校に関しては、まず先生方に傍聴に行っていただきたいと思います。協力しますのでどうぞ言ってください。」

窪教諭:「ご協力いただけるということで、とても嬉しく思います。法曹関係者の先生方には子どもたちに対し専門家としての評価をしていただくこと、実際に学校に来てもらうことが積み重なるといいと思います。実際に子どもたちと触れ合う機会を多くもたせたいと思います。司法を身近に感じたことで、将来、弁護士になりたい、という子どもも出てきました。」

久保田校長:「学校の中の状況を一歩進めていくことが必要でしょう。社会科・道徳などがリードすることになるでしょうが、その枠だけにとどまってはいけません。「法」に関する教育を学校全体での取り組みに広げていくことが必要でしょう。新しい学習指導要領も方向性は合致しているので、「法」に関する教育を方法論として活用していくといいと思います。狭くとらえないことが重要です。」

取材を終えて

 公開授業の後に法律家の先生方から授業へのアドバイスをいただくという取り組みには今回初めて出会いました。お蔭でアドバイスは具体的で分かりやすく、実践の参考になったことでしょう。
 小学校低学年の法教育は難しいような印象がありますが、問題状況を出発点にしてその解決を図るという方向は、品川区の市民科やさいたま市の蓮沼小学校の取り組みと同じです。しかし、規範意識を行動のレベルで実現するための方法は、法律家の先生方のご指摘にもありましたようにまだまだ試行錯誤の段階のようです。品川区や蓮沼小では、解決方法にグループでの話し合いを取り入れ、子ども達自身の作業を通して実践に向けて取り組んでいました。これらの学校の例も、今後の東京都のカリキュラム開発の参考になるのではないかと感じました。

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