日本社会科教育学会 第60回全国研究大会(筑波大会) 

 2010年11月13日(土)・14日(日)、日本社会科教育学会の第60回全国研究大会がつくば市の筑波大学を会場に開催されました。法教育に関連する分科会・課題研究もいくつかあり、そのうち、14日12:30~15:00の課題研究Ⅲから法教育実践授業に関してお伝えします。
(全国大会発表論文集及び当日配布のプリントから適宜、引用させていただきます。)

テーマ

課題研究Ⅲ:「公民教育は新しい公共性の形成とどのように関わるのか」
趣旨:学習指導要領改訂で新たに設定された領域(法教育、金融教育、消費者教育、ESDなど)の授業のあり方を検討しながら、近年求められている新しい公共性の形成と公民教育がどのように関わるべきかを検討したい。    

 (大会プログラムより)

報告

1 学習指導要領改訂で求められる法教育の授業のあり方

  ―第4学年「ごみ処理と利用」の実践を手がかりとして―

仙台市立加茂小学校 菅原友子 教諭

(1)問題の所在と授業の目的
社会経済システムのあり方の変化とそれに関わる司法に関する学習として、大量廃棄社会から循環型社会への転換と法化社会を取り上げました。法化社会とは、法的な関係を基盤として成立する社会であり、市民一人ひとりが社会の事柄に対して法的な立場から判断すること、法的なものの見方や考え方ができることが求められます。
仙台市では、事業ごみは減りましたが生活ごみは減らないという状況から、2008年にごみの有料化が実施されました。持続可能な地域社会づくりとして、地域の人々の良好な生活環境を維持し向上を図るための法やきまりに、子ども達が気づきそれらに関わる機会や実践する場をどう取り入れるか、実践を通して考察します。

(2)児童の「法やきまり」についての認識
 平成22年度6月、加茂小学校の第3学年から第5学年までの抽出クラス児童247名についてアンケート調査を行いました。結果は、「法やきまり」の必要性はほとんどの児童が認識しているものの、「学校のきまり」などの実践面では、「問題がなければ少しくらい」という意識が若干見られ、学年が上がるにつれて高くなる傾向が見られました。「ごみや水に関わるきまり」への意識も、「ごみや水」の学習後の4年生の意識は高まっていますが、5年生になるとやや薄れてくることがわかりました。良好な生活環境を維持するための法やきまりの意義が、生活の中で実感されていないのではないかと考えられます。

(3)実践事例
第4学年 単元:「住みよい暮らしをつくる―ごみの処理と利用」(全14時間)
 「法やきまり」を意識させる学習活動として、日本で一番細かい分別(34種類)をする上勝町と自分たちの住む地域との比較を通して、地域によって分別などのルールが異なることに気づかせます。また、ごみの有料化が始まり、ごみ減量・リサイクルが改善された一方で、不法投棄が起きている問題を話し合い、小グループに分かれてより良くしていく方法を図にまとめて発表します。
その際、他のグループと関われるように、「ウェブ法とリーダー居残り方式」を採用しました。これは、①大きな模造紙に、グループの全員がペンを持ち意見を出す活動をします。②リーダー以外の児童は他の模造紙のところへ席を移動し、残ったリーダーが新しく来た児童に説明をします。③新メンバーで話し合って意見を付け足したり、変えたり、考えそのものを変えたりします。④でき上がった改善案を発表します。
授業後の児童の感想からは、「自然を大切にしたい」「ポイ捨てをしないようにしたい」「リサイクルや分別をしたい」といった、行動につながる意見が多く見られました。問題解決を考える場面を設定したことで、合意形成には至りませんでしたが、より良くしていく方法を練り上げることができたと思います。
今後の課題として、「法やきまりをつくる」「法やきまりを使う」「法やきまりを考え、判断し、変える」といった視点から学習活動を展開して深める必要があります。ロールプレイなどの工夫や、合意形成の場面が必要と考えます。

2 法的思考を生かした社会参加学習の可能性

  ―「身近な地域の課題」の教材化を通して―

お茶の水女子大学附属中学校 寺本 誠 教諭

(1)本発表の目的
 生徒の市民性や公共性を涵養するためには、身近な地域の課題を教材化し、習得した知識や技能を活用しながら生徒たち自身がその課題解決に取り組む社会参加学習が有効であること。また、地域の課題を分析したり、解決策を考案したりする際、法的な見方や考え方が活用されることで、社会認識が深まることを3つの実践事例に基づいて明らかにします。
 社会参加学習実践にあたり、サービス・ラーニングの理論を参考にしました。サービス・ラーニングとは、「地域社会の課題解決を目指した社会的活動(サービス活動)に子どもを積極的に関与させ、子どもの市民性(シティズンシップ)を発達させることをねらいとした教育方法」です。学習プロセスは、①問題把握(理解)、②問題分析(原因の分析)、③意思決定(関連した公共政策に関する意思決定)、④提案・参加(解決策の提案・実行)となります。

(2)実践事例1
中学校第3学年 公民的分野 単元:地方自治
 「路上喫煙・ポイ捨て禁止条例」(全6時間、うち最後の2時間は総合的な学習の時間を利用。)
 第1時は、千代田区が「生活安全条例」を制定し、路上喫煙とタバコのポイ捨てに対し、過料を科すようになった背景を理解します。第2・3時は、地方公共団体の仕事と地方自治の考えの理解、及び千代田区を取り巻く状況とその変遷を知ること。第4時は、千代田区を隣接する文京区が、過料ではなく「マナー」に訴える条例を制定していることについて、自分なりの意見を構築します。第5・6時には、文京区役所職員を学校に招いて対話を行い、文京区における条例制定過程を知り、自分の意見を再構築します。サービス・ラーニングの最終過程の「提案」まで進みます。
 罰則付きのルールで規制する千代田区と、マナーに期待する文京区という構図を対比させることで、政策決定過程における両区の改善に向けての姿勢の違い、すなわちルールかマナーか、に焦点を絞って考えました。その上で、文京区の条例を改正すべきか、現状維持とすべきかを意思決定させました。文京区の担当者からは、千代田区とはタバコ問題をめぐる状況はかなり異なることがデータを用いて説明されました。関心が集中していた過料についても、「完璧に徴収しようとすると莫大な人件費がかかること、罰金を取らずとも呼びかけによって喫煙者が4割減少したという成果がすでに上がっている」とのことで、過料を重くすることで目標に近づくことができると考えていた生徒たちの認識を、少なからず揺さぶったと感じられます。政策決定過程には様々な考え方が反映された上で、1つのルールに向かって合意形成が図られていることも実感できたようです。

(2)実践事例2
中学校第1学年 地理的分野 単元:身近な地域の調査
 「まちの問題について考えよう」(全10時間)
 「身近な地域の学習」で取得した地域調査の技能・方法に基づき、夏季休暇中に実際に自分の住む「まち」を調査してレポートをまとめさせました。そして夏季レポートの振り返りとして、あるまちの問題を題材に架空の「公聴会」を開き、公共的な紛争問題に対して体験的に解決を図る授業を設定しました。実際の問題解決には、法や権力といった権威の存在が深く関わってきます。その存在を抜きにした社会参加学習では、おのずと限界が生じると考え、権威について学ぶ授業を加えたのです。
 教材は、「スケートボードに関する公聴会」です。ある区議会がスケートボードに乗る子どもたちのケガをふせぎ、歩行者の安全を守り、騒音をなくすために考えた「区の全ての路上、歩道、駐車場において、スケートボードを使用することは違法である」という法律案に対して、「公聴会」を開き、スケートボード愛好会、安全委員会、警察官、住宅の所有者、親という立場の異なる人々の意見を集め、よりよい法律になるよう合意形成を図るというものです 。
 結果は、多くの生徒が「公聴会」での様々な立場の相手との議論を経て、スケートボードができる場所の確保が必要であるという意見を、各グループの立場から述べました。また、それぞれの立場から費用の配分を考えながら、「区議会」の法律案に加え、代替案を提案する姿も見られました。対立する利害を調整するためのルールの意義を理解したと考えられます。模擬的とはいえ、公聴会という民主的な手続きを経て、メリットとデメリットを分析し、最終的に区民の権利を委託された権威ある存在である区議会が決定を行うという、一連の公共政策決定過程の一端を体験的に理解することができたのではないかと考えます。

(3)実践事例3
中学校第2学年 地理的分野 単元:現代日本の新しい商業形態の変化とその課題
「フードデザート問題について考えよう」
 日本では大規模店舗の進出を制限する旧大店法が平成10年に撤廃され、大規模小売店舗立地法が新たに成立しました。これにより地方都市では、いわゆるシャッター通りと呼ばれるような商店街の衰退を生み出す一因となりました。これは、高齢者問題、食の問題、都市開発とコミュニティの変容、産業構造の変化、まちづくり等々、様々な観点から議論されなければならない複雑な要素を含んだ問題です。地域のつながりとともに、法やルールなども関わってくることから、公共性を培う上で適した課題であるといえます。
事前に生徒たちに「買い物行動調査」を課し、各家庭における買い物行動の傾向性を分析させ、分布図も作成させました。これにより得られた気づきを意識させながら、「買い物難民」を報じた新聞記事を導入にして学習を進めました。水戸市の資料と東京の状況を対比させながら、資料を読み取り、意見を交換させる中で、今まで意識しなかった問題について認識を深めることができたと感じます。

(4)本報告のまとめ
 実践を通して、市民生や公共性の涵養には「社会に主体的に参加する力」の育成が重要であり、社会参加学習を行う意義が大きいこと。身近な地域の課題への認識を深める過程で、法教育と社会参加学習の接合・統合が有効であることがいえます。法的な思考を活かした社会参加学習の実践を積み上げることが必要だと考えます。

質疑応答から

質問:「社会科は新しい公共性とどのように関わるのでしょうか?」
寺本先生:「公共性を既存の制度のあるがままに捉えることと、新しい公共性をつくることの両方が必要と考えます。公共心は中学生にも本来あるべきものと感じます。」
菅原先生:「社会が変わると公共性も変わると思います。道徳は心情から知ること、社会科は社会のしくみを知って、自分から決定し行動することにつながると思います。」

質問:「“共に生きる”ということを体験させたいと思いますが、ごみを捨てる側の意見などを聞いて生徒の気持ちの “揺らぎ”があったかどうか、お伺いしたい。」
菅原先生:「家庭であまりごみの分別をしていないという子どもが何人かいました。啓発のポスターを描こうとしてくれた子どももいます。」
寺本先生:「タバコを吸う人の論理を紹介したかったのですが、身近にいなかったので残念でした。「個人の尊重」を前提にしましたが、やや難しかったと思います。」

意見:「授業は“いい子”の意見に集約していく傾向があります。反対の意見がないといけないのではないかと思います。」
桑原敏典先生(岡山大学):「もっともなご意見です。題材として限界だと思うのは、“いい子”の話になってしまうことです。「なぜそれが問題になるか」を考えさせることが必要だと思います。」

質問:「新しい公共性を学校段階でどう考え、どう育成していけばいいでしょうか?」
井上奈穂先生(鳴門教育大学):「事象に対する理解をはっきり教えた上で、その先は子どもにゆだねるということではないでしょうか。押し付けに関し、教師が自覚的にならなければならないのではないかと思います。子どもに自由に考えさせる部分については、評価しない方がいいと考えます。」

質問:「今までの社会科とどこが違うのですか?」
菅原先生:「調べて発表して終わり、ではなく、「どう考えたか」が見える授業であることが大事だと考えます。」

意見:「新しい公共性をどう捉えるかということですが、公共性とは社会の性質であり、子どもの内面的心情ではないはずでしょう。市民性や「公共心」と言うべきではないでしょうか。新しい公共心に基づく社会の公共性、になると思います。」

取材を終えて

 秋の深まる筑波にはたくさんの関係者が集まり、盛会でした。「公共性」は、広辞苑(第六版)では「広く社会一般に利害や正義を有する性質」とありました。この意味ですと、事象や行動のことを指すようです。普段、何気なく使い、わかっているつもりでいる言葉でしたが、改めて考えるきっかけをいただき、勉強になりました。これからもっと考えを深めたいと思います。

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