全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究集会

全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究集会 
 「シティズンシップ教育について~ポリティカル・リテラシーをどう育てていくか~」

 2010年10月23日(土)15:00~18:00、全国公民科・社会科教育研究会の授業研究委員会研究集会が、東京都立工芸高校を会場に開かれました。シティズンシップ教育について、「ポリティカル・リテラシーをどう育てていくか」というテーマで、講演・実践発表・パネルディスカッションが行なわれました。それらを法教育の視点から、順番を変えてお伝えします。

趣意説明

落合 隆 神奈川県立上鶴間高等学校教諭

 シティズンシップ教育とは、「その社会の能動的な構成員として必要な徳性や能力を『シティズンシップ(市民性)』ととらえて、その修得を目ざす教育である」と、一応定義されています。従来の公民科教育では、政治・経済のしくみを生徒に理解させることが中心でした。そこから進んで、シティズンシップ教育は、生徒が政治・経済のプレーヤーとして参加するようになるために必要な知識・態度・スキルを身につけさせるところに特長があります。(中略)過去を引き受けつつ批判できる力をもち、その上でより善き未来をつくろうという意欲をもった生徒を育てていくためには、どうすべきなのでしょうか。皆さんとともに学び考えていきたいと思います。

事務局(当日配布のプリントより)

1 実践発表

(1)「生徒から始まるマニフェストサイクル」

風巻 浩 神奈川県立麻生高等学校教諭

 これまで歴史の授業で、開発教育の「参加型学習」を取り入れてきました。地域の改善のため、地域住民のニーズを聞き、改善案を提案して、最終的には住民自ら行動することを促すという取り組みです。グループ学習も取り入れ、意見を書いて寄せ合い、他のグループと紙上で意見を交換します。それを見て、また意見を寄せ合うという学習をしました。
2年前から政治・経済でも取り入れようと、まず憲法学習をして、その上で理想の日本を考えさせました。「憲法の理念をどう実現していくか、その政策でどういう効果があるのか、どのように具体的段取りをつくるか」まで、考えさせました。そのマニフェストをグループ毎に発表させ、市会議員に手紙を送り聞いてもらいました。今年は衆議院議員選挙前に政党本部にも手紙を送りました。1つの政党を除いて、全て返事をくれました。
まず政府ありき、議会ありきではなく、まず市民がいて、政策を考え、選挙をして議会となる。政策が実現しなければ、別の政党へ、というサイクルが大事であると考えます。生徒はこの実践をとても喜びます。我が校の生徒は、成績は中位ですが、集中して楽しんでやってくれます。一つは正解のない楽しさ。もう一つは、それを政治家に見てもらって評価してもらう、アウトプットの重要性です。普段の勉強では、社会へのアウトプットが少ないですから。自分達の考えたことを、本物の政治家も考えているというベクトルが、有権者=主権者=市民であると考えます。

(2)「公民科における模擬投票の実践」

硤合 宗隆 玉川学園中学部・高等部社会・地歴・公民科教科部会主任
玉川大学非常勤講師


 取り組みの始まりは、公民科が暗記科目にならないように、学校の授業の場面に「独立した、創造的な、批判的な」(民主的な)雰囲気を作り出さなければいけないという思いからです。さらに、現実社会と教室を結び付けたいとも思いました。そこで玉川学園では2003年衆院選以来、8回の「模擬選挙」を実施しています。特徴は、授業内での実施で、小学校6年生や中学3年生の社会、高校の歴史・政経など科目の年間予定に位置づけられていること。模擬選挙推進ネットワークとの連携。町田市選挙管理委員会や町田青年会議所との協力があることです。
 授業の準備には各政党の主張を載せた新聞記事が最も役に立ちます。1時間目に、模擬選挙を行なうことの背景と意義を説明し、グループ分けの後、マニフェスト・新聞記事・政党ポスターの分析をします。ポイントは「批判的に読む」です。2時間目は、各グループから、気づいた点・疑問点を発表させます。中学生は2時間必要ですが、高校生は1時間でできます。開票作業は生徒会がしてくれました。
 普通の授業では、生徒が話す場面・機会が少ないのですが、この授業ではグループで話し合いを行い、何でも言えます。普段から年間を通じ「3分間スピーチ」と「新聞スクラップ」をさせています。スピーチの第1回目は自己紹介、第2回からはスクラップを題材に話をさせます。この取り組みを通じ、社会・政策に対する興味・関心や、メディア・リテラシー即ち情報の批判的な見方・読み方が育っていきます。マニフェストなど読むと分かった気になっても、ほんとうはよくは理解していないのです。「分からない」と気づくことの大切さを学んでほしいと思います。

2 講演

「英米における学校での有権者教育の実際」

横江公美 PACIFIC21代表

 アメリカのCivic Education の訳として「有権者教育」としていますが、英米ではこれは1つの独立した科目ではなく、国語や他の科目に入り込んでいます。それほど基本的なことだということです。その意義は、「未来を決める訓練」ということで、基本知識に加え、議論や現場体験といった問題解決のスキルを身につけた有権者を育てることです。
 有権者教育の範囲は、基本知識(時事問題、社会システム、歴史、ディベート)、模擬の議会・裁判・選挙など、実践(地方政府の仕事に高校生・大学生が参加するサービス・ラーニング)です。選挙教育では、「投票行動の決定方法」と「争点を見る目」を学ぶために模擬選挙を行います。高校では、生徒の中から民主党・共和党それぞれの候補者が出て選挙運動を行い討論会に臨み、生徒全員の投票で当選者を決めます。この模擬選挙の過程で、生徒は社会の現状を勉強し、候補者となる生徒は皆よりもっと勉強します。
 「投票行動の決定方法」は、①情報収集→②情報は意思決定に十分な量か?→(NOなら①へ戻る)③その情報は他の事実と適合するか?→(NOなら①へ戻る)④情報源は信頼できるか(質)?→(NOなら①へ戻る)⑤情報は本当に十分か(誰が得をし、誰が損をするか)?→(NOなら①へ戻る)⑥投票することを決定。
 「争点を見る目」には3つの原則、①賛成・反対を明らかにする、②時事テーマを扱う、③異なる意見・価値を認める、があります。新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどのメディアの協力が不可欠であり、大学や行政の協力もあります。社会人とくに市民権を獲得したばかりの人には、有権者としての責任を果たせるようになるための教育プログラムがあります。

3 パネルディスカッション

「これからのシティズンシップ教育をめぐって」

パネリスト 
桐谷正信 埼玉大学准教授
風巻 浩 神奈川県立麻生高等学校教諭
硤合宗隆 玉川学園中学部・高等部社会・地歴・公民科教科部会主任
玉川大学非常勤講師
横江公美 PACIFIC21代表
司会  
落合 隆 神奈川県立上鶴間高等学校教諭

 

〈フロアからの質問に回答〉

質問:このような実践をするために必要な教員の資質は何ですか?
横江先生:英米では、成功の秘訣は先生の資質と言われるほど重要です。Kids Vote にも先生用・親用の教材が多いです。コミュニケーション能力とコーチング力(学生の能力を引き出す力)が求められます。

質問:アメリカの選挙でネガティブ選挙運動をするのはなぜですか?
横江先生:危機管理能力として、ネガティブな評価にどう対応するか有権者は見ています。外交などの場合は、国益のために相手にネガティブなことをうまく言えることも必要です。その能力も見ています。

質問:投票は総合的なもので、問題点についてしっかり理解していないと判断できないと思います。どの学年でどのレベルの投票をするのがいいでしょうか?小学6年生では国政選挙は無理かと思いますが、今後検討するといいかと思います。
硤合先生:私も幼稚園・小学校では模擬選挙は無理だと思っていましたが、アメリカではやらせていました。幼稚園・小学生の視点で。親の影響もあるかもしれませんが、投票行動が自然にでき、政治への関心はこうやって高まると感じます。彼らなりの段階でアウトプットさせればいいと思います。

質問:外部の人が授業をするメリットは何ですか?その際、工夫する点はありますか?
風巻先生:メリットは、現実社会を授業に取り入れられることでしょう。その際、生徒に考えるチャンスを与えることが大事です。10分でも3分でも、考えさせてほしいと思います。

質問:マニフェストの功罪を教えることは必要ですか?
桐谷先生:埼玉大学ではマニフェスト評価をつくりました。マニフェストを作る力をどうつけるか、考えています。選挙という形ではなく、マニフェストを行政・商工会・町の人に提案するということも考えられるでしょう。
風巻先生:多様な政治との関わりがあっていいでしょう。いろいろな参加型学習の切り口、教材を作ってはどうかと思います。

〈世界のシティズンシップ教育から見て日本の公民科教育に求められているもの〉

桐谷先生:「これまでの教育がどうシティズンシップ教育に結びつくか、部分的にどう意味づけられるかを考えないといけないと思います。どのような力を育成するかを再検討し、段階的に考える必要があるでしょう。シティズンシップ教育では、問題・課題を解決する力をつけることが必要ですが、スタートは地域の課題から。市民としてできること、できないことを切り分け、できないことはいろいろな形で政治的に解決することを教える。思考が政治につながることを教える必要があると思います。」

横江先生:「国際的な視点がこれからは大切かと思います。そのためには、日本のことを知っていることが必要です。今ある問題から歴史を遡る視点もあってもいいと思います。」

〈日本のこれからのシティズンシップ教育の課題〉

硤合先生:「模擬選挙は私学だからできるのではありません。アメリカの公立学校に行くと、模擬選挙のコアになる先生が必ずいます。日本でも圧倒的に多い公立学校で根付かないと模擬選挙は広がっていきません。先生たちが互いに手を結べると、日本の教育現場も大きく変わっていくのではないかと思います。」

風巻先生:「シティズンの意味をどこまで広げて考えるか?開発教育では『地球市民』と考えます。そのためには『対話』が大切です。グループでもできるし、国境を越えた討論学習もできる可能性があります。」

取材を終えて

 政策を評価する際に、憲法の理念と照らし合わせ討論するという方法に、憲法学習の1つの仕上げを見るような気持ちがしました。投票を単なるイベントで終わらせない工夫の余地がいろいろありそうです。現実の大人の選挙と結果を比べられるのも、楽しみでしょう。アウトプットとして投票ではなく、政策をつくって大人に問うという方法も、生徒が楽しく集中して学習するというお話は、大変参考になると思いました。

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