お茶の水女子大学附属中学校 「紛争状況の解決」学習

 「わたしたちと社会生活~バイオリンが壊れちゃった!~」

 2010年10月25日(月)、お茶の水女子大学附属中学校3年社会科の法教育開発授業にお邪魔しました。2日間に1時限ずつ、計2時限で完結する「調停」の授業の2時限目の模様をお伝えします。

お茶の水女子大学附属中学校のプロフィール

1882年(明治15年)、御茶ノ水に東京女子師範学校附属高等女学校創設。
1932年(昭和7年)、現在地(大塚)に移転。
1947年、学制改革により東京女子高等師範学校附属中学校発足。(男女共学)
1949年、お茶の水女子大学設置。東京女子高等師範学校を包括。
1952年、東京女子高等師範学校廃止にともない、お茶の水女子大学文教育学部附属中学校に改編。
1980年、お茶の水女子大学附属中学校に改編。

(同校ホームページより)

生徒数
 第3学年は、1クラス33名の4クラス編成。(男子11名、女子22名)
 全校生徒数390名。

授業

3年菊組 10:40~11:30
授業者:寺本 誠 教諭、支援弁護士4名(第二東京弁護士会)
教科:公民  単元:第1章「個人と社会生活」
小単元:「わたしたちと社会生活~バイオリンが壊れちゃった!~」

〈前時の展開〉

 ねらいは、①法的思考力を活用して、紛争状況を解決するための、のぞましい紛争解決のあり方を考える。②ロールプレイを通して法的な技法を用いながら、調停者を交えた紛争解決の方法を学ぶ。
 導入は、「友達同士の紛争(問題)が起きたとき、みんなだったらどうするか。」考えます。それでうまく行かない場合、「ルールに基づいてみんなが納得して解決できる方法」を学ぶことの重要性を説明します。学習を手伝ってくれる弁護士の先生方4名が自己紹介した後、事例を読みました。

~バイオリンの事例(概要)~
 ある日の放課後、文化祭のコンサートで演奏するため、3人グループがバイオリンの練習をしていました。途中で練習場所を移動することになり、BさんはAさんに「3人の譜面台や楽譜を持ってね。代わりに私がAさんのバイオリンを持ってあげる。」と言いました。Aさんは少し迷いましたが、その通りにしました。Bさんは、またすぐもとの場所に戻るからと思い、ケースに入れずに右手に自分のバイオリンを、左手にAさんのを持ちました。部屋から廊下へ出るとき、少し後ろを振り返っていたBさんは、廊下の左側から走ってきたCさんとぶつかり、左手からAさんのバイオリンがはじけ飛んで壊れてしまいました。
 この中学校では、壊れたり盗まれたりすると困るので、あまりに高価なものは持ってきてはいけないことになっていました。ところがAさんのバイオリンは120万円で購入したものでした。Aさんは練習用の安いバイオリンも持っているのですが、コンサートには良いほうで演奏したいので、練習のときから学校の先生にも内緒で120万円のものを持ってきてしまったのです。保険はかけていないので、修理にも60万円くらいかかるそうです。また、Cさんはバレーボール部の練習中、部員の一人が怪我をしたので、あわてて保健室に先生を呼びに行くところでした。
 Aさんは、修理をしてもバイオリンは完全には元に戻らないので、同等のバイオリンを弁償してもらいたいと考えており、Bさん及びCさんに対し、代金120万円を請求しました。

 
①読みながらA、B、Cそれぞれの心情をワークシートに書く。
②5~6名の生活班計6班に分かれ、その中でA、B、C各1名ずつ、調停役2~3名を決める。
③役割ごとのグループに分かれ、各グループに弁護士が一人ずつ入って、それぞれの言い分を弁護士の先生方と一緒に理解、ワークシートに整理する。調停役は社会科室へ弁護士と教師とともに移動して、調停の方法や進め方を教わる。
④1回目の聞き取りを行なう。調停役は自分の班のA、B、Cを順番に呼び、3分ずつ言い分を聞く。(弁護士が引率)調停役は一人が聞き取り、一人がワークシートに記録する。
⑤1回目の聞き取りが終わったら、調停役は相談時間をとる。(弁護士のアドバイスを含め3分)A、B、Cはどこまでだったら折り合いをつけられるか、各立場で意見を合わせておく。
⑥2回目の聞き取り。(1回目と同じ)
⑦2回目が終わったら、調停役は2人(3人)で調停案を考える。

(学習指導案より)

〈当日の展開〉

 社会科室は机が6つの生活班になるよう並べられ、調停役だけが着席しています。A、B、C役の生徒は教室で弁護士の先生方と、前時の振り返りをしています。
先生:「今日はこれから、前回作った調停案をA、B、Cさんに話してください。」
弁護士:「調停案と理由をしっかり伝えてください。大事なのは、堂々と自信を持って話すことです。調停役が不安そうだと、納得してもらえません。無理をする必要はありませんが、理由を言って、できるだけ合意できるように説得してください。」
①まず、各班の調停役が「調停役カード」に調停案を記入します。(約7分)
②A、B、C役全員が社会科室に移動して各班の席に着き、調停開始です。(約10分)
③調停役は調停の結果をマグネットシートに記入例(調停案~。 A合意。理由~。 B不合意。理由~。 C不合意。理由~。)に沿って記入し、黒板に貼ります。(口頭の発表はしない。)

〈各班の調停案と調停の結果〉

調停案 結果
1 BとCはAに25万円ずつ支払う。残りは修理の場合も新品の場合もAの負担とする。 Aはバイオリンをやめると言い出す。
理由:Aが弁償しなくてよいと言っているし、
BもCもあまり弁償したくないと言っているから。
2 修理の場合、三者とも20万円ずつ払う。新品の場合、Aが60万円、BとCは? A不合意。BとCは合意。
理由:よそ見をしていたのはB、ぶつかってきたのはC、バイオリンを持ってきていたのはA、非は誰にもあるから3等分。新品を買いたいと思っているのはAだから60万円。
3 Aは30万円、Bは20万円、Cは10万円支払う。 A不合意。BとCは合意。
理由:Aが一番悪い。120万円ではなく、60万円でもとりあえず直る。もし新品を買いたかったら、自分で60万円をプラスする。
4 BとCは弁償しなくていい。 全員合意。
理由:Aが持ってきたのが悪い。自己責任である。BとCは何も悪くない。
5 BとCはAに30万円ずつ支払う。 A合意。B不合意。20万円しか出せない。C合意。自分は悪かったと思う。
理由:Bがバイオリンの責任を預かったのに壊してしまい、本当ならBが40万円とCが20万円といきたいところだが、Cの責任も考えて30万円ずつ。
6 Aの心のケア代としてBとCは30万円ずつ支払う。 全員合意。
理由:BとCも悪いけれど、Aが悪いと思うから。

 

〈弁護士からの指導―責任と損害分担〉

弁護士:「難しかったと思う人?」→ちらほら手が挙がりました。「難しかったのは当然です。この事例では、AさんがBさん、Cさんに対し、バイオリンの損害を賠償してほしいと言っています。そのためには、バイオリンが壊れたことについてBとCに責任があることが必要です。Bさんに責任があると思う人?」
女子1:「あると思います。理由は、後ろを向きながら教室を出たことと、バイオリンをケースに入れていなかったことです。Cさんは廊下を走っていたので、責任があります。」
弁護士:「大体そうですね。教室を出るとき、よく見ずに出るのはやってはいけない。その意味でBさんに責任があります。ケースに入れなかったことは、距離が短い点と、その楽器が120万円であると知らなかったことを考えると、どうかと思います。Cさんは廊下を走っていたからよくないです。Cさんに責任がないと思う人は?」
→誰も手を挙げません。
弁護士:「4班の人は?」
女子2:「Cさんは友達を助けるために走ったのだから、責任はないと思います。」
弁護士:「なるほど。法律的には正当な理由があれば認めますが、死ぬほどの怪我でなければ、それだけで直ちに責任がないとは言えません。BとCは払うことになります。ではどれだけお金を払えばいいか?まず、損害全体でいくらかを考えます。新品は120万円。修理できると60万円。どちらの損害でしょうか?」
→60万円に挙手する人が多かったです。

弁護士:「120万円に手を挙げた人は、なぜそう思いましたか?」
生徒:「できるだけ元に戻すべきだから、新品にする。」
弁護士:「法律的に損害を考えるとき、事件の前と後を考えます。物はふつう、買って使うと価値が落ちます。ゲームする人はわかるでしょう?1万円で買ったゲームも、売りに行くと半分になったりします。バイオリンももう使っているので、修理できるなら、その代金を損害とします。ではこの60万円をどうやって負担しようか、という話になります。「損害分担」と言います。Aさんにも悪いところ、責任がありますか?」
→ほぼ全員挙手。
弁護士「皆さんの感覚は正しいです。学校に持ってきてはいけないものを持ってきて、しかもそのことをBさんに注意していません。するとAさんの責任は結構重いです。A:B:Cの割合は6:1:3ぐらいかなと思います。36万円:6万円:18万円になります。これが正解ということではありません。AさんがBさんを見ていたかや、学校の普段の状況などによっても違います。いつも走る人が一杯いるとか。調停というものは皆さん知らなかったと思いますが、どういう事実を主張するか、結構よくできていました。現実社会で紛争が起きた場合、こういう形で解決できることをわかってもらいたいと思います。」
先生:「今日の感想をワークシートに書いて、提出してください。」

授業後、教諭と弁護士の意見交換

・弁護士の感想
クラスにより調停案に違いがあります。(「練習用バイオリンの値段をBとCで2:1ずつ弁償する」という案が出たクラスもあります。)
 責任について、どこをどう考えるかという点は押さえられています。頼まれた人Bさんが悪い、という感覚があるようです。(Aの責任を重く考えたのは6班中、2つの班のみ。他のクラスもその傾向。)学校の友達関係と、普通の大人の社会との違いがある感じです。
 生徒の出した案にもっと評価をしてあげられたら、満足度が高かったかもしれないと反省しています。

・授業を参観したお茶の水女子大学附属小学校の教諭の感想
 論点が2つあるのが難しいと思いました。1つはバイオリンの賠償について、修理代60万円とするのか、新品120万円なのか。もう1つは3人の責任の重さですね。小学校で実践する場合は、使ったものは価値が下がるという一般的社会通念を押さえて、60万円から始めてもいいかと思います。来月、附属小学校6年生でもこの授業を予定しています。

・寺本教諭から
質問:「ふつう、新品を弁償するということはあるのですか?」
弁護士:「ありますが、楽器は判断が難しいです。元の状態に戻すことが「損害を回復する」ということですが、修理しても音が元通りでないと、新品をということも考えられます。修理代のほうが高い場合もあります。」

質問:「ガラスなら古いのを割っても、新品で弁償ですね?」
弁護士:「はい。テープで貼ってもダメということです。」

先生:「生徒の感想を見ると、よくわかったという子どもが多いです。Cの責任が重いことに意外な感じを持つ生徒が多かったのは、自分の生活経験から導き出された素朴な感覚でしょう。」
弁護士:「生徒が出した案に、もっと個別の評価をしてあげたら、満足度が高かったかと思います。」

〈授業後の生徒の感想から〉

*( )は自分が担当した役割

・初めて調停というものを体験して、それぞれの言い分を聞いて代金を決めるのは楽しかったし、同時にすごく難しかったです。素人の人間からすると、120万円をみんなで負担しなくてはいけない!という意識があったけど、修理できるものは修理で解決すると知り、
おどろきました。2日間ありがとうございました!(調停)

・口頭で約束したら契約…ことばにすることは慎重でないといけないと思った。Aさんの罪
の大きさには納得だけど、Bさんの少なさには驚いた。落ち度のある行動単体だけを見る
のではなく、交わした言葉、決まり事など、いろいろ考えてくれるのかと思えてよかった。
友達とこういうことを話すとき、感情とドライなところの間は難しい。(調停)

・同じ立場同士で考えているだけだと、どうしても感情的になってしまい、冷静な判断がで
きなくなる。そこで、第三者の立場で仲裁してくれる、「調停」はとても重要だと思った。
Cが意外と高かった。ショック!調停での判決にも納得いかなかったら、どうするのです
か?(C)

・自分たちの感覚だと、「持つ」と自ら言ったBに過失があり、友人のけがで走っていたC
が美化されていたが、弁護士さんの話を聞いて、事実のみをちゃんと見ればCの方が責任が大きいということに気付けて、すごく面白かった。

・最初は、裁判と同じことをするのだと調停のことを思っていたけれど、授業を通して、調停という役割を少し理解することができた。だけど、調停役は、ABCすべての人が納得する解決策を提示しなければいけないので、とても難しかった。今回は、Aさんがすべて負担すると言ってくれたので、すぐに解決できたけれど、他の事例になるともっと他の事例にチャレンジしていきたいという興味もわいた授業だった。

・壊してしまったのはAさんが秘密でバイオリンを持ってきたのが発端になっている。「Bさんにバイオリンのことを説明するべきだった」とAさんの悪いところが的確に指摘されていて、とても説得力のある解説だったなあと思いました。決める上で何が一番重要になり、焦点をあてるべきなのか、今回じっくりと考えさせられました。

・調停役は当事者の意見を聴いて納得できるような案を考えなければならないので、難しいのではと思っていた。実際、なかなか意見がまとまらず大変だったが、なんとか納得してもらえるように説得し、和解してもらえるのはとても楽しかったし、やりがいを感じた。
普段の生活でももめごとはあるけれど、話し合いで解決できるようにこういった考え方を
生かしたい。(調停)

取材を終えて

 中学校での「調停」の授業は、初めての取材です。中学校で起こりそうな事例が教材になっており、生徒がどんな議論をするのか興味深く見せていただきました。
 A、B、C役のグループで、前の授業中に意見がまとまってしまった役は、最初の振り返りの時間は少し手持ち無沙汰な様子だったということでしたが、調停案が提示されると、議論に熱が入った班もあり、さっと合意が成立した班もあり、いろいろでしたが、みんな理由をそれぞれよく考えていた様子です。
 生徒たちの感想からも、弁護士の先生の解説に納得した、感情と理性のこと、いろいろな視点があることに気づいたなど、さまざまなことを考えたのがわかります。難しかったけれど、面白かったという声が圧倒的に多く、有意義な勉強になったことでしょう。

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