神奈川県 「法に関する教育推進研究会」 その1

 2010年10月8日(金)14:45~16:45、神奈川県立総合教育センターで「法に関する教育推進研究会」が開催されました。小・中学校における法に関する教育の実践発表と、シンポジウムが行なわれ、県内の小・中学校教員約160名、教育委員会関係者約100名が参加しました。まず実践発表の中から、小学校第1学年と第4学年の事例発表の模様をお伝えします。

1 小学校第1学年の事例発表(14:45~15:30)

     横須賀市立田浦小学校 

〈司会者から〉

 今日の研究会では、法教育は子ども達にとって必ずプラスになるということと、実践の際には関係機関の連携・支援を得られるということをご理解いただきたいと思います。

〈法教育の捉え方〉

 今回の実践の方向性は、法務省の「法教育研究会報告書」から考察しました。法教育とは、①法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育である。②法やルールの背景にある価値観や司法制度の機能、意義を考える思考型の教育である。③社会に参加することの重要性を意識付ける社会参加型の教育である。この3つを定義としました。そして、自由で公正な社会の運営に参加するために必要な資質や能力を養い、法を主体的に利用できる力を養うことをねらいにしています。
 小学1年生では、特に②「法やルールの背景にある価値観」を改めて取り上げることで、ねらいに迫ろうと考えました。支援弁護士として横浜弁護士会の弁護士が、指導案作成時の助言・授業の参観・授業後の研究協議への参加をして、協力しています。

〈法教育を通して育てたい資質・能力〉

 法教育を通して育てたい資質・能力については、東京都教職員研修センターHPを参考に、小学校低学年では、「学校生活を楽しく、安全に過ごすために、ルールや決まりが必要であると感じる。」子ども像を目指します。今回のねらいは、意味を理解する力として、「法の本質(共生のための相互尊重)を理解すること」。問題を解決する力として、「自分の意見を述べること」の2つとしました。

〈実践授業〉

教科:道徳  主題:「みんなのものを大切に」

 前の週に生活科で近くの梅林公園に行ったとき、道路・公衆トイレ・水飲み場・遊具2種類の写真を撮りました。その5枚の写真に、5種類の「約束カード」を理由を考えながら対応させます。3人×3班、4人×7班の計10班に、それぞれ写真とカードを配ります。カードに書かれた約束は、「ゆずりあって」「みんなでなかよく」「あんぜん」「じゅんばんをまもる」「またつかえるように」の5つです。
 各班の結果を、1枚の写真について2班ずつ発表してもらいます。その際、その約束は自分のためか、友達(他の人)のためなのかを考え、どちらかのゾーンに写真を貼ります。

じぶんのため ともだちのため

班活動中に子どもの様子を見て、1つの写真に違うカードを置いた班を選んで、発表してもらいました。
                             

〈成果と課題〉

 身近にあるきまりや約束が何のためにあるのかを、子ども達が考えるきっかけとなったのが一つめの成果です。二つめの成果は、理由や根拠について考えることにより、きまりや約束の役割・必要性、守ることの大切さなどを理解することにつながりました。三つめは、きまりや約束は「自分自身のためにもある」ことを実感することで、きまりを守る動機付けになったことです。
 課題は、「自分のため」か「友達のため」かの展開をもう少し掘り下げたかった、などが挙げられます。法教育といっても、何かこれまでになかった新しい授業をする必要はなく、教師自身が法教育というものを少し意識したり、法教育のエッセンスを授業の中に加えたりするだけでいいと思います。そうすることで、教科の目標や単元のねらいを達成するだけでなく、「社会の運営に必要な資質や能力」を養うことにつながると思います。

〈協議会〉

質問:「写真とカードの組み合わせは、1対1に合うように考えましたか?1つのことだけでもいいのではないかと思いますが、授業をされた感じはどうですか?」
先生:「あえて、どの写真にもどのカードも当てはまるようにしました。普段の授業は答えが一つのことが多いですが。グループで悩み、その話し合いを通じて考えが深まればよいので、よかったと思います。」
協力弁護士:「法教育は結果ではなく、理由や根拠が大切です。全部当てはめて、理由が言えればいいと考えます。1対1にすると、同じカードを2回使えないので、議論することになるのがよかろうというアイデアです。最後に、「どれもみないいです。」と言ってあげればよいと考えました。」
意見:「実際に順番を守らない場面があったら、「揺さぶる場面」になるかもしれません。葛藤場面があると、ルールが必要になるかもしれないと思います。」
先生:「班活動の中で、実際にそういう場面がありました。結果だけ拾うのではなく、理由から考える展開ができませんでした。」
意見:「低学年でどんな紛争解決をするのがよいかは問題となるところだと思います。自分の考えでは、問題発見が大切で、その結果きまりに気づくことになると思います。どういう段階で、どういう学習活動をするかは十分考えるといいでしょう。」
協力弁護士:「先生と最初はきまりがあることを教えないといけないと、話しました。次にルールの理由。理由がおかしいと考える力もつくし、すると、ルールを変えることも考えられます。1つ1つやっていくことにしました。「こころのノート」にあることを題材に、あくまできっかけづくりをしようということで、最終的にはルール作りまでいけるとよいと思います。」

2 小学校第4学年の事例発表(14:45~15:30)

   相模原市立宮上小学校 
教科:総合的な学習の時間  「ごみとわたしたちのくらし」(環境)

〈実践概要〉

1時間目【課題設定】
 市内のごみ集積場の写真を示した上で、自分たちの地域のごみ集積場の状況について感心を持たせた。
2時間目【情報収集】
  授業において、自分たちの地域のごみ集積場を調査する方法について話し合わせた結果、土曜日の様子を調べてみることになった。
3時間目【情報収集】
 土曜日に調べたことを発表させた上で、土曜日だけではごみ集積場の様子が分からないとの子ども達の意見を受けて、改めて調査内容や調査方法等に関する計画を立てさせ、計画に従って夏休み中に調査させることとした。
4時間目【整理・分析】
夏休みの調査結果を振り返り、ごみ集積場の様子について、良い点・悪い点を視点に整理、分析させた。
5時間目【まとめ・表現】
4時間目の整理・分析を前提に、ごみ集積場が良くなるためにルールを守る必要があることに気付かせるとともに、ルールを守ってごみ捨てができるために自分達ができることを考えさせた。

 法教育的な観点は5時間目の学習に盛り込まれていたことから、実践発表では、5時間目の様子についてビデオ映像を交えた詳しい紹介がされました。
 教師からの「ごみ置き場には、なぜきれいな所と汚い所があるのだろうか」という発問に対して、「きれいな所はルールが守られていて、汚いところはルールが守られていない。」との答えがあり、それを受けて「ルールとは何か」の発問をきっかけにルールについて具体的に考えさせる授業を展開していました。
 発表者からは、授業を通じての具体的な子どもの考えの変化が紹介された上で、「子ども達は、ごみ集積場のことをから、みんなが気持ちよく生活を送るために、自分の生活を見直し、社会の一員としてルールを守り生活を送ろうという気持ちを持つことができた。」との成果が示されました。

 続いて、発表協力者の弁護士から、法教育についての概括的な説明と、小学校段階における到達目標及び実践授業に関する評価が述べられました。
 新しい学習指導要領では、中学校、高等学校段階で社会や法について評価すること(批判的な評価も含む)が予定されているので、その前提となる小学校段階では社会や法(ルール)の必要性や重要性を理解させることがまずは大切なのではないか、今回の実践授業はそういった観点は押さえられていたとのコメントがありました。その上で、ごみ出しのルールといっても、曜日や時間のルール、場所のルール、分別のルールなど様々なルールがあるので、それぞれのルールが定められている理由や根拠について、掘り下げて検討させても良かったのではないかとの意見が付されました。

〈協議会〉

 会場からの質問と、発表者及び発表協力者の回答は次の通りです。

【質問】ルールを教える上でモラルについても扱うべきか。
【回答】社会生活を営む上でルールだけを理解すればよいというものではない。モラルも社会を支える要素であるし、ルールの基盤ともなっている面があることは理解しておく必要があろう。モラルの意義については念頭に置きつつも、法教育としては、究極には個人の道徳観に依拠するモラルとは切り離して、多様な人々が共生する道具としてのルールや法の価値を教えてもらいたい。

【質問】学校では、従前、どうやったら暮らしやすくなるのかという観点から教えてきた。価値観や概念を教える法教育との関係は。
【回答】小学校の発達段階では、法的価値を過度に重視することなく、生きていく上で社会やルールが必要であること、自分の生活をより豊かにすることという観点から教えたらいいと思う。小学校段階で伝えやすい法的な価値は公平・公正だと思う。小学校4年生段階は公平を形式的に均一化して配分すると捉えるだろうが、高学年になると貢献度合いや必要性に応じて配分することまで理解しうる。発達段階に応じて、学校生活の様々な場面で何か公平なのかを考えさせる取り組みをしてはどうだろうか。

3 中学校第3学年の事例発表(14:45~15:30)

   川崎市立はるひ野中学校 
教科:社会 公民的分野  事件「かちかち山」

 次に、中学校の実践授業発表の報告です。
第1時限目「裁判のしくみ」、第2時限目「裁判と人権」という司法制度の学習の第3時限目として行われました。身近な昔話を様々な立場から多角的に取り上げ、結論は出さない方向でした。協議会では、「公民なのか道徳なのか、刑法を取り上げることは判断が難しい。教育と法の難しさといいましょうか。中学生はもうそれぞれの立場を持っています。もっと上位の価値を考えるべきではないか。」といった意見が出たそうです。
先生:「それぞれの立場から話す力や、資料を読み取る力が必要になります。学校の先生が授業をする場合、法律家が法的なポイントをアドバイスすると、ポイントが絞られてよいと思います。」
司会:「どのような授業がよいか、会場からご意見はありませんか?」
意見:「法律的な部分と、「人としてどうなのか?」という部分の兼ね合いが難しいと思います。社会科では、「主体的に生きる人間」を育てたいと考えます。「先にルールありき」という意味合いが若干聞こえるのが気になります。法律上問題がなくても、学校として教育している「人としてはどうか」という部分のことは難しいです。」
教員:「確かに、無罪推定の原則を教えると、生徒指導上後々つらくなることがあります。意見の違いをどうやって合意形成するか、その力を育むのが中学校の使命でしょう。不文律が行き渡っていればいいかもしれませんが、利害関係の対立をどう解決するか学ぶのが大切だと思います。」
弁護士:「非常に根本的なご意見だと思います。「主体的に生きる人間をどう育てるか」という方法論だと思います。「ルールありき」ではなく、きまりを考えていくうちに、こんなきまりはいらないとなることもあります。まず自分達が自律すること、その上で意見をすり合わせられないときどうするか。感情的になるのではなく、より暮らしやすい社会になるよう、法やルールがあることを教えてはどうでしょう。」
意見:「法教育は、裁判員制度のためでも司法制度のためでもありません。法は古代から存在しますが、近代になり法的なものの基礎から学ぶことが必要になりました。同時に、大人になるとき、自分を社会の枠組みの中でつくっていくときに、ルールの役割もアイデンティティ形成において大切になります。ルールは基準としての枠組みで、議論が必要でしょう。法教育の意義は、1つは「法の役割」が3つあること。利害の調整のほか、社会のリスクを押さえること、法のメリットがあること、を理解することです。法教育の意義のもう1つは、ルールは個人的なものと社会的なものがあることを考えることです。社会におけるルールには、道徳・倫理・宗教といった部分社会にのみ通用するものもあります。法は国家全体が関与することが違います。法教育は社会科と道徳の枠組みを相対化するものです。大学生の法に関する意識は、小・中学生と変わりなく、法を抑圧的なものと思っている学生が多いです。」
意見:「中学3年生で、現在存在している法を扱うことは大事です。法を作りかえる学習をすれば、主体性は大丈夫でしょう。現代社会が今のところ到達している価値観を教えることは必要だと思います。」

報告その2では、シンポジウムの模様をお伝えします。

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