東京弁護士会法教育センター運営委員会「小学校のカリキュラムづくり」その3

 2010年12月7日(火)9:40~11:30、いよいよ中央区立阪本小学校で弁護士出張授業が行われました。中学生向けの民事事件の模擬裁判については、千葉県弁護士会のジュニアロースクールで行われたものを当レポートで取り上げたことがありますが、小学校の通常授業で行われるものをお伝えするのは初めてです。普段の学校のクラスで実施されるとどうなるか、興味深い展開がうかがえました。

授業

6年生(1学年1クラスなので組名はありません。) 17名(男子9名、女子8名)
教科:社会科  小単元:わたしたちのくらしと日本国憲法
テーマ:「本を出版できるかどうか裁判で決めましょう。」
授業者:担任教諭
    東京弁護士会所属弁護士 7名

〈前日に行われた事前授業の概略〉

 出張授業前日、担任教諭により行われた社会科の事前授業では、
①裁判について知る。刑事・民事の裁判の説明。
②提示された事例で、何が問題になっているのか説明を聞く。
③裁判官、原告側弁護人、被告側弁護人の役にグループ分けする。
④それぞれの立場で自分の考えを書く。
ところまで行われました。
 ③のグループ分けは、児童の希望で挙手をしたところ、裁判官が男子2名・女子3名、原告側弁護人男子7名、被告側弁護人女子5名に分かれました。

〈当日の授業の流れ〉

1コマ目
 教室の窓側に被告側代理人5名、廊下側に原告側代理人7名、後ろに裁判官5名が机をコの字型にして着席しています。
(1)挨拶。弁護士が自己紹介しながら各グループに2名ずつ入る。1名は司会。(5分)
(2)グループ別にそれぞれの主張を話し合う。(25分)
 裁判官役のために、弁護士会が法服を5枚貸してくれました。それぞれの場所でグループのメンバーは椅子を持って丸くなり、主張の理由を考えます。
(3)原告側の主張(15分)

20分休憩

2コマ目
(4)被告側の主張(15分)
(5)原告側反論(7分)
(6)被告側再反論(7分)
(7)裁判官、図工室へ移動し話し合い(7分)
(8)判決、理由発表(3分)
(9)弁護士から(5分)

〈弁護士から被告側へのアドバイスは?〉

弁護士:「お金(600万円)使ってしまったから、本が出せないとみんなに給料が出せませんよ。」
口々に:「やだー。」
弁護士:「絶対本を出せるよう、理由を考えましょう。」
女子1:「今までもメンバーの家の近くのお店の情報を出しているから。」
 子ども達は、「一番出してはいけない情報」は「住所」だと主張します。家族の写真は、了解を取っていたらいいし、他に出してはいけないものはないと考えています。
弁護士:「住所はなぜダメなの?」
女子2:「ピンポンが(人が訪ねて)くるから。」
弁護士:「住所を出したら、訪ねてくる人が悪いのであって、住所を公表すること自体が悪いとは言えないのではありませんか?」
みんな:「ああ!」
弁護士:「マナーを守ればいいわけでしょう。」

 この後、理由が出なくなります。
弁護士:「昨日教えてもらったことは何ですか?基本的人権のこと、聞かなかった?憲法で守られていたら、すごく強いよ。」
 みんな、「教科書!資料集!」と言って、ページをめくり始めます。裁判、働く人の権利、個人の尊重、と迷っています。
弁護士:「出版社が自由に本を出せるのは、なぜでしょう?」
女子1:「自分達が考えたことを自由に発表できるから。」
女子3:「言論や思想の自由。」
弁護士:「そうです。発表できるのは言論の自由があるから。憲法の第21条です。」
女子3:「すごい!勝てるんじゃない?」

〈原告側へのアドバイス―その人の気持ちを大切に〉

男子1:「本の値段を5万円にしたら、あまり売れないからいいかもしれない。」
弁護士:「僕らはアイドルグループの代理人だから、人気が下がるようなことをするのはよくないです。」
 被告側の子ども達も、住所を出すのは本人や家族のみならず、近所の人にも迷惑がかかるからいけないと考えています。
弁護士:「メンバーの子どもの頃の写真がよくなかったりすると、人気が下がるかもしれないので困ると言われています。卒業アルバムの写真はいいですか?」
男子2:「そんなのは構わない。」
弁護士:「でもアイドルグループの人が嫌だと言っているので、弁護士はその人の気持ちになってあげて考えてほしいです。」
みんな:「そうかー。」

〈裁判官へのアドバイス―論点をどう評価するか・公正に〉

 
 裁判官グループは、原告が主張しそうなこと・被告が主張しそうなことを取り上げて、それをどう考えるか弁護士からアドバイスされています。
男子1:「出版するにしても、住所と地図はダメ。」
弁護士:「全部ダメか、考えておきましょう。今までもそうやって人気を上げてきたことも考えて。この紙にこれから原告・被告がそれぞれ何を言うか、書いてください。」(白紙を皆に配りました。)
男子1:「どっちが勝つか、予想しよう。」
弁護士:「君たちが決めるんですよ。5人いるから、多数決でもいいです。」
 たまたま原告側が全員男子・被告側が女子なので、その点も注意があります。
弁護士:「男だから、女だからなどということで決めてはいけません。だから裁判官は黒い服を着ています。なにものにも染まらない、という意味です。」

〈原告側の主張〉

 原告側は、「個人情報をのせると悪い人が放火したりするといけないから、のせてはいけない」と主張しました。「住所・家の周りの地図、特別に入手したメンバーの家族の写真は、基本的人権が侵害されてしまうから。卒業アルバムの写真と作文は、メンバーが出さないでほしいと言っているから」、という理由でした。
 ここまでの主張について、裁判官が質問をしていいことになりました。
裁判官:「基本的人権とはどういう意味ですか?」
原告側:「人に関する権利。」
裁判官:「権利って何?」
原告側:「生活や全部に関すること。」
 司会者に他の主張はないか促され、「これまでメンバーが公開してこなかった情報を公開することは、プライバシーの侵害だから。」ということや、「近所の迷惑になること。本の値段を5万円ぐらいにする案」も出ました。

〈被告側の主張〉

 被告側は出版していいと思う理由として、「今までも家の近くの店を複数紹介したりして、住所を特定できるから住所をのせてもいいと思うこと。出版すればグループの人気が上がると考えられること。本が1万円なら(高額なら)本当に知りたい人にだけ情報が入り、簡単には情報が出回らないと考えられること。芸能人なら情報を出すのも商売のうちであることを承知のはず」、などを挙げました。
裁判官:「家の近くの店が複数紹介されているからといっても、家はたくさんあるから特定できないと思います。」
被告側:「できます。」
 このやり取りからもめ始めたので、司会者が「被告側の持っている情報からは、家が特定できるということですね。」ととりなして収まりました。その後、被告側は「憲法第21条に出版の自由があるから」という理由も述べ、「どうしてもダメならファンの署名を集めても出版する。」と主張しました。
裁判官:「出版するかどうかは裁判所が決めます。」
弁護士:「ファンから要望が一杯あったから、裁判所は出版を認めてくださいということですね。」

〈原告側反論では「公共の福祉」を主張〉

原告側:「出版の自由はあっても、「出版してはいやだ」と言うことはできるはすです。憲法の「公共の福祉」は、みんなが幸せになるということで、出版するとアイドルグループの人が幸せにならないから、いけないと思います。ファンもわかってくれるはずです。」
 さらに、「他の例で人気が上がっても、今回も人気が上がるとはいえないこと」、「本を買った人がネットに情報を流したりすれば、情報が広く知られてしまうこと」もあげられました。

〈被告側再反論で教室は過熱〉

 被告側が「住所については、押しかけるファンが悪い。」と言ったところから教室がざわめき始めました。被告側はファンのマナーの悪さまで出版社のせいではないことを主張しますが、子ども達が口々に話し始め、「静粛に。」と誰が言っているのかわからないほどです。
担任教諭:「最後まで言わせて。」
裁判官:「メンバーにボディガードを付ければいいというのは無責任だと思います。」
司会者:「裁判官は意見を言うのではなく、質問のかたちにしましょう。」

〈裁判官が話し合い中は、担任教諭の出番〉

 裁判官グループが弁護士とともに別室で話し合っている間は、教室に残った原告側・被告側の児童に担任の先生が、「勝手に話しては裁判官への印象が悪くなること。相手から言われたことに答えること。グループみんなが発言できたらもっとよかったこと。根拠をきちんと言えたのがよかったこと。裁判官は公正に考えること」などを話しました。

〈判決〉

弁護士:「皆さん、静粛に。裁判所の判決が決まりましたので、聞いてください。」
裁判官1:「出版を差し止めます。理由は、住所を流されたら、本の値段が高いので売れなくても、ツウィッターとかで流れるかもしれないからです。」
弁護士:「理由は一人ずつ言ってもらいます。」
裁判官2:「芸能人全体についてではなく、アイドルグループ一人ひとりの人権が大事だからです。」
裁判官3:「何かあってもアイドルグループのプロダクションには責任が取れません。」
裁判官4:「メンバーが今まで公表していない事柄が含まれるからです。」
裁判官5:「個人情報は大事だからです。」
弁護士:「5人全員一致の判決です。なお、一部の情報の掲載をやめれば出版してもいいという考えもあることを付け加えます。」

〈弁護士からしめくくりの言葉〉

被告側弁護士:「被告側圧倒的不利の中で、かなり頑張ったと思います。弁護士は不利な事案でも最大限努力しないといけません。一部の情報をやめれば出版してもいいという考えをもらえたのが、成果でしょう。十分に主張をしたので、出版社は満足していると思います。」
原告側弁護士:「難しい事案ですが、原告側もいい主張をしてくれました。最初は出版してもいいかなどと言っていましたが、メンバーがいやだと言っている気持ちをわかってくれてよかったです。」
裁判官側弁護士:「裁判官は悩みました。被告側は憲法21条、原告側はプライバシー権や13条を出してくれて、大事な権利がぶつかり合っていることをよく考えてくれました。小学生がどこまで難しいものをできるかと思いましたが、よく考えました。一応勝ち負けはありますが、それが問題なのではなく、意見を言う・意見を聞く・聞いて反論する、そのやり取りを覚えてほしいと思います。」
司会者:「私達は実際にこれと似た事案を元に、この事案を作りました。プライバシーとはどういうものかが問題になり、裁判所は3つのことを挙げました。それを優しい言葉に直すと、①個人のこと・自分に関すること。②こんなこと知られたら嫌だということ。作文も入ります。③まだみんなが知らないこと。今日のポイントは③でした。皆さんは本当の裁判官と同じことを、優しい言葉で考えたのが素晴らしかったです。」
担任教諭:「みんな、弁護士の先生方に御礼を言いましょう。その後、今日の感想を書いてください。楽しい・面白い、なんて感想ではだめですよ。」

取材を終えて

 「出版の自由はあっても、出版されたら嫌だと言うことはできるはず。」という言葉を、小学生が自分の言葉として言っているのに驚かされました。「公共の福祉」は前日の授業で、言葉だけ出てきたけれど、弁護士から当日アドバイスしたのではないそうです。「公共の福祉」ってなんだろうと前の日から考えていたのでしょう、と原告側を指導した弁護士も感心して言われました。「アイドルグループ一人ひとりの幸せ」と読み替えて考えられていることが素晴らしいと思います。小学生の可能性の大きさを感じる授業でした。
 一方、裁判官が意見を言ってしまったりする点も小学生らしさでしょう。この授業後に行われた弁護士グループの検討会では、そういったことも含めて成果と課題が話し合われました。その模様は、後日行われる予定の学校側と弁護士の打ち合わせとともに、また次回お伝えしたいと思います。

ページトップへ