第一東京弁護士会 平成22年度ジュニアロースクール その1
2011年3月30日(水)10:00~3:30、弁護士会館12階講堂で、第一東京弁護士会法教育委員会によるジュニアロースクールが開催されました。東日本大震災という未曾有の大災害のために開催が危ぶまれましたが、参加希望者の熱意により実現の運びとなりました。弁護士会のジュニアロースクールも学校の長期休暇中のお馴染みレポートになったと思いますので、工夫した点や指導する際のポイント、参加者の声などに注目してみます。まず報告その1では、午前の部をお伝えします。(当日の資料から適宜引用させていただきます。)
プログラム
午前の部(刑事模擬裁判) 10:00~12:05 | |
導入レクチャー(10分) 本件の説明・模擬裁判「無銭飲食事件」(50分、弁護士が演技) 4班に分かれ評議(30分の予定→45分に延長) 発表 |
|
休憩(弁護士とともに昼食) 12:05~13:00 | |
午後の部(民事模擬調停) 13:00~15:30 | |
説明・資料等配布「友達同士のけんか」(15分) 3班に分かれ、役ごとに協議(20分) 調停(20分) 発表 民事調停制度についての説明 講評 休憩 修了証書授与 |
〈プログラムの工夫について〉
塩谷崇之 法教育委員長
ジュニアロースクールでは刑事模擬裁判の人気が高く、法教育というと刑事裁判というイメージがあるかもしれませんが、それだけではないことを知ってもらいたいと考え、刑事と民事、両方に取り組むことにしました。午前は、模擬裁判を見て、自分が裁判員になったつもりでグループで議論し、考えてみます。午後は、友達の間のいざこざ・紛争をどうやって解決するのがいいか考えます。盛りだくさんな内容で、時間的に不十分かもしれませんが、紛争をどのように話し合いで解決するかという「民事調停」も学んでもらえたらと思い、試みました。
1 午前の部(刑事模擬裁判)
〈刑事裁判について導入レクチャー〉
参加者に質問を投げかけて答えてもらう「参加型レクチャー」になるよう、工夫されていました。
・導入は、「犯罪」とは?→子ども達が答えられないでいると、「例えば、~罪という答え方で。」と促していました。
・平成21年度、最も多かった犯罪は何でしょう?→道路交通法違反でした。1年間に約47万件。
・それに比べ、殺人は1100件ぐらい。仮に1100人の殺人犯がいたとして、裁判にかけられた人は何人でしょう?→500人ぐらいです。
・なぜ裁判が必要?→勝手に報復することを認めたりしたら、収拾がつかなくなり、社会がめちゃくちゃになります。社会維持装置として裁判が必要です。
・刑事裁判で最も大事な大本のことは?→「人間は間違える」ということ。無実の人を有罪としてしまう間違いと、有罪の人を無罪として社会に放してしまう間違いは、どちらが怖いでしょうか。実際の裁判では「無罪推定の原則」というものがあり、無罪の人を有罪にする危険を避けるようにしています。
・間違える理由は?→本当のことを知っている人は1人、被告人しかいないから。裁判官も弁護士も検察官も、みんな本当のことはわからないけれど、どこかで判断しないといけないから、一生懸命裁判をします。間違いを防ぐために、高等裁判所や最高裁判所があります。
〈「無銭飲食事件」模擬裁判〉
・事件のあらまし
(法教育委員会が2007年10月30日に作成したシナリオをアレンジしたもの。途中にナレーションを入れて、省略された細かな手続きなどを確認しながら進みます。)
被告人は22歳の男性です。上野の洋食レストランで、午後6時から7時頃までの間、代金合計2160円の飲食をしたあと、レジで上着やズボンのポケットに手を入れ、財布を捜すそぶりをしてから、代金を払わないまま店の出入り口から階段を走り下りて逃げました。階段の下で呆然と立ちすくんでいたところを、追いかけた51歳の店長の女性に捕まり説教をされました。代金は、北海道に住む父親が弁償しました。被告人は、「自分はお金を持っていると思っていて、レジで初めて、財布をなくしたことに気づいた」と言っています。これからは実家に戻って、正社員の職を探したいとも言っています。
・検察官の主な主張
被告人は、当時、無職で金も財布も持っていませんでした。被告人が、自分が無一文であることをわかっていたということは、すぐに店から逃げ出したことからわかります。もし財布を忘れたり落としたりしたことに気づいたら、走って逃げるのではなく、正直にそのことを話して、連絡先を教えて後日払いに来たりすることができるからです。料理を注文する直前に携帯電話で誰かに「俺、電車賃も危ねえよ」と言っていたことからもわかります。また、破かれた数枚のロトシックスの券をテーブルに置いていたことから、賭け事に金を浪費していたことがわかります。
・弁護人の主な主張
被告人は事件の半月前までアルバイトをしており、給料の残りがあったためすぐにお金に困る状態ではありませんでした。財布をなくした時に、それに気づかないまま買い物をしたり、食事をしたりすることは誰にでもありえます。被告人の中学時代の部活の後輩が証人として、前日に被告人から夕飯をご馳走してもらったと証言していることは、被告人が金に困っていなかったことを示しています。携帯電話では、「電車だと危ねえよ」と言ったそうです。「ロトシックスを買う人は、常に無一文になるまでギャンブルをする」わけでもありません。警察官は被告人のアパートを捜索しましたが、財布は見つかっていません。財布は落としたか、すられたとしか考えられません。逃げるという被告人の行動は、社会性の未熟な被告人にとっては、自然なことでした。店長に説明し、金策を考えるということに大きなストレスを感じ、現実逃避という行動に出てしまったのであり、罪の意識から逮捕を逃れるために逃げたというわけではありません。
〈講師のための指導ポイント〉
(1)有罪か無罪かを考えるポイント
料理を注文する時から、自分が金を持っていないことを知っていた→有罪
レジで初めて自分が金を持っていないことを知った→無罪
①被告人が前日に後輩に夕飯をおごったことについて、後輩の証言は信用できるか。
②被告人が携帯電話で「電車賃も危ねえよ」と言ったことについて、店長の証言は信用できるか。
③ロトシックスの外れ券をテーブルに置いていたことは何を意味するか。
④被告人がレジで財布を捜すそぶりをしたこと
⑤被告人が逃げようとしたこと
(2)もしも有罪(詐欺罪)だとした場合、どのような刑罰を与えるのがよいか
詐欺罪の刑罰は1か月~10年の懲役刑。
刑罰には、「実刑」と「執行猶予」があること。
〈評議の結果発表〉
評議は4つのグループに分かれて行われました。震災等の影響で、参加者が15名と寂しかったですが、弁護士のアドバイスを受けながら時間が足りないぐらい議論しました。
1班:有罪。懲役1年、執行猶予2年。
「理由は、証人の証言は両方とも信用できます。財布がないことをわかっていて、食事をしたと考えられます。前科がないので、これから社会復帰ができるように、進行猶予をつけます。反省しているかどうかや、仕事をしようという姿勢を見るため、期間は2年にしました。」
担当弁護士:「有罪・無罪2名ずつでした。無罪の理由は、ロトシックスは小遣い稼ぎだろうし、財布をすられることもあるだろうということでした。」
2班:無罪。(無罪3名、有罪2名)
「理由は、証拠がどれも確実に有罪にできる条件が揃っていないから。結果的に証拠不十分と考えます。」
担当弁護士:「無罪の理由では、注文した時点では財布がないかわからず、食べている最中に気づくこともあるという意見がありました。有罪と考えた人は、注文するときに見栄を張ったと考えました。罪悪感から、逃げ出したあと階段の下で立ちすくんでいたと考えます。」
3班:無罪。
「理由は、気が動転して逃げ出したと考えられるから。前日は後輩におごれるほど余裕があったから、当日もお金はあったはず。財布を自分で処理したりしないと考えます。」
担当弁護士:「最初は無罪:有罪が2:2でしたが、最後は3:1になりました。有罪の理由は、罪を犯したのでなければ逃げないと思うから。」
4班:結論出ず。(有罪・無罪2名ずつ)
「無罪の理由は、財布をベルト通しにつないでいたチェーンがはずれることもあるので、落としたりすられたりしたと考えられること。前日はお金に余裕があったこと。有罪の理由は、財布を落としたことは怪しいから。執行猶予はつけます。これからの人生にチャンスを与えるように。」
担当弁護士:「証人の証言が信用できるか、ということから考え始めました。」
〈講評〉
但木敬一 先生(元検事総長)
これは、本当はすごく難しい話です。「「自分はお金を持っているか、いないか」ということは、人の心の中のことだから、他の人にはわからないからです。難しいから、皆さん一生懸命、考えました。自分が疑問に思うことは、必ず聞くことが必要です。裁判のときも、いろいろなことを聞いてみて、相手がどうやって答えるかということからわかっていくこともあります。今回も、「自分の方から後輩におごると言ったのか」など、尋ねてみたかったことでしょう。少ない材料でよく考えられました。裁判は遠いものではなく、皆さんに身近なことをわかっていただきたいと思います。
横溝高至 先生(司法修習所刑事弁護担当教官経験)
裁判では、証拠にもとづいて判断します。今回の事例よりもっとたくさん判断しなくてはいけないこともあります。ものごとを考えるとき、いろいろな視点から考えるきっかけにしてほしいと思います。
鈴木啓文 先生(同教官経験)
午前の部をやってみて、自分が思っていないことを他の人が考えていたり、なるほどと思ったりしたと思います。証拠にもとづいて考えることができたでしょうか。人の意見を聞き、自分の意見を言うことは大変役に立ちますので、午後も頑張ってください。
〈午後の部は、報告その2を御覧下さい。〉
アーカイブ
- 2019年12月 (1)
- 2019年11月 (1)
- 2019年10月 (1)
- 2019年5月 (1)
- 2019年4月 (2)
- 2019年3月 (1)
- 2019年2月 (2)
- 2019年1月 (1)
- 2018年12月 (1)
- 2018年10月 (2)
- 2018年9月 (2)
- 2018年8月 (1)
カテゴリータイトル
- インタビュー (16)
- はじめに (1)
- 取材日記 (325)
- 報道から (5)
- 対談 「法学教育」をひらく (17)
- 対談 法学部教育から見る法教育 (5)
- 年度まとめ (10)
- 往復書簡 (10)
- 河村先生から荒木先生へ (5)
- 荒木先生から河村先生へ (5)
- 教科書を見るシリーズ (21)
- 法教育素材シリーズ (7)