茨城県弁護士会 子ども法律学校 「事実認定のやり方」
2011年8月9日(火)と10日(水)、茨城県弁護士会による「子ども法律学校」が水戸市の茨城県弁護士会館を会場に開かれました。小・中学生向けのコースの中から、9日13:00~16:00の中学生向け「事実認定のやり方」コースにお邪魔しました。司法修習生が司法研修所で学ぶような難しいことに中学生が取り組む意欲的な企画です。
定員20名のこのコースは、翌日の模擬裁判コースの準備になっており、ここで事実認定のやり方を学習した生徒たちが、翌日の模擬裁判に参加します。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)
当日の進行
13:00 | 挨拶。グループリーダーを決める。説明。資料配布。 第1コマ「水戸駅6番線ホームの事例」開始。事例を1人ずつ音読。 |
13:20 | 証拠によりどのような事実があったと言えるか、グループで考える。 |
14:00 | 休憩5分。第2コマ「証拠の種類」解説。 |
14:20 | 第1コマにもどり、模造紙にグループ毎に考えたことを書く。 |
15:00 | 休憩5分。グループ毎に模造紙に書いたことを発表。 |
15:25 | 第3コマ「供述の信用性」解説と話し合い、発表。 |
16:05 | 終了 |
参加者
18名。4~5名ずつ4グループに分かれ着席。(同伴の保護者・きょうだいが参観)
募集方法としては毎年、水戸周辺の中学校にチラシを配布しているそうです。ホームページには広報していません。「前年度参加者からの好評を聞き、自分も見たいと思って申し込みました。」という保護者もいました。
第1コマ
〈事実認定とは〉
(1) 事実認定とは、ある事実がある(あった)のかどうかが問題となったときに、証拠によりその事実がある(あった)のかどうかを決めることです。
(2) 証拠には、「人の供述(証言)」「書類の記載内容」「物の存在やその形状」「実験の結果」「見分の結果」などがあります。
〈事例1「水戸駅6番線ホームの事例」〉
(以下の事実があったかどうかが問題とされています)
被告人水戸一郎は、平成23年5月27日午後10時30分ころ、水戸駅6番線ホーム上において、6番線に入ってくる電車を待っていた勝田二郎の背中を強く押して、勝田二郎を6番線ホーム下の電車が入ってくる場所に転落させ、そのころ水戸駅6番線に入ってきた電車の車体と同ホームの間にはさんで圧迫し、勝田二郎を死亡させてしまった。
被告人水戸一郎の言い分
私はその時間に水戸駅にいませんでしたし、勝田二郎という人は知らないし、会ったこともありません。
目撃者土浦三郎さんの供述
7番線ホームから私は、水戸一郎さんが水戸駅の6番ホームで電車が来るのを待っていた勝田二郎さんの背中を押して、勝田二郎さんを線路上に突き落とすのを見ました。
目撃者友部四郎さんの供述
私は、水戸一郎の元同僚ですが、平成23年5月27日午後10時35分ころ、白い手袋をした水戸一郎が水戸駅の改札口を異様なくらいあわてて出ていくところを見かけました。私は水戸一郎に声をかけましたが、水戸一郎は振り向きもせず、早歩きで南口方面に行ってしまいました。
赤塚五郎さんの供述
私は水戸一郎とは中学時代からの友人ですが、最近水戸一郎は会社をクビになり、そのためにイライラしていたようです。この前も、「オレは悪くない。こんな社会が悪いんだ。」などと話していました。
上野むつ子さんの供述
私は、水戸一郎さんの元カノジョですが、平成23年5月27日の夜、水戸一郎さんは久しぶりに日立市にある私の家に遊びに来て、2人でテレビゲームをしていました。水戸一郎さんは、夜の10時ころに私の家を出て帰りました。(途中で、上野さんの家は駅からかなり遠いところという設定になりました。)
柏七美さんの供述
私は、上野むつ子の友人ですが、水戸一郎さんはむつ子と別れてから一切むつ子のところに顔を出していなかったらしいのですが、一郎さんが逮捕される直前に、急にむつ子に再接近してきたということをむつ子から聞きました。
実況見分調書
7番ホームの土浦三郎が水戸一郎を目撃した地点から6番ホームで勝田二郎が立っていたと思われる地点までの距離は20メートルである。また、6番ホームの電灯は、節電中のために一部消されていたが、勝田二郎が立っていたと思われる地点から上野方面へ7メートル離れた地点の電灯および勝田方面に12メートル離れた地点の電灯が、平成23年5月27日には点灯していた。
捜査報告書
水戸警察署において、目撃者土浦三郎の視力を計測した結果、土浦三郎の裸眼での視力は0.2であり、眼鏡着用後の視力は0.8であった。同じく友部四郎の視力を計測した結果、裸眼での視力は0.7であった。
鑑定書
水戸駅南口ゴミ箱から発見された白色の手袋の外側表面に付着していた髪の毛をDNA鑑定したところ、被害者である勝田二郎のDNAと型が一致した。また、同手袋の内側に付着していた汗をDNA鑑定したところ、水戸一郎のDNAと型が一致した。
前科調書
水戸一郎は、他人に暴行を加えた罪で、4年前に罰金刑を受けている。
〈それぞれの証拠により、どのような事実があったと証明しようとしているか考える〉
事例1を読んでから、グループ毎に弁護士も加わって、それぞれの証拠からどのような事実があったと証明しようとしているか、考えました。あるグループは、弁護士が進行役になって、証拠を1つずつ検討していきました。そのグループでは、上野むつ子の供述について、「水戸一郎が10時にすぐに家を出れば、10時半ごろ水戸駅にいることはありうるかもしれない。」という意見が出ました。弁護士は、「言えることと言えないことを分けることが重要です。」とアドバイス。上野むつ子の供述は他のグループでも問題になったらしく、その後主催者から「家は駅からかなり遠い」という設定が付け加えられました。
司会:「1つの証拠からみんながいろいろなことを発見してくれるので、それぞれの証拠から何が言えるか模造紙に書いてもらうことにしました。その前に、5分休憩して、第2コマをします。」
第2コマ「証拠の種類」
〈事例2「AさんがBさんに包丁で刺された事例」〉
Aさんが自宅でBさんに包丁で刺されたという事実が問題になっています。
①直接証拠と間接証拠
直接証拠=その証拠が信用できるのであれば、証明しようとする事実を直接認めることができる証拠
間接証拠=間接事実(証明しようとする事実の存否を間接的に推認させる事実)を証明するために用いられる証拠
②実質証拠と補助証拠
実質証拠=直接事実またはその間接事実を証明する証拠
補助証拠=実質証拠が信用できるものかどうかに関する事実(補助事実)を証明する証拠
司会:「では、第1コマの話に戻り、直接証拠と間接証拠を分けて、その証拠から何が言えるか書いてください。模造紙に書くときに、矢印を使って書いてください。15時までです。証明しようとする事実は1つだけ、水戸一郎が勝田二郎を水戸駅で突き落としたか、ということです。」
〈グループ毎に発表〉
あるグループの発表を紹介します(鑑定書の検討はまだでした)。
第3コマ「供述の信用性」
供述証拠と非供述証拠
供述証拠=事実の痕跡が人の記憶に残り、それが言葉により表現されたもの
非供述証拠=事実の痕跡が物の形状として残ったもの(凶器など)
多くの裁判では、供述が信用できるものかどうかが重要となります。見間違い、記憶違い、言い間違いなど、いろいろな間違いが供述に入る可能性があります。供述が信用できるかどうか、判断する視点は次のような点です。
① 供述者の利害関係(嘘をついたりするような関係がないかどうか)
② 見聞きしたり記憶したりする際の条件など(どのような状況で目撃したのか、意識して見たり聞いたりしていたのか、たまたま目撃したのかなど)
③ 他の証拠、事実と符合するか(特に客観的な証拠による裏付けがあるか)
④ 供述の経過(話がコロコロ変わっていないか)
⑤ 供述内容が具体的か
⑥ 供述態度
⑦ 犯人かどうか選び分ける手続きが適正に行われているか(例えば、目撃証言をしている人に、一郎があたかも犯人だと暗示を与えたりするような手続きになっていないか)
など
この後、事例1の土浦三郎さんの詳しい話(ここでは省略)を読み、その話が信じられるかどうかグループで話し合って、結果を発表しました。
司会:「⑦について、例えば目撃者に写真を見せる際に、『この人でしたか』と1枚の写真を見せるのと、『この10枚の写真の中に、あなたの見た人はいますか』と尋ねるのとでは、違いがあるかもしれませんね。きょうは内容を盛り込み過ぎて時間が足りなくなりました。プリントの最後のページ『おまけ(信用性)』を見ておいてください。事実認定は模擬裁判の前段階です。模擬裁判とは、演技をするのではなく事実認定をすることです。証拠にもとづいて考えるということを身につけていただければと思います。」
〈おまけ(信用性)〉
どういう証拠が信用性が高いのか。一般的には信用性が高い順に、
1)物証
2)客観証拠(鑑定の結果など)
3)第三者供述(利害関係のない人の目撃証言など)
4)利害関係人の供述
5)共犯者の供述
6)自白
と言われます。
取材を終えて
茨城県弁護士会は、法教育においていつも先進的な取組みをされています。模擬裁判については当レポートでもさまざまなものを取り上げていますが、裁判で行われる事実認定の部分だけを取り出して詳しく解説し、体験させてくれる企画の取材は初めてでした。
証拠にはいろいろな種類があり、信用性にも順序があるなど重要なことが学べたと思います。時間が足りなくなるほどで、「直接事実を推認する方向・妨げる方向」の解説が省略され残念でした。
翌日の模擬裁判では、生徒たちがこの日に学んだことをもとに活躍してくれたことでしょう。
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