千葉日本大学第一中学校 模擬裁判

 2011年9月18日(土)、千葉日本大学第一中学校では文化祭の一環として第3学年による模擬裁判が多目的ホールで行われました。千葉県弁護士会法教育委員会の協力のもと、裁判体・検察官・弁護人役を生徒が、第3学年の教員が被告人・証人役を演じ、観客と共に有意義なひと時を過ごしました。教材は昨年の千葉県弁護士会ジュニアロースクールで実践されたものをよりシンプルにするなど、工夫されています。準備の進め方や見どころをお伝えします。

千葉日本大学第一中学校のプロフィール

 1968年(昭和43年)、日本大学第一高等学校の分身校として千葉県船橋市習志野台の現在地に千葉日本大学第一高等学校を開校。1970年、千葉日本大学第一高等学校に千葉日本大学第一中学校を併設開校。1998年(平成10年)、中学校男女共学となりました。週6日授業。周囲は近年、住宅地化が進んで活気づいています。東葉高速鉄道船橋日大前駅から徒歩約12分。新京成電鉄習志野駅から徒歩約18分。同線北習志野駅、JR津田沼駅からはバス。

(千葉日本大学第一中学校・高等学校ホームページ参考)

学級数・生徒数
 各学年6学級 1学級定員 43名 合計744名 (平成23年度)

模擬裁判実践の経緯

 2009年度、東京弁護士会所属弁護士と仕事上面識のあった数学教員が法教育の話を聞いたことから、東京弁護士会法教育センターの協力のもと、自分のクラスで文化祭に模擬裁判を実施しました。これが好評を博したので、昨年度は第3学年全体で模擬裁判を実施し、以後、伝統となるよう学校が力を入れています。弁護士が一生懸命生徒を指導してくれることに教員一同感激し、全面的に協力し合う体制がすぐにできたそうです。 
 今年度は、東京弁護士会から千葉県弁護士会法教育委員会へ協力体制が引き継がれることになり、教材は千葉県弁護士会が昨年のジュニアロースクールで実践した「階段転落事件」を用いることになりました。

事前準備

 1学期、第3学年各学級で朝の会の時に、学級担任の先生が演技希望者を募集。裁判官と裁判員計9名、検察官5名、弁護人6名が希望により決まりました。被告人と証人役は第3学年の教員の中で希望を募りましたがなかなか決まらず、何とか決めようと努力するうちに教員の意識も高まっていったそうです。千葉県弁護士会からは教材のシナリオが渡されていました。ジュニアロースクールで使用したとおりではなく、公園内にいた目撃証人について、飲酒をしていたという設定をやめてよりシンプルにし、反対尋問や反対質問、異議、論告と弁論は、シナリオに加え、生徒がアドリブで付け加えをしました。裁判官と裁判員を合わせた9名の裁判体には、事前にその内容を知られないようにしました。実際の裁判員裁判と同じく、裁判体には評議のための休憩時間に質問を考えてもらうためです。
 7月15日(金)午後、総合的な学習の時間2コマを使い、弁護士の事前指導があり、裁判手続きやシナリオの説明などが行われました。
 実質的な準備は、文化祭本番の1週間ほど前から放課後を利用して行われたそうです。

当日

時 間:13:30~15:40
場 所:本館3階多目的ホール
参加者:第3学年全員(演技者以外は傍聴)、文化祭観客

〈舞台上のスクリーンに模擬裁判の概要、証拠写真などを映写する工夫〉

 開始30分前に開場すると、舞台上のスクリーンにパワーポイントで「中学3年 模擬裁判」という案内が映写されました。案内はおおむね次のようなものでした。

「審理内容について
  被告人○○ 認知症を患う妻の介護が数年来に及んでいる。この日も、日課の散歩で妻と公園へ。そのとき2人の間に何らかの言い争いが!言い争いの直後、妻は近くの階段より転落して死亡。その光景を目撃していた証人は2人。階段下から見ていた証人A。2人の背後から見ていたB。有罪?無罪?はたしてどのように結審するのか?決めるのはあなたです!
台本・監修・協力 千葉県弁護士会弁護士7名の氏名
キャスト 教員・生徒氏名、その他、この模擬裁判劇をご覧のすべての方々」

 この案内は、評議のための休憩時間中にも繰り返し映写され、途中から見に来る観客にも裁判概要が分かるように考えられていました。
 開廷した後は、進行に合わせて、証拠の缶ジュースの写真や現場の見取り図、公園と階段の写真が映し出されました。証人A、Bには、自分がいた場所や被害者・加害者の場所を書き込んでもらって映し出すようにし、観客にも「見てわかる」工夫がされていました。

〈裁判体からの質問〉

 この模擬裁判では、休廷時間中に証人や被告人への質問を裁判体が評議して考えました。それに回答する証人と被告人役の先生も、その場で答えを考えねばならず、見どころです。
① 証人A(階段下から目撃、2人の知り合い)への質問
Q:「被告人はどちらの手に缶ジュースをもっていましたか?」
A:「右手です。」
Q:「被告人と妻の事件前の仲はどうでしたか?」
A:「奥さんのことをこぼしていました。介護が大変だという愚痴という感じで。」
Q:「被害者と被告人の位置関係は?」
A:「階段手前に被害者、奥に被告人がいました。」
Q:「被害者が落ちたときの、被告人の表情はどうでしたか?」
A:「歪んでいるように見えました。」

② 証人B(2人の背後から目撃、ベンチで友人を待ってメールをしていた)への質問
Q:「被告人は缶ジュースをどちらの手に持っていましたか?」
A:「右手だったような気が…。」
Q:「先ほど検察官の尋問に対し、被告人が被害者をつかもうとした手は右手で、パーを出していたと言いましたね。どうやって右手で缶が持てるのですか?」 
A:「うーん。」
Q:「缶ジュースを持っていたことはわかりますか?」
A:「はい、わかります。」
Q:「被告人と被害者に面識はありますか?」
A:「ありません。」
Q:「言い争っていた時の2人の向きは?」
A:「向き合っていましたから、被害者は階段に対して後ろ向きでした。」
Q:「証人Aさんの証言では、被害者は階段を向いていました。ほんとうですか?」
A:「確かです。」
Q:「被害者は本当に太めの人でしたか?」
A:「はい。」

③ 被告人への質問
Q:「いつも散歩のときに同じジュースを持っていくのですか?」
A:「はい。妻が好きなので。」
Q:「被害者が落ちたとき、救急車を呼びましたか?」→A:「いいえ。」
Q:「なぜ呼ばなかったのですか?」
A:「呆然としてしまったからです。」
Q:「なぜ階段の方へ行こうとする奥さんを止めなかったのですか?」
A:「缶ジュースを出していて、気づきませんでした。」
Q:「両手で奥さんをつかもうしたとき、缶ジュースはどうしましたか?」
A:「落としたんだと思います。一瞬のことなので、わかりません。」
Q:「夫婦生活は楽しかったですか?」
A:「はい。30年一緒でしたから、認知症でも介護しようと思っていました。」
Q:「いつごろ保険に入りましたか?」
A:「だいぶ前に、妻が私に相談なく自分で入りました。」

〈判決を待つ間〉

司会役の弁護士:「裁判員裁判について少しお話しましょう。千葉県は、裁判員裁判が行われた件数では全国何位でしょう?実は、全国1位です。成田空港があり、覚せい剤といった違法薬物の密輸の事案がほとんど裁判員裁判になるからです。それだけ観客の皆さんも、裁判員になる確率が高いということです。
  今日の模擬裁判で、有罪だと思う人は手を挙げてください。」
→生徒多数、観客少数。
司会:「無罪だと思う人は?」
→生徒少数、観客多数。
司会:「刑事裁判の原則に、無罪推定の原則があります。検察官の証明の程度は、常識に従って間違いないと言えるだけの証明が尽くされていることが必要です。白か黒かではなく、黒か黒でないか、と考えてください。そのうえで、もう一度聞いてみます。やはり有罪という人は?」
→有罪・無罪が半々ぐらいになったようでした。

〈判決〉

裁判長役:「無罪です。理由は、証人Aは、階段の下から被告人が見えていたとは思えません。証人Bの証言もどうかと思われますが、検察官の立証は不十分です。」

〈参加者感想〉

裁判長役:「有罪か無罪か、迷いました。裁判官の仕事がこんなに難しいとは思いませんでした。」
担当弁護士:「補充質問は、重要な点をよく考えていました。判決も、短い時間の中でよく考え、裁判長がよく頑張りました。」

検察官役:「負けてしまいましたが、裁判の難しさを知るとともに、楽しくできました。」
担当弁護士:「ジュニアロースクールの時は、圧倒的に無罪が多かったのですが、今日は意見が割れたので、検察官が頑張ったおかげだと思います。元のシナリオからずいぶん工夫しました。」

弁護人役:「弁護士の仕事は、頭がいいだけでなく反射神経も必要だとわかりました。」
担当弁護士:「台本に縛られずに、自分たちで理解して考え、今日に臨んだことが素晴らしいと思います。」

被告人役教諭:「台本通りでいいのかという形で臨んだのですが、あそこまでアドリブでこられるとは思わず、混乱しました。」
証人A役教諭:「生徒たちはいろいろな角度から質問しようと、放課後に残ってよく考え準備していました。証人としてどう答えていいか戸惑いましたが、Aという人間の性格を考えて答えました。裁判員に選ばれる機会を改めて感じ、みんなも今日の模擬裁判を振り返ってほしいと思います。」
証人B役教諭:「私の演じたBさんは、設定には前科があり、ちょっと適当な人ということで、役作りを考えました。検察官がここぞとばかり向かってくるのを感じました。演技をしてくれた生徒、傍聴人として最後まで頑張ってくれたみんなに拍手しましょう。」

〈来年度に向けて〉

 模擬裁判終了後、弁護士と教員の反省会が短時間ながら行われました。中学校では、この取組みの好評を受け、来年度も第3学年で法教育を行うことを検討しています。
 弁護士側は被告人役などもすべて生徒がすることを提案してみましたが、教諭が演技をする場面があると、生徒が非常にのってくることが今日の様子を見てもわかりました。
さらに、教員集団の中でも、演技者を決めようとするうちにだんだん法教育への関心が高まる効果があったそうです。生徒と教員が一体となって一つのものをつくり上げることを確認し、弁護士はあくまで側面から支援協力をするのがいいようだと話し合われました。

取材を終えて

 この取り組みの取材は、いくつかの点で新鮮なものがありました。1つは、東京弁護士会法教育センターから千葉県弁護士会法教育委員会へ、指導担当が引き継がれたことです。千葉県内の中学校への支援ということで、地元弁護士会に譲られることになったそうですが、弁護士会同士のこういった連携は初めての取材例でした。このように弁護士会が臨機応変に対応することは、法教育普及のために素晴らしいことだと思います。
 2つめは、弁護士会のジュニアロースクールで扱った模擬裁判を、中学校で実際に教材として使うという試みです。夏休みなどにごく一部の参加者が一度使うだけではもったいないことです。設定をさらに簡略にするなどの工夫がされたうえ、中学生によってさらに質問や論告・弁論が考えられ、付け足されるという発展がありました。1つの教材が他の学校で使われることにより、さらに洗練されていくという方向が見えたと思います。
 3つめは、千葉日本大学第一中学校の先生方の団結力の強さです。2年前に一人の教諭が自分のクラスだけで取り組んだ模擬裁判が評判になると、すぐに学年全体で取り組むことになったのは素晴らしいことではないでしょうか。学年全体、学校全体の先生が一致して取り組めば、法教育はたちまち学校に根付く可能性があるということを感じさせていただきました。
 最後に、先生と生徒が一緒になって模擬裁判劇をする楽しさです。ふだん、怖いかもしれない先生が、生徒と一緒になって役柄を演じてくれる楽しさは、生徒にとって忘れ難い思い出にもなりましょう。楽しく法教育の勉強ができるということも、素晴らしいと思いました。

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