平成23年度全国中学校社会科教育研究大会(東京大会)公民的分野 その2

 その1にひきつづき、2011年11月18日(金)に港区立高松中学校で開催された全国中学校社会科教育研究大会から、専門家を講師として招いてワークショップを行った公開授業Ⅱと授業研究協議の模様をお伝えします。

2 公開授業Ⅱ「民主政治と政治参加」

11:05~12:00
単元:大項目(3)「私たちと政治」中項目イ「民主政治と政治参加」
(「現代の民主政治とこれからの社会」全19時間のうち本時は第9時間目)
杉並区立向陽中学校3年C組
(生徒はグループ毎に3か所に分かれて机を寄せ合っています。)
授業者:金城和秀 教諭  場所:体育館
外部講師:中野勝郎 法政大学法学部教授、井田正道 明治大学政治経済学部教授、
       木野綾子 弁護士、吉田幸加 弁護士

〈単元のねらい〉

・地方自治の基本的な考え方及び議会制民主主義の意義について、地方公共団体の政治の仕組みや国会を中心とする我が国の民主政治を推進するためには、公正な世論の形成と国民の政治参加が大切であることに気付かせること。
・主権者としての意識を高め、将来の国家・社会の形成者として主体的に考え、政治や裁判の仕組みを自ら理解しようとして、その重要性や課題に気付くこと。

(「東京大会」資料p.67~68より)

〈前時までの学習〉

 「二院制を継続すべきである」「裁判員制度を維持すべきである」「選挙権の年齢を18歳に下げるべきである」という3つの論題についてディベートをするため、生徒を6班に分け、2班ずつ論題と立場を選んで準備を進めました(4時間)。次に3つの論題について1グループ(2班)1時間ずつディベートを実施し(3時間)、第8時間目には論題ごとに振り返りを行いました。各論題ごとに自分の意見をワークシートに書き、自分の意見が変わったかや、ワークショップのための質問などをまとめました。

〈ディベート論題ごとの論点の検討に関する視点〉
地理的(空間的視点)、歴史的(時間的視点)、政治的視点、経済的視点、社会的視点、国際的視点、地域的視点

〈ワークショップは論題ごとに主張点発表から開始〉

論題「選挙権の年齢を18歳に下げるべきである」
肯定派:世界では18歳が多いこと。18・19歳の労働者は納税しているのに、選挙権がないのは不公平なこと。若者の政治離れを防げること。
否定派:18・19歳は政治的知識が乏しく、投票率も現に低いこと。データ上、20歳未満の人は選挙権を望まない人が多いこと。18歳は高校生も含まれ、学校教育に政治教育が持ち込まれるおそれがあること。20歳を成人年齢とする民法等との整合性。
講師:「投票率は低くても権利はできるだけ広く認めるという考え方があります。世界の多くの国が18歳で選挙権を認めているといっても、いろいろです。南米が最も早く、1世紀ぐらい前から。次が東欧で、第二次世界大戦後から。1970年代から西欧先進国、という3つの波がありました。日本は終戦まで成年は20歳でしたが、選挙権は25歳からでした。権利はできるだけ広く認めた方がいいという考え方により、20歳に引き下げられるとともに女性にも認められました。その時、アメリカは成人は21歳です。20歳で成人の国は少なく、18歳の次に多いのは21歳です。」

〈肯定派からの質疑応答〉

【投票の義務と関心について】
生徒1:「若い人の投票率は、どうすれば高くなりますか?」
講師:「オーストラリアでは若者もほとんど投票に行きます。行かないと罰金を取られるから。強制投票制といいます。日本の場合は、選挙権は権利です。義務だと思っている人が多いけれど。強制投票制は一番簡単な方法ですが、日本でしようと思ったら憲法を変えないといけません。君はどう思いますか?」
生徒2:「選挙へ行かないからといって罰を与えるのは、行き過ぎだと思います。」
講師:「義務にしたら選挙への関心は高まると思いますか?」
生徒3:「望ましいけれど、他のやり方や政治教育をもっとするなどの方法があると思います。」
生徒4:「関心がないまま義務化されると、無責任に投票して、それに政治が左右される恐れがあります。」
講師:「それがオーストラリアでも問題になっています。候補者リストの上から順に選んだりするのです。3割の人が関心がありません。ただ、日本より人口が少ないからやむをえないこともあります。人口が多い国は義務制の国は少ないです。どのような政策をとれば投票率が上がるか。「アラブの春」は若者の運動ですが、イスラム社会は長幼の序が厳しく、若い人が自分の意見を主張できなかったのが爆発した形です。むしろ、ものすごく政治が悪ければ、若い人が政治に関心をもつかもしれません。」

【選挙権と成年年齢の関係】
生徒5:「選挙権を18歳にしたら、他の法律に与える影響はありますか?」
講師:「民法で成年年齢が20歳だからといって、未成年者に選挙権を与えることを否定するものではありません。2007年にできた国民投票法では、国民投票権は原則として18歳からにしました。選挙ではなく、意見を聞くことだからです。選挙権を未成年に与えることは、実際問題整合性としてよくないと言われています。今のところ、選挙権を18歳に与えるなら成人も18歳にしようかと一体にして議論されています。そうなると200ぐらい法律を見直す必要がありますが、選挙年齢だけなら見直す法律は少ないです。」

【政治的に中立な教育とは】
生徒6:「偏った政治教育の例はありますか?」
講師:「北朝鮮では17歳から選挙権があります。偏った教育をしていると思いますか?何を基準にして偏っているというかは難しいです。日本の公民教育は偏っているということに関して非常に敏感です。基本的に中立教育をしています。すると、制度理解が中心になり、党派的なことは避けようとします。そのため関心が阻害されてしまうきらいもあり、全く偏りのない教育は難しいです。アメリカは反共教育に偏っていました。アメリカから見れば、旧ソ連や中国は偏っている。それを理解してもらえばいいと思います。複数政党制の場合は、どれかの党を推せば偏っていると言えます。偏っているというと、どういうイメージをもっていますか?」
生徒7:「特定の政党を支援すること。」
講師:「文部科学省が党派的中立性を重視しています。逆に、選挙権を貰ったとき、どう選べばいいか教わっていない不満が出ます。」

〈否定派からの質疑応答〉

【年齢と投票率の関係】
生徒8:「選挙権を18歳にすると、投票率はどのくらい上がりますか?」
講師:「1970年代に先進国が選挙年齢を引き下げたら、今、18~20歳が一番投票率が低いです。アメリカもベトナム戦争が終わって徴兵制が廃止されたら、関心が下がりました。今、ウォール街のデモには若者が多いですが、選挙という(意見表明の)手段は人気が低い。デモに行くという方法もあるということです。東京都では、20歳が一番投票率が高くて、年齢が上がるにつれ投票率が下がっていきます。選挙権を貰ったばかりは新鮮なんですね。18歳からに下げたら、18歳の投票率が高くなって、20歳は下がるかも知れません。ドイツは地方選挙は16歳から。高校生の投票率が高いところもあります。」
生徒9:「なぜ年代が上がるにつれ、投票率が上がるのですか?」
講師:「70歳代がピークです。80~90歳代はどうですか?」
生徒10:「家から出ない人が多くなると思います。」
講師:「健康上の理由ですね。社会から引退していく、関わりがなくなることも投票率低下の一因です。選挙に行くのは、「自分の生活にどう影響するか感じる」ことが最大の理由です。人生のライフサイクルを上がると、税金や保険料を取られますから、政治と関わりが増えます。若い人の投票率が低いもう一つの理由は、他のことに興味があるからです。異性など。強制でない国はほとんど同じパターンです。」
生徒11:「投票率が高齢者ほど高いと、政治に高齢者の意見が反映されませんか?」
講師:「それはあります。候補者が重視する年齢層の意見を反映するおそれがあります。」

【いつからが大人なのか】
生徒12:「選挙権が15歳からの国もありますが、なぜですか?」
講師:「長野県の平谷村は、住民投票権に関して中学生から認めています。どこの自治体と合併するか決めることには、これから長く生きる人に参加してほしいからということでした。日本でも社会の発展段階により、いつから大人とするかは変わっています。世界でもそうです。日本人は同じ20歳でも子どもに見えると言われます。実質的に大人になるのが少し遅いという意見もあります。韓国が18歳に引き下げたのは徴兵制があるからです。日本の18・19歳は精神的に大人でないと言われることについて、どう思いますか?」
生徒13:「結構幼いと思います。」
生徒14:「どういった基準で精神的に大人というのですか?」
講師:「親と同居しているかどうか、ということもあります。イタリアは結構同居が多いですが、それは文化だから。年齢が低く見えることは必ずしも悪いわけではありません。」

【投票率を上げる政策】
生徒15:「若者の投票率を上げるために、日本は何か政策をしていますか?」
講師:「国は特にはしていません。全体の投票率を挙げようとしての政策で、若者の関心を啓発する活動はしていますが、大々的にではありません。」
生徒16:「高齢者向けの今の政策とは何ですか?」
講師:「年金支給額や医療費の問題についてです。高齢者も負担していますが、年金をもっと下げると言えないでいます。」

〈論題ごとに討論内容発表〉

【二院制を継続すべきである】
 否定派は「国会審議に時間がかかる」と主張しましたが、アメリカでは審議時間はもっと長いし、回数も多いということで、二院制は必要ということです。参議院の存在意義について、違憲審査権の行使は少なく、日本の参議院は力が強いので、存在意義が高いということでした。

【裁判員制度を継続するべきである】
 実際の裁判員裁判で、国民の意見と裁判官の意見は大差なかったそうです。裁判官は難しい言葉をわかりやすく説明しなければならないので、自分たちも理解が深まったそうです。広く国民の意見を法曹に集めることができ、関係者だけの裁判より正しい判断が出せるということは、国民の人権を守ることができるということです。問題点だけ見て反対していましたが、「国民の意見を広く集める」のはとても大切だとわかりました。」

(「選挙権の年齢を18歳にすべきである」については省略します。)

先生:「では、次の時間は個人の意見を書いて終わりにします。」

3 公開授業研究協議(12:30~13:15)

公開授業Ⅰ「国民生活と福祉」の授業者:
 「先週ワークショップをし、それをもとにして財政の意義を考え、議論を深めさせました。ワークショップにより思考力が高まった例としては、普段まったく発言しない生徒が『もっと若者の仕事を増やさないといけない。』『もっと情報公開しないと、国民が興味関心を示さない。』と言ったことです。普通の授業より思考が深まったと思います。時間配分をもっと後半の議論に向けるべきだったのが残念でした。」

公開授業Ⅱ「民主政治と政治参加」の授業者:
 「本時のねらいは、一方的な見方の修正と自分の考えの深化です。ディベートの時にこちらの意図するところに達成していなくても、今日のワークショップで、理解が進んだと思います。多くの生徒が積極的に資料収集して、生徒内で議論も進みました。」

〈質疑応答〉

質問:「公開授業Ⅰについて、なぜ「国民生活と福祉」の単元でこの3つのディベート論題なのですか?」
(ディベート論題は、「(三目通りに)自転車専用道路の整備を進めるべきである」「社会福祉の充実のため消費税を10%に上げるべきである」「太陽光発電を義務づけるべきである」の3つでした。)
回答:「先行授業では、ディベートで出た議論にこだわって、意見が進みませんでした。そこで、本時はディベートの時に縛られないグループ分けをし、意見を深めようとしました。経済から離れて「公平・公正」に議論がいってしまいましたが、政治と経済のどの単元にこの論題を配列するか、考え直したいと思います。」

質問:「論題をこちらから与えると、生徒に切実感がないことが心配です。まず問題を提示して、自分たちの立場を明らかにさせてからすると、より多面的に厚みが出たと思います。」
回答:「ディベートをすることがありますが、生徒は自分たちで論題を作りたがります。生徒の切実感だけでやると、価値論題になったりします。政策論題として論点が噛み合うようにするには、教師が論題として成立するように(賛成・反対の双方が論が立つように配慮して)、アドバイスなどをすることが必要です。」

質問:「習得・活用・探究という流れの中で、知識を後から付け足していっていました。改善点があったら教えてください。」
回答:「あえて最初からは教えないというスタンスでした。学習指導要領の中のこの概念を使わせる、と意識してやっています。例えば「経済活動の意義」といった「意義」から授業を組み立てています。このような疑問が生徒から生まれるといいなどと考えています。」

質問:「「対立と合意」、「効率と公正」を1年間を通し、どのような方法で広げ深めていきますか?」
回答:「授業を録音したりしておくと、知識に漏れがあることに気付くので、講義で補います。生徒の言葉を使ってあげると、関心をもちますし考えも深まります。知識とは概念をつかむことなので、網羅的ではなくてもその作業で埋めていけます。」

質問:「ディベートで難しいのは論題決めと肯定否定の資料集めですが、どうされていますか?」
回答:「ネット上から本当に大事な資料を見つけるのは、かえって難しいです。「ディベートお助けシート」を作るようにし、調べていくとたどり着けるワークシートと両面作戦でやっています。

取材を終えて

 公開授業Ⅱの「選挙権の年齢を18歳にすべきである」についてのワークショップでは、生徒からいい質問が次々に出て、ここまでの学習の成果を感じました。講師の先生のお話により、選挙権の年齢と成年年齢の関係や「精神的に大人になるとはどういうことか」など、民法の成年年齢の基礎となるような大事な考え方について思考が深まったと思われます。
 研究協議で、公開授業Ⅰの後半で議論が「公平・公正」にいってしまったと言われていましたが、高等学校公民科学習指導要領に取り上げられている「幸福・正義・公正」という考え方の枠組みで、基本的には社会の多くの問題が考えられるということです。生徒たちの議論が「国民一人ひとりの福祉を考える」という財政問題の本質に迫るものであったから、「公平・公正」が話し合いの中心なったと考えられるのではないでしょうか。「法教育」という言葉を使わずに、法教育が実施されていたことを感じさせられた公開授業と研究協議でした。今大会の成果が一層深まっていくことを期待したいと思います。

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