平成23年度全国中学校社会科教育研究大会(東京大会)公民的分野 その1

 2011年11月17日(木)・18日(金)、平成23年度第44回全国中学校社会科教育研究大会が東京都で開催されました。その中から、港区立高松中学校を会場に行われた公民的分野について、18日の公開授業と授業研究協議の模様をお伝えします。報告その1では大会の主題についてと、クラスでの議論が盛り上がった公開授業Ⅰ「国民生活と福祉」についてお伝えします。

大会主題について

主題:「自分づくり」「社会づくり」を通して生きる力をはぐくむ社会科学習 
 2004年に行われた関東ブロック中学校社会科教育研究大会では、大会主題は「21世紀の社会科で培う公民的資質を探る」とされ、これからの社会科で培う公民的資質のために「自分づくり」「社会づくり」の学習の必要性が東京都中学校社会科教育研究会(以下、都中社研と表記します)より提唱されました。このほど、「自分づくり」「社会づくり」の概念は、基本的に新学習指導要領の方針に沿ったものであることが明らかになり、これまでに取り組んできた研究において生徒に十分に定着していない資質・能力や、新学習指導要領で求められる新しい内容・方法について、今大会で補充・深化していくことになりました。それにより、「公民的資質の基礎」を養い、「生きる力」を育むことができると考えます。

(「東京大会」資料p.13~18より)。

 

公民的分野の研究主題について

主題:「対立」と「合意」を踏まえた社会参画意識の育成
 都中社研の公民専門委員会では、大会主題の「自分づくり」を「生徒自身が将来の民主的な国家・社会の形成者として自己の意見や考えをもつとともに、公正な判断を行い、民主的な合意形成を目指すことができる人間としての自分をつくっていくこと」、「社会づくり」を「より民主的な平和で安全な社会を築くことに参画すること」と考えています。ひとことで言えば、「自分づくり」とは「主権者意識をもつようになること」、「社会づくり」とは「社会参画の意識を持つようになること」といえます。
 さらに、「参画」とは、社会に存在するものに参加するのではなく、「企画段階からかかわったり、現在、社会にあるものをよりよいものに変えていく不断の努力を惜しまないこと」と考えます。
 新学習指導要領では、現代社会を捉える視点として「対立と合意」、「効率と公正」という考え方が加わりました。この視点は旧学習指導要領の「個人と社会生活」の中で、「人間が社会生活を営む上では一定のルールが必要となることや、ルールづくりに参画すること、つくったルールは必要に応じてつくり替えることができること」などとして含まれており、キーワードとして取り上げられより明確になったと考えます。
 「対立と合意」の視点は、現実の社会を学んでいく見方・考え方として重要であり、「自分づくり・社会づくり」につながる視点であると考えています。現実の社会では、人々がより良く生きるために、様々な立場の多くの人間がかかわって合意を形成していかなければなりません。
 「効率と公正」という視点については、「効率」を追求することはより良く生きること、より良い社会をつくることに通じるものです。ただし、「効率」を追求する競争の際に「公正」でない場合があったり、競争の結果大きな格差が生じてしまう場合に、「公正」という視点からとらえ直すことが必要ではないか、ということです。「効率と公正」は常にバランスを重視していかねばならない視点であると考えます。

(「東京大会」資料p.57~61より)

 

1 公開授業Ⅰ「国民生活と福祉」

10:05~10:55
単元:大項目(2)「私たちと経済」 中項目イ「国民の生活と政府の役割」
(全9時間のうち、本時は第9時間目)
墨田区立本所中学校3年生の1クラス(6~7人ずつ6班に分かれています)
授業者:種藤 博 教諭     場所:格技室

〈単元の目標〉

① 国民生活と福祉の向上を目指す財政について、(中略)限られた財源の望ましい配分という観点から考える。
② 財政の意義と役割について理解するとともに、タックスペイヤーとして税金の使いみちに関心をもつ。
③ 社会資本の充実について、福祉の向上を図る上では生活に関連した社会資本の充実が必要であることに気付く。
④ 社会保障の充実について、少子高齢化など現代社会の特色を踏まえながら、これからの福祉社会の目指すべき方向について考える。
⑤ 環境の保全について、この問題の解決が国や地方公共団体の重要な課題であるとともに、個人や企業が責任ある行動をとる必要があることに気付く。
⑥ ディベート学習、その後にワークショップ学習を取り入れ、資料活用の技能を高め、国民生活と福祉について多面的・多角的に考察する。

〈前時までの学習〉

 「(三目通りに)自転車専用道路の整備を進めるべきである」(社会資本の整備として)、「社会福祉の充実のため消費税を10%に上げるべきである」(社会保障の充実と福祉の向上)、「太陽光発電を義務づけるべきである」(公害の防止など環境の保全)の3つをディベートの論題とします。班ごとにディベートの論題と分担を選び、クラス内で調整しました(1時間)。次に、授業4時間を使って資料収集・フォーマットに合わせた原稿とレジュメ作りをして、ディベートの準備をしました。第6・7時間目にディベートを実施、第8時間目にまとめのワークショップとして外部講師との交流授業を行いました。ディベートで問題となった論点をまとめ、肯定・否定の立場からそれぞれ意見を述べた後、講師との質疑応答を行い、まとめました。

〈本時は財政のまとめの話し合い〉

先生:「先ほどは福祉について話しました。より良い財政にするためには、「国民皆が納得するような財政」が大事です。プリントを見て、班でキーワードについて10分間考えて、画用紙に書いてください。」
(生徒には「財政についてみんなで話し合おう」というワークシートが配られています。キーワードには社会保障、国債の返済、消費税10パーセント、中小企業改革、公共事業、東日本大震災復興支援、海外流出した企業を呼び戻す、国民の意見をもっと取り入れる、今ある無駄をなくす、できるだけ公平・公正に、などがあったようです。班は、ディベートの時のグループがバラバラになるように、6つに再編されています。)

ある班の話し合い:「国民みんなが納得するということは、まず少しでもみんなに共通することをみつけないといけない。」

〈「国民皆が納得するような財政」についてキーワードを用いて発表〉

1班:「社会保障については、少子高齢化が進むと国民1人1人の負担が増えます。そこで社会保障費を減らさないといけませんが、医療費の助成や国民健康保険を削ってはいけないと思います。国債の返済については、今のままだと国民の負担増になるので、将来の負担を減らすため返済のペースを上げないといけないと思います。」
2班:「消費税を10パーセントにして、高齢者医療と子どもを増やすための産婦人科や小児医療の充実に充てるといいと思います。中小企業改革については、政府が力を入れて支援した方がいいと思います。日本の技術力を高めると、(国民の)収入も増えると思います。」
3班:「社会保障については、高齢者や障がい者対策が重要です。公共事業については、東日本大震災の復興支援に力を入れるべきだと思います。」
4班:「政治家だけに任せていると国民の声が届いていないと思うので、国民の意見をもっと取り入れるべきだと思います。少子高齢化対策をすると、新しい世代が助かります。」
5班:「今ある無駄をなくします。(先生が「お金の使いみちを見直すことですね」と補足しました。)少子高齢化対策としては、子どもを増やす手助けをします。より良い財政のための社会保障や公共事業を考えます。震災復興のための社会資本については、どのような財政状況でも整備すべきで、地域全体でメリット・ディメリットを考えるのがいいと思います。」
6班:「できるだけ公平・公正・平等な社会になるようにすることが大事です。中小企業復活を支援して、働き口を増やします。海外流出した企業を呼び戻すために、保護貿易を再び強化して、国内の雇用を増やすといいと思います。」

〈「財政の役割」確認〉

先生:「資料集『ビジュアル公民』の98ページ「財政の役割」を見てください。「資源の配分」、道路や教育ですね。「所得の再分配」は、誰もが豊かで幸せな暮らしができるよう、収入の多い人から少ない人へお金を回すこと。「景気の調整」。「無駄を省く」は漢字2文字で何と言いますか?」
生徒1:「効率。」
先生:「そうです。それから「公正」という視点が大事です。」

〈「より良い財政にするためにどうしたらいいか」クラス全体で議論〉

先生:「これからみんなで「より良い財政にするためにどうしたらいいか」議論します。「国民の意見をもっと聞く」ということを発展させ、「これにお金を使うべき」ということを班で話し合って下さい。2~3分で。」
(数分後)
先生:「では、個人で発表してください。」
生徒2:「中小企業など、お金の足りないところに支援するべきだと思います。」
生徒3:「いろいろな人に政治に関心をもってもらうため、10代と20代の議員を増やすことが必要だと思います。」
生徒4:「増税してスウェーデンみたいな高税率高福祉の社会をつくるべきだと思います。」
生徒5:「今の意見を否定しますが、全員が働ける社会が大事だと思います。働かないで食べていけるのは不公平です。」
生徒7:「生徒3への反論ですが、10代や20代は経験不足だから中年以上の人たちに意見を募ったらいいと思います。」
生徒8:「今の意見に反論で、経験が浅くても若い人がいいと思います。若い人は、中年以上の人には考えつかないことを考えつくからいいと思います。」
生徒9:「生徒5に反論しますが、雇用を充実させるためにお金を使うことになると思います。」
生徒5:「雇用対策には、働いていない人に回すお金を当てればいいと思います。頑張った人が報われるのが公平だと思います。」

〈平等な社会とは〉

先生:「頑張った分だけ報われる社会が平等ではないかということですが、それについてどうですか?」
生徒10:「自分から仕事を捜そうとしないで保障を貰っている人もいます。60代の人でもそれ以下の年代の人のことを考えるのが政治だと思います。」
生徒11:「60代は60代の幸せしか考えないはずです。」
(クラスが騒然として、不満の声)
生徒11:「頑張ったというのは個人差を無視していると思います。」
生徒12:「広く浅く税金を取る消費税10%はいいと思います。能力が高い人は上にいけないと、社会が活性化していかないと思います。」
(みんなから拍手)

〈議論を財政に戻して〉

先生:「財政に話を戻します。みんなが豊かになれるためには、そういったお金の使い方をすべきですか?」
生徒13:「弱っている人にも分け合って、みんなと同じ立場まで行けるようにしたい。」
先生:「弱っている人とは誰ですか?」
生徒13:「お年寄りや震災にあった人。」
先生:「みんなが豊かになるためには、どういうことが平等・公平・公正か考えました。どのキーワードにお金を使うべきか、チャレンジカードの裏の「あなたにとってより良い財政配分の方法」というところを、この次までにまとめてきてください。」

〈ここまでの取材を終えて〉

 公民的分野における大会主題「自分づくり」の理解は、「公正な判断を行い、民主的な合意形成を目指すことができる人間としての自分」をつくっていくということであり、まさに新学習指導要領の「対立と合意」「公正」という視点に立つと考えられます。「社会づくり」の理解は、「より民主的な平和で安全な社会をつくることに参画する」ということですが、「より民主的な」とは多様な考え方や生き方を尊重しながら、ともに協力して生きていくことのできる社会と考えられます。いずれも法教育によって育みたい生徒像に通じると思われ、「法教育」と言わずに法教育の内容が実現される素晴らしい主題だと感じました。
 「効率」については、法教育推進協議会委員の大杉昭英先生(岐阜大学教育学部教授)は「誰かの満足を減らさずに、誰かの満足を増やすのはいいこと」と説明されています。この表現なら生徒にもわかりやすいのではないかと思います。
 公開授業に関する授業方法には、法教育で重視される話し合い活動が十分に取り入れられていました。話し合いだけでなく、ディベートの後のまとめとしてアフターディベートを行い、さらに振り返りの話し合いをし、レポートを書くというように、情報収集・活用・コミュニケーション・表現力など総合的に言語活動が充実していたと思います。財政の話から、子ども達が自然に「公正」の議論を深めていく場面が印象的でした。

平成23年度全国中学校社会科教育研究大会(東京大会)公民的分野 その2 へ続く

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