第6回高校生模擬裁判選手権 関東大会

 2012年8月4日(土)9:40~16:30、第6回高校生模擬裁判選手権が東京、大阪、愛媛の3会場で開催されました。今年はこれまでと異なり、被告人と証人役を弁護士が演じることになり、生徒はどんな答弁が返ってくるかわからない状態で、試合に臨みます。題材は正当防衛が問われる事件で、シンプルでありながら難しいものでした。関東大会は、弁護士会館のほか、昨年度は節電のため使用できなかった東京地方裁判所が使用できることになり、実際の法廷で模擬裁判が行われました。参加校では、静岡県から新たに県立高校が参加し、1都5県から8校が対戦を繰り広げました。

〈出場校〉

静岡県立浜松北高等学校(静岡)  湘南白百合学園高等学校(神奈川)
千葉県立東葛飾高等学校(千葉) 東京都立小石川中等教育学校(東京)
東京都立西高等学校(東京) 日本学園高等学校(東京)
山梨学院大学附属高等学校(山梨) 早稲田大学本庄高等学院(埼玉)

(50音順)

〈試合組み合わせ〉

第1試合(10:30~12:20) 第2試合(13:20~15:10)
検察側 弁護側 検察側 弁護側
101号法廷 早大本庄 浜松北 日本学園 西
102号法廷 山梨学院 日本学園 湘南白百合 東葛飾
103号法廷 西 湘南白百合 早大本庄 小石川
104号法廷 東葛飾 小石川 浜松北 山梨学院

 

〈公訴事実、罪名および罰条〉

 検察官は、被告人桜井笙子さんが以下の罪を犯したと主張しています。
 被告人は、平成24年5月12日午前10時10分ころ、京都市北区紫野今宮町21先路上において、相場正憲(当時19歳)に対し、両手で同人の胸付近を強く押して同人を路上に転倒させる暴行を加え、よって、同人に全治約1か月間を要する後頭部挫傷、急性硬膜下血腫の傷害を負わせたものである。
罪名および罰条 傷害   刑法第204条
                      (当日のプログラムより)

〈証拠〉

① 争いのない証拠書類の内容が記載された「合意書面」
② 被害者相場正憲さんの「供述調書」
③ 転倒場所から約45m離れた所から目撃した被告人の同級生小野知恵さんの「供述調書」
④ 被告人桜井笙子さんの経歴などに関する「供述調書」
 また、法廷では証人尋問(転倒場所から約10m離れた所から目撃した被告人の恋人一宮順也さん)と被告人質問が行われます。
 (当日のプログラムより)

 

 なお、補足しますと、桜井さんと相場さんは小学校から高校まで同級生でしたが、高校卒業までは知り合いという程度で話をしたことはありませんでした。桜井さんが実家を離れて京都の大学へ進学し、相場さんは1年遅れて平成24年に同じ大学へ進学しました。3月に行われた高校の同窓会で、同じ大学に進学したよしみからメールアドレスを交換し、それ以来メールのやり取りをするようになりました。
 桜井さんは同じ大学の4年生の一宮さんと1年くらい前から交際していますが、時々けんかをしては暴力を振るわれていることを相場さんにメールしていました。相場さんは、桜井さんから「相場君と交際していたら、暴力に悩むことはなかったかもしれない。」と伝えられてから、桜井さんのことが気になるようになり、暴力をふるう相手と別れて自分と交際したらいいと桜井さんに言うようになりました。
 事件前日の5月11日に、相場さんと桜井さんは喫茶店で会い、桜井さんがこれから一宮さんと別れ話をし、結果を相場さんに報告するということになりました。しかし、その日いくら待っても桜井さんからの連絡は来ず、心配になった相場さんが何回携帯電話に連絡しても、連絡はつきませんでした。翌日、相場さんは桜井さんの友達の小野さんに事情を話し、一緒に一宮さんの住居へ桜井さんのことを尋ねに行きました。桜井さんは11日から一宮さん宅に泊まっており、小野さんから相場さんが心配していることを聞き、小野さんと相場さんに近くの今宮神社で待っていてくれるように伝えました。一宮さんは一緒に行こうかと言いましたが、自分で話をつけるから大丈夫と言って、桜井さんは神社へ出かけました。

〈争点〉

 桜井さんが一方的に相場さんの胸を突いたのか、相場さんが桜井さんの首を絞めようとしたための正当防衛だったのかどうか。

〈第1試合から:東京都立西高等学校(検察側)vs湘南白百合学園高等学校(弁護側)〉

【冒頭陳述の様子】
 検察側は、相場さんが一方的に桜井さんからののしられ、押し倒され、けがを負わされたと主張しました。高校の同窓会で二人が再会してから事件までのいきさつを時系列にそって述べました。
 弁護側は、相場さんから首を絞められたために押しただけで、防衛行為に当たると主張しました。模造紙に書いたものを提示して、証拠によって証明しようとする事実は、(模造紙を提示)① 小学校時代から平成24年5月頃までの相場さんとのいきさつ、② 事件前日の様子、③ 事件当日の様子であることを述べました。
 検察側、弁護側ともに落ち着いた明晰な話し方で、それぞれの主張が理解しやすいと思いました。

【証人尋問の様子】
 検察側は、「事件前日、何をしましたか?」「その後は、どうしましたか?」「そのときの様子は?」「なぜですか?」という質問の仕方で、誘導を指摘されることなく証人から必要なことを聞き出していました。「口論のどのタイミングで、被害者が倒れてきましたか?」と質問し、「桜井さんが自意識過剰とかキショいとか言った後。」という重要な回答を得ました。
 弁護側は、「首のあたりに手をもっていくのを真後ろから見ていたんですね?」と尋ねたとき、証人から「その質問は、首のあたりに手をもっていったという前提なので、違う。」と突っぱねられました。

【被告人質問の様子】
 弁護側は、「首をつかまれたことに焦点を当ててお聞きします。どのようにつかまれましたか?」「その手を自分の首で実演してみてください。」と尋ね、被告人にうまく演技をしてもらうことができました。被告人の供述が「一貫していますね?」と尋ね、「している。」という回答も引き出しました。反対質問のときに、検察側がいきなり資料を手に被告人席へ歩み寄ると、弁護側はすかさず裁判官の許可を取るよう指摘しました。
 検察側は、証拠として採用された調書と採用されなかった調書では、被告人の供述の内容がくい違うことを指摘しました。「どちらが正しいのですか?」と訊かれた被告人は、「今は忘れたので…」などと、よく聞き取れない声でしどろもどろでしたが、首を絞められたタイミングについては「うそつき女と言われながら首を絞められた。」と述べ、証人の証言とも食い違うことを示しました。

〈休憩時間に湘南白百合学園生徒にインタビュー〉

 休憩時間中にたまたま、湘南白百合学園高等学校の生徒にお話を聞くことができました。同校は、これまで関東大会5連覇中ですが、落ち着いた手際の良いプレゼンテーション力、論理構成の巧みさなどが代々受け継がれているように感じられます。
生徒:「(本校は中高一貫教育ですが)中学生のときから、総合的な学習の時間にプレゼンをしています。グループでだけでなく、個人でもみんなの前で発表をしています。」
ということでした。中学生のときから、一人ひとりのプレゼンテーション力を養っていることが、連覇の原動力の1つではないでしょうか。

〈第2試合から:静岡県立浜松北高等学校vs山梨学院大学附属高等学校〉

【証人尋問の様子】
 検察側は、証人が被告人と交際を始めたころから時系列に沿って質問しました。証人は、「交際している間に(桜井さんの様子が交際当初と比べ)変わったことは?」と尋ねられ、「どういうことですか?」と質問の意味を問い直したり、続けて「他に?」と尋ねられて「他に?」と聞き返したりするなど、あまり検察官に協力的でない印象でした。「他に」の内容を検察側が説明しかけると、すかさず弁護側から「誘導です。」と異議が出されました。初出場の高校にとっては勝手をつかむのが難しいところですが、だんだん落ち着いて、最後は、押し倒した後の被告人の様子は「呆然としていた。」という回答を引き出しました。
 弁護側は連続出場を重ねている余裕か、「~しましたか?」や「どちらの手ですか?」という回答しやすい質問を重ねていきました。証人は、5月12日と14日の警察での取り調べに際し、首に手をもっていったかどうかについての証言を変えたと弁護側は主張しました。この場面では、警察での供述についての質問に、検察側から「誘導」を指摘する異議が出され、「記憶を喚起する形の質問はしないように。」という裁判官からの注意がありました。

【被告人質問の様子】
 弁護側は、被告人の回答を聞くと「なるほど。」と相槌を打つ様子が、演技達者な印象でした。しかし、「写真を示していいですか?」と裁判官の許可を求めたときは唐突感があり、裁判官は「どういう証拠として写真を示したいのか」を述べてもらおうと、弁護人に丁寧に質問してくれました。弁護人は、「被告人が首のどこをつかまれたのか正確に知るため。」と回答しました。写真は事前に検察官にも見せることが必要で、その場で検察官が見て了解しました。
 検察官は、被告人が神社で相場さんに何と言ったか尋ね、「正確に覚えてはいないですか?」という質問に被告人が「そうです。」と答えると、「それほど興奮していたのですか?」とたたみかけました。被告人は、「怒っていたということです。」と述べましたが、検察官のねらい通りだったようです。被告人が首を絞めらたと述べた後、
検察官:「手で振り払おうとしましたか?」→被告人:「しました。」
検察官:「でもダメでしたか?」→被告人:「ダメで、突き放しました。」
検察官:「強く首を絞められていたのに、突いたらすぐ手を放したのですか?」→被告人:「そうです。」
というやりとりがあり、被告人の供述の不自然さを感じた人は多かったのではないでしょうか。

【論告から】
 「相場さんが被告人の首を絞めていたら、胸を押されたくらいで倒れるでしょうか?何もしていないのに、いきなり押されたから倒れたのです。」「被告人は興奮状態で、一方的に相場さんを押し倒すにいたったのです。」と、被告人質問で得た証言をうまく使ったと感じました。

〈講評より〉

101号法廷
 正当防衛の事案は、法律専門家にとっても立証が難しいものですが、みなさん工夫してくれました。証人役は午前も午後も同じ弁護士が演じましたが、午前と午後でキャラクターが違ったのに、よく質問してくれました。裁判官役には手元に資料がないので、チームプレーで文字を明示してくれたりして、わかりやすくてよかったと思います。準備をよくしてくれました。(小野正弘 〔東京地方検察庁公判部副部長〕)

 証明の仕方にそれぞれ個性があり、楽しませてもらいました。午後の検察側(日本学園高等学校)は、首のあざの位置を具体的にと言って、わかりやすさが印象に残りました。弁護側(西高等学校)はiPadを使っていて、すごいと思いました。(神谷説子 〔ジャパンタイムズ記者〕)

102号法廷
 裁判所は、一人ひとりが見て、聞いて、わかるような裁判に変えようとしていますが、その一つの答えを出してくれたと思います。点数をつけるのは非常に難しいです。のらりくらりしている証人から、いかに事実として引き出すか、工夫していました。湘南白百合学園高等学校(検察側)と東葛飾高等学校(弁護側)の対戦は見ごたえがあり、素晴らしかったと思います。白百合はチームとしてよく準備していました。東葛飾は、素晴らしいタイミングの異議を唱えましたが、これに答える白百合もうまかったです。(島戸 純 〔東京地方裁判所判事〕)

 午前の検察側(山梨学園高等学校)は、写真を使ってあざの位置と手で絞められた位置が違うと示そうとしていました。湘南白百合学園高等学校は、毎回、「~についてお聞きします。」というのが、わかりやすかったと思います。(宮脇麻樹 〔NHK報道局社会部記者〕)

103号法廷
 午前の検察側(西高等学校)は、主尋問で誘導尋問が全くなく、オープン・クエスチョンで事実を語らせたのがよかったです。弁護側(湘南白百合学園高等学校)は被告人が首を絞められた状況など、よく示せていました。異議もタイミングよく出せて、立派でした。午後の検察側(小石川中等教育学校)は、冒頭陳述で時系列表を配ってくれて、わかりやすかったと思います。論告も理路整然と、首を絞めていない理由を述べました。弁論(早稲田大学本庄高等学院)は、裁判官一人ひとりを見て、迫力があって素晴らしかったと思います。(井下田秀樹 〔東京地方裁判所判事〕)

104号法廷
 被告人の利益という点で、検察側に厳しい事例ということをふまえたいと思います。午前の弁護側(小石川中等教育学校)は、検察側に厳しい点をよくついていました。検察側(東葛飾高等学校)は、合計7回の異議を出し、タイミングもよかったと思います。今年から、大会では証人等の役を弁護士が演じることになったので、今後は臨機応変の対応をすることが課題となるでしょう。(小玉重夫 〔東京大学大学院教授〕)

〈成績発表〉

【審査員特別賞】
 各法廷から1人ずつ、斬新なアイデアや、果敢な取組みをした生徒へ審査員特別賞が授与されました。
しぶさわなりこ (早稲田大学本庄高等学院)
よしもとあいり (湘南白百合学園高等学校)
ちょうのまさや (東京都立小石川中等教育学校)
こすぎだいち  (静岡県立浜松北高等学校)

【優勝】
湘南白百合学園高等学校

【準優勝】
千葉県立東葛飾高等学校

〈取材を終えて〉

 証人や被告人役を生徒が演じる場合は、主尋問や主質問では打ち合わせをして練習した成果を発揮することができましたが、弁護士が演じる今回はそうはいきませんでした。弁護士が何と回答するかは、事前に生徒にはわかりません。主尋問・主質問がやりにくそうに見え、相手チームから誘導の異議を出されるシーンも見られました。見学者にとっては、生徒がどのような臨機応変の対応をとるかが見どころとなります。
 正当防衛の事案は、専門家の先生方も判断が難しいと言われていましたが、シンプルで、日常生活に起こりそうな事例だったと思います。大学生になる日も遠くない高校生にとって、実感をもって被告人の立場にも被害者の立場にもなってみることができたのではないでしょうか。学校の模擬裁判授業にも使えそうな事例だったのではないかと思います。

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