研究発表会「シティズンシップ教育の更なる進化と展開を目指して」 

 2013年3月27日(水)13:30~17:30、2012年度全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究発表会が神奈川県高等学校教科研究会社会科部会倫政分科会の研究発表会を兼ねて、横浜市立サイエンスフロンティア高等学校で開催されました。今年度のテーマは、昨年のテーマ「サービス・ラーニングを考える~シティズンシップを育てるために~」 に引き続き、シティズンシップ教育の更なる進化と展開を追究するものです。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:35~14:50 講演「イギリスとスウェーデンのシティズンシップ教育」
15:00~15:45 研究発表① 「新科目『市民生活と法』(仮称)カリキュラムを開発する」
15:45~16:30 研究発表② 「地域の教材を学校設定科目アントレプレナーシップで教材化する」
16:30~17:00 提案「Yahoo!みんなの政治『若者と一緒に取り組みたいこと』」
17:10~17:30 質疑応答・討論

1 講演「イギリスとスウェーデンのシティズンシップ教育~両国の視察を終えて~」

 小林庸平  一橋大学グローバルCOE特別研究員、NPO法人Rights 副代表理事

〈日本の若者の政治参加を取り巻く状況〉

 
 人口構成の変化により、相対的に若者の声が小さくなっています。日本の公的債務残高の対GDP比は200%を越え、世界最高水準にあります。税と社会保障の世代間格差合計は、70歳以上と将来世代では最大1億1千万円以上の格差になります。年代別の非正規雇用比率の上昇は、若い世代ほど顕著であるというように、今の日本の若者を取り巻く状況は厳しいものです。
このような状況から、年金・雇用について若者に配慮した政策が採られるべきにもかかわらず、20代の投票率は、他世代と比較して非常に低くなっています。(20~24歳の投票率30%台)イギリスの20~24歳の投票率は日本より10%ほど高い程度ですが、それでもすべての年代で日本より高く、スウェーデンでは20~24歳の投票率は70%台という高水準です。この差はどこからくるのでしょうか?Rightsの静岡・ロンドン・ストックホルムでの若者に対する街頭面接調査によれば、「社会は自分の力で変えられる」と「思う」・「どちらかといえばそう思う」若者は、静岡が25%、ロンドンは81%、ストックホルムは74%でした。

〈イギリスの取組み〉

 イギリスでは1997年に政権についたブレア首相が教育改革を柱に掲げ、シティズンシップ教育の概略を示した「クリック・レポート」が完成しました。それに基づき、シティズンシップ教育は2000年にナショナルカリキュラムに盛り込まれ、2年後から11~16歳で必修化されました。この教育を受けた世代では、年代別投票率がそれまでよりわずかに上昇しています。
シティズンシップ教育の目標は、「活動的シティズンシップ」の涵養です。具体的には、①社会的・道徳的責任、②共同体への参画、③政治的リテラシーを身に付けることです。プログラムの例としては、Lawyers in Schoolsという弁護士と連帯した教育があります。教材や人材は、シティズンシップ財団(民間団体)が提供しています。しかし政権交代後は、EBaccという統一試験からシティズンシップ教育が除外されたため、多くの学校で取り組む動機付けが低下しています。
クリック・レポートには、シティズンシップ教育の長期継続調査が明示されており、CELSという、総計2万人を超える同一の個人についての追跡調査が行われています。その結果によれば、若者の市民参加・政治参加は着実に上昇しているといえますが、政治や社会に対する態度については顕著な効果が表れていません。十分な量のシティズンシップ教育は、他の要因よりも効果がある可能性が示唆されたといえます。今後の課題は、16歳以降にも継続して政治的リテラシーを学ぶ機会を提供することです。

〈スウェーデンの取組み〉

 スウェーデンではシティズンシップ教育という言葉ではなく、「民主主義教育」がそれに相当するといえます。国レベルでの教育目標を設定する学校教育庁の取組においては、民主主義教育では「民主主義の基本的な価値を教える」「学校・保育園が民主主義に則って運営される必要がある」「学校教育は、参加者の民主的素養を育てることにより、社会への参加者が民主主義をうまく機能させるようにする必要がある」としています。2009年には「政治に関するサポートマテリアル」が作成され、政治家や政党関係者が学校を訪問し、生徒達とのディベートが頻繁に行われています。課題は、全ての政党を学校に呼びたいけれど、民主主義を否定する極右政党を学校に招くことができないというジレンマがあることです。
「学校選挙」という取組は、国政選挙に合わせて模擬選挙を実施している団体により、学校で模擬投票を行い国政選挙の直前に投票結果を発表するものです。選挙の学習とともに、若者の世論を発表する効果があります。
「全国生徒会」は、学校がより民主的に運営されるように活動を行っています。高校を卒業した若者が活動を担い、「生徒会の活性化」、「生徒の声が学校の方針に届くようサポート」、「生徒の権利に関する知識を高める」という役割を果たしています。スウェーデンの一般的なスクール・デモクラシーでは、学校の最高意思決定機関に生徒会長が参加しなければなりません。低学年では、「一週間の給食の献立を生徒に決めさせる」、もう少し上の年代の生徒には、「ある予算を与えて、遊具を決めさせる」などの機会を作ることが大事であるとされます。失敗があってもいいという考え方で、民主主義の練習をさせるのです。学校運営に関する生徒の影響力は、発達段階に合わせてステップが上がるように考えられています。学校環境や全体の方針に関して、実際に生徒が関わる割合が高くなっています。
 以上のようにスウェーデンでは、シティズンシップ教育という科目は導入していないものの、多様な仕組みにより若者の学習や参画の機会を確保しています。

〈日本への示唆〉

 日本でも、J-CEF(日本シティズンシップ教育フォーラム)の設立、「子ども・若者ビジョン」の策定、総務省「常時啓発事業のあり方等研究会」などの取組が広がってきています。

〈質疑応答〉

質問:「学校での投票結果と実際の選挙の結果はいかがですか?」
回答:「日本ですると無党派的結果になる傾向と言われますが、スウェーデンでも同様のようです。冷静に投票行動をしているといえそうです。」
質問:「若者の投票率が上がると、本当に世の中が変わり、民主主義がよくなるのですか?」
回答:「数字が上がることだけが目標ではありません。選挙に向けた資料の作り方が、若者を視野に入れるようになるなど、いろいろな意思決定過程が民主的になるきっかけとなる意義があります。」
質問:「イギリスにはシティズンシップ教育の専任教員がいるのですか?」
回答:「資格や指導するためのプログラムがありますが、まだもつ教員が少ないのが課題だそうです。科目だけ作っても効果的でないようです。」
質問:「日本では政治家や政党を学校に呼ぶことに抵抗感がありますが、スウェーデンにはないのでしょうか?」
回答:「政党に関する課題はありますが、リアルなものを学校に入れていく意識は社会に共有されていると感じます。」

2 研究発表①「新科目『市民生活と法』(仮称)カリキュラムを開発する」


 太田正行 慶應義塾大学教職課程センター等講師

 都立商業高等学校で指導した経験では、1970年代の商業科の科目は非常に専門的内容で、法律に関しても就職して困らないように身近な題材を使用し、新聞記事を利用した教育NIEも実践していました。今の大学2~4年生33名と中学3年生155名に「労働関係法制度の知識理解に関する調査」をしたところ(2013年1月)、知識理解は大学生の方がやや優れていても、法的判断に関する項目は中学生よりも劣ったり、知識理解だけでは役に立っていないと思われたりする結果となりました。
 自分の所属する東京都高等学校法教育研究会では、すべての国民に必須な「法的な見方・考え方」の内容を明らかにし、学習内容を体系化する試みに取り組んでいます。現在大学等で使用されている講義要項などを参考にしつつ、「市民生活と法」(仮称)という新科目を作成しています。そこでは、必要最低限の民法など、法についての基礎・基本となる知識を習得させ、その知識を活用して、日常生活で直面する問題について探究し、解決策を見出すことができるようにすることを目標とします。

3 研究発表② 「地域の教材を学校設定科目アントレプレナーシップで教材化する」

 VITA+ (慶應義塾大学藤沢キャンパス飯盛ゼミ学生:磯谷さん、飯沼さん)
道野浩一 神奈川県立上鶴間高等学校アントレプレナーシップ担当教諭

 VITA+は、アントレプレナーシップを起業家育成ではなく、「生きる力」の育成と考えます。「生きる力」を、「問題発見・解決能力、コミュニケーション能力」と捉え、「ジュニア・ケース・メソッド(JCM)」という方法で、若い世代のそれらの能力を育成することをめざしています。
 上鶴間高校では、学校目標を自立・協働・創発とし、社会起業家精神に学ぶソーシャル・アントレプレナーシップ教育を導入、2010年度よりVITA+と連携授業を行っています。2012年度は、2年生向け選択必修科目アントレプレナーシップA(受講生10名)として、環境問題をテーマに授業をしました。1学期は「企業が考える環境とは」。2学期は「マイ・アースカード作り」。地域を流れる境川の現状を把握し、問題点と解決策を全てカードにしました。3学期は「地球環境を考える」で、発表を行いました。VITA+は、各学期に1回JCM出張授業を行いました。生徒のプレゼンテーション力が、回を重ねるごとに成長しました。
3年生では自由選択科目アントレプレナーシップB(受講生7名)を設け、地域社会をテーマに、「上鶴間ふるさと祭り」に取り組みました。生徒を祭の実行委員として参加させてもらい、問題点・解決策を考え、10月に公民館で一般向けに発表しました。
2013年度に向けてすでに体験授業を実施しましたが、前年の祭りの手伝いをした生徒が高いプレゼン力を発揮するなど、期待が高まる内容でした。

4 提案「Yahoo!みんなの政治『若者と一緒に取り組みたいこと』~若年層に向けて政治に対する関心・理解を高めるために~」

 白石久也 ヤフー株式会社メディアサービスカンパニー企画本部

 ヤフー株式会社の具体的なミッションは、「情報技術で人々や社会の課題を解決すること」です。利益よりも「社会の課題を解決する」ことを最優先に考える社会貢献活動の1つとしては、「みんなの政治」というサービスを行っています。このサービスは、若年層の政治理解促進と投票率の向上を目的に2006年に開始されました。政治に関する様々なデータを取り扱う政治情報サイトです。
 「みんなの政治」の中で、授業に使っていただきたいコンテンツは「政治クローズアップ」です。特定の政治課題に関するインターネット上の記事をまとめてあり、解説・メリット・ディメリットなどがバランスよく集められています。具体的な事例をもとに、広い視野に立って客観的に考察する方法を学ぶことができます。
 「みんなの政治」の課題は、トップページに比べ若年層の利用が少なく、50歳代以上の利用も目立つことです。ユーザー分析によれば、政治を「自分ごと」として考えられる記事が掲載されたときにユーザー数が増加するといえます。政治が自分の生活に与える影響をリアルに想像するきっかけとなるコンテンツを作れば、若年層にも政治に興味関心をもってもらえるのではないか、と考えます。そこで、より身近な政治を知ってもらうために、「自分の住んでいる街をもっと住みやすく」というように、自治体の課題を行政と高校生で解決する機会を作ることを提案したいと思います。ヤフーは、そのプロジェクトのサポート、具体的事例のネット上での紹介ができると考えます。

5 質疑応答および討論

 司会者:落合 隆 授業研究委員会事務局・上鶴間高等学校教諭

質問:「シティズンシップとは、近代的な意味での「理性をもった市民」よりも一段階進んだものなのですか?」
司会者:「シティズンシップという言葉の意味は非常に幅広く、日本ではどういう意味合いを作っていくか、まさに今議論しているところだと考えます。先ほどの講演でイギリスの『活動的シティズンシップ』の考え方が紹介されていました。上からの受動的なシティズンシップ(ナショナリティに等しい)の形成を超えて、地域や国や世界のさまざまな問題を自分のこととしてとらえることができ、能動的に考え判断し行動できる市民の形成が、目指すべき一つのイメージになるのではないでしょうか。理性を働かせて客観的・科学的に現代的課題を追究するだけでなく、その課題の解決に自ら主体的にどう関わっていくかを考えて行動する市民です。」

質問:「今の日本の教育を変えるキーワードは「対話」だと思っていますが?」
白石先生:「議論をする際に、情報という引き出しをたくさん持っていないと対話になりません。情報を詰め込む際、なぜその情報を詰め込むのかわからないと、詰め込む意欲がわきません。対話と情報、両方がセットで必要だと思います。」
太田先生:「このような研究会をもっと広げていくことも必要だと考えます。そのためには、学校に時間・お金・人数のゆとりが欲しいと思います。」

質問:「洋光台地区の高校ですが、上鶴間高校の例に近いことをしています。地区は少子高齢化で困っており、高校生の意見が聞きたいということで、横浜市OBがNPOを作り、つながりました。1年目は高校生が地域でヒアリングをし、課題などをフィードバックしました。2年目は、もう1歩高い提案をしたいと考えますが、高校生が具体的提案をするのは難しいので、知恵を貸していただきたいと思います。学区が広いので、地元ではない高校生もおり、自分は参加しない問題があります。」
白石先生:「ヤフーで「アイデア村」というイベントをしています。先進的市町村と連携して、ITにより課題解決をしているので、参加してください。」
質問:「日本はスウェーデンと人口規模が違うので、参加型と言われても権限移譲などがないと、難しいことがあると思います。できることがもっと細分化されているといいと思います。」
小林先生:「スウェーデンと日本の人口規模や分権の違いは、大きな違いであることは事実だと思います。努力のリターンをゼロにしない戦略が大事だと感じます。」

〈取材を終えて〉

 シティズンシップ教育について、今回の研究会では政治的な参加に焦点があてられていました。イギリスとスウェーデンの事例の後に、日本の事例やヤフーのサイトの紹介と質疑応答がありましたが、特に質疑応答での議論が噛み合い、興味深いものがあったと思います。質疑応答時に紹介された洋光台地区の高校における地域との連携の取り組みは、まさにシティズンシップ教育の実践そのものといえます。インターネットの情報機能をうまく利用しながら、地域の課題解決に一層役立つと、素晴らしい先進例になるのではないでしょうか。
 「議論の土台には情報も必要」というコメントも印象的でした。法教育というと、対話やグループ討論の授業が思い浮かびますが、議論の土台となる事実、情報の引き出しがたくさんあることが、多角的な見方や柔軟な解決法につながります。法教育には、知識と思考の両方が重要ということを再確認したと思います。

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