「法学教育」をひらく(第1回) 君塚正臣先生 その1

〈「法学入門」検討の意義〉

大村:「この連続インタビューのシリーズでは、法教育を念頭に置きつつ、法学教育について考える手がかりを得たいと思います。シリーズ全体の趣旨については、別にメモをまとめましたので、そちらをご覧いただければと思います。お招きしたゲストの方にも目を通していただいています。
 まず、法教育と法学教育の関連付けを考えるとき、法学入門が1つの手がかりになると考えました。手がかりということの意味は、「法学入門」の授業を聴く大学1年生には教養としての法学を学ぶ学生と、法学の専門へ行く学生が混在しています。法学の本を作るにあたり、高校生向けなら将来の一般市民を対象、法学教育なら広義の専門家の卵を対象とするところですが、「法学入門」はその中間としての意味で中間性・媒介性をもつと思います。高校から専門課程の間という時間的な中間性と、学習者・読者の属性(高校生と法学部生)に関わる中間性です。法教育と法学教育の間の中間性・媒介性とも言い替えられると考えます。君塚先生は『高校から大学への法学』(法律文化社,2009年)という法学入門の本の編者でいらっしゃいますが、「高校から大学へ」ということを明確にした法学入門の編者のお話を伺うことは大変興味深いことに思い、このシリーズの第1回にお迎えすることになりました。
 君塚先生のご紹介ですが、1988年大阪大学卒業、96年博士号取得(大阪大学)、その前の94年に東海大学に就職、99年に関西大学に移られ、2002年秋から横浜国立大学に勤務されておられます。ご専門は憲法です。『憲法の私人間効力論』(悠々社, 2008年)、『性差別司法審査基準論』(信山社,1996年)は、私のような民法学者にもなじみのある御著書です。憲法と民法の交錯領域を主要なテーマにしておられるということで、ずっと関心をもって拝見しています。」
君塚:「シリーズの第1回の対談相手としてお呼びいただき、ありがとうございます。」

〈『高校から大学への法学』紹介と構想のきっかけ〉

大村:「法学入門には2つのタイプがあり、「概論型」と「導入型」としますと、「概論型」は、尾高朝雄の『法学概論』(有斐閣,1949年)や我妻栄の『法学概論』(有斐閣,1974年)のように、憲法や民法などの各領域ごとに述べて法の全体像を示すもの。「導入型」は、穂積重遠の『法學通論』(日本評論社,1941年)や末弘厳太郎の『法学入門』(日本評論社, 1934年)など、法の基本を述べて法に関心を抱かせるものといえます。
 君塚先生の『高校から大学への法学』は、一見すると「概論型」ですが、他の本とは違う特色があると思ったので、お話を伺いたいと考えました。先ほど触れたように、表題自体にも特色が表れていると思いますが、高校と大学の連続性に注目しておられますね。」
君塚:「はい。私は博士1年、25歳のときに、最初の非常勤を御影保育専門学院(今はなくなりました)でしました。保母さんの卵に、憲法を解り易く講義しましたが、これをきっかけに、『基礎憲法』(法律文化社,1992年)の話がやってきて、26歳で最初の入門書の分担執筆を行ないました。最初ですので、難しい文章を書いた気がいたします。これが、入門書、及び法学が専門でない人に法学講義をすることの難しさを感じたほぼ最初の機会でした。そうこうしているうちに、同じ出版社で、同じ大学院の皆さんと概説書『ベーシックテキスト憲法』(法律文化社,2007年)を作り、編者をすることになりました。これがまずまず好評を得たので、もう少し入門の本を作ろうということになり、新しいアイデアとして高校と大学の架橋をするものを、と考えました。
1309050202 そこで思い出したのが、法学部に入ってきてフランス革命を知らなかった学生がいたことです。 法学部で勉強するのに、入試で世界史を選択しなかったから知らない、では困るのです注1。また、高校時代の勉強は、入試で必要だなどの目的意識がない場合、意味のないものになりがちです。そこで、法学や政治学の見地から見て、これだけは必要ということを選択し、その後の学習の基礎となる本を作りたいということを、『高校から大学への法学』のはしがきに書きました。これは額面通りの思いです。また、昔の常識と違って、そもそも普通の公立高校でも世界史をやっていないとか、倫理も政経もやらないで済ませている場合があることが、その直後の一連の報道でわかりました。法学や政治学を学ぶには、まずは浅くても広い知識と素養が必要です。入試の歪みもあって、あるべき素養が整理されていない、教養の崩壊があって、これを是正する科目構成もできていないなどといったこともあります。それで本を作りましたが、とても1冊にはまとまらず、2冊の姉妹編になりました。」
大村:「今のお話ですと、高校と大学をつなぐというより、むしろ高校の内容が咀嚼できていないから、学生諸君に高校の学習内容を見直してほしいということと思います。大学1年生を教えているときの実感なのですね。」
君塚:「はい。法学をやるための前提として基本的な素養を身に付けてほしい、高校生の意欲のある人が読む場合にも、メッセージとして知っておいてほしいと思いました。」
大村:「初めて法学を学ぶ1年生にとって、法学の敷居を下げようということでしょうか?それとも、これだけはやっておいてほしいということですか?」
君塚:「これだけは身に付けておいてほしいということです。」
大村:「敷居を下げるとは、高校と大学の勉強は連続しているから、高校でちゃんとやっていれば、すでにある程度まではいけるという意味ですが。」
君塚:「そういう面もあると思います。」
大村:「姉妹編の『高校から大学への憲法』(法律文化社,2009年)も、同じ発想でつくられたのでしょうか?」
君塚:「もともと1冊のつもりで始めましたので、発想としては変わりませんが、『高校から大学への憲法』のほうは、もう少しオーソドックスな教科書になった感じです。高校の教科書執筆にも関わりましたが、高校における憲法の話は偏っていると言うと語弊がありますが、特に法学部の憲法からみるとバランスがとれていないことがわかりました。高校では、司法権や表現の自由についてはほとんど教えていない。これに対して社会権(25条)や9条は厚いとなっています。『高校から大学への憲法』は普通の入門書という感じになりましたが、例えば司法権や表現の自由については、高校レベル以上にかなりの補充をして、高校の憲法との違いを意識しています。」

〈世界史・日本史との接続―外見上の特徴その1〉

大村:「高校生が『高校から大学への法学』を読んだら、大学の法学は高校の延長上にあると感じてもらえるのではないかと思いました。不安感を取り除くのにいい本だと思います。最初は歴史から入るという構成は、高校生にとってとっつきやすいと思います。率直に言って、日本史・世界史とその他の社会科の科目では、高校生にとっての親近感・切迫感が違います。日本史・世界史というメジャーな科目との接合を図るのは、意義あることと思いますが、特段のお考えがおありでしたか?」
君塚:「社会科用語集から法学に重要な言葉をピックアップすると、歴史に関するものがとても多いことがわかりました。一つの考えとして、歴史関係の内容を本全体に散りばめるというのもあるでしょうが、まとまった量があるし、まずは、古代・中世、近代というふうに、歴史の流れの中できちんと知ってもらうのがいいと思いました。今日の法思想は、西洋古代・中世の社会のありようや様々な思想の影響を受けています。第4章は日本の戦後史ですが、高校では時間の関係もあり、日本史でも政経などでもきちんと教えられていません。官僚制や政治改革の話をしようにも、現在に一番近いところを知らないのは困ると感じて、1章設けました。」
大村:「私も、この法律問題の背後にはこういう歴史的な事情があるということを教えるのは、大学の法学との連続性を確保しつつ法学への興味を覚えてもらうという意義があると思います。」

〈社会科用語集の参照―外見上の特徴その2〉

大村:「太字の単語は用語集に出てくるもの、アンダーラインのついた単語は、用語集には出てこないけれど、大学から見ると大事ということですね。早い段階から、用語集との対応をつけようと考えられたのですか?」
君塚:「地歴・公民のすべての教科書を読み込むことは無理なので、必要な言葉がコンパクトにまとまっているのは社会科用語集だと考えました。入試問題作成のときも頼りにしているので、汎用性があります。このほか、法律学をするには英数国ももちろんでしょうが、意外と理科も勉強しておかないといけないことがあり、ブルーバックスの高校理科をまとめたシリーズを利用させていただきました。例えば、森林法違憲判決を読むにしても、木がなくなってはげ山になると何が困るのか、などの感覚がないと、問題がわからないのです。高校までの勉強がいかに無駄でないかもわかってもらえると思います。」

〈「設問」による高校・大学の架橋―外見上の特徴その3〉

大村:「高校の学習との対応をつけるしくみは、「設問」にもあると思いますが、「設問」のご趣旨は?説明はありませんが、「設問」は問1がすべて大学入学センター試験からで、問2の大学の法学の試験問題と対応させていますね。」
君塚:「私大入試の問題は著作権の関係で使えず、センター試験の問題になりました。センター試験は、高校の学習の到達度を測る、確実に正解があるしっかりした試験です。これに対して、大学の法学の問題は、答えはいくつもあって、自分で正解を決断しないといけませんし、理由を論述しないといけない。高校と大学の勉学の違いを感じてもらおうと考えました。」
大村:「高校と大学の違いがよくわかる作りになっていると感じます。問2はどうやって集められたのですか?」
君塚:「それぞれの執筆者が過去に使ったものや、編者から提案してみたものもあります。基本的には、実際に使われた問題です。」
大村:「メッセージとしては、高校生に向けては、こういうことをふまえて問2を書くことになるから、高校の学習は役に立ちますよということになる。法学部1年生に向けてのメッセージはどうですか?」
君塚:「問1がわからないのは困るし、センター試験も馬鹿にならないからもう一度見直してほしいということでしょうか。また、大学の期末試験では問2のような問題が出るから、覚悟してほしいということです。」
大村:「工夫されていて、面白い試みだと思います。」

〈「法と社会」の関係の重視―内容上の特徴その1〉

大村:「法学の概論・入門をするとき、例えば法的な論理の特性などを重視することも可能ですが、この本では「法と社会」の接続についてある種の感覚・意識をもってもらうことに重点があるように感じますが、いかがですか?」
君塚:「そうかもしれません。私は法律解釈論としては、歴史主義ではありません。法
 解釈というものはもっと総合的なものと思います。また、論理はとても大事だと思います。ですが、高校の教科で法学に関わることを探せば、現代社会、政経のほかは、やはり歴史科目ということになります。高校までの学習をまとめようとすると、それぞれの分野の専門家を高校までの教科に引きつけて集めることになりました。この結果、歴史も含めた社会と法の関わりという視点が、この本では強調されていると思います。」
大村:「この本に対しては、歴史に限りませんが、法を法の外にあるものと関係づけるものだという解釈ができると思います。狭い意味の法のメカニズムは、この先の法学部でやるとして、広い社会的文脈に位置付けると、法のメカニズムはどう現れるのか。そういう本だと思います。」
君塚:「この本は、高校と大学の架橋を図る、高校の内容を全面的に使うという方針で作っています。法学方法論のようなことはそれぞれの執筆者にお任せしました。法の解釈方法については、『高校から大学への憲法』の117ページの「法解釈の方法」というコラムに書かれています。」
大村:「少し専門的になるかもしれませんが、法領域を概観するタイプの本では憲法や民法の制度や概念を中心にしています。この本はそうはなっていませんね。我妻栄の『法学概論』は、法の解釈ということは捨象して、戦後日本社会(1945~70年ごろ)は法的観点からみるとこういう社会であるという社会像を世に示すという明確な意識をもっていました。君塚先生の本のご趣旨はそうでないと思いますが、結果としてそうなったと思います。高校生の知識の範囲で社会と法を位置付けていることになると思います。」
君塚:「もちろん我妻先生ほど意識はしたわけではありませんが、それでいいと思ったことは事実です。法の解釈の素養はこの本ではあきらめ、あるいは、できるなら執筆者に任せ、また、高度な学説の話は扱っていません。」
大村:「そういう本は少ない。こういうものがもっとあっていいと思います。社会の中に法を埋め込んでみることからスタートし、法的思考様式は別途に扱うということはありうると思いました。」

〈憲法の不在あるいは遍在―内容上の特徴その2〉

大村:「ところで、憲法のことはこの本の中に含まれているのですか?「個人と家族」や「労働基本権」「デュー・プロセス」があるから、あると言えばあるのかもしれませんが、項目は立っていません。この本に入れない趣旨だったのか、姉妹編があるからですか?」
君塚:「憲法プロパーの話は姉妹編のほうにする趣旨でした。でも、編者は憲法学者なので、憲法を愛していますから、『高校から大学への法学』のほうも憲法の用語から説き起こしてほしいということはありました。高校の現代社会や政経では、法律の話は憲法ですから、それが親和的だと考えます。高校では労働法は扱いますが、刑法はありません。国際法は、実はぼつぼつと一杯ある。大学とのウェイトの違いが表れています。」
大村:「確かに、高校で何にウェイトがあるか、ということがありますね。法について、一般的なことは教えてきていないが、憲法だけ教えてきたということがあります。高校の憲法と、大学で教えている憲法の落差、思考様式の差があると感じますが、憲法を中心として実定法の諸領域を説明するとき、高校の思考様式の延長で大丈夫ですか?」
君塚:「高校の政経の思考様式は、憲法感覚を身に付けてほしいということと、特定の知識・正解を覚えることです。大学は、思考パターン・解釈・論点を論述しないといけません。大学の、特に法学部ではこれでは困るのです。正解がないことをどこかで感じてもらおうと、「設問」ににじませてみました。」
大村:「この本の第5章「個人と家族」は人権から出発しています。この章の位置づけは、実定法的に分けると民法を想定しているのですか?憲法とその他の法の関わりについて、執筆者の先生方にどのようなイメージで書いてほしいと思われたのでしょうか?」
君塚:「第5章について、民法と憲法が関係ないということはないはずで、憲法に違反する法律は無効です。例えば、非嫡出子の相続分のことなど、民法の条文や解釈だって憲法に違反してはなりません。憲法から離れた法律はないということを意識してほしかったことが1つ。憲法の次につながりやすいのは家族法というのが1つです。」
大村:「高校で、民法と刑法に関わる内容があまり教えられていないと「はしがき」にありました。その理由は、家族の問題を除くと、憲法と関連付けて論じることが難しいからと思われているということでした。関連付けることはできるかという問いが立つはずなのに。また、関連があるとした場合、関連の付け方はそれでいいのか、という問いも立ちます。高校生はある一面から見た憲法を教えられているので、もっぱらそれで民法や刑法などの実定法を見てしまうのではないでしょうか?大学の教育との落差はどうですか?」
君塚:「高校までの教育における憲法は、9条と25条、人権感覚が重視されています。そういう感覚を力強く答案に書くのが憲法の時間だという感覚で大学の法学部に来られると、困ります。憲法学はどちらが正しいのか自分で考える、もう少し冷静な学問です。高校でやっていることを鵜呑みにして大丈夫だということと、気をつけてほしいということが、高校生と大学生、両方へのメッセージになっているつもりです。」
大村:「そのところは難しいですね。今の問題の落差は、この本を読んだ人には伝わりにくいので、これを使って授業をする人にそれを伝えられるかという問題がありますが、いかがですか?」
君塚:「それは本当に難しいと思います。全部書いていたら分量が膨大になりますので、講義をしている人に、慮って伝えてくださいと言うしかありませんね。半期15講として、教科書は12講構成ですから、あと3講でいろいろ工夫していただきたいところです。」

 

注1:
当時、新興私立高校の一部に、社会科の教科に関する未履修があることが教育問題となった。

 

「その2」につづく
   

高校から大学への法学

高校から大学への法学 著  者
判  型
頁  数
発行年月
定  価
発  行
 君塚正臣編
 A5判
 220頁
 2009年3月
 2,205円(税込)
 法律文化社

 

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