江戸川区子ども未来館アカデミー「法律ゼミ」その2(刑法編)

1407170101 2014年4月20日(日)13:45~16:00、江戸川区子ども未来館アカデミーの「法律ゼミ」が新年度第1回目を開催しました。ゼミは1か月に1回、1年間を通して全12回行われます。初回はオリエンテーションの後、刑法編から始まりました。参加者は小学4~6年生30名。大学の法学者が様々なサポートスタッフの協力を得て、子どもたちとともに法について考えていきます。この画期的な取組みをシリーズでお伝えする第2回目です。

〈オリエンテーションは子ども未来館スタッフが担当〉
 最初の15分間、子どもたちへの名札・資料の説明、保護者も同席で遅刻・欠席、早退、飲み物、個人情報などの説明がありました。

〈アイスブレークは自己紹介を兼ねたフルーツバスケット〉
 ひきつづき未来館のスタッフの司会のもと、子どもたちとスタッフの初顔合わせタイムにちょっとした工夫がありました。
 当日の参加者は26名。子どもたちはいろいろな小学校の3つの学年が集まっています。フルーツバスケットをするといっても、最初は椅子を人数分のままにして、「4年生の女の子だけ!」移動。次は「大学生の男子だけその場で立ってほしい」というように、どんな人たちが集まっているかを紹介する目的で行われました。お手伝いには早稲田大学の男女学生(西原ゼミ・仲道ゼミ)、司法書士会、東京都行政書士会江戸川支部、2012年度に参加したOG6名(ジュニアアシスタント)、未来館の区民ボランティア、子ども図書館司書が参加しています。そして最後に、早稲田大学の先生2人が登場。今日の講師の仲道祐樹先生が紹介されました。(約10分間)

〈このゼミでは一緒に考えよう〉
仲道先生:「第1回の今日は私が担当します。この本は六法全書といいますが、このゼミでは法律を覚えてもらうわけではありません。こんなものはただの道具なので、図書館に返します。みんなにやってもらうのは、法律をどう使ったらどう幸せに暮らせるかを一緒に考えることです。先輩のお姉さんたちや大人が助けてくれます。どういう使い方をするとみんなが一番幸せになれるか、考え方や頭の使い方を練習しましょう。」

〈まずはぬいぐるみ劇で事例「走って走ってケガさせて」紹介〉
1407170102 劇のシナリオ注1は毎回配布されますが、問題をよく把握するために手元のシナリオはしまって、大人がぬいぐるみを使って劇をするのを見ます。
【「走って走ってケガさせて―パート1」のあらまし】
 サル山小学校の同級生、サルのトーマスとウサギのヤスヒコは、学校の廊下で競争をして友達のリサにぶつかり、足にケガをさせてしまいました。廊下には、「ろう下を走ってはいけません」という張り紙がしてありました。リサのケガは打撲ですぐ治るそうですが、先生はトーマスとヤスヒコに罰として学校の地下室掃除を命じました。

〈なぜ罰を受けたか考えよう〉
仲道先生:「学校で怒られたとき、『すみません!』で終わることもあるね。でも今日は罰掃除をさせられました。なぜ先生は2人にそういうきつい罰を与えたのでしょう?その理由を考えてもらいます。そんなことの考え方、習ったことないよね?やりながら覚えていきましょう。机の上の黄色い付箋に、先生が罰を与えた理由を1枚に1つ書いてください。正解は特にないから、思いつく限りたくさん書いてください。たくさん書いた人がカッコイイ。困ったことがあったら大人の人の力を借りていいです。付箋には自分の名前を書いて班のスタンプを押してください。」(10分間)
 子どもたちは受付時に割り振られた6つの班に約5名ずつ分かれました。各班にジュニアアシスタント1名ずつと大人のスタッフが張り付き、控えめにアドバイスします。自分の意見をたくさん書いたら、他の人の付箋も見て、また考えることを促されました。
10分後、前のホワイトボードに付箋を貼りに行きます。先生がそれを分類整理している間、班の中で自分が書いたことを報告し合いました。
【罰を受けた理由として出た意見】
(1) リサがケガ・辛い思いをしたから(自分たちも辛い思いをしなさい)
(2) きまりを破ったから
(3) ルールが破られたまま放置すると、他の子どももやってしまうから
(4) 本人が同じことを二度としないよう反省させるため
(5) いつも注意していたのに悪いことを何度もしたから
(6) 子どもの頃は掃除ですむけれど大人になったらそうはいかないという一種の教育

仲道先生:「みんなが出してくれた理由を大きく分けると、この6つぐらいのグループになりました。(1)と(2)の意見がたくさんありました。(3)は1人だけだったけれど、とても大事な理由です。次にお話の続きで、大人はどんな風に考えているのかを見てみましょう。」

〈大人はこう考える〉
 ぬいぐるみ劇「走って走ってケガさせて―パート2」は、その日、子どもたちが家に帰って、先生が罰を与えた理由をめいめいの親と話し合った様子が演じられました。
仲道先生:「みんなが言ってくれたことを簡単な形に整理すると、今の劇のようになります。1つは、本人に、二度と同じことをしてほしくないから。もう1つは、ケガをさせたから当然の報い。ケガの報いかルール破りの報いかは、大学生でも難しいからやりません。あと1つは、他の子にやらせないため。この3つがよくあげられる考え方です。」

〈いよいよ法律が登場―ゴリラの刑はどうやって決める?〉
【「走って走ってケガさせて―パート3」のあらまし】
 翌朝学校へ行く途中、3人の子どもは交通事故の現場に行き合わせました。ゴリラのバルボーが運転する自動車がおじいさんサルをはねてしまったのです。近所の人たちが、ゴリラたちはいつもスピードを出していたから、いつかこうなると思っていたと言います。おじいさんは腰の骨を折って全治3か月の大ケガを負いました。バルボーは責任を認めて謝罪し、おじいさんのケガの費用などは一切払うと言っています。おじいさんとその妻はバルボーを許すと言っています。

仲道先生:「お待たせしました、やっと法律が出てきました。危険運転致死傷罪です。犯人はバルボーというゴリラで、今反省中です。サル山共和国には日本と同じ法律があります。バルボーはこの後裁判にかけられ、どんな罰を受けることになるのでしょうか?お話の中にいくつかのポイントが出てきました。おじいさんが大変なケガをしたこと。バルボーは猛スピードで車を運転していたこと。おじいさん夫婦は罪を許したこと。バルボーは謝っていたこと。みんなは裁判官になったつもりで、バルボーの罰を重くするか軽くするか考え、その理由を書いてください。重く処罰したい理由は青い付箋、軽くしていい理由は黄色の付箋。両方、たくさん書いてください。
 罰を重くする・軽くするというのは、懲役15年にするか5年にするか、というようなことです。」(10分間)
 青い付箋がたくさん書かれたのでしょうか、「バルボーのお父さんやお母さんだったらどう思うかな?」と大人が問いかけている班がありました。書き終わると、青い付箋をホワイトボードの左側、黄色を右側に貼り、先生が整理しました。先生が整理している間、班内で自分が考えた刑を重くする理由や軽くする理由を報告し合いました。

〈刑を重くする理由〉
仲道先生:「みんなすごいです。お話の一番大事な部分をつかんでくれていて、嬉しく思います。青(重く罰する)に1つだけ、「ゴリラが怖いから」という理由がありましたが、これは勘弁してください。では、ひよこ班の男子1君、自分が書いた青の理由を言って下さい。」
男子1:「おじいさんにケガをさせたから。」
仲道先生:「1学期丸々休むくらいのケガをさせて辛い思いをさせたから、という理由。これに対し、黄色(罰を軽くする)にはこういう意見もあります、男子2君。」
男子2:「死んではいないから。」
仲道先生:「確かにケガは重いけれど、死んだわけではない。3か月のケガで懲役15年は重過ぎないですか?では、殺してしまったら刑はどれほどになるの?」
男子3:「でも、その位しないとすぐに出てくる。」
仲道先生:「ちゃんとしないといけない、というのですね。青を書いた女子1さんは?」
女子1:「他の人がやらなくなるし、バルボーもやらなくなるから。」
仲道先生:「ケガの重さだけと違う理由があると、説得力があります。ネコ班の女子2さんは?」
女子2:「二度とやらないよう、見せしめにする。」
仲道先生:「見せしめ効果があるということですね。ケガの程度がひどいこと、本人が反省して二度としないこと、と合わせてこの3つくらいが多い理由です。黄色の方で女子3さん。」

〈刑を軽くする理由〉
女子3:「バルボーは治療費などを払うと言っているし、おじいさんも許しているから。」
仲道先生:「バルボーがもう1回人をはねる可能性は?」
 →口々に:「低い。」
仲道先生:「バルボーを反省させるために刑を重くすると言った人たちは、どういう理由を考えればいいですか?」
 →子どもから:「でも重く処罰したい。」「軽すぎるのはダメだ。」との声。
仲道先生:「重く処罰する方がいい、という意見もありますが、反対にこういう意見もあります。ワニ班の女子4さん。」
女子4:「ゴリラを重く処罰すると、サルとゴリラの仲が悪くなってしまうから、重くしない方がいい。」
仲道先生:「重い罪にして、あいつらは悪い奴だから重く処罰していいとすると、ゴリラが反発したくなるかもしれません。それは幸せな法律の使い方なのかな?もう1つの黄色の意見、ネコ班の男子4君。」
男子4:「バルボーは警察に文句も言わず、反省しているから。」
仲道先生:「反省している人に対し、より重く処罰する理由はあるか?と考えるのは重要です。相手が許しているから軽い刑にするという意見に対しては、反対の意見がありましたね。近所のサルが、重く罰してほしいと言っていました。これについて、人の意見で刑罰を決めていいのかどうか。同じことをしているのに、人の意見で罪の重さが違ったらおかしいのではないでしょうか。」

〈違う考え方の人に自分の考え方をわかってもらうには〉
仲道先生:「今日は、自分と違う考え方の人に自分の考えをわかってもらうにはどうしたらいいか、という感覚をもってもらえれば成功です。これからも、どうしたらいい?と考えていく訓練をしていきたいと思います。で、今日の問題をどうしたらいいかは、裁判官でないとわかりません。今日は理由の力をわかってもらえればオーケーです。」

〈司書から本の紹介をして、貸し出し〉
 子ども未来館1階は児童書専門図書館になっています。未来館ゼミは子どもたちの知的好奇心を触発するというコンセプトのもと、この図書館と連携した活動をすることが特色となっており、全国的にも貴重な事業例です。ゼミの終了後、司書が関連する本を手元に置いて紹介し、子どもたちはその中から借りていくよう勧められました。返却は、区内のどこの図書館関連施設でもできるよう図られています。本の紹介と貸し出しは毎回行われます。
【図書館おすすめブックリスト】
『みんなで暮らすために必要なこと はじめての法教育①~⑤』 日本弁護士連合会市民のための法教育委員会編(岩﨑書店)
・『六法全書Ⅰ・Ⅱ』(有斐閣)
・『裁判のしくみ 絵事典 基本の流れから裁判員制度まで』 村 和男監修(PHP)
・『ぬすまれた宝物』 ウィリアム・スタイグ著、金子メロン訳(評論社)
 
〈取材を終えて〉
 このゼミの目的は「法律を覚えることではなく、問題解決のために法をどう使ったらどう幸せに暮らせるか考えること」と、仲道先生が冒頭で言われています。これは、法教育において非常に重要なことといえます。大学の先生が小学生対象に授業をする様子をお伝えするのは、今回が初めてという意義がありますが、大学の先生と連携を希望されている学校の先生方にとっては、待望の取組みではないかと思われます。
 パート2で、罰を与える理由について大人の考え方3つが紹介されましたが、先生は「ケガの報いかルール破りの報いかは、大学生でも難しいからやりません。」と言われました。「ケガの報いか、ルール破りの報いか」という問題が難しいということは、大学の先生でないと言えないと感じます。この教材を学校で実践してみようとする場合に、このような情報が現場の先生の役に立つのではないかと思います。法教育の授業づくりには、「何を教えるか」が大切なのは当然ですが、「そのテーマに関し、何を教えなくていいか、何が難しい問題か」が学校段階に即して明示されていると、一層指導しやすくなるのではないかと思いました。
 終了後にスタッフの感想を伺うと、2012年度のゼミと比べて初回から意見がたくさん出たという印象だそうです。これにはジュニアアシスタントの存在の大きさが指摘されていました。名札に線が入っていること以外は、OGと今年の参加者の見た目に違いはありません。同年代の仲間がお手本を見せてくれることがプラスに作用していると感じられました。アシスタントは、だんだん出過ぎなくなることが期待される難しい役割ですが、OGの子どもたちの成長にもつながる試みであると思います。
 図書館との連携事業は、子どもたちの学習の自発的な発展を促す素晴らしい取組みであると思いました。

 

注1:
仲道祐樹著『おさるのトーマス、刑法を知る』(太郎次郎社エディタス,2014年)は、2012年度に実施された本ゼミの内容をもとに書籍化したものです。

 

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