法と教育学会 第6回学術大会 その1
2015年9月6日(日)、法と教育学会第6回学術大会が早稲田大学早稲田キャンパスで開催されました。今回のテーマは「子どもの法意識・法知識と法教育」です。午前の部に行われる分科会は年々増え、今回は10分科会となりました。多くの発表がされた中から、レポートその1では学校での実践に関する発表をいくつかお伝えします。(当日の配布資料から適宜引用させていただきます。)
〈午前の部プログラム〉
9:30~12:00 分科会
12:00~13:20 昼休憩・ポスターセッション
〈第2分科会より〉(敬称略)
発表1 「小学生が法を解釈し判断するまでのプロセス―社会科3年「『子どもの声』騒音問題」の実践を通して」
三浦昌宏(千葉県四街道市立四街道小学校)
本発表では、授業展開を追いながら児童の判断のプロセスを示し、それについての発表者の分析を提示しています。
教科:社会科3年
実践:児童30名→5つの班にグループ分け
単元:学校のまわりの様子(全15時間)
本時(第15時)のテーマ:公園の利用の仕方に関し、「子どもの声」騒音問題を誰もが納得できるように解決する方法をみんなで考える。
【授業展開】
・導入では、前時に児童が記入したワークシートを用いて、公民館・図書館・公園という公共施設の利用の仕方を確認させました。3つの施設に共通のきまりは、「迷惑をかけないで過ごす」でした。公園の利用に関しては、「静かに過ごす」というきまりは出てきていませんでした。
・展開1では、「もしも、公園で遊んでいる声がうるさいから遊ばないでほしいと言われたら…」と発問し、実際の事例を資料として提示しました。
「子どもの歓声を騒音認定」2007年10月6日毎日新聞朝刊より要約
西東京市いこいの森公園の近くに住む女性が、噴水で遊ぶ子供の歓声やスケートボードの音がうるさいとして、公園を管理する市に騒音差し止めの仮処分を申請したという事例。女性宅は公園に面しており、女性は心臓などの病気で療養中だったとの内容。
東京都環境確保条例「何人も規制基準を超える騒音を発生させてはならない」を児童向けに読み替えたもの「どんな人も決められた音量を超える騒がしい音を出してはいけない」
児童の反応を確認した後、学習問題を提示し、裁判所の判断や新聞記事などを参考にさせながら、解決策をまとめさせました。(個人としての考え→グループで話し合い)
「子どもの声」騒音問題を誰もが納得できるように解決する方法をみんなで考えよう。
「子供の声は騒音?」2015年2月12日読売新聞夕刊(参考に提示)
・展開2では、グループごとの解決策を発表し、それを聞いて最終的な個人の考えをまとめさせました。
京都市南区「火打形公園」の実例、資料5:千葉市の幼稚園の実例(参考に提示)
「公園に防音壁を作る。」15名、「まずはみんなで話し合う。子どもに優しく注意をする。」8名、「この騒音に関係するきまりを変える。」3名、「『できるだけ静かにしてください』という看板を作る。」2名、「地下に公園を造る。」2名、「その他の考え」3名、「おばあさんも子どもも悪くないことなので、まだ悩んでいる。」2名
【児童の判断のプロセスと分析(カギ括弧内)】
〔1〕「おばあさんが引っ越せばいい」→反対:「費用の問題がある。」「おばあさんがかわいそう。先に住んでいたのだから、公園ができなければおばあさんは悲しむことはなかった。」
〔2〕「条例で決められた音量の上限を上げてもらえばいい」→賛成:「声が多少大きくなっても大丈夫だから。」「赤ちゃんの泣き声でもうるさいから。」反対:「音量を上げても、それを子どもの声が越えるかもしれないから。」「声が大きくなり過ぎたらほかの家の人たちからもうるさいと言われるかもしれないから。」
〔3〕「きまりの『どんな人も』というところから子どもを除外してもらう」→反対:「きまりなんだから。」(きまりは絶対的なもの)→「そんなきまりなら、やぶっちゃえばいい。」(子どもの遊び場を確保できない状況を何とかしたいという強い意思の表れ)
〔4〕「誰もが納得するためには…。難しいなあ。」「子どももおばあさんも悪くないのに。」(子ども側だけの論理から、子ども側とおばあさん側の双方に立った論理:公共の福祉・個人の尊重に通じる論理へと深まっている。)
【まとめ】
社会科授業で「法やきまり」と向き合った児童には、3つの考え方が見られたといえます。1つは、法やきまりがある現状を踏まえた考え方。2つめは、法やきまりが変わった際の生活を想定した考え方。3つめは、法やきまりに対するプラスとマイナスの思いを兼ね備えた考え方です。
発表3 「小学校における法教育年間指導計画の提案」
窪 直樹(練馬区立大泉第六小学校)
小学校の法教育の現状は、各教科等で法やきまりに関する内容が断片的に行われているといえます。現状を改善するため、先行研究をもとに法教育をとおして子どもに育てたい資質・能力を明確にし、学習指導要領に示された各教科等の内容をどのように配列すればよいかを一覧表にして、法教育の全体像を示す年間指導計画を提案します。
【観点別の育てたい資質・能力】
学習指導要領に示された各教科等の目標・内容を踏まえた授業を構想し、観点別の評価規準が設定しやすいように、育てたい資質・能力を次のように整理します。
「法」に対する興味・関心 および 「法」に基づき社会の 形成に参画する態度 |
・日常生活において、法やきまり・ルール及び司法を身近なものであると意識し、興味・関心をもつ。 ・自由で公正な社会の担い手として、法やきまり・ルールを遵守したり、それらを利用して問題の解決を図ったり、司法に能動的に参加したりするなど主体的に社会の形成に参画しようとする。 |
「法」に関する 思考・判断・表現 |
・法やきまり・ルールの意義や役割、自分たちの生活との関連などについて思考・判断したことを、文章などに適切に表現する。 |
「法」に基づいて考え、 議論し、合意形成するための技能 |
・必要な情報を集めたり、問題点を整理したりして自分の考えをまとめ、判断基準や根拠を明確にして議論し、相手を説得したり、自分の意見を修正して合意形成したりすることができる。 |
「法」に対する知識・理解 | ・法やきまり・ルール及び司法の意義や役割について理解する。 |
【育てたい資質・能力を身に付けた児童の姿の想定】
国語科の「話すこと・聞くこと」に関わる内容で指導することをもとに、各学年で学習する教科等の目標を踏まえ、議論し合意形成するための技能を身に付けた児童の姿を想定しました。
学年 | 目指す児童の姿 |
1 | 理由を示して自分の考えを話し、学級や学校のきまりを守り、仲良く生活することができる。 |
2 | 話題に沿ってグループで話し合い、学校や地域の約束やきまりを守って、安全で快適に生活することができる。 |
3 | 互いの考えの共通点や相違点を考えながら話し合い、社会のきまりや自分たちの決めたきまりを守って、楽しく生活することができる。 |
4 | 互いの考えの共通点や相違点を考え、目的に向かって話し合い、地域における法やきまりの意義や役割、これらを守ることの大切さを理解して、生活することができる。 |
5 | 互いの立場や意図を明確にして話し合い、自分たちの生活と関わる法やきまりの意義や役割、これらを守ることの大切さを理解して、生活することができる。 |
6 | 互いの立場や意図を明確にし、合意に向かって話し合い、社会生活における法やきまりの意義や役割、司法の働きを理解して、生活することができる。 |
【法教育年間指導計画案より】
第1学年の年間指導計画(指導時期は目安)
4月 |
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5月 | ||||
6月 | 国語 「わけをはなそう」(2時間) |
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7月 | ||||
8月 | ||||
9月 | ||||
10月 | 道徳 「やくそくやきまりを守る」(1時間) 教材:「心あかるく」『東京都道徳教材集』p.104※3 |
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11月 | ||||
12月 | ||||
1月 | 体育 「ボールゲーム」(8時間) 教材:『「法」に関する教育カリキュラム』p.52※4 |
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2月 | ||||
3月 |
「どうぞよろしくの会をしよう」のねらいは、学級や学校の生活に必要なきまりを守り、楽しく生活することができること。
※2:「それ行け!学校たんけんたい」の ねらいは、学級や学校の約束やきまり、登下校時の交通ルールを守り、安全に生活することができること。
※3:「やくそくやきまりを守る」のねらいは、約束やきまりを守り、みんなが使うものを大切にすることができること。
※4:ねらいは、きまりを守り、仲良く運動することができる。
第2~第6学年についても同様に表に示しています。(表省略)
【今後の課題】
法教育の本質に関わる点については様々な捉え方があり、本研究で示したものとは異なった資質・能力を目指すことも考えられます。また、開発した年間指導計画は、実際の授業を通してその効果を検証するには至っておらず、今後の課題です。
【質疑応答より】
Q:「いわゆる○○教育では、普及に際し、その系統性一覧表が示されることがあります。しかし、表が活用されないという実態もあります。一覧表を見て、自分でやってみようとなるきっかけは、何だと考えますか?」
→A:「1つは、目指す児童像を日常的に意識してもらえるようにすること。法教育は、学校生活のいたるところにきっかけがあるといえます。もう1つは、使いやすい教材です。パッケージが1時間分あるといいと思います。具体的な授業の姿を提供できるといいと考えます。」
〈第3分科会より〉
発表2 「高等学校教科書『現代社会』の「法教育」の比較」
荒木秀彦(千葉県立津田沼高等学校)
高等学校教科書『現代社会』の各教科書が、特に「法とは何か」と「契約自由の原則」の2つを考えさせる内容になっているかを調べました。「法教育の目的」が、法律の条文や制度を覚えることではなく、法やルールの背景にある価値観や司法制度の機能や意義を考えること等にあるからです。
【問題意識:「法とは何か」と「契約自由の原則」の重要性に着目】
現在発行されている8社12冊の高等学校公民科教科書『現代社会』では、「人の支配」の次に「法の支配」が説明されるのが通例です。しかし、「法とは何か」を考えさせる内容になっていないものがあります。また、消費者保護や労働契約についての説明はすべての教科書にありますが、その前提として、まず「契約自由の原則」を考えさせているかどうかも重要と考えました。
【調査結果】
調査の結果は、12冊中7冊(8社中4社)では、「法」や「契約自由の原則」についてキーワードとその説明だけになっていました。学習指導要領にあるように、「法は刑罰などによって国民の行為を規制するだけではなく、国民の活動を積極的に促進し、紛争を解決するなど、日常生活に密接に関連していること」について、認識を深めさせられるのか、疑問が残ります。
(1冊ずつについて、「法とは何か」「契約自由の原則」の2つを考えさせる内容になっているか、出版社名、その他の調査結果を示した一覧表が提示されました。表省略)
【今後の課題】
本研究では、教科書の記述について検討しており、授業実践は行っていません。高等学校の公民分野は、『現代社会』だけで終える生徒もいますが、彼らに教科書を含めた教材をどのように使って「法に関する基本的見方や考え方」を考えさせるかが課題と考えます。
【質疑応答より】
意見:「教科書の執筆者にどのような専門家が入っているかも合わせて調べるといいでしょう。」
〈ここまでの取材を終えて〉
第2分科会から2つ、第3分科会から1つの発表をご紹介しました。第2分科会の窪先生のご発表の質疑応答の中で、法教育実践に取り組むための一歩を踏み出すには、カリキュラム年間計画への位置づけに加え、「使いやすい教材、具体的な授業の姿」が必要というお話がありました。今回ご紹介した1つ目の発表は、この「使いやすい教材、具体的な授業の姿」を垣間見せてくれるものだったのではないかと思います。また3つめの発表は、高等学校教科書という教材について、「法教育を実践するための使いやすさ」を比較検討していました。このような研究が各学校段階で進むことにより、法教育が一層普及すると思いました。
〈午後の部については、レポートその2でお伝えします。〉
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