法と教育学会 第6回学術大会 その2

 引き続き、2015年9月6日(日)早稲田大学早稲田キャンパスで開催された法と教育学会第6回学術大会の模様をお伝えします。その2は午後の部(討論の部分は省略させていただきます)についてお伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈午後の部プログラム〉
13:20~13:40 会員総会
13:50~17:30 パネルディスカッション「子どもの法意識・法知識と法教育」

〈パネルディスカッション〉
「子どもの法意識・法知識と法教育」
(以下、敬称略)
【基調提案者】
 藤本 亮(名古屋大学大学院法学研究科教授)
【パネリスト】
 三浦昌宏(千葉県四街道市立四街道小学校教諭):小学校教員の立場から
 金子幹夫(神奈川県立平塚農業高等学校初声分校総括教諭):高校教員の立場から
 福本知行(金沢大学人間社会研究域法学系准教授):大学教員の立場から
 船岡 浩(弁護士):弁護士の立場から
【指定討論者】
 渡辺弥生(法政大学文学部心理学科教授)
 渡部竜也(東京学芸大学人文社会科学系准教授)
【司   会】
 根元信義(弁護士、筑波大学大学院人文社会系教授)
 磯山恭子(静岡大学教育学部教授)

1 基調提案                     
「法意識と法知識の調査をめぐって」
藤本 亮(名古屋大学大学院法学研究科)
(1)法意識の概念的整理と法意識調査結果の一端の紹介
 「法意識」も「法文化」も社会諸関係に流通する法の理解と意味を同定するのに分析的に用いられます。ただし、それらの用法は理論的にも実証的にも安定しておらず、論争の種になってきた点に留意が必要です。
 法社会学の六本佳平にみられるような「法意識」の定義は、心理学の伝統における用語法と異なるといわれます。私たちの社会では、心理学的人間像が一般的と言えます。心理学上の「社会的態度」としての法意識の定義は、「法に関する様々な問題について、人々が持つ知識や考え方、それに行動への方向付けを含む社会的態度」注1というものがあります。
 法意識調査では、1971年・76年の日本文化会議と2005年の科研費特定領域研究の調査の結果を比較する例があります。「権利意識」「法律観」「契約観」「刑罰観」「訴訟観」「素朴秩序観」などの時間的変化が考察されています。

(2)法知識の測定方法に関して
 法知識も対象と認識次元によって多様です。知識の次元には、「宣言的知識(記述的知識)」と「操作的知識」があり、前者は抽象的知識(例えば「無罪推定」)と具体的知識(起訴された刑事裁判のほとんどが有罪、など)があります。「操作的知識」とは、「どうすべきか」ということで、たとえば「起訴されたら反省を示して執行猶予や仮釈放を目指す」といったことです。確実な宣言的知識の上に、操作的知識が習得されます。法知識についての調査から、法律についての確実な知識を得ている者の知識は、体系的に得られるといえます。法知識調査には、正誤・択一式問題の他にも、関心度調査や探索的調査などの方法があります。

(3)法意識研究におけるNarrativeアプローチの意義
 法意識の対話調査による分析からは、支配的な法(Legal Hegemony)が構築される源泉は、語りの中にある「一般的な説明」と「行為者の個別の経験」との対抗関係である注2ことが明らかにされています。日常世界でも法実務においても、語り(ストーリー)は重要です。

(4)子どもの法意識・法知識調査へのアイデア
 法意識・法知識ともに、測定する内容とその理論的文脈を明確にする必要はいうまでもありません。法知識の点では、法規範の内容を踏まえた操作的知識がどの程度身についているのかという視点での調査は大変興味深いと思います。
 法知識の客観的測定にあたっては、発達段階にもよりますが、いわゆるゲッシング(当てずっぽう)が発生しやすい正誤・択一形式よりも、「聞いたことがある/ない」「内容を知っている/わからない」を組み合わせて認知程度を5~6件法で尋ねる方が、測定精度が上がると思われます。質問紙調査に加え、子ども自らの困りごと・もめごと体験を「語り」として聞くことは、子どもが有している社会秩序観としての法観念を明らかにする上で不可欠と思われます。(会話分析や対話面接など、臨床心理の場面では実践の蓄積が既にあります。)

2 パネリストより発表
(1)小学校教員の立場から
三浦昌宏(千葉県四街道市立四街道小学校)
【小学生が生活の中で法を意識する場面】
 小学生の子どもが「法」という言葉を自ら使うことはないので、ここでは子どもが一般的に口にする「きまり、ルール、約束」という言葉を用います。子どもが生活の中で法を意識する場面を大きく2つに分けて考えてみます。1つは、普段の学校生活において(偶然的な意識場面)、「○○さんは、ずるい!」という発言が出る場面です。給食当番、掃除当番、宿題、遊びの場面などにおける問題が起きたとき、解決に向けた話し合いの場を持つことで、「ずるい」を解消します。そして、きまりを確認したり新たなきまりを作ったりすることで、公平を意識させます。これは、対友だち、対クラスという狭い範囲でのきまりの意識の育成です。
 もう1つは、授業における意図された意識場面です。授業では、もっと社会を意識できるきまりを取り上げたいと考えています。たとえば社会科の授業では、食品安全のためのきまり、ごみの減量のためのきまりなどを学習します。子どもは、法やきまりがあることの良さを実感します。さらに深く法やきまりに関する社会の事象を知ることで、法やきまりに対する驚き・疑問・憤りが生じることもあります。たとえば賞味期限に関する「3分の1ルール」などについて学習した場合です。そして、法やきまりのあるべき姿を模索する様子が見られます。

【子どもの法意識アンケートから】
 法やきまりをさらに深く扱った授業における子どもの法意識を検討するため、4年間に渡りアンケートを行いました。3年生3クラス、4年生1クラスの社会科授業に際し、ある年の3年生の1クラスだけ「きまりがあって良かった」と実感する段階で授業を終わらせ、他のクラスではジレンマ教材を用いて「法やきまりのあるべき姿を模索する」段階まで授業を進めました。授業後に行ったアンケートの項目は、次の3つです。
〔1〕:生活していく上で「法やきまり」は必要だと思うか?
〔2〕:生活していく上で「法やきまり」は守るべきものか?
〔3〕:生活していく上で「法やきまり」は変えられないものか?

 〔1〕、〔2〕については、どのクラスも「とてもそう思う」「少しそう思う」を合わせると100%になり、結果に有意な差はありませんでした。〔3〕については、授業を「きまりがあって良かった」で終わらせたクラスだけ、「とてもそう思う」「少しそう思う」の合計が95%、他のクラスは58~66%という結果になりました。理由を見ると、「法やきまりが変わった際の生活を想定している」「法やきまりが変えられない場合の生活を想定している」「今後の法やきまりの整備を見据えている」ことがわかりました。
 数少ない事例ですが、この結果から、「法やきまり」に関するジレンマ教材で、子どもの法意識は変わるのではないかと考えます。

(2)高校教員の立場から
金子幹夫(神奈川県立平塚農業高等学校初声分校総括教諭)
【「政治・経済」の授業対象の調査から】
 高校生の法意識・法知識と法教育について、「政治・経済」の授業を対象に調査を行いました。調査の目的は、次の3つです。
〔1〕:高校生の法意識・法知識の実態を明らかにする。
〔2〕:法教育に関する授業内でつまずいている生徒がいたとしたら、その原因にはどういうことが考えられるか仮説を立てる。
〔3〕:〔2〕の仮説を踏まえ、有効な授業案を検討し、実践、効果を検証する。
 本校第3学年の生徒32名を対象に、2015年度に調査を行いました。主たる対象は「政治・経済」選択の8名です。授業の冒頭、次の4つの質問をしました。

A:犯罪や刑罰について具体的に定められていない行為について罰することは可能なのか?(「できる」:36%、「できない」:64%、n=32以下同じ)
B:後から法が作られたとしたら、それ以前に同じようなことをして罰せられなかった人物を罰することができるのか?(「できる」:61%、「できない」39%)
C:判決が確定する前の被告は有罪なのか、それとも無罪なのか?(「有罪」:7%、「無罪」:15%、「どちらでもない」:78%)
D:自白を有力な根拠として有罪判決を宣告できるのか?(「できる」:56%、「できない」:44%)
この結果から、生徒の中にはつまずきがあることが読み取れます。

【法をめぐる世界観の再構築を目指す授業提案】
 補足のため、2013・2014年度の実践も含め(いずれも公民科「現代社会」は履修済みまたは履修中の生徒)考察し、「本調査における高校生は、客観的事実ではなく言葉を頼りに現実を認識し、自分の生きる世界を構成している」注3という仮説を立てました。生徒は、これまでに法をめぐる世界観を構築しては自然に壊れていくという経験を繰り返しているのではないかと推測されます。
 そこで、高校生がもっている知識に新しい知識や考え方を加えて、教科書の記述に沿うように個々の世界を構築させる授業を実践し、つまずきに関する課題解消を図りました。授業の概要は次のとおりです。(全6時間)
〔1〕:ある男性の死をめぐる事件を説明する。(黒板に図を提示。)
〔2〕:教室内で有罪か無罪かを話し合う。(意見がまとまらなくて混沌とした。)
〔3〕:「12人の優しい日本人」という演劇のDVD(まったく同じ事件を扱う)を一部分視聴する。
〔4〕:教室内の生徒同士の議論〔2〕も動画で撮影しており、あわせて見る。
〔5〕:⑤有罪・無罪の理由をめぐり、議論が進む。(教室内で出された結論とDVDの結論が大きく異なる結果になった。)
〔6〕:その後に、演劇の脚本を作成した人物の舞台挨拶を見せる。(〔5〕で結論が異なった理由が明らかになった。)ポイントとなる用語は「無罪推定の原則」。
 授業の71日後と94日後にアンケートをした結果、多くの生徒が推定無罪という考え方を長期間保ち続けたこと、議論の作法についても多くのことを感じ取ったことが示されました。

(3)大学教員の立場から
福本知行(金沢大学人間社会研究域法学系准教授)
【大学生の法意識・法知識調査の意義と本調査の概要】
 大学生の法意識・法知識を把握する意義は、1つは高校までの法教育の効果を測定すること。もう1つは、大学の法学教育に関し、高校までの法関連学習の成果との接続を意識した質的な向上を図ることにあります。
 本調査は、民事・刑事裁判に対する大学生の法意識・法知識の全般的状況を把握するために実施しました。アンケートの趣旨は次の4つになります。
〔1〕:法学を専攻する学生の中で大学による違いはあるか。
〔2〕:法学を専攻する学生と他専攻の学生との差異はあるか。
〔3〕:刑事裁判と民事裁判の区別についての理解度はどうか。
〔4〕:損害賠償制度あるいは損害賠償請求訴訟の目的について認知されているか。
 調査対象は、金沢大学1年生の1598名(うち法学類生157名)、岡山大学法学部昼間コース1年生201名、明治大学教職課程履修者1年生222名(すべて当日出席者のみ)。10の質問項目について、授業時間内に質問紙調査を行いました。
 結果は、〔1〕については、金沢大学と岡山大学の授業や学生の質がほぼ同様と考えられるという前提でもあり、違いは見られませんでした。〔2〕に関しても、法学専攻の学生がとびぬけて正答率が高いわけではなく、質問によっては他専攻の学生より低いものもありました。〔3〕については、比較的認知度が高いのは、「刑事法の世界とは別に民事法の世界があり、裁判には刑事裁判と民事裁判があること」でした。十分に認知されていない範囲は、「刑事裁判・民事裁判は別建てで行われること」「同一の事件でも、それぞれの裁判で別個に評価されることが制度的にありうること」「刑事裁判・民事裁判は原則として相互に影響を及ぼさないこと」でした。〔4〕については、現行の損害賠償制度・損害賠償請求訴訟の趣旨・目的は、一般には十分に認知されていないといえました。

【まとめと考察】
 上記のような結果は、刑事裁判と対比する形で民事裁判の構造、趣旨・目的、社会的役割などを知る機会がほとんどないためではないかと考えられます。刑事裁判によって形成されたイメージを前提に、民事裁判を見ているのではないでしょうか。
 このことは、「民事裁判入門」履修者に、毎回の講義の振り返りを書いてもらったコメントからもうかがえます。コメント提出者は、民事訴訟法未履修の1年生で、毎回概ね100名強×15回×7年分です。学生が民事裁判の講義に抱く新鮮な印象は、刑事裁判を前提に形成された裁判イメージの強固さと裏腹だと感じます。

(4)弁護士の立場から
船岡 浩(弁護士)
【法認識・法意識に影響を与える家庭環境について】
 子どもの法認識・法意識は、いつ、どのように形成されてきたのかについて、弁護士としての経験から次のようなことを感じています。1つは40代の女性の覚せい剤事件からです。夫が絡む事件でしたが、女性は覚せい剤や、夫婦とはどういうものかについて、どこで学んだだろうかと考えさせられました。生い立ちから、家庭環境、学校と地域社会の環境、時代背景といった要因が考えられます。
 もう1つは、成年後見事件の事例を通してです。80代の老夫婦に2人の娘がありました。老夫婦ともに認知症と診断され、施設やケア・サービスの利用をするようになりました。その際の娘たちの行動が、対照的でした。2人ともに老親を思いやる気持ちに変わりはないのですが、1人はてきぱきと外部の助けを借りる手配をこなし、1人はそういったサービス利用は思いもつかず、見舞いや家事援助をするといった具合でした。そのために、家事をする娘が不満を持つようになってしまったのですが、2人の生い立ちの生活環境は大差なかったはずと思うのです。家庭環境の影響だけではないものが感じられました。

〈取材を終えて〉
 子どもの法意識・法知識形成についての調査研究では、法と教育学会の橋本康弘先生(福井大学)を中心とするグループによる取組みが近年行われてきています。この研究に、新たに社会学者が加わり、より多面的・多角的な視点から研究が進められるとのことです。今大会のパネルディスカッションでも、法社会学の藤本亮先生から現在の最新の研究から基調提案をしていただきました。藤本先生は「質問紙調査に加え、子ども自らの困りごと・もめごと体験を『語り』として聞くこと」の重要性を指摘されています。
 基調提案に続くパネリストの発表では、小学校、高校、大学の各授業における質問紙調査と児童生徒のコメントからの分析がされていました。子どもから学生までの「語り」の一端が聞き取られたのではないでしょうか。弁護士からは、法意識・法知識形成に影響を与える家庭環境についての考察も示されました。

 

注1:
木下麻奈子「法心理学からみた<法意識>」和田仁孝編『法社会学』(法律文化社,2006年)p.81~103

注2:
Ewick P and SilbeySubversive Stories and Hegemonic Tales: Toward a Sociology of Narrative. (Law and Society Review 29(2),1995)

注3:
野口裕二『物語としてのケア』(医学書院,2002年)
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