2016年度全国公民科・社会科教育研究会授業研究委員会研究集会報告

 2016年12月24日(土)13:30~17:00、全国公民科・社会科教育研究会授業研究委員会の2016年度研究集会が、明治大学リバティータワーの教室を会場に30名余りの出席者を迎えて開かれました。テーマは、「主権者教育の検証と今後の展望~18歳選挙実現のなかで主権者教育を振り返る~」でした。
授業実践報告や模擬授業のほかにも、参院選に関する若者や高校教員へのアンケート結果の分析報告があったり、首都圏や遠くは長野県や京都府から参加された先生方が各校の主権者教育実施状況を話されたりなど、盛りだくさんの内容でした。その模様をお伝えします。
(当日の配布物より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:35~14:00 「朝日新聞『Voice1819主権者教育』のアンケート結果報告」
「明るい選挙推進協会 第24回参議院議員通常選挙における
新有権者等若年層の意識調査 報告」
14:00~14:50 参院選にともなう主権者教育実施の成果と課題
15:05~16:00 「主権者教育の次なるステップを目指して~授業実践報告~」
16:00~16:40 「みんなで考える地域の問題~デモンストレーション授業~」
16:40~17:15 「主権者教育と新科目『公共』~公共的空間をつくる主体の育成に向けて~」

1 「朝日新聞『Voice1819主権者教育』のアンケート結果とその分析」
吉沢龍彦 朝日新聞オピニオン編集部 記者

 

 朝日新聞の企画「Voice1819主権者教育」は、ツイッターアカウント(@asahi1819)を足掛かりに、選挙について語る対談をネット中継して、若い人たちの参加を呼びかけました。その中で18歳、19歳へのアンケートと、高校教師へのアンケートを実施しました。なお、前者は回答数166、後者は71という限られたデータである点に留意願います。
 18歳、19歳は、選挙に関する情報を主に「新聞、雑誌、本」「テレビ」「ウェブサイト・ブログ」「SNS」などから得ているという結果になりました。「学校の先生から」という回答はそれほど多くありませんでした。
高校教師アンケートでは、「18、19歳の投票行動に、学校での教育活動が影響したという実感が大いにある」「ある程度ある」という回答を合わせると全体の約3分の2になりました。「主権者教育に際し、教育活動や教員の言動に『政治的中立性』を求めた文部科学省の通知は、制約になっていますか、なっていませんか?」という問いに対しては、「大いになっている」「ある程度なっている」を合わせると、やはり3分の2ほどでした。また、自由記載で今後の主権者教育に必要なものを挙げてもらったところ、「ものの見方・考え方に必要な先哲の思想」「自己肯定感」「具体的な政党に関する学習」など、ふだんの学習や学校・家庭での生活を重視する回答が見られました。

「第24回参議院議員通常選挙における新有権者等若年層の意識調査」
鈴木秀毅 明るい選挙推進協会 調査広報部主幹

 

 明るい選挙推進協会では、第24回参議院議員通常選挙の投票日後、18歳、19歳の新有権者をはじめとする若者の政治意識を探るため、全国の18歳から24歳の男女1,900人を対象に、 インターネット調査を実施しました。(調査実施7月11日~7月14日)調査の結果はこちらのホームページからご覧いただけます。http://www.akaruisenkyo.or.jp/060project/066search/6720/
 調査結果から注目すべきこととして、18~20歳で参院選の投票に行かなかった人の理由の第1位に「現在の居住地で投票ができなかったから」があります。進学などに際し、転居先へ住民票を移していないことが考えられます。また、幼少期の経験による投票行動を対象者全員に尋ねたところ、子どものころ親の投票について行ったことがあると回答した人は、ついて行かなかった人に比べ、今回の参院選でも投票に行った割合が多くなりました。幼少期の体験の影響の重要性が考えられます。今後の選挙でも同じような調査を行って変化を追っていきたいと思います。

2 参院選にともなう主権者教育実施の成果と課題 (全体討議)
司会:落合隆 授業研究委員会事務局 神奈川県立麻溝台高等学校教諭

 

(1)参加者の地域の主権者教育は? 参加者が行った主権者教育は?
神奈川県:2010年度から3年に1回、参院選に合わせすべての県立高校で模擬投票を実施しています。対象生徒は全校あるいは特定学年と学校ごとに決めています。11年度からは、模擬投票も含めて県全体で継続的にシチズンシップ教育に取り組んでいます。
千葉県: 学校ごとに取り組んでいます。生徒会を動かして模擬選挙を実施している高校や、生徒が実際に政策を立案し互いにアピールし決定するまでのシミュレーション体験学習を実施している高校があります。
長野県:県選管と連携協力して模擬選挙や出前授業を実施しました。
神奈川県の中学校:社会科授業で政党のテレビCMやパンフレットを使い、政策の違いに気づかせるとともにメディア・リテラシーを学習しました。
東京都:各校独自に教育計画を策定して取り組みました。

(2)18歳生徒は投票に行ったか?
 積極的に主権者教育を行っている高校では、選挙権を得た高校3年生の投票率80%台という所も多くありました。保護者が投票に行く習慣のある家庭では、投票に行った生徒が多かったと言えます。東京都や京都府では、18歳の投票率は60~70%台です。長野県の下伊那・飯田地区の高校生たちは学校の枠組みを超えて「投票率100計画」運動を展開し、投票率は90%を超えました。

(3)教員が主権者教育を行ったなかで感じたことは?
 政治的中立性に注意して慎重に主権者教育を行った結果、生徒・保護者からの苦情はとくに聞かなかったようです。しかし、選挙期間中の新聞の扱いに関して、各党の政策紹介などは新聞社の視点が入るという理由で教員が教材に取り上げて授業することを禁じている県があるが、そこまでの必要はないのではという意見が出されました。

(4)外部との連携について
 会に出席された、明るい選挙推進協会、東京都行政書士会、NPO法人のYouthCreateや模擬選挙推進ネットワークのメンバーから出前授業や模擬選挙への協力事例が紹介されました。主権者教育のためには、校外機関との連携をもっと行う必要があります。

(5)これからの主権者教育についての意見・提案
・目前の選挙をとらえるだけでなく、前回選挙の公約がどのように実現されたか・されなかったかを検証する振返りのプロセスも重要ではないだろうか。
・在日外国人の多い地域の学校は、国政選挙に関する主権者教育には限界を感じる。住民投票に関しては、外国籍住民も参加できる市町村はあるが。
・中学校では生徒会選挙が特別活動として行われているので、それを主権者教育に活かしたい。
・投票率向上に向けた狭義の主権者教育から、政治的教養・能力を育む広義の主権者教育に進んでいく必要がある。

(6)「主権者教育中間まとめ」
コメンテーター:藤井剛 明治大学文学部特任教授
 各都道府県教育委員会ではガイドラインや独自教材を作成して主権者教育を推進しています。選挙管理委員会は、全国の高校へ出前授業をしています。現実の政治的課題を扱って主権者教育をした学校は以前に比べ約10%増えて30数%、外部との連携した学校も3%台が6%台になって、少しずつ前進しています。教育委員会や、場所によっては議会や行政がイニシアティブをとっている所が多いようです。不明な点は、副教材『私たちが拓く日本の未来』をよく読んでいただけたらと思います。

3 「主権者教育の次なるステップを目指して~授業実践報告~」
大畑方人 東京都立高島高等学校教諭

 

 本校は中堅進学校で、部活動が盛んです。3年生の選択科目「政治・経済」における実践を紹介します。
〔1〕政策討論会
・ねらい:論争的な問題について自ら調べ、他者と議論することを通して、多面的・多角的に考察する力を養う。
・テーマ:選択的夫婦別姓、同性婚の合法化、安保関連法、消費税、TPP
・進行:賛成派と反対派に分かれ、それぞれ模造紙に政策に対する判断材料を書いて討論。残りが聞き手になり、評価シートを書いて判定。
〔2〕模擬選挙
・ねらい:各候補者・政党の政策を比較検討し、投票を体験することで、主体的に政治に参加しようとする態度を育む。
・教材:2016年参院選公示日のニュース映像、選挙公報、新聞記事「候補者に対する9つの質問と回答」、「政治山」の政策比較表
〔3〕議員インターンシップ
 NPO法人I-CASが主催する議員インターシップ(春季・夏季休暇中に、議員の下で3日間高校生インターンを体験)に希望者が参加。全参加者97名中、本校生徒は21名。政治の実際に直接触れることで、生徒は授業で今まで学んだことの意味を確認し、政治への関心をいっそう深めることができました。
〔4〕「高校生と地方議員との対話」企画
 2学期に地方議員を学校におよびし、キャリア教育の一環として高校生に議員の仕事について語ってもらうことを企画しました。政治的中立性の確保にはとくに留意し、オファーはすべての会派に出し、複数の議員を同時に招く予定でした。議員には政治的主張を控えていただくように予めお願いし、保護者にも事前に授業の趣旨を書面でお知らせするつもりでした。しかし、計画段階で、議会全会派に学校にお越しいただく必要があるとの意見が出て、今回はこの企画は断念しました。

【フロアより】
・地方議会は市民向けに議会報告会があります。議会報告会を学校で開催してもらうことを提案する方法も考えられます。生徒会と市議会議員との対話という事例もあります。
・松本市議会には交流部があり、その延長で高校「現代社会」地方自治のクラス単位授業に参加してくれます。議会の仕事の説明の後、生徒の要望を聴いて、実際にバス便が変わった例もあるとのことです。
質問:政策の内容を議論して、生徒の意見はどう変わりましたか?
回答:TPPもカジノ法も、生徒は最初よく知りません。調べてようやくわかったようです。しかし、生徒の調べだけだと浅い理解にとどまり、それで判断をしてしまう例が見られました、政策についてどの程度まで教員が教えるかを、考えたいと思います。
意見:内容はある程度パッケージして教えてよいのではないかと思います。

4 「みんなで考える地域の問題~デモンストレーション授業~」
原田謙介 NPO法人YouthCreate 代表

 

 YouthCreateは、中高校生に政治に興味や関心をもってもらうよう、身近な地域の問題を取り上げて出前授業を行っています。政治を「学ぶ」のではなく、政治と「出会う」ないしは政治と「関わる」ことを目指します。能動的に自分たちの望む社会を形成する態度を育みたいと考えています。
 今回の授業は、先日、東京都立駒場高等学校で、1年生9クラスの「人間と社会」(都の独自科目)授業4コマをもらい、目黒区選挙管理委員会と共同実施したものです。ファシリテーターとなる大学生には事前研修を行い、9クラス同時展開を実現しました。

・テーマ:「街の未来について考えよう」
・ねらい:地域社会に暮らす市民として政治に関わる態度を養う。
・進行:4~5名でグループ作業(50分授業の場合)
〔1〕自分の街の学校の周り、家の周りなどについて、良いと思う点、気になる点を付箋に書く。付箋の右上に「良い」は○、「気になる」は×を書いておく。(約10分間)
〔2〕グループで付箋をカテゴリー分けし、半分大に切った模造紙に貼ってカテゴリー名を書く。(約5分間)
〔3〕グループで1つのカテゴリーを選び、理想の状況を考え意見を出し合う。(約5分間)
〔4〕〔3〕で考えた理想の未来を実現するために、「自分たちができること」「政治ができること」を相談しながら、それぞれ付箋に書き出して貼る。(約10分)
〔5〕まとめの表(模造紙)でクラス発表および個人アンケート(20分)

テーマ (実際の出前授業では、「交通」か「環境」が多い)
現状 テーマについて○×の付箋をまとめる(付箋の色を変えてもよい)
理想 理想の状況についての意見をまとめる
できること 「自分たち」「政治」に分けて付箋を貼る

5 「主権者教育と新科目『公共』~公共的空間をつくる主体の育成に向けて~」
黒崎洋介 神奈川県立湘南台高等学校教諭、(『私たちが拓く日本の未来』作成協力者)

 新科目『公共』は、「公共的空間をつくる主体の形成」つまり唯一の正解があるとは限らない現代社会の諸課題に他者と協力して立ち向かう主体を育むことを一つの目的にしています。主権者教育はその有力なアプローチになるものだと考えます。そのことを、広義の主権者教育の一例として発表者が勤務している神奈川県立湘南台高校が全校で取り組んでいるシチズンシップ教育を紹介しながら、具体的に見ていきましょう。

〔1〕神奈川県と湘南台高校のシチズンシップ教育の概要
 平成23年度より神奈川県では、シチズンシップ教育をキャリア教育の一環として教育課程上に位置づけ、全県立高校で実施しています。本校では、「総合的な学習の時間」(週1時間)を「シチズンシップ」と名づけています。各教科・科目で習得・活用される知識や技能を、「シチズンシップ」でさらに活用・探究することを目指します。ティームティーチングで行い、オリジナルテキストを開発して使用しています。 「総合的な学習の時間」はシチズンシップ教育と親和性があり、公民科が主導するものの、すべての教科の教員が、人生の先輩、ひとりの市民の立場で担当します。「シチズンシップ」で最近扱った内容を紹介しますと、
・1学年「シチズンシップⅠ」:主テーマは「公」的な社会参加。マインドマップを使用して「効果的な自己紹介を考えよう」。KJ法の学習を兼ねて「湘南台高校PRガイドブックをつくろう」。問答ゲーム「優先席付近での携帯電話の電源OFFの是非」で、ロジカルシンキングを学習。模擬議会では、「給付型奨学金法案」「成人年齢18歳への引き下げ法案」などについて審議を行いました。「公共的課題に対する価値判断文」作成では、新聞に実際に投書しました。
・2学年「シチズンシップⅡ」:主テーマは「共」的な社会参加。「時事問題ミニポスターセッション」では、新聞等から興味のある課題を選択し、発表。公共的課題に対するディベートは、「救急車有料化の是非」「18歳成人の是非」を論題に取り上げました。政策プレゼンテーションは、「時代を踏まえた新しい教科をつくろう」をテーマに行いました。
・3学年「シチズンシップⅢ」:主テーマは「私」的な社会参加。卒業論文を執筆します。各自が公共的課題に関して問いを設定し、情報を収集・整理分析して、自分なりの答えを提示する探究型学習を行います。

〔2〕湘南台高校の模擬投票
 今年7月の参院選に合わせ、全校生徒を対象に模擬投票をしました。企画運営は生徒有志による「模擬投票プロジェクトチーム」で行いました。事前学習として、自分にとって大切な“マイ争点”をグループで話し合ってつくり、模擬党首討論会で政策比較をしました。事後学習としては、実際の選挙結果と校内投票の結果や投票率の違いを考察し、選管へ「投票参加を高めるためにはどうするべきか」提言を行いました。

〔3〕学校設定科目「ソーシャルデザイン」における模擬裁判
 発表者が担当する3学年選択科目「ソーシャルデザイン」で模擬裁判を実施しました。「尋問・論告・弁論を考える」ことをねらいとしました。神奈川県弁護士会に協力を仰ぎ、神奈川大学法廷教室をお借りしてできる限り本物に近い形で行いました。訴訟手続きを実際に経験することは、物事を論理的に考え判断するよい訓練になります。

〔4〕新科目「公共」と主権者教育
<新科目「公共」概要(審議まとめより)>には、「公民科の科目構成を見直し、家庭科、情報化や総合的な探究の時間(仮称)等と連携して、現代社会の諸課題を捉え考察し、選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論を、古今東西の知的蓄積を踏まえて取得するとともに、それらを活用して自立した主体として、他者と協働しつつ国家・社会の形成に参画し、持続可能な社会づくりに向けて必要な力を育む」とあります。
さて、『私たちが拓く日本の未来』の31ページで、国家・社会の形成者(=主権者)として求められる力を身につけるためには、「正解が1つに定まらない問いに取り組む学び」「学習したことを活用して解決策を考える学び」「他者との対話や議論により考えを深めていく学び」が必要であると言っています。まさに、これらの学習方法は新科目「公共」の授業をデザインするときに使えるものではないでしょうか。
 主権者教育は公共的領域への参加を保障するものであります。新科目「公共」においては、私たちのこれまでのまたこれからの主権者教育の成果を積み込んで、生徒が習得した知識・技能を活用して、現実諸課題の解決に向けて探究的に取り組むことが求められていくものだと思います。

〈取材を終えて〉

 「2 参院選にともなう主権者教育実施の成果と課題」において、フロアの参加者から多くの発言で、各地の主権者教育実践校では18歳投票率が高かったことがわかりました。「2(5)これからの主権者教育についての意見・提案」では、選挙のときだけでない、日頃からの政治的教養を育む教育や生徒自身の生徒会活動も大切であることが指摘されたと思います。
 実践報告では、広義の主権者教育の例がいろいろ紹介され、参加型の授業体験も興味深く感じられました。新科目「公共」は、生徒を政治的主体・経済的主体・法的主体・情報の発信受信の主体に育てていくことを目指すようです。主権者教育や新科目「公共」と法教育の親和性と具体的関係づけを、これからさらに考えていく必要があるのではないかと思いました。

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