静岡大学教育学部附属島田中学校第62回教育研究発表会

 2016年11月10日(木)9:00~16:00、静岡大学教育学部附属島田中学校において平成28年度教育研究発表会1日目が行われました。社会科の研究テーマは、「主体的に社会を創造する生徒を育てる単元開発~社会の形成に参加する力を育てる授業づくり~」です。地理的分野と公民的分野の授業の様子をそれぞれお伝えします。

(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

1 公開授業Ⅰ「アジア州」(地理的分野)

〈授業〉
10:00~10:50 1年B組40名(男子20名、女子20名)
単元:世界の諸地域「アジア州」(全6時間)
単元目標:「アジアのどこに工場を建てればよいのだろうか」という単元課題を通して、アジア州への関心を高め、より良い国際社会を創造しようとする態度を身に付ける。
本時の授業:「社内戦略会議を開こう」(第6時)
本時の目標:単元目標に同じ。および「アジアのどこに工場を建てればよいのだろうか」について、アジア州の学習を振り返りながら、人口、自然、産業、生活など多面的に考え、関連づけながら説明することができる。
授業者:木場和成教諭

〈前時までの学習内容〉
 アジア州の自然環境や社会環境を理解した後、アジア州の各地域の特色とアジア州全体の特色について、経済成長を切り口として学習してきました。第2時に「アジアのどこに工場を建てればよいのか」というパフォーマンス課題を設定しました。第5時には、「アジアのどこに工場を建てればよいのか」検討するための社内戦略会議に提案する資料を作りました。ちなみに、会社の具体的内容は設定されておらず、何を作る工場なのか、生徒の考えに任されています。提案については、「その地域がもっている良さを伸ばし、課題については解決方法を提案できるといい」という指示をしました。
 まず提案を個人で考えてから、同じ地域を推す集団で地域別会議を開き、その後、意見の違う小集団に編成しました。それによりアジア州での工場立地(経済成長)の特色を複数の視点(人口、自然、産業、生活など)から考察しました。
 地域としては、アジア州を東アジア(中華人民共和国)、南アジア(インド)、東南アジア(インドネシア)、西・中央アジア(アラブ首長国連邦)の4つに分け、比較しています。小集団の構成は4名で、各班に南アジアを推す社員が2名ずついるという状況になっています。

〈本時の授業過程〉
【社内戦略会議始まり】
先生:「今日のみんなの立場は何ですか?」
生徒:「戦略部長です。」
先生:「今から、小集団で会議をしてもらいます。皆は同じ会社の仲間です。アジア州のどこに工場を建てれば我が社の発展につながるか、妥協点を見つけて、会社が一番発展するところに決めてください。(生徒移動、各班にホワイトボード配布)前の時間にホワイトボードに貼った各地の特色の付箋を見ながら、結論を書いてください。自分の主張を伝えながら、仲間の話を聞いてください。」(約15分間)

【ある班の様子】
男子1:「東アジアがいいと思います。理由は、中国は工場も多く、若年労働者が多いからです。宗教は仏教で、巡礼に行ったりしないからよく働くと思います。食事制限もないので、食品が販売しやすいと思います。デメリットは、近隣の国と漁業の可能な水域が重なることです。」
男子2:「東南アジアを薦めます。既に経済発展しているし、人口が多く賃金も安い。他の地域はさまざまな問題があります。環境面の問題は、努力するといいと思います。」
女子1:「南アジアが一番いいと思います。インドは英語や数学の教育水準が高くて、ITサービスが盛んです。対米交渉も得意で、米国との時差がちょうど半日だから、(日本の本社と合わせれば)24時間対応可能になります。人口が多く、賃金が安いメリットがあります。食糧不足の懸念は、二人っ子政策と農業の近代化で解決します。カースト制度は憲法で廃止されても社会の中に残っていますが、ITには誰でも就職できるので、さらに発展します。」
女子2:「(メリットは女子1と同様。)大気汚染の問題がありますが、植林をしたり、ITに専念したりすればいいと思います。東アジアに工場を建てると、大気汚染がさらに進むおそれがあると思います。人口も頭打ちになると予想されるけれど、南アジアはこれから伸びていきます。」
男子1:「じゃあ、南アジアのデメリットは?」
先生:(全体に向けて)「譲りたくない気持ちはわかりますが、妥協も大事です。悩んでいる場合は、2か所書くこともありです。」

【全体追究】
先生:「ではそこまで。結論が出た班はホワイトボードを前の黒板に並べてください。西や東アジアを推していた班がなぜ南アジアに変えたのか、聞いてみたいですね、A班。」
A班:「最初は西・中央アジアを推していましたが、資源の取り合いと宗教の違いにより治安が悪いことが変えた理由です。工場に影響がないところがいいと思います。南アジアは人口が増えるので、教育すれば労働者が増えると考えました。」
B班:「東南アジアでしたが、西・中央アジアと南アジアに変えました。東南アジアは、ASEANで貿易をすればいいと思いましたが、輸出先が決まっていないので、西アジアと南アジアが連携すれば資源が使えると考えました。」
先生:「東南アジアから東アジアに変えた班は?」
C班:「東南アジアは狭くて人口が少ないと言われました。東アジアは人口がありますが、インドほど多過ぎず、食糧もあるからです。」
D班:「最初は南アジアでしたが、東アジアに変えました。人口が多過ぎると食糧不足の問題が起きる危険があります。農業不振が欠点です。東アジアは経済特区があり、外国とのつながりが深く、農業も好調だからです。」

【個人で結論・発表、まとめ・発表】
先生:「インドと中国の食糧をどう確保するかは、世界的テーマです。これまでの議論を踏まえ、自分の中でここという結論を書いてください。」(約5分間)
先生:「では、2~3人、発表してもらいます。」(省略)「今と結びつけることは大事です。新聞を根拠とした人、発表してください。」
女子3:「今朝の朝日新聞に、スズキのハイブリッド車に使うリチウムイオン電池工場をインドに建てるという記事がありました。インド政府は大気汚染対策として、2020年から規制を強化するそうです。自動車生産競争に勝つために、環境にやさしい自動車開発をするといいと考えました。」
先生:「エコ・カーは大事ですね。11月9日の朝日新聞朝刊によれば、インドへの日本の新幹線輸出も決定しました。マレーシアなどへも通す計画もあるそうです。では、この6時間を振り返って、アジア州とはどんなところでしたか? それをまとめとして書いてください。短くていいから、キーワードを見つけて書ける習慣をつけてください。」(5分間)
先生:「では、発表してください。男子3君。」
男子3:「アジア州は資源や人口が多い。宗教がいろいろあるので、問題もある。工業が盛んで、外国から技術を取り入れている。」

〈授業後、教科協議会から〉
先生:「何の工場かあえて明示しなかったのは、工場に必要な材料を問いかけ、アジア州にはどんな特色があるかを踏まえて考えてほしいと思ったからです。パフォーマンス課題の良さは、シミュレーションにより学んでいることが自分事になっていくことです。『私はどう考えるか?』ということが明確なためです。」

2 公開授業Ⅱ「地方自治」(公民的分野)

〈授業〉
11:10~12:00 3年C組40名(男子17名、女子23名)
単元:現代の民主政治と社会 地方自治と私たち「島田市のよりよい未来を創り出そう」(全7時間)
単元目標:島田市の現状や課題などを複数の資料から読み取り、島田市のよりよい未来を考える根拠として活用することができる。対立と合意、効率と公正、幸福という概念的な枠組みを活用して、島田市の問題解決案を考えるなど、多面的・多角的に考察することができる。島田市の未来を考えることで、これからの地域社会への関心を高め、将来、地方自治に参加する市民として、地方自治の発展に寄与しようとする態度を身につける、など。
本時の授業:「街づくりフォーラムを開催しよう」(第5時)
本時の目標:問題解決案を中間発表し、アドバイスや質問をもとに解決案の再検討を行う中で、島田市は今後、どのような道を歩んでいくべきか、効率と公正、幸福という概念的枠組みを活用し考えることができる。
授業者:澤入基裕教諭

〈前時までの学習内容〉
 国の政治についての学習を終えた後、地方自治の基本的な考え方や地方公共団体の政治の仕組み等を学習してきました。本単元は発展的な学習です。第1~3時では、島田市の政策について、実際に現在進められている「市民会館跡地の活用方法」をきっかけとして理解を進めました。さらに、市民事前アンケート、島田市統計資料、RESAS(地域経済分析システム)を活用しながら、島田市の「良さと課題」を見つけて分類しました。前時には、「島田市への提案」をつくろうという活動を行い、グループ毎に島田市の現状と課題を根拠にしながら、効率と公正、幸福という概念枠組みを活用してプランを作りました。プランは班毎に小さなホワイトボードに書きました。
 グループは、島田市在住の生徒を住民側、市外在住の生徒を行政側の立場として、1~5班が住民側、6~10班が行政側です。財政の視点を重視して提案を考えさせました。
〈本時の授業過程〉
【「街づくりフォーラム」スタート】
先生:「今日は街づくりフォーラムということで、住民側と行政側が意見交換した後、自分たちの提案を再検討します。ゲストティーチャーとして、島田市の職員の方2名に来ていただきました。配布した冊子に10個の班の提案を載せましたので、見てください。1~5班が住民側、6~10班が行政側の提案です。自分の班の提案を発表する人1名が班に残り、他の3名は相手側へ意見を聞きに行ってください。それをもとに、提案を再検討します。今日の視点は何でしたか?」
生徒:「効率と公正と幸福です。」
先生:「効率は、お金や時間に関わること。費用の割に長期間使えるということですね。公正と幸福は?」
男子1:「公正は、すべての人に平等な利益をもたらせることです。」
男子2:「幸福は、みんなが使えて満足することです。」
先生:「この3つが今日の視点です。では5分間。発表者は提案の根拠を大事にしてください。聞く人は付箋に気づいたことを書いて、発表者に渡してあげてください。効率は青の付箋、公正は緑、幸福は赤に書いてください。」(付箋、ホワイトボード、タブレット端末配布。生徒は移動。)

<住民側の班の提案テーマ>
1班「交通網を活用し産業を活性化」
2班「地元愛の育つまち・教育」
3班「人口増加・子育て支援」
4班「自然と産業」
5班「交通with産業」
<行政側の班の提案テーマ>
6班「豊かな自然を活用」
7班「交通網の利用」
8班「川根温泉の有効活用」
9班「住みやすいまちづくり」
10班「悩める女性に安心を‼ 多子高齢者安全化」

<冊子のフォーマット> A4用紙1枚
・テーマ、立場(住民 or 行政)
・提案理由
「私たちの考える島田市の課題は           である。」
「この課題を解決するために           が有効であると考える。」
「そして、この方法によって島田市は           へと変わる。」
・具体的な提案内容 
                                              

【各班に戻り、提案の再検討】
先生:「まず5分間で、貰った付箋の分類をして、自分なりのアドバイスを考えてください。次に、小集団で話し合って提案内容の再検討をしてください。結論はホワイトボードに書いてください。(10分間)」

8班「川根温泉の有効活用」の様子
 まず、提案についてプラスに評価しているかどうかなどの観点から、付箋を分類していました。付箋には、「その状態が長く続きますか?」「建設費用をどうしますか?」などと書かれていました。ゲストティーチャーは、「駅から温泉までの距離が遠くても、その間に何かあれば、人は来てくれる。人が来る仕掛けを作ることが必要かな。」とアドバイスしていました。新提案として、「川根にしかないものをアピール」が出ました。タブレット端末でお茶について検索している生徒もいました。
先生:「ゲストティーチャーや住民側に意見を聞きに行ってもいいですよ。」
その後、先生から11月9日付の新聞の「経済ファイル」という記事のコピーが配られました。

【発表、まとめ】
(10班すべてが発表した中から、ここでは1つだけ紹介します。)
住民側の班:「川根は森が多く、自然が豊かです。でもそれがメインだと、開発が止まります。住民は今の川根が好きだから、これ以上の発展(開発)は欲しません。そこに住んでいる人が、何がいいと思っているかがポイントだと考えます。今の市は、それぞれの住民が幸福に思うようになっていると思います。単純に開発すればいいというものではありません。住民の幸福が大事だと思いました。」
先生:「たくさん意見が出ました。地方自治は誰のためですか?」
生徒:「住民です。」
先生:「地方自治に住民が関わることは有効だし必要です。では、ゲストティーチャーからお話ししていただきます。」
GT:「皆さん、ある意味、税収を増やす視点から考えてくれました。市では観光物産館などの取組みもしていますが、これからの行政のあり方としては、今住んでいる人、特に高齢者に生き甲斐を持って生活してもらうことを重視しています。高齢者に行政のお手伝いをしていただきたいと考えています。人も増えないで歳入が減っていく過程がしばらくは続きます。行政の担えない部分に、経験のある高齢者の力を貸してもらい、乗り越えねばならないと思っています。島田未来総合計画は平成29年度までのものです。平成30~37年の新しいプランを今作っているところです。皆さんの今日の意見を盛り込んでいければと思います。」
先生:「振り返り用紙を出して、自分の考えが変わったかどうか、まとめてください。」

〈授業後、教科協議会から〉
先生:「公正の判断が難しいと考えられます。生徒は、効率を図ると公正でなくなるということなどに悩んでいました。効率と公正、幸福のどれを優先にするか、最後はより多くの人の幸福を考えたようです。結論の発表では、『そこに住んでいる人の幸福が大事だ』という意見に達した班があり、深く考えた結果だと思いました。この授業は前任の公立中学校でも行いました。そのときは、最後は文章化するのではなく、もう1コマ、提案の練り合いをする時間にしました。」

〈取材を終えて〉
 2つの授業とも、課題を設定して小集団の話し合いで課題を果たしていく過程は、法教育の先進的な授業に共通する方法でした。地理的分野の「アジアのどこに工場を建てればよいのか」という授業では、自社の利益を目指すだけでなく、相手国(地域)の課題を解決する提案もすることにより、双方がWin-Winになる関係を考えていたと思います。これは、バランスを重視する法的なものの考え方に通じると感じました。教科協議会では、外国のことをシミュレーションすることにより、自分事にするという方法の有効性も高評価を得ていました。
 公民的分野の「島田市への提案」を作る授業では、住民と行政双方の立場からまちづくりを考えていました。授業後の協議会で担当の先生が紹介されたように、『単純に開発すればいいというものではありません。住民の幸福が大事だと思いました。』という結論に達した班は、授業を通して自分の住む町のことを深く考えたのだと感じました。この授業が将来、地方自治に参加する態度を育むきっかけとなったことは間違いないと思いました。また、効率と公正、幸福という概念枠組みを生徒が使いこなしているのも提案から見て取れました。

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