江戸川区子ども未来館アカデミー「法律ゼミ」その3(憲法編)

 2014年7月20日(日)14:00~16:00、江戸川区子ども未来館で「法律ゼミ」の第4回が開催されました。今回は憲法編の第2回目のゼミに当たり、人権について考えます。子どもたちは、4月から付箋を書くことになじみ、難しいテーマにも集中して取り組みました。(当日のプリントより、適宜引用させていただきます。)

〈教材のねらいと難しさについて、先生より〉

テーマ:恐怖の「閉じ込め施設」~どこまで『見込み』で人権制限できるの?~
講師:西原博史 先生 (早稲田大学)

 近未来SFのようなシナリオを通じて、「規制の前段階化」と呼ばれる規制動向に対してどう向き合うかを考えてもらう、現代法学の最先端の企画です。それを子どもたちにぶつける際には、
 (1)憲法から見た立法提案に対する評価が軸になります。立法提案に対して当事者性をもって議論する姿勢は、大学生にとっても難しいもので、小学生がどこまで、自分の問題として考えてくれるかがポイント。
 憲法は、問題解決そのものよりも、法的解決を成り立たせる枠組の選択に関わる、一段高いメタ・レベルの規範的評価を扱いますので、どうしても身近に感じにくい。その議論にどう入り込むかが難しいのですが、今回は、立法提案のどぎつさを手がかりとしてみましたが、それは、次に触れる暴走リスクを拡大する賭けになります。
 (2)「規制の前段階化」現象では、規制の有用性・必要性が一応は証明済みとして扱われた時に、それが個人の人権に対する負担をどこまで正当化するかが問題になります。そのため、前段階化に関わる論点の議論は、規制の有用性・必要性に対する認識が感情的に暴走する危険を――一般社会の政治的な文脈でも――常に伴います。
 犯罪不安などの感情的要因が規範的推論を押しつぶすような状況に対して、子どもたちがどこまで抵抗感をもっているのかは、未知数です。一気に「異常者」排除の方向に流れが傾き、人権保障の視点を踏みつぶしてしまうような議論になると、人権思想の教育という点では破壊的です。企画を一度閉じてしまうと、子どもたちの反人権主義は修正不可能化もしれないし、企画の途中で教師が議論の流れを修正しようとすると教師が「価値の強制者」として立ち現れるので、信頼関係がすべて崩れ去ります。
 ポイントは、この企画が動き出す段階で、小学生が、規制によって「守られる」側と、規制されて行動制限を受ける側の双方の立場をシミュレートする、立場の交換可能性の意識をどこまでもっているか。他の立場を想像することさえできれば、自らの感情を、自らの規範選択の「理由」として言語化しようとする意思が働くことが期待されます。(西原先生談)

〈テーマ紹介からスタート〉

西原先生:「今日は誰が考えてもスキッと答えが見つかるわけではない問題かもしれません。今よりもちょっと科学技術が進んだとき、どう人間関係を作っていけばいいか、どう生きていけばいいか、という難しい問題に皆さんは出会うかもしれません。それなら、今から考えてもいいのではないかと思って、今日のお話を作りました。憲法の条文もいくつかプリントに載せましたので、ぬいぐるみの劇を見て、条文を手がかりにしながら、みんながハッピーになれる社会をつくるにはどういうことを考え、何を大事にしなければならないか、考えてみましょう。」

〈ぬいぐるみ劇「恐怖の「閉じ込め施設」」前半〉

【恐怖の「閉じ込め施設」~どこまで『見込み』で人権制限できるの?~前半のあらまし】
 サル山共和国のサル山学園では、今日は「ひっかきっこ」の授業 があります。おサルのトーマスは楽しみにしていましたが、風邪をひいて熱があり、お母さん(職業は弁護士)に学校へ行ってはいけないと言われてしまいます。トーマスは「教育を受ける権利」を理由にもち出しますが、お母さんは他の子に風邪をうつしたら、他の子の教育を受ける権利を妨害することになると言います。トーマスを迎えに来たうさぎのヤスヒコも、みんなに風邪がうつることを心配します。(約4分間)

〈トーマスは学校に行ってもいい?〉

【問:ヤスヒコの立場になって、トーマスは学校に行ってもいいか、よくないか、考えましょう。】
 トーマスが学校に行ってもいいと思う人は黄色の付箋、学校へ行くのはいけないと思う人は青色の付箋に、その理由を書きます。両方の色を書いていいけれど、付箋を部屋の正面のホワイトボードに貼りに来るときは、過去3回と違い、今回からどちらかの色だけにするよう先生から指示がありました。貼られた付箋の枚数は、青色がやや優勢のように見えました。

【黄色(トーマスは学校へ行っていい)の理由発表】
・トーマスがどうしても行きたいなら、人に風邪をうつさないように対策をして行けばいい。
・本人が元気だというのだから、元気なら大丈夫だろう。
・学校に行ったら熱が下がるかもしれない。
西原先生:「風邪を人にうつすかもしれない責任について、だから学校を休むという方法しかないわけではありませんね。対策をすればいいという意見が出ました。本人の具合が悪くなることについては、本人の責任だけれど、学校に行ったら本当に具合が悪くなるかどうかはわかりません。考えている途中で、「来週もひっかきっこの授業がありますか?」という質問が出て、ボクが、来週も授業があると答えたので、最終的に貼りだされなかったのですが、テーブルには、「今日のひっかきっこの授業が、トーマスにとってどういう意味をもつかが重要だ。大きな意味をもつなら、行ってもいいと思う。」というものもありました。もし今日の授業しかないなら、貴重な機会を逃せないから、という理由になります。」

【青色(トーマスは学校へ行ってはいけない)の理由発表】
・ひっかきっこは体力を使うから、風邪の具合が悪くなるかもしれない。
・トーマスは自分の健康を一番大事に考えなければいけない。風邪をこじらせたら大変なことになる可能性もある。
・他の子に風邪がうつったら困るから、迷惑を考えなければいけない。
・風邪をうつしたら、他の子の教育を受ける機会を奪うから。
西原先生:「学校へ行ってはいけないと考える理由は、大雑把に分けると2つになります。1つは、トーマス自身の健康を心配する理由と、もう1つは人に風邪をうつすからという理由です。風邪をうつさない手段については、まだ考える余地がありますね。」

〈ぬいぐるみ劇「恐怖の「閉じ込め施設」」後半〉

西原先生:「ここからは、本人のためや人に迷惑をかけるかもしれないからということについて、もっと大きなスケールで考えてもらいます。これは今の日本の話ではなくて、ずっと未来のサル山共和国でのお話だということで、見てください。」

【恐怖の「閉じ込め施設」~どこまで『見込み』で人権制限できるの?~後半のあらまし】
 そうこうするうちにトーマスはもっと具合が悪くなり、結局学校を休みました。放課後、ヤスヒコとおサルのリサが見舞いに来てくれました。3人の子どもたちは、トーマスのお母さんのすすめるテレビの討論番組を一緒に見ました。その番組では、次のような新しい法律をつくるべきかどうか議論していました。
法律案:脳科学の発達により、将来人殺しなどの凶悪犯罪を起こすサルは、12歳になるまでの間の子ザルの生活を見ていれば見分けられるようになった。だから、学校施設にくまなく監視カメラをつけ、子ザルの生活を全部記録して、問題のありそうな子ザルを探す。犯罪者に育っていくこと確定のサルがいたら、悪いことをしないように、一生出られないところに閉じ込める。
 脳科学者のアンゼンさんは「閉じ込め施設」を造る立場です。「閉じ込め施設」は、罰を与えるためのものではないから、強制的に働かせたりしない。一人で本を読む、ゲームをするのはいい。ただ、他のサルと一緒になると争い事が起こるから、いつも一人でいてもらう所だと言います。それに対し、個人の基本的人権は大切だという立場のケンリーさんは、強制的に閉じ込めるなんて憲法13条に違反すると言います。(憲法13条すべて国民は、個人として尊重される。以下省略)もしかすると人殺しをするかもしれないサルだと言われて「閉じ込め施設」で一生を終えることに決められるのは、「個人として尊重される」ことにならないし、自由がまったく認められていないからという理由です。
 それに対し、アンゼンさんも憲法13条を理由に反論します。生命の権利の侵害を防ぐためだというのです。しかしケンリーさんは、「国会が法律を作って国民に対して強制できるのは、あくまで基本的人権を侵害しない範囲でだ。」といいます。最後は、アンゼンさんは「危険だと脳科学的研究により判断された子どもは、確実に将来人殺しになる。」と主張し、ケンリーさんは「それはあてずっぽうだ。将来のことは誰にもわからない。」と主張していました。
 このテレビ番組について、3人の子どもたちがそれぞれの意見を述べました。(「このような学問研究は、今の日本ではありません。このお話は未来のサルの国の話で、人間の世界には関係ありません。」と、終わりに強調されました。)(約15分間)

〈まず先生より、論点整理〉

西原先生:「付箋を書く前に、お勉強部分をします。ゼミの2回目の復習です。憲法のもとに、国会が国民に向けて法律を作りますが、ごみ箱に行く法律案もありましたね。裁判所が見張っていました。何でも法律で決めていいわけではなくて、裁判所が「この法律は憲法違反である」と確認すれば、使えずにごみになります。どういう法律を作るかということについては、国会や国会議員を選ぶ大人がきちんと考えなければなりません。大人は自分がどういう国会議員を選ぶかにより、自分の気持ちを伝えることができます。
 そこで今日の問題になるのは、「閉じ込め施設」の法律は、作ってはいけない法律か、作っていい法律かどちらでしょうか?ということです。他の子をいじめたり、殴ったり、自分よりも弱い動物を殺したりした子どもは、将来確実に犯罪者になるという理論ができ、危険な子を10年間観察したら、8人のうち2人が殺人をしたというのです。もしこういう科学理論が出来上がった場合、皆さんはこのような子どもたちを閉じ込めることを法律にすることに賛成ですか、反対ですか?」
 この後、西原先生から処罰と予防の違いについての概説と、憲法13条の説明がありました。配布されたプリントには、憲法13条の他に18条、22条1項も載っていました。

〈閉じ込め施設の立法化は憲法違反ではないか?〉

【問:閉じ込め施設」の法律は、作ってはいけない法律ですか、作っていい法律ですか?】
 作ってはいけないと考える人は黄色の付箋、作っていいと考える人は青色の付箋に理由を書きます。グループの他の子と話し合ったり、違う色の付箋の子がどういうことを言うか聞いたりすることを促されました。今度の結果は、黄色の付箋の枚数が明らかに多くなりました。

1408210102-1【黄色(閉じ込め施設立法化に反対)の理由発表】
・将来犯罪者になるかどうかわからないのに、閉じ込めるのはかわいそう。
・閉じ込め施設に入れずに普通に育っても犯罪者にならない可能性があるなら、閉じ込めていいのか?どう閉じ込めた責任を取るのか?
・子どもは変わる。
・子どもが将来犯罪者にならないよう教育するのが、学校や家庭の責任だ。特に注意して育てたり、教育したりするべきだ。そこに国が介入するのは、学校や親に対しひどいことだ。将来の可能性を伝えるのはいいが、閉じ込めてはいけない。
・閉じ込めた副作用があるかもしれない。たとえば、閉じ込められた子どもの親が腹を立てて、アンゼンさんを殺そうと考えるとか。
西原先生:「これらは将来の視点から考えている理由です。将来は不確実だという立場から、やはりそんな施設は怖いよね、という考えが多くなりました。次に紹介するのは、今の視点からの理由です。」
・まだ本当に事件を起こしていないのに閉じ込めるのは、おかしい。
・実際に事件を起こしていない人が閉じ込められるのは、個人として尊重されていない。
・憲法18条に「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。」と書いてあるのに、閉じ込めるのは縛り付け方としてひどい。
・憲法22条1項に、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と書いてあるから、居住・移転の自由を奪ってはいけない。
西原先生:「自由を与えないのはおかしい、という立場の理由でした。」

【青色(閉じ込め施設立法化に賛成)の理由発表】
・世の中の人のためになるし、本人も罪を犯せなくなるので本人のためにもなる。
・殺人者がいない社会で全員が安心して暮らせる幸せの方が、一人の人の不自由よりも大きいと思う。
西原先生:「これらは、安心して暮らせる社会になることを前提にしている理由ですが、問題が残ります。12歳前は普通でも、大人になってから罪を犯す人も出てくるので、子どもだけ閉じ込めても完璧に安全な社会にはならないことです。他に、次のような理由もありました。」
・1つの殺人事件の仕返しで次の事件が起こるというような、悪いことがつながる場合を防げるので、閉じ込めてもいい。

〈まとめ〉

西原先生:「本当はこれから青色の人から黄色の人へ、黄色の人から青色の人への反論を書いてもらいたかったのですが、時間が足りなくなりできませんでした。今日は、憲法の定める「個人の尊重」とはどういうことか、「個人に負担を負ってもらい、社会を守るとはどういうことか」について、皆さんよく考えてくれたと思います。」
仲道先生:「まだ犯罪をしていないのに閉じ込めるのは悪いことではないか、という意見が多くなりました。では次の問題を考えてくることを宿題にしたいと思います。」

【宿題】:子どものときにいじめをしたり友だちを殴ったり、小さな動物をいじめたりした人が大人になって殺人をした場合、絶対に死刑にするという法律を作ることはできますか?

西原先生:「今日の授業を通し、国はやはりすごい力をもっているということに気づいてもらったと思います。では、図書館から本の紹介をしてもらいます。」

 

【図書館おすすめブックリスト】
『コルチャック先生 子どもの権利条約の父』 トメク・ボガツキ作 講談社
『子どものための コルチャック先生』 井上文勝著 ポプラ社
『ブルムカの日記 コルチャック先生と12人の子どもたち』 イヴォナ・フミュレフスカ著 石風社
『しあわせに生きるための道具 えほん 日本国憲法』 野村まり子 絵・文 明石書店
『井上ひさしの 子どもにつたえる日本国憲法』 文 井上ひさし、絵 いわさきちひろ 講談社
『12歳のキミに語る憲法』 福島みずほ編 岩崎書店
 

〈取材を終えて〉

 4月に始まった法律ゼミも、今回が4回目となりました。夏休みに入ったため13名が欠席し、参加者は17名でしたが、2つの問題共に人数の少なさを感じさせないほど多くの付箋が貼られました。
 最初の問い、「トーマスは学校へ行ってもいいか?」について、「行ってはいけない」と考える人が多いのかと思っていましたが、人に風邪をうつさないように対策をすることや、熱が下がる可能性など、子どもたちはいろいろな角度から考えていました。「トーマスにとって、その授業のもつ意味が大事」という意見には、小学生の可能性の大きさを感じさせられました。第2問については、劇中のテレビ討論として論戦を展開したアンゼンさん役とケンリーさん役の迫真の演技のお蔭かと思いますが、難しい内容にもかかわらず子どもたちが真剣に取り組みました。閉じ込め施設の立法化に反対する理由が、憲法の条文を拠り所にするばかりでなく、学校や家庭の教育まで含めた様々な角度から出され、素晴らしいと思いました。仲間から出されるいろいろな意見を聞くことにより、子どもたちが成長していくことが期待されると思います。
 グループ内での子ども同士の話し合いは、まだジュニアアシスタントや大人のサポーターをハブ(中継点)にする形が多いということでした。この先、回が進むにつれ、子ども同士の討論を促す方向になるそうです。最終的には、3月に模擬裁判で討論できるようになることを目標にしており、秋には民法編も含めた取組みが続きます。

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