日弁連法教育教員セミナー ―道徳教材を使った法教育授業案づくり

 2014年5月17日(土)13:00~17:00、日本弁護士連合会市民のための法教育委員会による法教育教員セミナーが弁護士会館で開かれました。道徳教育に注目が集まるこの頃、小学校及び中学校向けの道徳教材を使った法教育授業案づくりを、教員と弁護士が共同で試みる取組です。小学校から高校まで約20名の教員が参加し、グループワークでは熱の入った議論が展開されました。

〈プログラム〉
 13:05~13:50 講演「法教育と道徳教育の「融合可能性」」
 13:55~15:55 授業案作成グループワーク
 16:05~16:40 授業案報告
 16:40~16:55 講評・質疑応答

〈セミナー趣旨〉
 道徳教材として有名な「年老いた旅人」(小学校)、「二通の手紙」(中学校)を使って法教育授業案をつくるとしたら、どのような授業案ができるのか、教員と弁護士が一緒に考えようというセミナーです。
 これらの教材はどちらも、学習指導要領の道徳の内容4-(1)「法やきまりを守る」という項目に対応したものです。学校で道徳の授業をする場合は、主人公の気持ちを理解させ、それに共感する形できまりを守ろうとする態度を養おうという展開を取るのが一般的ではないでしょうか。ルールを守ろうとする態度を醸成するという意味からは、法教育の守備範囲と重なる教材といえます。ただ法教育では、同じくルールの問題を取り扱うにも、そのルールの必要性や問題点にまで遡って検討させることにより、自分達がルールを主体的に選びとる意欲・態度を醸成し、技能を習得させようとします。弁護士会では子ども達に、「法」や「きまり」は自分達で作り上げていくものであり、不都合になれば作り替えることができるということを普通に認識してもらいたいと考えています。その意味で、「他律から自律へ」ということが法教育のキーワードの1つと考えます。道徳においても、自らが主体的に選択した道徳でなければならないという観点から、道徳において法教育的手法を取り入れることには意味があると考えます。
 教員の皆さんはどのように考えられるか、グループワークを通して議論をし、授業案をつくることができたら、双方にとって大いに意義あることだと思います。
(当日のプログラム冊子より要約しました。)

1 講演「法教育と道徳教育の「融合可能性」」

橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授
(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈法教育の現在の到達点〉
 (冒頭、法教育の定義については、法教育研究会編『はじめての法教育』、『教職研修2013年8月号』p.33などが引用されました。)2000年のEU首脳会議において、今後の知識基盤社会の時代を担う子ども達に必要な能力とされたのがキー・コンピテンシーです。今の学習指導要領でも、このキー・コンピテンシーの育成が求められており、具体的には「紛争を処理し解決する」「自らの権利・利害・限界やニーズを表明する」能力等が、法教育のめざす子ども像にも合致します。次期の学習指導要領改定に向けた動きでも、高校はコンピテンシー・ベースのカリキュラムになると考えられ、キー・コンピテンシーをめぐる動きが法教育と密接に関わることになります。学習指導要領レベルにおいては、社会科で限定された形で法教育が実現しているといえます 。
 法教育の課題としては、中学校・高校では社会科公民的分野に限定された形であることです。今後、地理的・歴史的分野にどのような可能性があるか探っていくことになります。また、学習指導要領の枠内でしか授業実践が実現していないこと。社会科教員が実践の中心であり、それ以上の広がりが難しく、法教育の意義がなかなか浸透していかないことなど、これらはみな現在の法教育の到達点であり課題であるといえます。

〈道徳教育の現在の到達点〉
 道徳教育の目標では、実践力を養うことが重視されています。道徳教育の内容は、自分自身・他人・自然・集団(社会)という4つの視点に沿う形になっており、集団や社会に関わることの中には公徳心や公正・正義の実現が含まれています。道徳教育で重視される価値項目と社会科の価値項目が重なっているといえます。道徳教育の特徴は、一般的に「感情に訴える心情主義」「徳目を内面化させることを目指す徳目主義」「どれだけ子どもが感動したかが評価基準となる感動主義」といわれています。
 道徳教育の課題は、指導力が十分でないこと、授業が軽んじられがちであること、他の教科との関連が整理されていないこと、実践的行動力の育成まで到達していないこととされ、新たな道徳教育が提案されている現状です。提案された改善点のうち法教育に関連する内容は、①児童生徒の発達段階をより重視した授業開発、②具体的動作や問題解決的な指導をすること、が挙げられます。①については、社会の在り方を批判的・多角的に見る視点があり、これまでの道徳教育になかった視点です。②については、実践力を重視する目的で、きまりやルールづくり体験も含まれます。

〈アメリカ合衆国とイギリスの道徳教育について〉
 
 アメリカ合衆国の道徳教育のうち、キャラクター・エデュケーション(性格教育)において、憲法的価値を背景にしたものがあると推認できる教材が刊行されており、それらの分析を踏まえると、道徳教育と法教育が親和的と整理できる場合があります。イギリスではシティズンシップ教育において、英国市民として培うべき共通善を養うことが目指されています。「道徳的・政治的」という言葉がよく使われますが、その2つは切り分けられないと考えられていると思われます。共通善とは何か、議論して決める必要があるとされ、法と道徳も共通善として切り分けられずにまとめられていると考えられます。

〈法教育と道徳教育の「融合可能性」について〉
 日本はシティズンシップ教育や法教育の方法論をうまく取り入れながら、道徳教育 を改善しようとしているといえます。法教育と道徳教育の融合可能性は諸外国を事例 に考えると多様に存在し、諸外国の事例を参照しながら、新たな道徳教育の構築が必 要だと考えます。

2 グループワーク

 小学校班、中学校班各3班ずつに分かれ、道徳教材を使った授業案づくりに取り組みました。中学校1班(中学校関係教育委員会1名、高校教員3名、根本信義弁護士他弁護士4名)のグループワークの議論の展開をかいつまんでお伝えします。

【中学校道徳教材】「二通の手紙」あらまし
 市営動物園の入園終了時刻は午後4時でした。わずか数分過ぎて入園したいと言ってきた高校生くらいの二人組の若い女の子がいましたが、受付の佐々木は断りました。入園係の山田がかわいそうがるので、数年前まで入園係をしていた元さんの話をしました。
 元さんは、入園時刻終了後に、弟の誕生祝だから入れてほしいと言われて、小学3年生くらいと3・4歳くらいの男の子を入園させてやったことがありました。二人はそれまで毎日、動物園の様子を見に来ていました。小学生以下の子供は保護者同伴でなければならないという園の規則もあるのに、元さんは特別に二人を入れてあげました。ところが、閉門時刻の5時を過ぎても二人が戻らず、職員を挙げて一斉に捜索をした挙句、1時間も過ぎてから、園内の小さな池で遊んでいるのが発見されました。数日後、二人の母親から元さんに喜びとお礼の手紙が来るとともに、懲戒処分の通告も届きました。元さんは停職処分になって辞職しましたが、「晴れ晴れとした顔」でした。元さんが言うには、自分の「無責任な判断で、万が一事故にでもなっていたらと思うと…。この年になって初めて考えさせられることがばかりです。この二通の手紙のお蔭ですよ。」ということでした。         (出典 中学校『心のノート』)

〈議論の展開〉
 グループは高校教員が多数でしたので、オブザーバー役の根本弁護士の解説により、中学校の道徳授業ならどう展開するかをまずおさえました。それぞれの人物の心情理解から入り、どういう問題があったのか把握し、本来ならどう対応すればよかったかを考えて、ルールの存在意義、ルールを守る重要性へつなげるのが一般的とされました。
その上で、心情主義にとどまらないようにするにはどうしたらいいかという観点から、まず獲得目標を明確にすることが重要ということになりました。教員からは、現代社会や政治・経済、倫理を意識した意見が出され、労働法、幸福の対立という概念が議論されました。弁護士からは、生徒が「変だな」と感じることを大事にするのがポイントであり,そのためにはルールの意義・必要性を入り口できちんと把握させることが大切であるという意見が出ました。懲戒処分を変だと感じるには、ルールの目的を考えさせるステップが重要であり、段階を踏んで考える必要があるとされました。結局,獲得目標が「ルールの意義を学ぶこと」に決まりました。
 その後、授業をどう組み立てるかが議論されました。教員からは、ルールの妥当性と懲戒処分の妥当性について、「公平・公正」「個人の幸福」「ルールは守らねばならないが例外があること」など、どういう視点から考えたらいいか、専門家からアドバイスが欲しいという意見がありました。弁護士から、子どもの幸福と動物園の幸福の視点が理解しやすく、考えやすいのではないかという意見が出ました。例外規定については教員から、中学校時代にこの教材を学んだ高校生なら、例外規定を作ることまで踏み込める可能性が指摘されました。その際は、ルールの意義をきちんと考えておくことが前提であることも確認されました。まとめ方は、教員や専門家が解説するか生徒の感想として表現させるか、という2通りあるという提案がありました。
 最終的な授業案は、次のようになりました。
 導入は,二通の手紙を読ませた後,生徒の感想を聞く。当然,感想の中に「なぜこのようなルールがあるのか?」という意見が出るであろうから、そこから制度趣旨を考えさせる。考えるのは、入園時刻と小学生以上保護者同伴の2つのルールの意義についてで、その際,子どもの幸福と動物園の幸福という2つの観点から考えさせる。その上でもそれでも生徒に「違和感」があるか確認する。さらに,規則一点張りの佐々木の対応についてどう思うかも考え,どのような場合に例外を認めてもいいのかについて考えるというものでした。

3 授業案報告

 小学校班の案は、獲得目標として、「ルールは変えられる」を挙げた班と、道徳の4-(1)の目標の通りの班がありました。最後に「より気持ちよく過ごせる社会を実現するにはどうすればいいか?」とするという班もありました。授業展開は、まず読み聞かせをする。イラスト等を使って、内容を確認する。町のよいところ、村のよいところを挙げる。町の人はどうしたら幸せになれるか、考える。それから、ルールを守ることの必要性、合理性、どういったルールが合理的かを考える。まとめは、ルールを変える必要性と、どう変えるか。身のまわりの不都合なきまりについて考える、などが報告されました。
 中学校班は、2でご紹介したような内容などの他、「元さんの取った行動がいいと思うか、悪いと思うか」「動物園の立場をいいと思うか悪いと思うか」を軸に4つのグループに分かれ、それぞれ教室の四隅を使って集まり話し合うという展開例が紹介されました。

4 講評

橋本康弘先生より
 教材開発には現場の教員と弁護士が共同しながら議論して作る作業が不可欠であり、今日の取組は大変意義あることといえます。ルールづくりの教材は、道徳教育に法教育の要素を取り入れることになり、重要です。
今日は中学校1班のワークを拝見しました。「二通の手紙」については、法教育的に授業づくりをする意識をもたないと道徳教育になりますので、今日の試みを現場に活かしていただけたらと思います。作成された授業案はあくまで結果であり、教員と弁護士の議論の展開が大事です。ルールの意義や重要性を学ぶために、心情的アプローチではなく法的アプローチをする重要性を確認することができました。ルールの妥当性を考えるときは、法律専門家の視点が必要と指摘されていました。
議論を拝見していて、目標の設定の議論をしっかりしないと、目標が消えていく恐れがあると感じました。また、法教育では「○○を指導すべき」という授業づくりをしがちですが、生徒の認識の実態を踏まえることが大事で、生徒の実態からスタートする授業づくりが求められます。

〈質疑応答〉
質問:「難しい用語はどうすればいいですか?」
回答:「意味がずれないように言い替えていただければと思います。」

質問:「現実問題で法教育授業はつくれますか?」
回答:「可能です。その場合は、まず生徒の実態を知ることが必要になります。」

〈取材を終えて〉

 今回のグループワークでは、教員と弁護士が道徳の教材を読んで、同じスタートラインから授業づくりに取り組みました。心情以外に様々な論点が取り上げられ、教員と弁護士の率直な議論がかみ合い、講評でもその意義が高く評価されたと思います。
 参加者に高校の先生が比較的多かったことは意外な印象でした。というのは、中学校教員の参加が期待されるほど多くなかったということかもしれません。公立中学校は高校受験という大きな課題があるため、いろいろな面で法教育に向ける余裕がないことが、ここにも表れているのかと感じました。

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