2014年 千葉県弁護士会夏休みジュニアロースクール

 2014年7月27日(日)10:00~16:20、千葉県弁護士会夏休みジュニアロースクール「弁護士の仕事を体験してみよう!アパートの明け渡しトラブル」が千葉県弁護士会館で開催されました。中学生を対象に、調停をめぐる法的思考方法を体験するとともに、弁護士の役割についての理解を深めてもらおうという取組みです。23名の参加者が、弁護士とともにアパートの明け渡しトラブルをどう解決したらいいのか、考えました。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

10:00~10:15 挨拶、調停の解説
11:00~11:20 第1回調停
11:40~12:10 第2回調停
12:10~13:00 昼休み
13:15~13:30 第3回調停
14:00~14:15 休憩
14:15~14:35 第4回調停
15:00~15:25 第5回調停
15:25~16:20 調停条項発表、講評等

 参加者は、前もって2~3名ずつ10班(申立人・相手方それぞれ5班ずつ)に分けられています。プログラムのうち、冒頭の解説や各調停との間の時間は、班での話し合いと移動にあてられます。解説や話し合いは大講堂で行われ、調停は5つの小部屋などに分かれて行われます。

1 挨拶、調停の解説

〈はじめの挨拶〉

蒲田孝代先生(千葉県弁護士会会長)
 もめ事やいさかいがあったとき、法律に従って解決していかないと社会が安定しないということがあります。法律は社会を安定させる役に立っています。今日は調停を通して弁護士の仕事を体験していただきますが、基本的には自分が相手の立場に立った場合、どういうことに困惑するかなどを考えます。言葉に出して疑問を聞いたり、思うことを自由に話したりすることが出発点として大切です。

〈本日の調停事案の解説〉
山本好生先生(千葉県弁護士会法教育委員会副委員長)より
 生徒は、アパートの大家さんと住人のトラブルを、代理人に選ばれた弁護士として調停手続を利用して解決してもらいます。します。各班には、大家さん役または住人役の弁護士と、生徒の先輩弁護士役としてアドバイスをする弁護士が加わっています。
【賃貸借契約をめぐるトラブルのあらまし】
大家さん:申立人(裁判所に調停を申し立てた人)
申し立ての趣旨:住人が賃料を払ってくれないので、部屋を明け渡してほしい。
6・7月分の賃料15万円および、8月1日から明け渡してくれるまで1か月7万5千円の割合でお金を支払ってほしい。
住人:相手方
相手方の言い分:勤務先でリストラ解雇され、6・7月分の家賃を支払っていないことは認めるが、部屋から出ていきたくない。
 6月中旬の台風で雨漏りし、テレビとノートパソコンが濡れて使用できなくなったので、弁償してほしい。雨漏りも修繕してほしい。

副委員長:「住人は賃料を払っていないのだから、出ていくのは当たり前と思われるかもしれません。しかし、法律では賃借人は保護されます。1回で物とお金のやり取りがされる物の売り買い(売買契約)と違い、賃貸借契約は継続して続く信頼関係に基づく契約です。1回だけ支払いが遅れたり、払えなかったりしてもそれだけで直ちに契約を解除するのは困難です。。申立人と相手方の、言い分の違いを考えてください。」
【調停とは】
 裁判所における申立人と相手方の話し合いの手続き。基本的に調停成立か不成立のどちらかになります。
申立人と相手方は、それぞれ本人が出頭することもありますが、代理人を選任することもあります。
当事者本人や代理人の話を聞いてとりまとめをするのは、調停委員です。今回は、調停委員役は弁護士が務めます。弁護士や教育関係者など、見識ある人が裁判所から選ばれます。他に書記官や裁判官(民事調停官)が参加しますが、今日は割愛します。調停回数は何回になるか決まっていません。
 調停の進め方は調停員の考えによりますが、申立人・相手方が交互に調停室に呼ばれる場合が多い。今回は同席で行います。

【調停開始までの流れ】
(1)大家さんが裁判所に調停を申し立て
(2)裁判所から住人に「呼び出し状」が郵送される。「照会状」も同封されている。
(3)住人が裁判所に回答(弁解)を送付
(4)大家さん・住人ともに代理人を選任

2 調停期日に向けた準備と調停

〈配布資料〉
調停申立書:申立の趣旨、紛争の要点。(賃料不払い、ペット禁止にもかかわらず、鳥を飼っていること)平成26年7月4日作成
お知らせとお願い:千葉簡易裁判所調停係から相手方への質問。平成26年7月10日付。7月13日付けで住人が回答を記入。(6月30日に、せめて払えるだけでもと思って3万円を持って行ったが、受け取ってもらえなかった。契約書には鳥を飼ってはいけないとは書いていない。調停で話し合って解決したい、など。)
賃貸借契約書:平成25年8月1日から平成27年7月31までの2年間、アパートを大家さんが住人に貸す契約書。賃料は月7万5千円。翌月分を毎月末日までに大家さんへ持参する。アパートの自然の破損は大家さんの責任で修理する。賃料を1か月分以上滞納したときは、大家さんは本契約を直ちに解約することができる。アパートでは、犬、猫等を飼育してはならない。本契約を中途解約するときは、大家さんが解約するときは6か月前、住人が解約するときは1か月前までに相手方に文書で予告する、などといった内容。
 平成26年家賃台帳:4月までは契約通りに支払われ、5月分だけ5月5日に支払われた。(遅れ、と書いてある。)6月分以降は支払われていない。
 ワークシート(申立人代理人用と相手方代理人用のどちらか一方のみ)

〈代理人が当事者から聞き取りを開始〉
 いよいよ第1回調停に向けて、代理人は当事者から事情を聞き取ります。申立人側の班では、大家さんが住人について、「他の住人から挨拶をしないという苦情が出ている。ゴミの出し方は朝出すよう決まっているのに、夜間に出すので猫やカラスに荒らされて迷惑している。」「ペット禁止の理由は、部屋に匂いがつくから。鳥は結構匂う。」など、資料には書いていなかった問題を述べていました。
 住人側では、「7月から正社員の仕事に就けたので、未払い分の家賃は今後毎月の家賃に少し上乗せして、返していくつもり。」「壊れたテレビとパソコンを新品の値段で支払ってほしい。そうでなければ、6・7月分の家賃と相殺にしてくれてもいい。」「犬や猫はうるさかったり部屋を壊したりするから禁止だと思っていた。鳥はそのようなことをしない。」などと述べました。
 生徒は、最初のうちは聞き役に徹していました。先輩弁護士役が住人について、「正社員の給料22万円から8月分の家賃と生活費を支払ったうえで、さらに返済分を支払うのは甘い見通しではないか。」「雨漏りは大家さんに補修の責任がある。」などとアドバイスをするうちに、生徒からも質問が出てくるようになりました。

〈調停室3の第1回調停期日の様子〉
 部屋の中には机がコの字型に配置されています。申立人側と相手方側が向かい合って着席し、調停委員が中間の一辺に着席します。
調停委員:「合意に向けてご協力をお願いします。まず、申立書の経緯について、お話し下さい。」
といって、調停が始まりました。生徒は当事者から聞き取ったことを、交替しながら説明しました。調停委員は事実や、当事者がこれからどうしたいと考えるかなどを確認していきました。終了時刻が近づくと、調停委員は次回までに検討してきてほしいことを宿題にしました。
調停委員:「申立人は、鳥の匂いについて、ハウスクリーニングをすることが必要だと考えますか?相手方は、ごみ出しのルールや挨拶について、反論を考えてきてください。」

〈昼休憩は弁護士と一緒に〉
 昼休みには、各自持参の弁当などを弁護士と一緒に食べ、雑談に花が咲きました。生徒は県内の様々な中学校から参加していますが、話しているうちに同じ班の3名が同じ中学校の1年生、2年生、3年生だったことがわかった班もありました。昼に打ち解けたことで、午後からの班内の話し合いは一層スムーズに運んだようです。

〈調停成立に向けて〉
 調停の折り合いをつけるためには、代理人が当事者に、譲歩できるところはないか検討してもらうことも必要になります。申立人側では、大家さんは月々他の住人からの賃料が入るので、生活に困ってはいないことを確認していました。相手方側は、アパートに住み続けるためには、挨拶やごみ出しのルールを守る意思があること、テレビは10年前に買ったブラウン管テレビで、パソコンは5年前に買ったものであること、両方とも約10万円だったことを確認していました。

3 調停条項発表

 5つの班すべて、調停が成立しました。結果は、賃貸契約を更新しない班が2つ、更新する班が3つになりました。調停が成立すると、各班は取り決めた内容(調停条項)を印刷してもらい、生徒が発表しました。各班の決めた主な内容をお伝えします。
〈契約を更新しない〉
【1班】
・賃貸借契約は更新しない。平成27年3月31日を明け渡しの期限とする。それまでの使用料の金額と支払い方法は今と同じ。
・申立人はテレビとノートパソコンが雨漏りにより故障したことを認め、17万5千円を支払うことを認める。(A)
・相手方は6・7月分の家賃15万円の支払いをすることを認める。(B)
・AとBを本日対当額で相殺し、残額2万5千円を申立人が相手方へ手渡しで支払う。
・退去までの間、ペットのインコを飼うことを認める。
・雨漏りは申立人の責任で修繕する。
・インコが部屋を汚した場合は相手方は損害を賠償し、インコを手放す。
・申立人は雨漏りとインコの飼育状況を確認するため、部屋に立ち入ることを認める。
・相手方はごみ出しとあいさつのルールを遵守する。
・清算条項(本調停条項に定める他、何らの債権債務もないことをお互いに確認する。)

【4班】
・契約は本日解除する。平成27年1月末日まで明け渡しを猶予する。それまでの使用料の金額と支払い方法は今と同じ。
・申立人はノートパソコンと引っ越し費用として15万円の支払い義務を認める。(C)
・Bは1班と同じ。
・BとCを本日対当額で相殺する。
・テレビについては、申立人所有のテレビを現物で提供する。
・相手方はインコを飼育していたことを謝罪し、申立人はインコの飼育を認める。
・雨漏りや清算条項などは1班にほぼ同じ。

〈契約存続を認める〉
【2班】
・平成26年8月1日現在も契約は有効に存続していることを認め、引き続き相手方が居住を続けることを認める。
・テレビとノートパソコンの損害賠償については、申立人は金6万円の支払い義務を認める。(D)
・Bは1班と同じで、BとDを本日対当額で相殺し、残額9万円を相手方が分割で支払う。支払方法は、7月末までに5万円、8月末までに4万円とし、申立人指定の銀行口座へ振り込む。振込手数料は相手方の負担とする。
・相手方のインコの飼育は認めるが、退去する際はハウスクリーニングすることを約束する。ただし相手方の負担額の上限は5万円とし、それを超える分は申立人の負担とする。
・ごみ出しは千葉市のルールを守り、当日朝7時前には出さないことを約束する。
・この調停自体と調停内容については、申立人と相手方は本日以降第三者に話さないことを相互に約する。
・調停にかかった費用は各自の負担とする。
・清算条項は他の班と同様。

【3班】
・申立人はテレビとノートパソコンの損害賠償として金3万円の支払い義務を認める。(E)
・Bは1班に同じ。BとEを本日対当額で相殺し、残額12万円は相手方が毎月3万円ずつ賃料に上乗せして4か月間支払う。
・インコのピーちゃんは、平成27年1月16日まで飼育することを認める。
・その他は他の班と同様。

【5班】
・申立人はテレビとノートパソコンの損害賠償として金8万円の支払い義務を認める。(F)
・Bは1班に同じ。BとFを本日対当額で相殺し、残額7万円は相手方が毎月1万円ずつ平成26年8月から平成27年2月まで賃料に上乗せして支払う。
・雨漏りは申立人の責任で8月31までに修繕する。
・その他は他の班と同様。

〈講評〉
山本好生先生 (千葉県弁護士会法教育委員会副委員長)より
 どの班も調停が成立したので、大成功でした。交渉が大変だったと感じた人は?たくさんいますね。もし不調になったら、代理人と相談し、裁判に向かうことになります。時間と費用がかかってしまうので、調停が成立する方がいいですね。譲れるところと譲れないところを早めに見極め、妥当な結論に向けて話し合うことが大事です。相手の気持ちに立たないとまとまりにくいことが理解いただけたと思います。皆さんはこれからいろいろなことに出会うと思いますが、相手の状況や、どういう気持ちかを考え、譲歩の精神でやっていくとうまくいくと思います。今日の経験を活かしてください。

【生徒から感想】
・弁護士の仕事は難しそうで、硬いイメージでした。今日やってみて、私でもしっかり考えることができました。自分を頼ってくれる人の気持ちになって考え、楽しかったです。
・裁判の前に、調停という手続きがあることを初めて知りました。お金の手渡しは嫌など、笑えるところがあってとても面白かったと思います。

〈挨拶〉
田部井宏明先生 (法教育委員会委員長)より
 弁護士の仕事は依頼者の利益を一番に守るべきところですが、いろいろ調整しなくてはいけない難しさが分かっていただけたかと思います。身のまわりの問題について、ものごとを公平・公正に考え、判断できることを学んでもらえたと思います。

〈取材を終えて〉

 中学生にとってアパートの賃貸借契約は少し遠い話かもしれませんが、大学生ぐらいになると急に身近な問題になると思います。最終的にいろいろな調停条項ができ、壊れたテレビとノートパソコンの価値をどう考えるかだけでも、様々であることを実感しました。滞納している家賃の支払い方法や、インコの飼育、ごみ出しや挨拶、雨漏りの修繕など、検討すべき要素が多く、5回の調停もたちまち終わったように思いました。
 生徒の皆さんは飽きた様子もなく、最後まで真剣に考え、取り組んでいた姿が印象に残りました。一つには、調停のたびに部屋を移動することが、体を動かしたり気分転換をしたりする役に立ったからではないかと思います。朝から夕方まで 1日がかりのイベントの場合、こういった場所の工夫も大事な要素であると感じました。売買契約と賃貸借契約の考え方の違いや、弁護士の仕事を楽しく体験してもらえたと思います。

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