江戸川区子ども未来館アカデミー「法律ゼミ」その5(民法編第2回)

 2014年11月16日(日)14:00~16:00、江戸川区子ども未来館で「法律ゼミ」の第8回が開催されました。今回は民法編の第2回、講師は引き続き大村敦志先生(東京大学)です。初回は何だか法律らしく感じずモヤモヤしたかもしれない子どもたちですが、今回は身近な交換を考える仕掛けに、調子が出てきた様子です。
(当日のプリントより、適宜引用させていただきます。)

〈テーマ〉

「交換は自由にできる?~「私」と「私」のとりきめ~」

〈イントロダクション〉

先生:「前回から1か月経ちましたが、動物の世界では1日しか経っていません。前回は、自分のものや互いのもの、自分の気持ちや互いの気持ちを大切にする話をしました。法律の言葉では、自分のものや互いのものは「財産」、自分の気持ちや互いの気持ちは「人格」と言います。個人と個人が互いに財産や人格を大切にし合うことを学びました。「夏の法律教室」では、席や名前のことを考えましたが、あの後どうなったかなというのが、今日の最初のお話です。では、見てください。」

〈授業前半〉

【ぬいぐるみ劇前半のあらまし】
 「夏の法律教室」の2日目に、みんなは席と名前のルールを話し合って、おおむね次のように決めました。

・席は自由に座るけれど、その日1日はその人のもの。座った席には荷物や名札を置いて
 みんなにわかるようにする。他人の席に座ってはいけない。
・名前は本当の名前を呼び合う。嫌がるあだ名では呼ばない。

 3日目は最終日です。今日、ヤスヒコは一番後ろの席に座ってみましたが、視力が良くないので黒板の字がよく見えないことがわかり、休み時間にリサと席を替わってもらいました。ところがそれを見たケグリンは、「勝手に交換していいのか?」と不思議がり、午後の授業で先生に「サル山共和国では席を勝手に交換していいのか」質問しました。トーマスとリサからは、「席の交換が法律の話なのか?」という質問が出ました。午後の1時間目は、まず席の交換について考えることになりました。ケグリンが、「席を勝手に交換するのはおかしい」と思う理由について、カエル王国のハスの葉の話をしました。ハスの葉はカエルの家で、どのハスにどのカエルが住むかは決まっており、交換するには国王の許可が必要だそうです。

 

【劇後】
先生:「最初に席のことでもめ事がありましたが、みんなでルールを決めたみたいです。でも今日、ヤスヒコはリサと席を交換することにしました。ところが、ケグリンがそれはルール違反じゃないかと言う。カエル王国では「勝手に交換をしてはいけない」というものがあるみたいです。皆さんはどう考えますか?

【問】席を交換してもよいですか?交換してはいけないですか?
「席を交換してもよい」という意見は青い付箋、「交換してはいけない」という意見は黄色の付箋に、理由も書いてください。」

【席を交換してはいけない】
先生:「では、どんな意見が出たか見てみましょう。今回はどちらの色も同じくらい出ましたね。一番わかりやすいのは、男子1君。」
男子1:「きまりはきまり。」
男子2:「どんな理由があっても、この教室のルールに従わねばならない。」
男子3:「誰かがルールを破ると、他にも破る人が出てくる。」
女子1:「ややこしくなるから。自分の周りの席の人が急に変わってしまうと、誰だかわからなくなる。」
女子2:「いちいち席を替えていたら、わからなくなったり、トラブルになるから。」
先生:「ルールはルールという理由と、ややこしくなるという理由があるみたいですね。」
男子4:「背が高いから後ろとか低いからとか言っていると、なかなか席が決まらなくなる。」
先生:「ややこしいというのはもめ事が起きるということですね。夏の法律教室のルールって、どんなものでしたっけ?」
子ども:「その日一日は、席はその人のもの。」
先生:「そうですね。リサとヤスヒコの席を替えてはいけないというルールはありましたか?わからないね?人の席を取ってはいけないけれど、交換していいかどうかは、ルールが決まっていなかったみたいです。でも、みんなが勝手に替えると、なかなか席が決まらないからいけないという考えがありました。では、替えてもいいという理由はどうでしょう?」

【席を交換してもよい】
男子5:「困っているという他にちゃんとした理由があるから、いいと思います。」(同様の意見あり)
男子6:「理由によっては交換していい。」(同様の意見あり)
男子7:「先生がいいことだと言っていたから。」
先生:「理由があって替えるのはいいことだというルールがある、ということですね。次のも面白い意見です。」
女子3:「席は自分のものだから、お互いに納得しているから替えていい。替える権利がある。」
男子8:「交換する人とされる人の許可があればいい。」
先生:「それとちょっと似ているけれど、違うかもしれない意見もあります。」
女子4:「理由があるのに、席を替えないことを強制するのはおかしい。」
女子5:「みんなが安心して暮らしていくためにルールがあるので、みんながかまわないならいい。」
先生:「反対に考えると、みんなが困るならいけないことになりそうですね。「替えて困ることがなければいい」ということだと思います。」

【ゴリラに席を交換してと言われたら?】
先生:「今日は出ていないけれど、バルボーというゴリラがいましたね。バルボーがリサのところに行って、「席を替えろよ。」と言ったら、どうですか?」
女子6:「信頼がありそうなら、いい。」
先生:「ありそうですか? 納得して交換したらいいけれど、知らない人が来て、替われと言われたら嫌ですね。学校ではどうですか? 勝手に替えてはいけないのかな。席がなかなか決まらなかったり、急に隣の人が変わったりしても困るかもしれませんね。学校の外で、他に交換をすることはありますか?」
子ども:「いろいろな色の紙があって、それを替える。一人でたくさん集めてしまう人もいる。」
先生:「みんなで交換ばかり始めて、困ることがある、そんなものは交換しないですね。替えてもいいものは?」
男子9:「ゲームのキャラクター。弱いのと強いのは交換しないけれど、強いのと強いのや、弱いの同士ならいい。」
先生:「なぜですか?」
男子9:「強いのと弱いのを替えるのは、不公平だから。自分が後で後悔することもある。」
女子7:「自分が持っている図工の材料を交換してもいいことがあります。」
女子8:「友だちとお菓子を交換する。」
先生:「不公平になったりしませんか?」
女子8:「ほしいお菓子とほしいお菓子があったら替えるから、大丈夫。」
先生:「お互いに幸せになるのですね。自分のものを人と交換していいかどうかは場合によるという意見が出ました。さて、夏の法律教室では、名前や席のことを話しましたが、これって法律の話なの? という質問が出ました。さあ、席や名前やお菓子は法律の話なのか、続きを聞いてください。」

〈授業後半〉

【ぬいぐるみ劇後半のあらまし】
 午後の2時間目は、「席や名前のことは法律なのか?」という質問について考えました。ゲストとしてジュリア弁護士が登場し、マナーや道徳と法律の違いについて話し合いました。サル山共和国では、法律は国が決めていて、ルールは条文に書いてありますが、道徳は法律で決まってはいません。ところがカエル王国では、ケグリンの話によれば次のようになっていました。
・国王がカエルたちに下す命令は紙に書かれていて、法律と同じ。
・しかし、カエルとカエルの間のルールは、条文の形で書かれた法律にはなっていない。誰かが決めたわけではないけれど、お年寄りから若者へと伝えられ、みんなが知っている。
・そのルールの中には従った方がいいというくらいのものと、従わなければならないというものがある。だから、道徳と法律を区別することはできるが、道徳と法律はつながっているともいえる。

 カエル王国の法律の話を聞いて、みんなは道徳と法律の区別がよけい難しく感じた様子です。そこでジュリアさんは、「ハスの葉以外のものは勝手に交換していいのか、いけないのか?」考えることを、来年までの宿題にしました。
 法律教室の帰り道、ジュリアさんと3人の子どもたちはジュースを飲みました。ジュースを買うのもジュースとお金の交換ですが、その交換にも国王の許可がいるとしたら大変だということを話し合いました。「カエル王国の王様は、ハスの葉以外のものは、カエルたちが自分たちのルールに従って、自由に交換することがいいと思っているかもしれない。交換がよくない場合は、新しい法律を作って、ルールを変えるのかな。」という話になりました。ジュリアさんは、3人にまた新しい宿題を出しました。
宿題:「新しい法律が必要なのは、どんな場合か?」

 

【劇後】
先生:「皆さんのところにジュリアさんから出た宿題があります。これからグループ毎に考えてもらいます。お話を振り返ると、3つのことを話していました。
〔1〕法律とマナー・道徳の違いは、国が決めたか、条文になっているかということ。
〔2〕書かれていないルールについて、国がその内容を良いことと考えて認めていれば、そのまま法律になること。
〔3〕書かれていないルールの内容が良くなかったら、新しい法律を作って変える必要があるかもしれないこと。
宿題を見てください。」

【ジュリア弁護士からの宿題】

カエル王国では、
(1)食べ物などの交換は、自由にできます。
でも、
(2)ハスの葉の交換には、国王の許可が必要です。
カエル王国には、昔は大体同じ大きさで、同じ強さのカエルが住んでいました。
ところが今では、体が大きくて力が強い「オオガエル」と、小さくて力も弱い「コガエル」がいます。

(1)のルールを少し変える新しい法律(3)を作った方がよいでしょうか? 作るとしたどんな法律を作りますか? その理由も書いて下さい。

◆新しい法律(3)の案◆
 カエル王国では(1)食べ物の交換は自由にできます。
(3)でも○○○の場合には、交換できません。なぜなら、□□□だからです。

先生:「食べ物の交換を自由にしたら、困りますか? 自由が原則だけれど、例外があります。「○○○の場合には」の○○○には、いろいろなものが入ります。なぜなら、という理由を次の□□□に書いて下さい。ヒントは、「昔から今への変化に注意」です。」

【ハスの葉の交換に許可が必要なのはなぜか】
先生:「書き終わったら出して下さい。整理する間に、「ハスの葉の交換には、国王の許可が必要です。」というのはなぜなのか、考えましょう。」
男子10:「勝手に交換してもいいと、オオガエルがピストルをもって家に乗り込んできて、コガエルが家を採られてしまうから。」
先生:「それはハス以外のものについても同じですね。なぜハスの葉だけなのですか?」
男子10:「ハスの葉は枚数が限られているけれど、食べ物はいくらでも作ればいいから。」
先生:「ハスの葉を別の葉と交換するのはどうですか?」
男子10:「それならいいかもしれないけれど、いい葉とボロい葉を交換するのは嫌。」
男子11:「ハスの葉の交換がいけないのは、それが家だから。家を交換する法律が特にないから、交換してしまうと、ボロい家になってしまったり、オオガエルによこせと奪われたりしてしまう。人間の世界で、お金を奪われたのと同じだから。」
先生:「2人とも、ハスの葉は家だから、大事なものだから国王の許可がいるルールになっている、ということですね。では、ハスの葉以外のものについて、見てみましょう。」

【新しい法律の案について、どんな場合には交換できないか】
女子9:「交換する相手が嫌がっている場合。」
女子10:「どちらか片方が嫌がっている場合。」
先生:「先ほど、席を自由に交換してもいいと考えていた人がたくさんいましたが、一方が嫌がっていたら交換はダメという人たちがいました。それからこういう人もいます。」
子ども:「お互いで交換するものの価値に差がある場合。」
先生:「立派な葉とボロい葉、強いキャラクターと弱いキャラクターの場合は、おかしいということですね。それはなぜでしょう。」

【交換できないのはなぜ?】
子ども:「もらう人はあげる人より得をするから。」
先生:「反対に言うと、あげる人は損をしますね。価値の低いものとの交換はいけません。強制的に交換するのはいけない、という意見もあります。」
女子11:「不公平な交換はいけないから。」
先生:「大きい者が小さい者を脅したりするという意見がたくさんありました。大きい者が常に強いとは限らないけれど、「不公平になるとき」はダメというのがみんなの意見だと思います。では、どんな交換が不公平ですか? 人によって考え方が違うかもしれません。何が不公平な交換か、もう少し詳しくルールにした方がいいかもしれません。それで「相手が納得しないとき」はダメというルールを提案してくれた人もいます。それから、ものの「価値が違い過ぎるとき」、というように不公平の中身をよりわかりやすいものにするルールを提案してくれた人もいます。
 先ほど、「ずっと交換していると、みんなが混乱する」といった人がいました。交換するのに、限られた場所や時間で、みんなが見ているときだけ交換する、という意見もあるかもしれません。面白いのは次の意見です。」
女子12:「交換してはいけないのは、お互いの職業。今まで靴屋だった人が他の仕事の人と交換すると、みんなが困る。」
先生:「それもそうかもしれません。他に、ジュリアさんのような弁護士が、法律のことを何も知らない人と替わってしまったら、社会が混乱します。だから問題だということですね。不公平の他に、皆が困るから、社会が混乱するから、というのも交換を制限する理由になりますね。」

〈まとめ〉

先生:「まとめると、自由に交換できるのが原則。なぜかというと、それが良いことだから。お互いにハッピーになれるから。でも、不公平な交換は、一方の人はいいけれども相手は不満だし、社会も困る。そういう場合、交換は制限されます。良くない場合を減らすためのルールを作るのが、法律です。交換の約束のことを、法律の世界では「契約」と言います。「自由に交換していい」=「自由に契約していい」という原則は、日本でも今まで法律に書かれていませんでした。でも、それだとわかりにくいということがあります。そこで今、新しく法律をつくって、「自由に交換していい」ということを書こうという動きがあります。(条文集を配る)お話の中には出てこなかったけれど、「契約をするかしないか、どんな契約をするかは自由」という序文を作ることが考えられています。書かれていないルールを書くようにしよう、特に例外は書くようにしようという考え方が強くなっています。
 ところで、契約と約束は同じでしょうか? 何か違うところはないかな? 契約って、交換だけ? という疑問をもつ人もいるかもしれません。これらは12月に引き続き考えます。お話には続きがあるので、楽しみにしてください。」

【図書館おすすめブックリスト】
1. 国や文化、考え方が違うと…
『ガリヴァー旅行記』 スウィフト 作 中野好夫 訳(岩波少年少女文庫)
『町のねずみといなかのねずみ』 ヘレン・クレイグ 作 清水奈緒子 訳(セーラー出版)
『さかさま』 安野光雅 作(福音館書店)

2. 約束、取引、交換について
『もりにいちばができる』 五味太郎 作(玉川大学出版部)
『レモンをお金にかえる法』 ルイズ・アームストロング 著 佐和隆光 訳(河出書房新社)
『続・レモンをお金にかえる法』 ルイズ・アームストロング 著 佐和隆光 訳(河出書房新社)
『走れメロス』 太宰治 作(講談社)
『スザンナのお人形』 マジョリー・ビアンコ 作 石井桃子 訳(岩波書店)

〈授業後、大村先生より解説〉

大村先生: 「不公平さが具体的には2つの基準に分かれるのは、規範の抽象度に関わります。今日やることは予定していませんでしたが、子どもから出たので話しました。子どもが何を交換し合っているかもっと聞くと面白いと思います。それで公平感覚がわかります。時間不足が残念です。弱いコガエルを鍛えたり、薬を使ったりして強くするという意見が出ましたが、これは面白い。弱い子が強くなる方法がないだろうか? と発問してやれば、法律論になります。後で後悔するからと言っていた子もいましたが、それを制度にどう組み込むか、というのも面白い展開です。全部教える必要はありませんが、ある程度のことは教えたいというバランスがあります。宿題は難しいかと思いましたが、ディスカッション・リーダーのお蔭で考え方についてわかった子もいたのではないかと思います。
 前回は、法律から遠いところから始め、今回は言葉だけは出しましたが、まだ原則やルールには触れていません。次回に少し触れますが、難しいかもしれません。付箋整理の時間をどう使うか、進行を考えたいと思います。キャスティングにすごくリアル感があって、いいですね。できれば、子どもたちにシナリオを読み直す機会をもってもらうといいので、何か考えたいと思います。」

〈取材を終えて〉

 法教育で契約というと、まず売買のことを思い浮かべる場合が多いのではないでしょうか。いきなり売買ではなく、まず「交換」について考えることにしたことで、小学生にも身近なテーマになったことがよくわかりました。席の交換をもとに考えてきたので、ジュースを買うのも品物とお金の交換と考えることが、スムーズにできると感じました。民法を小さな子どもに教える際は、このくらい噛み砕いたらいいのではないかと思われます。
 次回は民法編の最終回ですが、「契約と約束の違い」「契約は交換についてだけ?」というお話がどう展開されるのか、子どもたちはどんな意見を出してくれるのか、楽しみです。

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