品川区の新教科「市民科」

品川区が小中一貫教育において人間教育をめざす新教科「市民科」について、教育委員会指導課の滝渕指導主事よりお話を伺いました。

「市民科」とは

「市民」を広く社会の形成者という意味で捉え、社会の一員としての役割を遂行できる資質・能力とともに、確固たる自分をもち、自らを社会的に有為な存在(社会の中の個)として意識しながら生きていける「市民性」を育てる学習です。

この目的のため、道徳、特別活動(学級活動)、総合的な学習の時間を「市民科」として統合し、段階的・系統的に学習するカリキュラムを作成しています。内容は自己管理、人間関係形成、自治的活動、文化創造、将来設計の5領域とし、1・2年生用、3・4年生用、5~7年生用、8・9年生用の教科書を作成しています。各学年段階において主体性・積極性・適応性・公徳性・論理性・実行性・創造性という7つの資質、15の能力を育みます。

背景

規範意識や社会的なマナーの欠如、自立性の低下、社会への不適応などの問題が言われて久しい社会状況があります。また区立小中学校に関する区民アンケートからは、小中学校に望むこととして、「基礎・基本となる学力を定着させること」の次に「社会性の育成やしっかりとした人格を形成すること」が挙げられていることがわかります。そして学校教育において改善が必要なこととして、「互いを思いやる心、道徳・人権教育の推進」が一番に挙げられていました。
10数年前より、品川区は学校の本来の姿を求めて質的転換を図る教育改革を始めました。
平成12年度から学校選択制を導入し、平成18年度からは全区で小中一貫教育を始めました。この流れの中で、従来の教育の弱い点を見直し、新しい学習をつくるために平成18年度から「市民科」が創設されました。カリキュラムの作成に当たっては教育創造センターの高階玲治氏と教育委員会指導課及び学校の教員が中心となって行われました。

指導のねらい

第1~4学年
基本的生活習慣や規範意識の習得。セルフコントロールや対人関係能力の基礎を身に付けさせる。
     →主に自己管理領域、人間関係形成領域(標準授業時数年間60~70時間)

第5~7学年
社会的行動力の基礎の育成。
     →主に自治的活動領域、文化創造領域(年間85時間)

第8~9学年
市民意識の醸成と将来の生き方を考えさせる。
     →主に将来設計領域(年間85~120時間)

授業展開

教科書の単元は全て5つのステップから構成されています。

ステップ1:課題発見・把握

社会事象・日常生活の課題や問題点に気づく

ステップ2:必要な知識・認識/価値観/道徳的心情

正しい見方・考え方を認識する

ステップ3:スキルトレーニング/体験的活動

具体的な対処方法、技能を身に付ける

ステップ4:日常実践/活用

学習したことを踏まえた行為・行動、態度を実践する

ステップ5:まとめ/自己・他者評価

自己の学習・生活の改善

特にステップ4を重視し、学習を知識や体験だけに終わらせず、学校や家庭・地域の中で実践・活用させます。

取材を終えて

「市民科」というと、それは「法教育」なのか?と考えられるかもしれませんが、土井真一教授によれば、法教育は「法」という特殊な領域に関する知識の教授のみを目指すものではありません。例えば、「約束は守らなければならない」ということを言葉の上で理解するだけでなく、自分が生きていく上で実際に生かしていくということになると、自らを取り巻くさまざまな事情をきちんと考えていかなければならないと土井教授は書いています。そこには人間としての在り方生き方の問題が関わってくる、そこに法の本当の難しさがあるということです。そして我々大人は、大人になるということの意味、一人前の人間として、他者と共に生きる誇りや悩み、喜びや苦しみを、子ども達に伝えられているでしょうかと問われています。(参照: 大村敦志、土井真一編著『法教育のめざすもの』商事法務(2009年)p.7~8)

品川区の「市民科」はまさにこの考えを学校教育の在り方として取り上げ、従来の教育を自己批判した上でつくりだされたものと言えます。社会の形成者としての市民を育む教育は、それ全体が広い意味の法教育であると考えられます。

次回は、品川区内の実際の学校の授業をご紹介します。成果や児童・生徒の感想、今後の課題などもとりあげていきます。

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