国際調査にもとづく市民性教育の点検と展望セミナー

 2010年1月24日(日)13:30~16:30、キャンパス・イノベーションセンター東京で、全国社会科教育学会と「世界水準から見る日本の子どもの市民性形成に関する研究」グループによるジョイントセミナーが開催されました。前者は「社会科教育学研究方法論の国際的検討」プロジェクト、後者は科研プロジェクトです。

概要説明

  広島大学 棚橋健治先生
 
 「IEA(国際教育到達度評価学会)国際調査」とは、1980年代終盤の世界における民主化潮流を受けて新しく誕生した民主国家と、既存の民主国家に共通の課題に対応するためのものです。その課題とは、青年層の民主主義・政治組織についての知識が乏しいこと、青年層があまり政治活動に参加しないこと、消費や自由についての願望が強いことです。そのため各国は市民性教育の再考を迫られ、1994~2002年に第1回のIEA国際調査が行なわれました。目的は、参加国の青年層が学校及び学校外の経験の中で、いかにして所属する社会の一員になっていくのかを調べることで、類似性や相違性を考える、自国の特徴や問題点を判断するためのものです。世界共通の市民性を創造しようとするのではありません。2007年度からは2回目が行なわれています。
 調査参加国は世界28カ国・地域(米欧、コロンビア、チリ、香港など)。市民性に関する知識、「民主主義・市民権・政府」に関する生徒の信念、「国家・政府・移民・女性の政治参加」に対する態度、市民的活動、「ホームルーム・学校・青年団体内での市民的参加に対する機会」についての生徒の見解を視点に分析しています。

 日本版の調査の目的は、調査で明らかになった日本の子どもの市民性の実態を分析し、21世紀の新しい国家・社会で求められる市民性とその形成方法の解明です。
 その背景には、①市民性教育の現代的ニーズの高まりがあります。既存の国家という枠組みの揺らぎ、EUに見られる新たな市民性の創造、などです。②日本における市民性教育も、市民性形成の再構築が様々な領域で進んでいるということがあります。③資質・能力の国際比較としては、PISAで測られない社会的資質・能力を考え、IEAが個々の国の事情を超えた市民性の国際的水準の指標を作ろうとしています。
 対象は中学3年生。2007年度ならびに2008年度2学期末~3学期。(公民の授業が終了した時期)全国33校、2220名。(男子1164名、女子1056名)地域は分散、生徒の社会的・教育的環境は考慮しません。
 内容はIEAの調査(1994~2002年)で、ホームページで公表された質問等の内容を翻訳し130問を選択。日本語版調査問題としました。
 分析方法はIEAと同様です。

パートI IEA国際調査を用いた日本の中学生の市民性調査結果

 福井大学 橋本康弘先生 千葉大学 戸田善治先生
 岡山大学 山田秀和先生 大分大学 永田忠道先生
 大阪教育大学 峯  明秀先生 広島大学 草原和博先生

〈市民的知識について〉

 市民的知識は法と政治に関する項目に分けられ、それぞれ原理原則を問うものです。法に該当するものの正答率は79%、政治は69%で、政治に関する項目の方が正答率が低かったといえます。知識の質としては、暗記(理解)していればいいものは高く(約90%)、知識を用いて解釈するものは低い(52%)といえます。

〈情報解釈の技能について〉

 資料を読み解き解釈する項目は81%(国際平均は65%)。事実を見極める項目は79%(国際平均49%)で、日本の子どもは情報解釈の技能は国際際平均より高いといえるでしょう。

〈民主主義に対する生徒の概念について〉

 日本の子どもの考える市民像の特徴は、世界の子どものそれをより強調したものと言え、観念的民主主義的成果がより顕著です。理念としての民主主義と政府の責任を切り離して考えているのではないかと考えられます。

〈政治関連組織に対する信頼度ついて〉

 裁判所と警察への信頼度は、世界的傾向と共通で高くなっています。地方政治への信頼度は高い割に、国政へのそれは国際的に見ても低いです。社会科にひきつけてみると、身近な地域の学習における態度形成の影響は強いが、国家レベルの学習におけるそれは薄くなっていることが考えられます。

〈移民に対する態度について〉

全体的に世界水準よりも肯定的です。世界水準からすると移民とのかかわりやトラブルの少ない社会状況があり、教育による態度形成の効果・影響が大きいと考えられます。

〈女性の政治的権利に対する態度〉

 世界の子どもの傾向は全体的に肯定的ですが、一概には言えないようです。日本は全体的に世界水準よりも肯定的で、ジェンダーの不平等が比較的大きいとされる国であるにもかかわらず、教育による態度形成(女性の権利の尊重)の効果・影響が高いと考えられます。

〈政治的関心・活動について〉

 日本の子どもの政治的関心は世界で5番目(50%)になります。ちなみに最低はフィンランド(21%)で、スウェーデン、イングランドと続きます。政治的情報源はテレビのニュース番組(95%)で、世界最高です。新聞はその次(70%)で、国際平均とほぼ同じ。将来の政治的活動への態度も国際平均と同様で、参加しようという意思は乏しいですが、特に行政職としての参加意識が低くなっています。

〈教室・学校での市民的参加の機会に対する生徒の見解について〉

 「社会科の授業で教師と異なった意見を遠慮なく発言できる」という項目は国際平均67%に対し、日本は28%。市民性教育の重要な考察の1つに、「生徒が授業中積極的に発言することが促されている」ということがありますが、日本ではそうなっていないようです。

〈まとめ―「民主的な態度・行動を形成している非民主的な学校と授業」〉

A:市民社会の原則・現実の説明
B:市民社会を規定する民主主義の意義・価値の理解
C:民主主義の原則を踏まえた市民社会における行動

 日本の子どもはAやBについては世界水準を上回りますが、Cについて学校では民主的な行動・参加を必ずしも発揮できていないといえます。協議や議論の価値に気づいてはいるけれど、実際の授業で教師がそれを発揮できるように促していないとも考えられます。

 世界の市民性の傾向として、後発国はAとB・Cの間に断絶があるのがコロンビア。A・BとCの間に断絶があるのが日本といえます。成熟国ではA、B、Cのバランスがよいですが、フィンランドはCが低めです。Cが低くなるのは成熟した民主主義の病理なのかもしれません。

 市民性の規定要因として、国際水準では「市民性に関する知識が豊かなこと」と「投票の可能性」に高い相関が見られます。しかし、「市民性に関する知識」は「家庭の文化資本」や「今後予定される教育年数」との相関が高く、それらは国家システムと連動したものです。教育ではなく、社会システムの変革なくして行動はないということになりましょう。
日本も世界とほぼ同じですが、「市民性に関する知識」と「テレビでニュースを見る頻度」・「家庭の文化資本」・「今後予定される教育年数」との相関がもっと高くなっています。これは、学校が市民性の向上に充分な効果を果たしていないため、相対的に家庭の文化資本やメディアの影響が強くなると考えられます。

パートII 国際調査結果を自国の市民性教育改革にどのように生かすか

 広島大学大学院 川口広美さん 広島大学 池野範男先生
 広島大学 木村博一先生 広島大学 小原友行先生

〈イングランドの場合〉

 調査の影響として、法教育実践や研究基盤が育成されるという効果があったといえます。1999年版ナショナル・カリキュラムへの記述や、家庭・地域コミュニティーとの連携強化も進み、調査は未来志向的・政策決定的な性質を持っていたといえるでしょう。

〈アメリカ合衆国の場合〉

 「2001年 第9学年の生徒にとって民主主義とは何か」報告書によれば、自国の教育改善という課題意識は視野に入っていないと考えられます。

〈日本の市民性教育改革への示唆〉

 日本の究極的な教育目標は、「自由で公正な社会の担い手」を育てること、参加・参画を考えていく力、「市民知」の育成といえます。そのための市民性教育の課題としては、政治的リテラシーの確実な定着、直接的な政治参加、政治に自ら関わる意識、問題解決、参加が考えられます。この課題達成のために求められるものは、①生涯学習としての市民性教育の充実(家庭・地域)②広義(道徳・教科外活動を通して行なわれる)と狭義(社会科)の市民性教育の充実 ③教科や教科外活動の中で市民性を育むカリキュラム改善 ④かかわり合いを重視した社会参加型の学習指導方法改善 ⑤新聞・テレビ等メディアを活用した「情報読解力」を育成する授業開発 と考えられます。

会場からの質問・意見

・もう少し小学校に焦点を当ててほしいです。学校が万能でないのは当然なので、社会システムを変えることも考えないといけないでしょう。

・差異を考えるといいながら、スタンダードに比重を置きがちになる感じでした。「社会に参加しない人も市民ですよ」と言いたいです。

・調査票の翻訳語の選び方でバイアスはかからないでしょうか?
     →世界の指標を作るのが目標です。

・今後の調査の予定は?
     →一旦途切れます。

・因果図式をどう作るか。組み替えれば全く違うものが出てきますので、研究手法を開発する必要があると思います。

取材を終えて

 学術的な研究発表会ですのでちょっと難しい感じでしたが、この法教育レポートで取り上げた学校では、「参加型の授業方法のすすめ」に我が意を得たりと思われる先生方も少なくないでしょう。
 調査結果の詳細は後日主催者から報告書が出される予定ですので、そちらを御覧いただきたいと思います。

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