法と教育学会 設立準備総会・シンポジウム③(パネルディスカッション編)

法と教育学会 設立準備総会・シンポジウム②(報告編)からの続き

(3)パネルディスカッション

gakkai03  ―法と教育学会がめざすもの―
〈司会〉
 鈴木啓文(弁護士)
 橋本康弘(福井大学教育地域科学部准教授)
〈パネリスト〉
 江口勇治(筑波大学人間総合科学研究科教授)
 大倉泰裕(文部科学省初等中等教育局教科調査官)
 落合 隆(神奈川県立上鶴間高等学校総括教諭)
 館 潤二(筑波大学附属中学校副校長)
 中川深雪(法務省大臣官房司法法制部参事官)
 村松 剛(弁護士)

橋本:「法と教育学会がめざすものの前提として、そもそも法教育とは何かというところからまずお願いします。」

江口:「私は1992年に筑波大学に参りまして、アメリカの社会科教育の中に法に関する領域があることがわかりました。その参加者がだんだん多くなる、日本も国民が憲法を担っていく国の宿命としてそうなるであろうと思いました。それならば法教育という言葉を作ろうという形で、ここにいる方々と法教育ネットワークという形にしていったのです。
 法教育とは簡単に言えば、この時間あるいは空間をもとに人々がどう生きるか、どうあるべきかを考える時間です。」

中川:「法務省では法教育研究会で、法教育の定義を『法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育』としています。研究会はその後、法教育推進協議会に引き継がれ、いろいろな教材例を作成しました。
 今春からは法教育プロジェクトチームというものを立ち上げ、法教育の全省的推進を図っています。法務省職員も法教育の推進のために、学校から出前授業をしてほしいという要望を受け付け開始します。
 今日も『ルールはみんなでつくるもの』というビデオを用意してきましたので御覧下さい。」

村松:「日弁連は1990年代から裁判傍聴の引率や出前授業など、司法教育に取り組んできました。2002年からは司法教育にとどまらない「法教育」という形になり、推進に努めてきました。
 日弁連の考える法教育とは、法のコアな部分・ベーシックな考え方といった価値を伝えたい。法は市民のためにあるものなのだ、という位置づけです。
 今後の活動は、やはりきちっとした教材を作り学校現場に提供することで、法教育のあるべき形を伝えていくことが大事だと考えています。教育現場の方々・市民の方々の理解を得ながら、一緒に法教育を作り上げていきたいと考えます。」

大倉:「文部科学省の取り組みとしては、どのような形で学習指導要領ができたかをご説明します。今回の学習指導要領は平成17年に中教審に諮問しました。学力テストなどのデータから、知識・技能は力がついているが思考力・判断力・表現力に課題があることがわかった時期です。そこで思考力・判断力・表現力を高めるため、言葉を重視し、言語活動の充実を全教科で取り組みます。その新学習指導要領は平成23年から小学校実施、24年中学校実施になります。高校の分は平成21年に発表になったところです。」

:「教育現場の具体的な話としては、教育の場というのは『個人の尊厳』を一番大切にしなくてはいけない場所だと感じます。
 法教育の基盤となる価値・考え方の基本にある『個人の尊厳』を大切にすると同時に、生徒にわかりやすい言葉で伝えるということも重要です。
 授業の内容では、社会の現状と照らし合わせながら教えることが不足しています。生徒達が話し合う経験も不足しています。
 『初めての法教育』の中の教材は、教員では非常に扱いにくいような教材を面白く深く、いろいろな立場に立てばいろいろな回答が得られるようなものを作ってくれています。おかげで、公民分野・政治分野全体の構造化を図ることを可能にしてくれたのではないかと感じています。」

落合:「法教育は人間関係教育、生徒達が自分達で発見しながら作っていく教育だと思っています。人間関係には、思いを言葉にすること・聞くことの訓練が必要です。その基になっている自尊感情も重要であり、自分の言ったことが認められる、そういうクラスをどうやって作っていくか、そこにルールが生まれ、それが法教育につながっています。
 社会科も含めて、いろいろな形でやっていかなければならないし、普段の教育が変わっていかなければいけないと思います。」

〈鈴木弁護士から各パネリストへの質問・回答〉

gakkai02「法律家はどういうところに気をつけながら法教育に取り組んでいけばいいでしょうか?」
江口:「法曹三者がバランスよく学校の中に出てくれれば、子ども達に力がついていくのではないでしょうか。」

「法務省では全省的取り組みとして職員の方々が出張授業に行かれるということですが、そのあたりをお話しいただけますか?『○○教育』と名の付く他の様々な教育と法教育の違いについてもご意見をいただけますか。」
中川:「各地の地方部局も含め、全国各地で出張授業を行う体制をとれるようにいたします。もっとも、長期的には担い手は学校の先生であると考えています。全ての○○教育の要として法教育を発展させたいと思います。」

「日弁連では出張授業を今後どうされますか?費用的にはいかがですか?」
村松:「どんどん授業に出て行くのが望ましいと思っています。学校側に費用の負担をかけず、かつ講師の人員を確保するためには、弁護士会で費用負担するということが考えられますが、そのためには、弁護士会内でこの活動の重要性をもっと認識してもらう必要があると思います。」

「文科省は多くの教育の中で、法教育の重み・位置づけをどう考えておられますか?」
大倉:「”○○教育”と名のつくものは100以上あり、”○育”というのもあります。公民の授業が増えたのは15時間ですが、学習指導要領をよく読めばどのような位置づけか見えてきます。指導すべきことを計画的に行なうことが必要で、お知恵をいただきたいです。」

「現場の現状と教材をどう結びつけたらいいかアドバイスをいただきたいですが。どんな教材がいいでしょうか?」
:「法曹の方々に、各県や市の研究会に来て話していただきたいと思います。」

「現場にはいろいろな生徒がいますが、法教育により個々の生徒一人ひとりに伝わるもののイメージはどういったものでしょうか?」
落合:「違いを認め合うことです。自分を知りながら、他人のことも考えられる、そういったルールを生徒達が自分なりに、その年齢に応じて考えていくことが大切というイメージです。」

〈会場からの質問・回答〉

「日弁連で教材作成に取り組んでいくとのことでしたが、具体的にどのような教材をお考えでしょうか?」
村松:「日弁連では教材作成部会を作って取り組んでいます。法教育はまさに人間関係教育だと考えていまして、自由、責任、権利、義務、公正、正義などがわかるようなものにしたい。できれば学校の先生と一緒に作りたいと思います。学校の先生の日常の活動をアイデアにして、そこに弁護士が法の基本的価値を盛り込めたらと思います。」

「『法に関する基本的見方・考え方』とはどんなものですか?また、今日もいろいろな方から『公正』という言葉が出てきていますが、その意味は?」
大倉:「『法に関する基本的見方・考え方』についてですが、細かな条文解釈ではなく、もっと基礎基本的な大まかなところを押さえてほしいという願いをこめています。『公正』という言葉は、非常に多義的な言葉です。いろいろな意味合いがあるということをまず中学校段階で理解し、その上で物事を判断するときの公正という視点を高等学校段階で扱います。」

「憲法教育と法教育の関係についてご意見をいただけますか?」
土井真一(京都大学大学院法学研究科教授):「突然のご指名で驚きますが、憲法教育は法教育の重要な要素です。基本的な考え方、ものの見方というところを含めて、憲法教育というものを考え直していく必要があることから、法教育の枠組みの中で憲法教育を位置づけたらどうかと思います。また、刑法、民法といった日常生活に関わる法に触れることを通じて、その基本にある憲法も身近に考えてもらう契機を作るという形がいいかと思います。」

「法教育に関して法テラスとして果たすべき役割は何でしょうか?」
中川:「法テラスは法に関する情報を常時発信するとともに、アクセスを容易にするために非常に大きな意味のある活動をなさっていると思います。個人的な考えとしては社会に巣立つ準備として、高校3年生向けにハンドブックを作ってはどうかと思います。いろいろ積極的に取り組んでいただけることを応援していきたいと思っております。」

〈会場からのご意見〉

①岡山大学 桑原敏典先生
「学会の活動は研究が中核かと思いますが、既存の学会との差やアプローチの独自性はあるのでしょうか。その点の議論を深めていただきたいです。普及だけに努めると運動団体になってしまいますので、研究としての独自性を打ち出していく必要があると思います。」

②東北学院大学 吉村功太郎先生
「逆に普及のためにということでは、これまでの教育実践との連続性を伝えていくと、現場に受け入れてもらいやすいのではないかと思います。これまでの社会科、道徳、いろいろな授業実践の仲にも法教育の目的に合うようなものもあると思いますので、学会として発掘して研究分析等していく必要があるでしょう。」

③横浜国立大学 北川善英先生
「この学会の共通の土俵として『法』をどう理解するか、という共通認識がまだ不十分ではないでしょうか。なぜ法というルールが必要なのか、なぜ人権という価値を大事にしなくてはいけないのか。道徳やルール一般とも違う、固有の『法』の定義をもう一度再構成、再検討しなければいけない課題を背負っていると思います。もうひとつ、初等教育における教育の様々な試みは、大学やロースクールにおける法の基礎的な教育にかなり有益な参考になるものが得られると期待しています。」

〈締めくくり〉

橋本:「最後に、江口先生、まとめをお願いします。」

江口:「社会や、国家や家族とはなんだろう。そこに法があり、道徳があり、愛がある。
こういった当たり前のことをこの国でもやっていかないと、かつて『坂の上の雲』が担った世界はいったいなんだったんだろうということになってしまうと思います。
みなさん、来年もまたこの学会に集まって、是非もう一度議論しましょう。」

橋本:「最後にご意見をたくさんいただきまして、学会としてこれから何を課題として検討していかなくてはいけないかということは見えてきたような気が致します。ありがとうございました。」

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