県立千葉高等学校 模擬裁判

 2010年3月2日(火)14:50~17:30、千葉地方検察庁特設模擬法廷で県立千葉高校の模擬裁判授業が行なわれました。教材は法務省のホームページに掲載されている強盗致傷事件です。昨年9月の東京都中学校社会科教育研究会の「法教育フォーラムin東京」で中学生達が実演してくれたのと同じ教材ですが、高校生が行なうとどうなるのか楽しみです。

授業

2年H組 39名(男子20名、女子19名)
教科:政治経済  
単元:現代の政治 第3節司法 「司法制度改革」
授業者:藤井 剛 教諭  
場所:千葉地方検察庁南町分室

事前準備

①3学期は「司法制度改革」に焦点をあて、改革の背景・内容、国民の司法参加(諸外国)の例、日本の裁判員制度などを中心とする授業をしました。裁判員制度をそれだけで考えるのではなく、司法制度改革の中に位置づけて理解させました。

②模擬裁判実施の10日前に1時間、次のような授業を行ないました。
・刑事裁判の基礎知識
 「無罪推定の原則」、有罪・無罪は「証拠」だけで判断すること、事実認定は「常識」の範囲であること、裁判官と裁判員の意見の重みは同じこと。ほとんどの生徒は、「基本的に被告人は有罪で、弁護士がアリバイ等を主張して無罪を立証する。」と考えているので、「推定無罪の原則」を軸に理解を深めるよう指導。
・昨年の模擬裁判のビデオを視聴し、刑事裁判の流れを項目ごとに解説
・配役決め・役者への注意
 「証人・被告人質問」「論告求刑」「最終弁論」はシナリオを変えてもよいこと。変更されたシナリオに対し、役者は臨機応変に対応すること。

挨拶

小池充夫  千葉地方検察庁 総務部長
 この事件は直接的な証拠がなく、状況証拠を評価していって犯人かどうか判断する難しい事件ですので、頑張って検討してください。
 この法廷はモニターがない以外は、本物そっくりです。役柄になりきって一所懸命考えることが勉強になります。傍聴席の人達も裁判員役ですので、大きな声で元気よくやってください。

強盗致傷被告事件模擬裁判

(14:55~15:40)
 平成20年6月30日の夜の8時頃、市川市の路上で88歳の杉浦よねさんが何者かに後ろから突き飛ばされて持っていた巾着袋を奪われたという事件です。
(※事件の概要については、法務省作成の模擬裁判教材のシナリオ部分をご参照ください)
 シナリオを生徒が変えたのは主に以下の部分でした。

①証人杉浦英一さん(杉浦よねさんの孫)に弁護人が質問する場面。
弁護人:「お札を入れる封筒は誰が買いましたか?」
英一 :「私が10枚入りのものを買い、その中の1枚を使いました。」

②証人杉浦英一さんに裁判員が質問をする場面、答弁はアドリブです。
裁判員:「なぜその日に家にいなかったのですか?」
英一 :「アルバイトに行っていたからです。」
裁判員:「おばあさんが見間違えたということはないですか?」
英一 :「ないと思います。」
裁判員:「暗くてよく見えなかったのではありませんか?」
英一 :「見たといっています。」
裁判員:「ズボンのことは言っていませんでしたか?」
英一 :「言っていません。」

③被告人質問の場面で、検察官は小遣いの額と頻度を聞きました。小遣いは月に2万円でした。被告人が訪ねようとした友達の名前は、「迷惑がかかるから伏せます。」警察官に声をかけられるまでの6時間の間に食事をしたかも、「関係ないので喋りません。」7万円貸していた友達については、黙秘権を言って一切話しませんでした。
検察官:「なぜ7万円も持っていたのですか?」
被告人:「小遣いを貯めました。」

④裁判員が被告人に質問する場面も、答弁はアドリブです。
裁判員:「友達に連絡をしようとは思わなかったのですか?」
被告人:「思いませんでした。」
裁判員:「どうして7万円を使った残りに5千円札が3枚あるのですか?最初からですか?」
被告人:「教えられません。」
裁判員:「なぜ6時間の間に食事に行ったかどうかを黙秘するのですか?目撃証言があれば無罪かもしれませんよ。」
被告人:「必要ないと思ったからです。」
裁判員:「携帯電話は持っていましたか?」
被告人:「はい。」

⑤論告(求刑)における検察官の意見で印象的だった点は、被告人の当時の服装について、被害者の見た犯人の特徴と「食い違ってはいないということを理解していただけば結構です。」と、一歩引いた見方を示したことです。貯金が沢山あるということ、友達を訪ねようとしたことも真実とは言えないと指摘しました。

⑥それに続く弁護人の意見で印象に残ることは、お札が封筒の中で1枚だけずれるのはおかしいということ。また、「事件発生の20分後に2km離れた所にいて、その500m現場寄りに封筒が落ちていたということは、1500mを徒歩で逃げたことになります。」という点です。元気な男子高校生の感覚では、「証拠品を持っていたら走って逃げるだろう。走れば、15分でももっと遠くまで行けるはず」なのです。だから「証拠品を持っているなら、歩いて逃げるのはおかしいので、犯人ではない。」という論理になりました。最後に封筒の模型も取り出して、封筒の穴の位置とお札の穴の位置のことを指摘し、細い封筒の中でお札が横にずれる不自然さを強調しました。

評議

(15:40~16:55)
 裁判官3名+裁判員6名の合計9名(裁判官チーム)は評議室へ移動しました。残る30名を有罪派と無罪派に分けると、有罪が3名のみで、先生が驚きました。先生が本当にそれでいいのかなどと訊いて、結局8名が有罪派になり、彼らを2人ずつ無罪派の中に割り振ってA~Dの4チームを作りました。合計5つのチームに検察官や弁護士などの法律家が1人ずつ加わり、別室も使って評議がされました。

裁判官チーム(男子2名、女子7名、検察官)
 犯人の服装について、被害者の目撃情報はあてにならないという意見が出ました。アドバイザーの検察官は、「被害者が『黒いシャツの年輩の男だった』と言ったら、どうですか?被告人は犯人ではないという方向にいくでしょう。それだけで犯人とは言えないが、矛盾するわけではないから、マイナスにはなりませんよ。」とアドバイスしていました。
→有罪、懲役8年
 主な理由:被告人の証言に信用性がなく、弁護人もそれに対し何も言っていないから。

Aチーム(男子4名、女子3名、弁護士と千葉高卒のロースクール学生)
 弁護士が「7万円返してもらったというのは信用できますか?社会常識から考えてください。」とアドバイスしていました。1万5千円を2日で使うとは思えないし、友達関係や貯金も全部言わなかったのは不自然、という意見に賛同が集まっていました。無罪の証拠を言わないのがおかしいという論理でした。
→有罪、懲役9年
 状況証拠があまりにも多く、答えれば自分に有利な質問に答えていないから。

Bチーム(男子5名、女子2名、検察官)
 裁判長役がお札にホチキスの穴が開いているものをみつけたことがあるか訊いていました。みんなありません。検察官は「いろいろな可能性を言い出したらきりがないから、事実で考えるように。」とアドバイス。被告人の証言があいまい過ぎる、友達に連絡を取っていないのがおかしい、7万円のお札の種類を言わない、などの意見が出ていました。
→有罪、懲役7年
 アリバイが不確かなこと、被告人のあいまいな証言など、総合的な状況から。

Cチーム(男子3名、女子4名、検察官)
 ホチキスの穴がたまたま一致することは考えづらいという意見に、検察官が「穴の開いたお札って見たことありますか?」と援護します。「証拠は1つだけでは充分でなくても、いくつか重なり合って有罪になるというふうに見てほしい。」というアドバイスでした。生徒達は、服装については「被害にあった人は結構相手の印象が強いと思う。」被告人の証言の信用性は、「働いていないような人だから、ありうると思う」という意見がありました。
→無罪
 被害者の証言もあいまいで、現場から走って逃げたら2km以内にいないと思います。被告人の証言は供述の様子からありうると考えます。

Dチーム(男子5名、女子3名、千葉高卒のロースクール学生)
 このチームには被告人役と2人の弁護人役が入っていました。弁護人役だった男子は、「お札の穴がきれいなのはおかしくないか、まだ針が残っているのに。」被告人役の「5万5千円の種類とお札の穴が被告人に不利なのは確実です。」という言葉にはみんなうなずいていました。
→無罪
 穴の位置関係や穴の開いたお札が1枚だけなことに不自然さがあります。指紋がないし、お札の種類も偶然かもしれません。被害者の証言の信用性は低いと思います。

判決、法律家からのコメント

17:00~17:30
 判決は各チームの裁判長役が発表しました。
小池総務部長のコメント
 無罪の理由を聞いていると、証拠の考え方をもう少し吟味してほしいと思います。証拠には向きと価値があり、相互に補強し合うものもあり、それがいくつも重なるということです。本件は有罪無罪、どちらもありうるような証拠関係ですが、本当ならもっといろいろな角度から証拠を集めて起訴しますので、誤解のないようにしてください。

村松 謙弁護士のコメント
 私はAチームに参加しましたが、議論が途絶えなくてよかったです。模擬裁判の弁護人役も、自分の言葉で皆に判りやすく話していました。物事はいろいろな見方があり、いろいろな意見があります。そのうえで総合的に判断することは日常的にあり、使える方法であることを今日学んだと思うので、活用してください。

布施京子法務省司法法制部部付検事のコメント
 被告人の「答えたくない」という態度にもめげずに検事役が質問していてよかったです。弁護人も素晴らしかったです。法教育が大切なことを再認識しました。皆さん今後も頑張ってください。

大村敦志東京大学教授のコメント
 法律家の考えていることと一般の人が考えることは、あまり違わないことがわかったかと思います。ただ、法律家の考えは研ぎ澄まされているので、アドバイスが役に立ったこともありましょう。法律家の考えにも左右されない人は、それはそれで面白いと思います。専門性と素人感覚を身をもって感じてもらえたことでしょう。

事後指導

①レポート提出
「自分が所属した裁判員の評決と自分の意見の相違」のテーマで、レポートを提出(宿題)
②アンケート実施
授業担当者が模擬裁判に関する短時間のコメント(模擬裁判の目的、評議の中身、専門家の意見への対応、卒業生達の反応など)を行い、その後「模擬裁判」に関するアンケートを実施。貴重な数字・意見が収集されます。

取材を終えて

 最初有罪が3人しかいなかったときは筆者もどうなるのかと思いましたが、蓋を開けてみると有罪が3チーム、無罪が2チームで、有罪に意見が変わった人が多かったとわかります。弁護士の入ったAチームが有罪、検察官のいたCチームが無罪判決なのも、生徒達が自分でよく考えたことがわかります。高校生男子にとっては、2km走るのに20分もかからないという感覚なのが、新鮮でした。中学生の評議では、20分で2km行くのはきついという意見もありました。立場が変わると常識も変わるのを、筆者も実感しました。
 模擬裁判もシナリオを改変していいとなると、次はどう展開するのかと面白みが増します。生徒は事前準備で頭を絞ったことでしょう。1学期のディベートの経験などが準備や評議の活発さに役立っていることがうかがわれ、2年生の政経授業の集大成といえましょう。

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