東京大学法科大学院出張教室 授業研究会

  「東京大学法科大学院出張教室」とは、東京大学法科大学院の有志の学生が全国の中学校・高校を訪問し、法律を身近に感じてもらえるような授業をするという企画です。出張教室について詳しいことは、本 が出版されています。
 2009年12月17日(木)、来る年度末に行なわれる出張授業本番の準備をするロースクール生たちの活動を見せていただきました。いわば出張授業メーキング編をお伝えします。

注) 東京大学法科大学院・出張教室編著『法教育への扉を叩く9つの授業』(商事法務,2008)

再現授業

12月17日 13:00~14:30
授業者:3年生男子4名(高校で実践したときは5名)
参加者:ロースクール1・2年生男子5名、女子7名(1名は医学部の有志)

この授業は2009年3月13日に市立高松第一高校(3年生約40名、男女半々ぐらい)で実践されたもので、それを今回、先輩ロースクール生が大学の空き教室を借りて後輩達に再現してみせ、新しい実践に役立てようというものです。

授業の流れ

実践時 今回
前半
(50分)
1 授業者自己紹介
2 事例説明
3 個人で考える…5分
4 班分け(8人/班)
5 班での議論…10分
6 全班の意見発表
7 法律説明…20分
 
 
 
3分
4人程度/班
10分
 
 
休憩 (10分) 今回はなし
後半 (50分)
1 班での議論…20分
2 全班の意見発表
3 まとめ
今回10分

 

出張教室のテーマ

 自己紹介の後、まずテーマがパワーポイントで映し出されました。テーマは「自分の頭で考える法的責任」です。「あの人が悪いとか、あいつのせいとかいうこととどう違うかを考えましょう。」ということでした。

事例

 Xは幼少の頃から野球に打ち込んでおり、その実力は野球部入部直後1年生の時から中心選手としてレギュラーを任されるほどでした。T高校は2008年夏、3年生Xの攻守にわたる活躍により念願の甲子園初出場を決めました。
 ところが、甲子園1回戦の前日の練習後、宿舎の部屋でXは同級生のYと翌日の対戦相手の投手について話し合っている最中、話し合いが白熱しYがXの肩を強く押したため、足元にあったZのカバンにつまずいて倒れました。その拍子に右手を強くつき、右手首をねんざしてしまいました。病院に行ったところ全治1週間のねんざと診断され、数回通院するよう指示され、翌日の試合はドクターストップで出場することができなくなりました。結局、T高校は1回戦敗退という結果に終わりました。
 敗退後、Xは元々責任感が人一倍強い性格であったことや、Xが出場していれば勝てたはずであると周囲から言われたことによって、ねんざしてしまったことを強く思い悩むに至り、ふさぎがちになってしまいました。同年8月末、母親のすすめもあって精神科を訪れたXは、そこでうつ病と診断されました。2009年3月13日現在、右手首のねんざは完治し野球をすることにも支障はありませんが、Xはなおも定期的に精神科に通院中です。

検討事項

(パワーポイントで前へ映す)
(1)XはYに対して、どのような要求をすることが考えられるだろうか。
(2)YはXの要求に対して、どのような反論ができるだろうか。
Q.(1)・(2)の議論を踏まえて、XのYに対する要求は認められるだろうか。

事例検討メモ

 事例説明の後、「事例検討メモ」というワークシートが配られ、まずは人と相談せずに自分で考えたことをワークシートの左側に記入してもらいます。その後、班分けをし、班内でX側とY側に分かれ検討します。高校の授業では授業者の人数に合わせて班を分けたので、ひと班の人数が8人になりました。授業者は各班の中に入って、高校生の質問に答えます。発表のときは、要求・反論の理由も言ってもらいます。

各班の意見発表

 授業者は各班の事例検討メモに記入されたことを、生徒が記入すると同時にパソコンに打ち込んでおり、各班の発表に合わせてパワーポイントで映し出していました。

法律説明

 授業者:「事例を法律に基づいて考えてみましょう。事実に即して考えるとわかりやすくなります。手がかりになる法律があるので、説明します。」
民法709条・710条の条文、用語や因果関係の説明、3つの設例などが書かれたプリントが配られ、授業者が解説します。「因果関係=条件関係+相当性」であること。条件関係とは「あれなければ、これなし」という関係のこと。相当性とは「行為と損害との間に条件関係が認められる場合に、その損害を行為者に賠償させるのが妥当である」場合に認められます。妥当であるかは、賠償させるべきであると考える事情と、賠償させるべきでないと考える事情とを比較して、常識で考えること、といった一連の説明がされました。

2回目の班での検討と発表

 後半では、法律説明を踏まえたうえで、事例に戻ってもう一度班毎に検討してもらいます。結果は先のワークシートの右側に書き込みます。その発表の後、授業者が各班の意見にコメントをして、まとめます。
 授業者:「因果関係で一番のポイントは、充分に理由をつけられたかということです。裁判では説得が大事です。それには理由を順序だてて言えることが大切です。法律をとおした考え方とはどういうものか、法律に少しでも興味を持ってもらえればよかったです。」

高校の先生と生徒へのアンケート結果

 プリントにして参加者に配られました。

参加者の感想・意見と授業者の回答

 再現授業が終わって参加者が感想を述べたり質問をしたりし始め、授業研究が始まりました。
参加者:「スピードが速いですね。生徒へのアンケートを見ると、プリントがわかりづらいとありますし。」
参加者:「条文の説明に難しい言葉が使われていますね。言い回しも二重否定になっていたりして、難しいと思いました。解説していても、つい法律用語を言ってしまうし。」
参加者:「高校生の実際の感触はいかがでしたか?」
→「高校生は意外に積極的に議論してくれました。こちらがあまり入っていかなくても、自分達で議論してくれていました。」

(1)テーマについて

参加者:「なぜこのテーマを選びましたか?何を伝えたかったですか?」
→「不法行為は身近な例だと思ったからです。刑事事件よりも身近だと思います。結論もできるだけ一つでないものにして、議論してほしかったのです。伝えたかったのは、あの人悪いよね、と思うのと、法律を実際に適用したときの違いをわかってほしい。自分の感覚を確かめてほしいということです。」

(2)説明の難しさについて

参加者:「基本的に難しすぎると思います。説例2は必要ないような気がするし、説明はフローチャート形式で書くほうがわかりよいと思います。進行は良かった。」
授業者:「反面教師にして、活かしてください。」
参加者:「言葉の点で難しいですね。規定するとか、財産的とか、一瞬立ち止まって説明した方がいいのかなと思います。」

(3)導入について

参加者:「最初に裁判員制度のことを少し言ったらいいかと思いますが。生徒の興味が増すように。」
授業者:「実際は導入のところで言いました。導入は大事な指摘です。」

(4)班での議論で困った点

参加者:「班に分かれての議論の誘導などで困ったことはありますか?」
→「ワークシートを全然書いていない生徒がいます。8人で一班というのも、端と端は対話ができないのでよくないです。そもそも興味のない生徒もいて、それはどうにもできません。積極的な生徒は任せておけばいいです。授業者のうち高校の先輩は優位です。親しみを持ってもらえて、ひっぱりだこになります。」
参加者:「高校生は自由参加でしたか?」
 →「強制参加でした。班の人数は4~5人がベストでしょう。コメントを全ての班につけようと思うと班の数を多くできないので、一班の人数が多くなってしまいました。」
参加者:「議論すべき点を絞ったらどうですか?」
 →「その年毎に考えてください。」
参加者:「各班の記入事項をパワーポイントでリアルタイムで映したのはなぜですか?」
 →「生徒に書いてもらうのは時間がかかるからです。書くのに押し付けあったりすることもありますし。ポストイットなどで貼るのも結構時間がかかります。」
「みんなの前で質問できない生徒は10分の休憩中に質問に来ます。休憩中、ずっと質問対応でした。」

(5)これだけは、という改善点

参加者:「これだけはという改善点はありますか?」
 →「アンケートをもっときめ細かくしたら、細かい意見をもらえたと思います。」
  「最大のポイントは、準備期間をちゃんと取ることです。スケジュールを遅れさせないように。私達の試験の終わった2月20日頃から本番の3月13日まで、週2回集まり、個人的タスクもして、リハーサルをしました。このリハーサルをもっと早くしていればよかったと思います。事案も二転三転して、結局1週間で作ることになりました。」

出張教室の組織など

 ある出張教室三期生のお話によれば、出張教室は有志の法科大学院生の集まりなので、募集などは前年度の世話役が手配するということです。毎年5~6月頃にメーリングリストなどで声掛けをし、前年度の話をして、新年度の希望者から新しい世話役を決めます。授業案は前年までの台本やDVDなどを参考にしながらも、毎年、自分達なりの新しいものを工夫するのが楽しいようです。

 次は、今年度実際に高校で実施された授業の様子をお伝えしましょう。

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