東京大学法科大学院出張教室2010年 筑波大附属駒場中学校編

 2010年3月17日(水)、筑波大学附属駒場中学校で東京大学法科大学院有志グループの「出張教室」が開かれました。中学3年生の授業の様子をお伝えします。

筑波大学附属駒場中学校プロフィール

1947年、東京農業教育専門学校附属中学校開校。
1949年、東京教育大学東京農業教育専門学校附属中学校と改称されました。
1952年、東京農業教育専門学校の閉校に伴い、大学直属の附属学校として、東京教育大学附属駒場中学校と改称。
1954年、中高一貫教育の基本方針を策定。
1975年、中学校の制服着用規定を廃止。
1978年、東京教育大学の閉校に伴い附属学校は筑波大学に移管され、筑波大学附属駒場中学校となりました。

 京王井の頭線駒場東大前駅から徒歩7分、東急田園都市線池尻大橋駅より徒歩15分ほどの所にありますが、正門付近には大木が茂り、周囲は住宅街の中に文化センターや学校が立ち並ぶ環境です。

生徒数 男子 368名(中1:123名、中2:122名、中3:123名 各学年3学級ずつ)
                        (2009年度学校要覧より)

出張教室との関わり

 2005年に筑波大学附属駒場高校2年生を対象に出張教室が開かれて以来毎年、年間授業計画が基本的に終了している3月中旬に行なわれてきました。社会科の吉田俊弘教諭が、前回レポートでご紹介した「出張教室」の本にその意義をお書きになっています。
中学3年生では3月に全員が東京地方裁判所の刑事裁判を傍聴しており、カリキュラムの連続性もあるそうです。生徒の参加は原則自由ですが、毎回ほぼ9割が参加しています。

出前授業

3月17日 13:10~15:00(休憩10分) 
3年B組  場所:教室 (A、C組は午前中に出前授業2時間ずつ) 
授業者:北 永久、調 康行、高田賢一、藤本奏恵、田川友治(敬称略)
テーマ:自招侵害における正当防衛の成立の可否

〈挨拶、自己紹介〉

 法律は社会の皆が幸せな社会をつくるための道具です。紛争を調整し解決するための試みとも言えます。今日は皆さんに実際に法的に物事を考えることを体験してほしいと思います。

〈導入は寸劇に注目!―傷害罪と正当防衛〉

① 挨拶・自己紹介が終わると、ワークシートを配り、「タカダ」、「シラベ」と書いた大きな名札を高田さんと調さんが首にかけました。おや、何が始まるのかなと思う間もなく、
タカダ:「シラベ、こっち向け。」
と言うや、高田さんがスローモーションでいきなり調さんを殴るまねをし、調さんが倒れ怪我をしたふりをしました。生徒達から「おおっ!」と喚声が湧きました。
藤本:「これは犯罪が成立すると思う人?」→挙手多数
藤本:「傷害罪になります。」(刑法第204条を手短かに解説。)

② 解説がすむと、たちまち次の展開になります。
シラベ:「むしゃくしゃする。誰でもいいから殴りたい。おお、いい奴がいるぞ!」
調さん、高田さんを殴るまねをすると、殴られた高田さんも調さんを殴り返しました。
藤本:「このタカダ君に犯罪は成立するでしょうか?」→しないと思う人が多数。
藤本:「正当防衛が成立します。」(刑法第36条 急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。を解説。)「ここまでで質問はありますか?」
生徒1:「今の例では、シラベ先輩(笑い)は罪になりますか?」
藤本:「暴行罪か傷害罪になります。いずれにせよ罪になります。」

〈応用編も寸劇で〉

事例(1)
タカダが通りすがりのシラベに因縁を付け、つばを吐いて「かかってこい」と挑発。

シラベ、一発タカダを殴り、さらに殴りかかります。

タカダ、シラベを殴り返して怪我を負わせました。
この、最後のタカダの行為は犯罪になるか考えます。有罪と思う人が多数、無罪は5人ぐらいでした。理由を発表してと言われると誰も手を挙げませんが、指名すると皆答えてくれます。
生徒2:「有罪。タカダ君が正当防衛なんておかしいと思います。」
生徒3:「無罪。タカダ君は口で言っただけだから、先に手を出したシラベ君が悪いと思います。」
生徒4:「有罪。つばを吐くのは殴るのと同じだから、タカダ君が悪いと思います。」
生徒5:「有罪。シラベ君の反撃は予想できたことだから、正当防衛にならない。」
北 :「ワークシートを見てください。今の意見は「急迫不正」に当たらないから正当防衛にならないということですね。説得的です。反論できる人?」
生徒3:「反論できません。」

事例(2)
タカダが通りすがりのシラベに無言のまま近寄って眺めまわしました。(ガンをとばして挑発。)その後は事例(1)と同じ展開で、最後に殴ったタカダの行為が有罪か無罪か問われます。
有罪と思う人→生徒3のみ。無罪と思う人→多数。
生徒6:「無罪の理由は、殴られたのでかわいそうだからです。」
北 :「挑発については?」→生徒6:「挑発に乗るほうが悪い。」
生徒7:「無罪だと思います。ガンをとばしたというのはシラベ君の認識だから、タカダ君は挑発していないかもしれない。」
北 :「本当に因縁をつけていたらどうですか?」→生徒7:「誰か(他の生徒)助けて。」
生徒8:「本当に睨んでいても、睨まれた方は不快感ぐらいのレベルだから、タカダ君は無罪でしょう。」
生徒5:「有罪。未必の故意みたいな感じで、誰が見ても睨み方がおかしかったし、タカダ自身はわかっていて殴り返したと考えられます。」
北 :「シラベ君の行為が予測できるか、できないかで考えるべきということですね。」

事例(3)
最初は事例(1)と同じですが、挑発されたシラベが刃渡り20センチのナイフを取り出してタカダに切りかかりました。かわしたタカダがシラベを殴って怪我を負わせたことが問われます。
有罪と思う人→3人。無罪と思う人→多数。
生徒9:「無罪。シラベ君がナイフを出したから正当防衛になる。」
生徒10:「ナイフを持っているのは納得がいきません。」
シラベ:「ナイフのコレクションが趣味で、ちょうど買ってきたところでした。銃刀法違反ではないと考えてください。」
北 :「挑発をどう考えますか?因縁をつけても、自分の体を守ることはいいのでは。」
生徒5:「シラベ君の反撃が予想できるなら、程度に関係なくタカダ君は有罪。」
生徒11:「いきなりナイフを出すのは急迫不正の侵害なので無罪。日常的ではありません。」
生徒12:「無罪。ナイフで切りかかられたら逃げるか反撃するかだから、タカダ君の性格からいって反撃はやむをえないでしょう。」
北 :「もし逃げられるような性格の人ならどうなりますか?」
生徒12:「逃げて終わり。」→北 :「逃げたほうがよりよいという理由はありますか?」
生徒13:「傷害が発生しません。」
北 :「そう、素晴らしいですね。ちなみに実際の判決では、事例(1)は有罪、(2)と(3)はよくわかりません。後半はもっと長い複雑な事例を考えてもらいます。」

〈後半、複雑な事例でグループ討論〉

事例(4)
町内会長のタカダは、最近ゴミを収集日の前日に出してしまう人がいるせいで苦情を聞かされていました。ある夜、今日こそ犯人に注意しようと巡回していると、自転車に乗ったシラベがゴミを捨てていました。シラベは酒臭く少し酔っ払っているようでしたが、タカダは「ゴミを捨てるな」と注意しました。するとシラベは「捨ててない」と言って、両者は言い争いとなり、かっとなったタカダは思わず「嘘つくな!」とシラベの胸の辺りを両手で押し倒してしまいました。これ以上争うのは面倒だと思ったタカダは、逃げました。

シラベは怒って自転車でタカダを追いかけ、後ろから太い二の腕でいわゆるプロレスの“ラリアット”をかけ、タカダは前に転び顔面を強打。起き上がろうとしたところ、シラベが再びラリアットを決めようとこちらに向かってきました。

タカダはそれをかわして、シラベの腹部を側面から殴り、シラベは肋骨を骨折しました。

最後のタカダの行為が有罪だと思う人→10数人。無罪と思う人→10数人。
ここで5班に分かれ、大学院生も一人ずつ加わって15分間話し合いをし、その結果を発表してもらいました。
1班:「結論は分かれました。有罪の理由は、挑発行為をタカダがしたことで、骨折させたことも有罪になる。無罪の理由は、シラベ君が夜中にゴミを捨てたことが悪いのであり、タカダ君はシラベ君のせいで最初に押し倒さざるをえなかったと言えるから。」
2班:「無罪に近い有罪。理由は、きっかけが押し倒したことで、反撃は予想できた。ただ、1つ目のラリアットは予測できなかった。」
3班:「無罪。理由は、タカダが逃げているのにシラベがラリアットをするのは悪い。太い二の腕は凶器です。」
4班:「有罪。最後のタカダ君の行為は正当防衛的だが、最初に仕掛けたのはタカダ君だから。夜中に騒ぎを起こすのも近所迷惑だし。」
5班:「有罪。タカダ君がまず挑発しているから。」
北 :「他に意見はありますか?」
生徒14:「無罪にしましたが、最初のタカダ君の行為の認識の仕方がわかりません。感情的にやってしまったことで、そんなに悪いと思えないし、予測もできない。挑発とは言えないと思う。」
生徒15:「有罪。最初の行為があるから無罪ではないし、最後に殴ったのも正当防衛ではないから。」

〈まとめ〉

北 :「有罪か無罪かにつながる議論ができていました。この事件はラリアット事件と呼ばれ、最高裁判所判決は最初のタカダ君の行為がシラベ君の反撃を招いたとします。シラベ君のラリアットはタカダ君のパンチと同じぐらいの威力と考えました。みんなも最高裁と同じことを考えています。予測とかパンチの強さなど、少しでも事実の評価が変わると判決も変わります。一つの答えが決まっているのではなく、自分達で考えるものであることを学んでもらえれば幸いです。ルールの目的に沿う形で考えると、発展します。」

取材を終えて

 法科大学院の出張教室の意味は2つあります。1つは授業を受ける中学生達にとっての法教育、もうひとつは授業を行なう大学院生達の学びです。B組の生徒達は挙手はしなくても必ず意見を言ってくれて、グループ討論も活発でした。特に、議論を盛り上げるためにとりあえず多数意見とは反対の立場を表明する生徒がいたことは、討論を活発にする上で素晴らしいことだと大学院生も感心していました。また、「相手の行為が予測できるか」という立場で一貫して考えていた生徒がいたことも印象的でした。中学生でも大学生並みの議論ができるという授業者側の感想でした。
 法科大学院生にとっても、日頃判例集など文献で学んだことを中学生にいかにわかりやすく説明するか、興味を持って考えてもらうにはどうすればいいか、準備の段階から大切な勉強になっています。実際に授業してみて気づくこともあり、多くを学んだことでしょう。仲間が協力して一つのことをするのも、将来の法曹として良い訓練になるそうです。
 この授業は寸劇が使われていましたが、スローモーションでも目の前で実演してもらえるということは、大変迫力があると感じました。プリントを読むだけよりも一目でわかり、実感もあります。中学生もたちまち引き込まれているように見受けられました。授業の手法として興味深いと思います。

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