千葉県弁護士会 春休みジュニアロースクール②

 2010年3月20日(土)に行なわれた春休みジュニアロースクールの午後の部です。模擬裁判後半、被告人質問から裁判員役の中学生達の質問を中心にお伝えします。

〈被告人質問の概要〉

 弁護人は被告人に上着を脱いで逞しい筋肉を披露してもらい、「介護を一所懸命しているから」という言葉を引き出します。二人は公園にほぼ毎日散歩に行き、ヘルパーに週2回来てもらっていたそうです。被告人は妻が落ちたときはびっくりして動けず、今は妻が不憫だったと思うということでした。
 検察官はベンチに若い人(山本さん)がいたことに気づいたか尋ねますが、被告人は「そんな気もするが覚えていません。」と言います。トヨさんの認知症は5年前からで、コミュニケーションが取れなくなっていたそうです。子どもはおらず、甥夫婦が頼りですが、今はマレーシアに行っているそうです。被告人は妻の介護に疲れ、つい近所の人に「早く(あの世に)いってほしい」と愚痴をこぼすこともありましたが、今は後悔しているといいます。生命保険のことは契約がだいぶ前なので忘れていたそうです。自分が妻を危険な石段の方へ追い込んだのではないかと問われて、結果的にそうなったと思うと認めていました。

〈補充質問〉

裁判体1
ベンチに荷物を置いてジュースを取り出そうとしたとき、石段までの距離は?→被告人:「10メートルぐらいです。」
妻から目を離して気づくまでの時間は?→被告人:「5~6秒です。」

裁判体2
言い争いの内容は?→被告人:「いつものジュースなのに嫌がるなんてわがままだと言いました。」
前にも飲むのを拒まれたことは?→被告人:「あります。それで私もきつく言うときもありました。」

裁判体3
お金に困っていませんか?→被告人:「生活は楽ではありません。」
助けようとしたときはどちらの手でしたか?→被告人:「右手です。缶を落としたと思います。」
そのときトヨさんはどちらを向いていましたか?→被告人:「私の方です。」

裁判体4
徳吉さんに気づきましたか?→被告人:「妻が落ちてから気づきました。」

裁判体5
トヨさんと言い争いをしたのはどこですか?→被告人:「石段上中央の手すり付近です。」
徳吉さんと諍いはありますか?→被告人:「ありません。」

〈論告・求刑と弁論の後、評議に〉

 論告で、徳吉さんは被害者と知り合いだから意識的に目撃したと考えられ、その証言は信用できるとされました。一方、山本さんは他人に関心のない人なので、証言が信用できるか疑問と言われます。介護に疲れていた被告人には殺意が認められるとして懲役15年が求刑されました。

 弁論では、徳吉さんの証言は信用できないとされます。理由は石段上まで10メートルもあり、角度もあること。言い争いの声を聞いていないので、短時間しかその場に居合わせていないこと。歩きながらなのでよく見ていないと考えられることです。
 また、被告人には動機もないといいます。妻とずっと一緒に生活してきたし、生命保険は18年前に、妻自ら入ったからです。被告人は山本さんがいることに薄々気づいているのに、殺人をすると考えられるか疑問を投げかけます。「殺意」と「被害者を押した」ということがないと殺人罪ではないとし,最後に無罪推定の原則を強く主張して締めくくりました。

 裁判長が結審し、評議に入ることになります。それまで法廷に向き合う形になっていた裁判体の席を、グループ内で子どもが向き合う形に変え、議論が始まります。50分間の予定が10分延長されたほど、各グループ熱心に話し合ったようです。

〈判決〉

裁判体1
 無罪。
 徳吉さんは歩きながら見ていたので、しっかり見ていないし、手すりなど障害物もあったので、証言は信用できません。山本さんは被告人と同じ高さの場所から見ているし、声も聞いているから証言は信用できます。

裁判体2
 有罪。
 介護疲れでカッとなってやったと考えられます。山本さんはメールをしていて注目していたのではないから、証言に信憑性がありません。妻がジュースを嫌がっているのに、敢えて近づけるのはおかしいと思います。量刑は年数まで考えませんでしたが、保険金が目当てではないので、15年は長過ぎると思います。
 (司会者に少数意見も促されて)下から見ていて角度的に厳しい位置の証人より、近くにいた証人の方が信用できるとし、「疑わしきは被告人の利益に」の原則で、無罪とする人もいました。

裁判体3
 無罪。
 理由はまとまっていませんが、全員一致です。山本さんの証言は信用性があります。保険金目当てなら、介護に努力しないでしょう。

裁判体4
 無罪。
 山本さんは第三者だから(知り合いでないから)、信用できます。徳吉さんは歩きながら見ているのに、見たという内容が細か過ぎて不自然です。保険金目当てなら人気のない所で犯行をするはずです。山本さんも目は悪いけれど、被告人の犯行かどうかはっきりしないから、無罪になりました。

裁判体5
 無罪。
 保険金が始めからの目的ではないので、計画性がありません。5年も介護して急に殺すというのはおかしいでしょう。殺すつもりなら、わざわざジュースを持ってこないでしょう。精一杯助けようとしたと考えられます。山本さんには聞こえたのに、徳吉さんに二人の声が聞こえないのもおかしいし。どちらの証人からも、被告人の手元はよく見えなかったと考えられます。

 司会者が「聞いてみたいことなどありますか?」と促すと、ただ一つ有罪を出したグループに理由を尋ねた人もいました。理由は上記の通りでした。

〈主催者から講評〉

司会 鈴木大祐 弁護士
 補充質問の数が大変多く、積極的に知ろうという姿勢でよかったです。写真や図面、経済状況、視力など証言の信用性をチェックする項目がよく質問されており、理由付けもよく考えていました。有罪を出す場合も、検察官の言い分を全部認めなくても構いません。一部の動機だけでもいいので、裁判体2は有罪判決を出しましたが、検察官の言うことを鵜呑みにしていなくてよかったと思います。長時間集中力を切らさず、よく頑張りました。

安川秀穂 千葉県弁護士会 法教育委員長 
 保護者の方もメモを取って熱心にお聞きくださいましたが、ちなみに有罪の方は?(挙手なし。)無罪は?(多数挙手。)こんなに一方的になるとは、ちょっと予想外でした。殺人罪になるには計画性は必ずしも必要ではなく、結論は有罪・無罪どちらもあるものでした。意見や質問をする際には、人の話をよく聞いて理解することが大事であることを体験していただけたかと思います。
 次回のジュニアロースクールは8月1日の予定で、模擬裁判ではないことをしようと考えています。ご参加をお待ちしています。

〈取材を終えて〉

 これまでの法教育レポートで取材した模擬裁判は、生徒が演じるものばかりでした。今回、弁護士の先生方が演じる模擬裁判を見て、迫真の演技に圧倒されました。弁護士が演じる検察官の凄い迫力には、保護者の方々も楽しめたのではないでしょうか。休廷しては補充質問を考える方法も実際の裁判員裁判と同じ形で、1日たっぷり時間をかけた丁寧な模擬裁判に、見ている大人も学ぶことが多かったと思います。
子どもたちは最初は静かでしたが、しだいに沢山の質問が出され、疲れた様子もなく最後の判決言渡しをしてくれました。昨夏のジュニアロースクールに参加したリピーターの人もいて、「討論をするのが面白いから参加しました。昨夏の調停のときは相手に勝とうと頑張りましたが、裁判の方が難しいと思います。」と話してくれました。
 千葉県弁護士会のアンケートでは毎年模擬裁判の希望が多いので、当面はジュニアロースクールの2回に1回は模擬裁判をするそうです。準備時間の関係で子どもが演じる場合はシナリオ通りに読むだけになってしまいますが、それでは意見の幅が狭まるのではないかということと、臨場感を感じてもらいたいということで、弁護士の先生方が演じているそうです。自分達が弁護士役をやる際には、中学生のために考える余地を残すような質問をするといった注意をしているということでした。
 また夏休みのジュニアロースクールが楽しみです。

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