東京弁護士会ジュニアロースクール(Bコース)

 2010年7月22日(木)、23日(金)の2日間、弁護士会館で東京弁護士会法教育センターの夏休みジュニアロースクールが行なわれました。A~Eコースのうち、小学5~6年生向けBコースの模様をお伝えします。小学生の模擬裁判をレポートするのは初めてですので、主催者側の工夫や子ども達の反応に注目してみたいと思います。

Bコース 模擬裁判の概要

9:00~12:00 弁護士会館5階会議室
参加者 小学5~6年生の男子8名、女子5名 保護者及び年少のきょうだいが傍聴

東京弁護士会ジュニアロースクールでは、これまで中学生を対象に模擬裁判を行なっていましたが、今年は初めて小学生対象のコースも設けられました。参加者には事前に「名探偵コナン特別編7」(青山剛昌作、小学館)が配られ、裁判の題材となる事件の漫画を読んでくることになっています。
被告人役と裁判長役は弁護士が行ないますが、検察官・弁護人・裁判官役は子ども達の希望にもとづいて割り振られます。検察官・弁護人・裁判官役の3つのグループには、それぞれ弁護士がアドバイザーとして加わります。

〈漫画の要旨〉

 国会議員秘書の海島さんは、選挙の不正を写真に撮られ、そのネガをねたにおじいさんから2年間にわたって2000万円を脅し取られていました。おじいさんがさらに3000万円を要求してきたので、これ以上お金を渡せないと考えた海島さんは、写真のネガを取り戻そうと、おじいさんの豪邸に行きました。家に一人でいたおじいさんを椅子にロープで縛りつけると、おじいさんは心臓発作を起こして苦しみ、引き出しにある心臓の薬を渡してくれるように頼みました。海島さんは薬を手に持ったまま、「ネガのありかを教えれば薬を渡す。」と言ってありかを聞きだそうとしましたが、おじいさんはそれを拒否したまま亡くなってしまいました。家の人が帰ってきた物音に慌てた海島さんは、家に放火して逃げ出しました。

〈グループ分けの準備は紙芝居風に〉

司会:「皆さん、コナンの漫画を読んできましたか?コナンが突き止めた犯人が、その後どのように処罰されていくかを一緒に体験していただきたいと思います。犯人を突き止めた後、どんな手続きを経て裁判が始まるか、見てください。」
①犯人が警察官に逮捕されている絵を見ながら。
 まず、逮捕されるところです。警察官が放火と殺人の罪で逮捕すると言います。
 犯人:「待ってください。弁護士に連絡を取らせてください。」
②逮捕された人が検察官と話をしている絵。
 逮捕後、裁判のために検察官のもとで取調べを受けます。
③逮捕された人がガラス越しに弁護士と話している絵。
 逮捕された人は弁護士との打ち合わせをします。
 弁護士:「殺意はなかったことをしっかりと主張しましょう。」

司会:「テレビでも見たことがあるかもしれませんが、検察官・弁護人・裁判官の役割を考えてください。犯人の海島は心臓発作で苦しんでいるおじいさんに薬を渡さず、家に火をつけましたが、海島は殺人罪か、重過失致死罪かが最大の問題点です。皆さん、犯人に殺意があったか考えてください。」
検察官役弁護士:「検察官はおじいさんに対する殺意があったと考えます。検察官は本当のことを明らかにする正義の味方です。」
弁護人役弁護士:「罪を犯していないのに犯したと疑われている人の権利を守るのが弁護士の仕事です。海島さんは、殺人罪になると死刑の可能性もある重い罪になってしまうので、しっかり守ってあげたいと思います。弁護士こそ正義の味方です。」
裁判官役弁護士:「裁判官は中立の立場で、逮捕された人が本当に罪を犯したのか犯していないのか、罪を犯したのなら刑はどうするかを決めます。裁判官こそ正義の味方です。」
検察官役:「海島には殺意があります。おじいさんを椅子に縛りつけ、苦しんでいるのに薬をあげませんでした。」
弁護人役:「海島さんは殺すつもりはなかったと言っています。写真のネガは奪うつもりだけれど、殺そうとは思っていなかったのです。」
裁判官役:「殺意のある無しが問われます。皆さんの意見はどうですか?」

検察官になりたい人 4名(男子3名、女子1名)
弁護人になりたい人 4名(男子2名、女子2名)
裁判官になりたい人 5名(男子3名、女子2名)

〈グループ毎に打ち合わせ〉

司会:「偶然ですが、理想的な人数に分かれました。では、資料を持ってグループ毎に集まってください。担当弁護士と話し合って、9時半から裁判を開始します。」
検察官グループ
 「脅すだけでも罪になるけれど、それは考えないで。」とアドバイスを受けていました。
 被告人への質問のシナリオを見ながら、さらに追加の質問を考えます。
弁護人グループ
 「逮捕後すぐに、殺すつもりはなかったと言っているから信用できる。」という意見が出ました。「もとはと言えば、選挙のとき不正をした海島が悪い。」という意見には、「殺人罪のところだけ、何とかしてあげましょう。」とアドバイスされました。
裁判官グループ
 今の段階で殺意のあるなしをどう思うか、意見を聞かれました。殺意があったと思う人3名、なかったと思う人1名、わからない人1名でした。法服を貸してもらいます。

〈裁判はシナリオを分担して読む〉

 冒頭陳述を各役割に沿って弁護士が行なった後、子ども達が被告人に対する質問のシナリオを分担して読みました。被告人役がそれぞれの質問に答え、15分ほどで一旦休廷。作戦タイムに入ります。

〈作戦タイム〉

弁護人グループ
 担当弁護士が、「海島さんはおじいさんが生きていたほうがいいと思っていたか?」「薬をあげる準備はできていたか?」を聞くと、裁判官はどう思うか、裁判官に殺すつもりはなかったと思ってもらえるように、とアドバイスしていました。
検察官グループ
 男子から「海島がライターを持っていたのはなぜか?」という疑問が出されていました。担当弁護士は、「海島がタバコを吸うのか聞くといいですね。裁判官に、ライターを持っていたのは偶然ではない、と思ってもらえるといいです。」とアドバイスしました。他にも、「殺人をしたなら逃げるけれど、重過失致死なら逃げる必要がない。逃げたのはおかしい。」という疑問もありました。
裁判官グループ
 裁判が始まる前の5人の意見を聞いたところ、殺意があったと思う人は3人、ないと思う人は1人、わからない人が1人でした。被告人への質問が終わった段階で、「殺意があった」から「なかった」へ変わった人が1人、「わからない」から「殺意があった」へ変わった人が1人いました。

〈補充の被告人質問〉

弁護人グループ
「おじいさんの心臓病の重さを知っていましたか?」→海島:「いいえ。」
「なぜおじいさんの家にいきなり押し入ったのですか?」→海島:「押し入ったわけではなく、3000万円のことで家に行き、中で話そうということになりました。」
「ネガのありかを聞いたら、おじいさんを助けようと思いましたか?」→海島:「はい、薬を手に持っていました。まさか亡くなるまでありかを教えてもらえないとは思っていませんでした。」

検察官グループ
「おじいさんが苦しんでいるのを見て、救急車を呼ぶことは考えなかったのですか?」→海島:「考えませんでした。自分がなぜそこにいるかと聞かれたら、不正のことも話さなければいけなくなる、すると議員にも迷惑がかかるからです。」
「ロープはいつも持ち歩いているのですか?」→海島:「いいえ、準備しました。」
「なぜライターを持っていたのですか?」→海島:(言葉に詰まってから)「秘書なので、議員のタバコに火をつけてあげることもあるので、持っています。」
「その後に議員に会う予定だったのですか?」→海島:「予定はありませんでしたが、呼ばれればすぐ行けるようにしています。」
「政治的な賄賂の問題と、殺人罪や重過失致死罪に問われるのでは重さが違うと思いますが、どちらがいいと思いますか?」→海島:「殺すつもりはなかったので、どちらともお答えできません。」
「なぜ家に火をつけたのですか?」→海島:「今思うと、火までつけることはなかったと思いますが、当時は証拠がなくなればいいということと逃げることで頭が一杯で、火をつけてしまいました。」
「おじいさんを縛って脅しているとき笑っていますが、殺意が顔に出ています。」→海島:「それは漫画の中ですか、私の先ほどの顔ですか?(笑い)漫画では歯が見えているだけで、笑ってはいません。」

裁判官グループ
「放火する予定はあったのですか?」→海島:「いいえ。その場で思いつきました。」
「おじいさんが心臓発作を起こしたとき、どんな気持ちでしたか?」→海島:「ようやくネガのありかを教えてもらえるチャンスだと思いました。」

〈論告・弁論〉

論告:「拷問まがいの脅しをし、口封じに殺す必要がありました。ネガを取り戻せなくても、おじいさんが死ねばネガのありかは誰にもわからなくなるので、おじいさんが死ねばいいと思ったと考えられます。殺人罪で、懲役25年を求刑します。」
弁論:「普通の人ならネガよりも自分の命を大事にするので、海島さんは不注意だっただけです。おじいさんも大金をゆすり取ろうとする悪い点があるので、寛大な判決をお願いします。」

〈裁判官グループが別室で検討中、保護者の感想〉

司会:「現住建造物放火は死刑もある重い罪ですが、保護者の方は殺意の有無をどう思われますか?」
殺意があったと思う人→3人
「お金をゆすられている時点で、おじいさんを憎いと思っていたと言っていたから。」
「被告人は学歴も高いし、議員には高齢者も多いから、どのぐらい苦しんでいれば死に至るか認識はあると思います。ロープの準備もしていたし。」
殺意がなかったと思う人→4人
 「心臓発作=死が当たり前という認識には疑問があり、必ずしもそうは言えないと思います。」
司会:「ライターを持っていた理由に目をつけたのは、鋭かったですね。」
被告人役:「そうですね。漫画の中にライターのことは出てこないので、とっさに考えました。」
司会:「タバコを吸いますかと聞かなかったのがよかったですね。」
検察官グループ:「最初そう聞こうかと思ったのですが、吸うと言われると困るのでやめました。」

〈判決〉

 合議は3:2に分かれました。被告人を殺人罪で懲役15年に処します。理由は、おじいさんが重い心臓病であることを知っており、死んでしまっても構わないと思っていたと言えるからです。犯行態様も悪質ですが、おじいさんにも悪い点があることを考慮しました。

子ども達の感想

裁判官グループ
 「中立の立場で判断するのはとても難しい。」という意見が多数でした。「裁判官の立場が一番難しいと思う。」という人もいました。

検察官グループ
 「証拠を見つけるのは大変で、いろいろなところを見ないといけないと思いました。」担当弁護士からは、「作戦タイムで出た質問をそのまま出すことができ、即席で考えたとは思えない充実した内容でした。」と褒めてもらいました。

弁護人グループ
 「確実な無罪の証拠を見つけ、弁護するのは大変でした。」「大事な証拠のポイントをつかむのが難しいと思いました。」という感想が多くでました。

主催者から感想

司会:「これまでの中学生対象のコースでは、2:1で検察官希望が多かったのですが、今回は弁護人希望者も同数でよかったと思います。裁判官も奇数になってよかったです。小学生ということで、今日初めて出会った人たちがうまくできるか心配でしたが、素晴らしかったです。」
裁判長役:「小学生なのに議論も白熱し、よくやったと思います。楽しかったです。」
検察官役担当:「事実を見る力、自分の考えをまとめて意見として発表する力があります。ライターのことに気づくのは凄いです。自分も勉強になりました。」
弁護人役担当:「小学生でもちゃんとできるので、驚きました。」
被告人役:「過去2回とも被告人を演じ、2回とも有罪でした。私の表情のせいでこんな結果になり、残念です。(笑い)皆さん、自分の伝えたいことをどうしたらうまく伝えられるか、考えてくれました。今日の経験が、自分の考えをうまく伝えることに役立ってくれるよう願っています。いろいろなメニューを用意していますので、来年もまた参加してください。」

取材を終えて

 犯人の表情に悪意を読み取るなど、子どもらしい発想がユニークでした。そののびのびした感性がもっともよく表れたのが、「なぜライターを持っていたのか」に気づいたことでしょう。主催者の感想にもありますように、小学5・6年生でもちゃんと模擬裁判ができることを示してくれて、素晴らしい機会でした。傍聴していた保護者の方も熱心で、お子さんと貴重な経験を共有されたことでしょう。千葉大学教育学部の学生さんも傍聴しており、将来学校の先生として今回の経験を活かしたいと話されました。大人と子どもが一緒に学ぶ、意義深い取り組みでした。

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