県立千葉高等学校卒業生 模擬裁判授業関係者座談会
今年度初めのレポートで、県立千葉高等学校の模擬裁判授業を取り上げましたが、模擬裁判当事者の感想はどのようなものでしょうか。千葉高校の模擬裁判授業に生徒として、また学生アドバイザーとして参加した男女5人の卒業生による座談会が、2010年7月6日(火)16:00から開かれました。企画されたのは、東京大学教授で法教育も研究しておられる大村敦志先生です。レストランで行なわれた座談会にお邪魔しました。
出席者プロフィール
在校時、模擬裁判授業を経験
A子さん 2006年度高校入学、現在は中央大学法学部1年生
B男さん 2006年度高校入学、現在は早稲田大学政治経済学部1年生
学生アドバイザー経験
C子さん 2000年度高校入学、慶応大学ロースクール修了
D男さん 2000年度高校入学、早稲田大学ロースクール3年生
E男さん 2000年度高校入学、東京大学ロースクール修了
千葉高校の模擬裁判授業は2007年度から
E男:「私は2007年度に始まった模擬裁判授業からお手伝いしています。A子さんとB男君はそのときの生徒です。C子さんとD男君は私と同級生で、メーリングリストで手伝える人を募集して、応じてくれた人に頼んだということです。クラスの割り振りは政治経済担当の藤井剛先生と相談します。」
〈授業の準備は〉
教授:「生徒は事前準備をしていますか?」
A子:「裁判官と裁判員役の9人と検察官・弁護人・被告人・証人役6人を合わせた15人はシナリオを持っていますが、その他の生徒は傍聴人役で、何も準備しません。」
E男:「シナリオは法務省作成の強盗傷害事件で、証人尋問、被告人質問と論告求刑・最終弁論のところだけ変えていいことになっています。」
A子:「15人は政経の授業時間に立候補で決まります。本番の2~3週間前ぐらいです。」
教授:「1クラスは何人ですか?」
A子:「40人です。私は被告人役をしました。」
教授:「被告人と弁護人は相談しますか?」
A子:「はい。検察官と証人も相談します。相談は休み時間にします。当日の評議では、裁判官と裁判員役の9人はそのままのグループで評議します。それ以外の役者は傍聴人と一緒にグループ分けされて、評議をします。」
〈授業後は〉
教授:「授業後に反省会などはありますか?」
D男:「レポートを書いています。アンケートもありますよね。」
B男:「そのアンケートの中で、アドバイスが強力過ぎるのではないかという不満があることがわかりました。自分のグループでは、議論の流れを一方的に決めるアドバイスには、誘導されまいと反発していました。」
D男:「アンケートを見せてもらいましたが、アドバイスが適切だったというものと、アドバイザーに対してもう少し自由に議論させてほしいという要望、時間が足りないという声もありました。初年度はグループごとの評価シートもありましたね。」
A子:「藤井先生は、結構アドバイスに流されるね、という評価をされました。」
B男:「最優秀班に選ばれた班の選考理由は誘導されなかったから、というものでした。」
〈グループの意見のまとめ方〉
教授:「最後のまとめはどうやって?」
B男:「グループ分けのとき、議長を1人決めているので、その人がします。」
E男:「なるべく生徒達にまとめさせて、判決の書き方だけ少しアドバイスしました。」
C子:「最初に有罪か無罪か心証を聞いておいて、最後にそれが変わったか聞きました。」
B男:「基本的には多数決で決まります。議論が止まったときはアドバイスしてくれて、議論中は黙っているアドバイザーが歓迎されます。」
〈アドバイザーのスタンス〉
D男:「個性が出ますね。僕は「じっと耐えるよね。」と藤井先生に言われました。沈黙が続いたり、議論が混乱したときだけ整理するようにしました。」
C子:「なるべく全員に、なるべく沢山議論をしてもらうという姿勢でした。黙っている人には意見を聞いたり。1つの証拠だけに時間がかかっているときは、他へも目を向けるように振ったりしました。自分の意見は控えました。」
E男:「議論ができるだけタイになるように、配慮しましたが、アドバイスが誘導だったらどうしようと思いました。これを言うと反論ができないと思うとためらわれて、その線引きは3年にわたって関わっても、わかりませんでした。」
D男:「僕も、バランスをとるように、弱い側をちょっと盛り立てたりしました。沈黙が多いグループは、何か言うとその議論しかしなくなるので気を遣いました。一度、「無罪推定の原則」をぽろっと言ったら、そっちの方へ議論が行ってしまって。それでアドバイスをする立場が、ちょっと怖くなりました。」
〈生徒の感想は〉
A子:「被告人席に立ったとき、一気にみんなの視線を感じて、責められていると感じました。こんなに責められているんだとわかり、弁護人しか自分の味方がいないと思いました。それで、弁護士の仕事って素晴らしいと思いました。」
教授:「グループで話し合うことで、理解は深まりましたか?」
A子:「はい。自分も話すし、人の話も聞いて、楽しかったです。」
B男:「自分達の班はうるさい奴ばかりで、ゲームだからかなり極端な議論までいきました。凄くいい経験で、新聞を見ても裁判の記事に目がいくようになりました。」
教授:「将来、裁判員になることがあるかもしれないけれども、授業をどう思いますか?」
A子:「模擬裁判を一回経験していると、行きやすいと思います。法学部に入ったのも、模擬裁判の体験のお蔭で、将来弁護士になりたいと思います。」
B男:「自分の周りには法曹志望がやたらに多いです。ロースクールへの関心もあります。」
〈ディベートとの違いにもどかしさも〉
教授:「シナリオはおそらく流動的に作ってあって、その場の状況で動くようになっていると思いますが、どこかに正解があるという気がしますか?」
B男:「そうですね。」
A子:「自分達だけではわかりきっていないという感じで、だからアドバイザーの指摘する証拠に乗っかってしまいました。ディベートの授業のときは自分で調べますから自分の主張ができますが、模擬裁判は事実が把握しきれないので、ディベートのように主張できません。」
B男:「ディベートでは自分の班は72時間、調べました。平均でも24時間、授業以外に調べるために費やしますから、自分の言うことに自信が持てます。模擬裁判では、判例は?量刑は?と聞いた人が多かった。聞きたい気持ちはありますね。」
〈実際の裁判だったら?〉
B男:「実際の裁判員裁判で責任を感じる立場になったら、自分の一票で決まるのを怖れる人がいると思います。被告人の将来に対する責任を一市民として背負えないから、プロの裁判官に同調的な行動をとってしまうでしょう。だから自分は一般人が裁判に入るべきでないという考えです。アンケートで、裁判員裁判を批判したのもありました。」
C子:「授業のときも、できるだけ自分の意見で決まってほしくない、という感じのグループもありました。」
〈学生アドバイザーにとっての模擬裁判〉
教授:「お手伝いした経験は、自分の学習上、どのように役に立つと感じますか?」
E男:「一般の方に法律用語を説明するのは難しいと感じました。「合理的な疑いのない」とはどういうことか、自分がわかっていないということがわかったりしました。事例で説明しようとすると変な方向に行ってしまうこともあるし。」
C子:「いつから自分はわかるようになったんでしょうね。法律用語が当たり前と思っていることが、不思議です。」
D男:「高校生でもいろいろな考え方があるとわかりました。事実の評価がぶつかり合って結論が出てくるのが面白いです。感覚の多様さがあり、高校生でもこういうことができるとわかりました。」
E男:「一つ不思議だったのは、模擬裁判中にメモを取っている生徒がいないことです。なぜですか?」
B男:「これから何が始まるか、話がどう進むのかわからないからです。ディベートのときも、最初は速過ぎてメモを取れなかったです。」
教授:「もう1回したら、いいレベルになると思いますか?」
B男:「はい。」
〈市民感覚について〉
去る6月24に日本弁護士連合会が主催した「裁判員経験者の声を聴くパネルトーク」の中で、「裁判ではその1回の犯罪を裁くのか、それともその人を裁くのか」という疑問を提示した裁判員経験者の声がありました。事件は帰宅途中の女子高校生に対するわいせつ致傷で、その事件の前にも起訴に至っていない事件を2つおこしているということでした。市民感覚ではこのような事件の場合、「その1回だけでなく、その人を裁きたい感覚がある。」という裁判員経験者の声をどう思うか、お尋ねしてみました。
A子:「私もその人を裁く方になりそうです。」
B男:「自分も、それはまたやるかもしれないから厳しくしないと、と思います。」
E男:「人を裁くのではなく、その1回の事件を裁いてくださいという裁判官の意見はわかります。起訴されていない事件というのは、本当かどうかわからないということだと思います。」
C子:「私もそう思います。ただ最近、市民感覚に合わせて法律を広げていく方がいいのか、わからなくなっているような気がします。」
D男:「私の中には両方の感覚がある気がしますが、事件について考えるときは頭を切り替えて(法律家の感覚で)考えています。」
法曹志望の大学1年生の意見と、法科大学院修了の人達の意見がきれいに分かれましたが、その違いはいつ頃できるのでしょう。
C子:「法学部1~2年生の授業を通してだと思います。」
E男:「法学部に入って法曹志望を固めるにつれ、3年生ぐらいになるにしたがってだと思います。」
取材を終えて
模擬裁判授業にもいろいろなバリエーションがありますが、県立千葉高校の模擬裁判は、授業関係者に様々なことを考えさせる意味があることがわかりました。
生徒として授業に参加した人には、被告人の立場を実感できて、法曹を目指そうという気持ちが生まれることもあります。法曹を志望する学生アドバイザーにとっては、法律用語を素人に説明する難しさ、アドバイスする立場の怖さなど、法学部や法科大学院の講義では経験できない貴重な体験となるようです。
市民感覚と法律家の感覚の違いがどのように形成されるかも、興味深い点でしょう。
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