高校生模擬裁判選手権への道 その3(大会当日)

―第4回高校生模擬裁判選手権 関東大会 当日―

 2010年8月7日(土)、日本弁護士連合会主催、最高裁・法務省共催による第4回高校生模擬裁判選手権が全国4ヵ所(関東、関西、四国、九州)で同時開催されました。
関東大会は9:40~17:00、霞ヶ関の弁護士会館および東京地方裁判所を会場に行なわれました。
 報告その1その2で見てきた初出場の千葉県立東葛飾高等学校はどう対戦したでしょうか。東葛飾高校以外の7校は去年も参加した高校です。

模擬裁判題材の公訴事実、罪名及び罰条

 検察官は、被告人里見達彦さんが以下の罪を犯したと主張しています。

被告人は、平成19年10月18日午後8時頃から同日午後8時30分頃までの間に、甲県A市青島のビル1階所在の飲食店「あさがお亭」青島店付近歩道上において、酒によってその場に横たわっていた古川誠(当時39歳)に対し、その顔面を手で数回殴打し、その腹部を足で数回踏みつける暴行を加え、もって、同人に小腸腸間膜破裂の傷害を負わせ、同月19日午前1時40分頃、同市緑川の緑川総合病院において、同人を小腸腸間膜破裂による腹腔内出血に基づく出血性ショックにより死亡させたものである。
罪名及び罰条 傷害致死 刑法205条

 

証拠

今回の裁判では、以下の証拠書類が採用されて取り調べられます。
①被告人・被害者の当日の事件行動についての捜査報告書
②事件現場の実況見分調書
③争いのない証拠書類の内容が記載された「合意書面」
④事件現場付近の居酒屋店員の供述調書
 また、法廷では証人尋問(証人:和田啓一さん)と被告人質問が行なわれます。

                     (当日配布された試合概要のプリントより)

対戦組み合わせ

 当日、JR線のトラブルの影響で、山梨学院大学附属高等学校が第1試合に間に合わないという不運に見舞われ、急遽、他の7校の希望者及び被告人役の弁護士による混成チームが編成されました。第1試合は混成チームが弁護側と決められて、それ以外をくじ引きで組み合わせ決定をしました。第2試合は第1試合の組み合わせにより、主催者が組み合わせを決めました。

第1試合10:30~12:20 第2試合13:20~15:10
検察側 弁護側 検察側 弁護側
101号法廷 東京都立西高等学校 日本学園高等学校 山梨学院大学附属高等学校 早稲田大学高等学院
102号法廷 早稲田大学本庄高等学院 混成チーム 公文国際学園高等部 千葉県立東葛飾高等学校
103号法廷 早稲田大学高等学院 公文国際学園高等部 湘南白百合学園高等学校 東京都立西高等学校
104号法廷 千葉県立東葛飾高等学校 湘南白百合学園高等学校 日本学園高等学校 早稲田大学本庄高等学院

審査員

 各法廷、裁判長を含め7名ずつ。

第1試合

 104号法廷は検察側に初出場の千葉県立東葛飾高等学校(千葉)、弁護側は3連覇中の強豪、湘南白百合学園高等学校(神奈川)の対戦となりました。裁判員裁判用の法廷なので、裁判官席が9つあり、空いている2つの席には傍聴者から希望する人を募り着席してもらいました。東葛飾高校のプレゼンは練習の紅白戦に比べてどうなったかに注目してみましょう。

①冒頭陳述
検察側は、はじめに裁判官にプリントを1枚ずつ配りました。「事件の流れと暴行の概要を紙に書いてあります。参考にしてください。ポイントは証拠により犯行を裏付けることができることと、被告人が犯行を隠蔽しようとしたことです。」(…紅白戦時はまだプリントができていませんでした。)
弁護側は大きな紙に内容をまとめて裁判官席に向け提示するとともに、傍聴席に向けても同様に紙を見せていました。「古川さんが里見さんに絡んでいたこと、古川さんは第三者に暴行された可能性があること」を主張しました。

②検察官請求証人尋問
 検察官役の3年生は、紅白戦でアドバイスされた「場面をわかりやすく質問すること」ができていました。と思っていたら、異議が出て「重複質問です。」と言われてしまいました。裁判長が「同じような質問を繰り返さないように。」と言いました。それほど同じような質問には思えませんでしたが、難しいところです。
 気を取り直して尋問を進める検察官役、「(被告人が事件現場に自分の人相書きなどの看板がないことを知って)なぜ安堵の表情をしたと思いますか?」と聞いたとき、また異議が出ました。裁判長から「思うこと」を聞かないようにと言われました。尋問の終わりには、「以上です。」も忘れず、落ち着いていました。
 さて、いよいよ弁護側から反対尋問があります。紅白戦と違って尋問してくるのは対戦校の弁護人役です。証人役の生徒の頑張りどころ、検察側は自分達の証人を守りたいところです。証人役は少し声が小さいようでしたが、のらりくらりと言葉数少なく切り抜けたようです。

③被告人質問
 湘南白百合学園の被告人役は、あさがお亭を出た後運転したのは誰か、ひまわり亭で何を飲んだか、トイレに入ったかどうかも、「覚えていない」を連発しました。コンビニで古川さんに声をかけたが応答がなかった後、どうしたか聞かれると言葉に詰まっていました。味方同士なので弁護人役が助けたところを、東葛飾高校が異議を申し立て、誘導が認められました。その後も異議が認められたり、認められない場面もありました。
 検察側の反対質問にも、被告人役は「覚えていない」を繰り出します。そこで検察官役、「証拠の見取り図には古川さんが倒れていた場所が示してある」ことを指摘しました。途中、検察官役の態度が威嚇的という異議が出て、裁判長に「ここは質問の場ですから」と注意されてしまいました。次の検察官役にバトンタッチし、「なぜ覚えていないのに、あさがお亭を事件現場だと思ったのですか?コンビニエースだとは思わなかったのですか?」と鋭い質問が出ました。紅白戦ではなかった質問です。5日間にいろいろ想定して、考えておいたのでしょうか。

④論告・弁論
 論告では、被告人が覚えていないのにあさがお亭を現場だと思う点を指摘し、被告人の供述の不自然さを指摘しました。
弁論は、物証では犯人を特定できないこと、第三者の犯行の可能性、和田さんの証言が一貫していないこと、里見さんには古川さんを死に至るほど暴行する動機がないこと、目撃情報もないことなどを主張しました。

第2試合

 102号法廷の検察側は公文国際学院高等部(神奈川)、弁護側が千葉県立東葛飾高等学校です。これも、東葛飾高校の弁護人チームに注目してみます。

①冒頭陳述
 検察側は裁判官と傍聴席に向けパネルを掲げて説明しました。パネルには、「踏みつける」と「腸間膜破裂」の間に矢印があり、暴行と書いてありました。強調したい点は、凶器「サンダル」とあざのことでした。
弁護側は、「車に乗せるまでの行動と仲のいい友人関係、検察側の主張は合理的かという3点を踏まえて聞いてください。」と主張しました。3点目は紅白戦ではなかった主張です。

②検察官請求証人尋問
 証人役は主尋問で、警察の3回の事情聴取の間に供述を変えたのは、「最初、里見さんをかばっていたけれど、被害者遺族がお葬式で悲しむのを見て後ろめたくなったから。」と言って泣き出しました。演技力に驚かされます。
弁護側の反対尋問が始まり、弁護人が被告人のそばに出てくると、すかさず「威圧的です。」と異議が出ましたが、裁判長が「威圧的にならないようにしてください。」と言ってくれて、認めてもらいました。弁護人役は証人役に、「前を向いて、簡潔に答えてください。」と言いました。どういう意図があるのでしょう?やり取りを聞いていくうちに、証人役は「はい」か「いいえ」で答えられる質問に、理由もつけることが多く、それを検察官役がさえぎる形が続くようになりました。「証人の発言をさえぎるのはよくない。」と言う異議が出ましたが、認められませんでした。これは紅白戦では予想もしなかった展開です。「簡潔に答えてください。」という注意には、こうなる読みがあったのでしょうか。そして証人の証言が変遷していて、信用性が低いと感じさせる効果もあったように感じます。

③被告人質問
 東葛飾高校は紅白戦時よりずっとポイントが絞れました。まず、被告人の記憶があるのは、1つめが「あさがお亭で会計をした後、古川さんが酔って絡んでくるのをなだめようとして、手を叩かれたり右足を踏まれたりしたこと」。2つめが「路上で寝ている古川さんを起こそうとしたあと、起きなかったので抱えて車に乗せたこと」です。実演は裁判長に促され、被害者役を急遽設けることができ、紅白戦時より真に迫れました。3つ目はコンビニで古川さんの顔のあざに気づき、「自分の右手や右足の痛みから、自分が古川さんを殴ったり蹴ったりしたのかと勘違いしてしまった」としたことです。救急車を呼ばなかったのは、パニックになっていたからとしました。
 さて、被告人役の見せ場、反対質問にはどう答えるでしょう。「なぜあさがお亭の周辺だけ目撃情報の看板などがないか調べたのですか?」という問いには、「仕事で行くから。」と答えたようでした。(声が小さくてよく聞き取れませんでした。)「なぜ自分で調べないのですか?」には黙秘しました。「病院へ連れて行くよう和田さんに言われて、行ったのですか?」という質問に「はい。」と答えてしまいましたが、これは和田さんと合流した後のことと勘違いして答えたようです。弁護人役が再質問でカバーしました。本番では、予想外のことが起きるのがわかります。

④論告・弁論
 論告では根拠が2つあるということです。シャツの足跡は蹴ったこととは矛盾しないこと、証人の証言は信用できるが、被告人の行動や証言は不可解で、証人を口止めしようとしたことが挙げられました。最後に、「第三者が古川さんを踏みつけたとしたら、大通りで午後8時前の人通りの多い時間なのに誰も見ていないのはおかしい。」と締めくくられました。
 弁論ではポイントを3つに絞りました。特に迫力があったのは、裁判官を見ながら論告の最後の部分を引用し、「誰も見ていないということは、里見さんが古川さんを踏みつけたのを見たという目撃者もいないことになる。」と言ったときでした。紅白戦時の「論告を取り込んでやれるといい」というアドバイスを活かして、見事でした。証人の証言については、「時間が経過した後の証言は、忘れた記憶が補足されている。」と信用性の低さを指摘しました。

閉会式

①講評から
 4つの法廷毎に審査員が講評をしました。その中から東葛飾高校の部分を見てみましょう。まず104号法廷で行なわれた第1試合については、「初出場なのに落ち着いていて、裁判らしさを忠実に再現していた。」と言われました。「どの学校も、膨大な資料を精査していて素晴らしい。プレゼンに工夫をしているのは裁判員裁判を意識しているからで、新しさを感じる。」ということでした。
 102号法廷の第2試合については、東葛飾高校の弁論は下を見ずに(手に持ったメモを見ないで)裁判官を見て述べた点を「難しいことです。」と評価されました。この法廷の第1試合では、弁護側混成チームの弁論を東葛飾高校の生徒が担当しました。突然の混成チームなので、大変さを推し測る言葉が聞かれ、その生徒の弁論もよかったと評価されていました。

②表彰
 今回、突然の編成となった混成チームに敬意を表し、公文国際学園高等部の1名、日本学園高等学校の2名、東葛飾高校の1名に特別賞が贈られました。被告人役を務めた弁護士からは、「ほとんど検察チームの人達が急遽、弁護人チームになりました。その勇気に敬意を表します。」という言葉をもらいました。

優勝  湘南白百合学園高等学校
     お世話になった先生方、皆様方に感謝しています。
準優勝 早稲田大学高等学院
     私は1年生からずっとやってきて、今3年生でやっと結果が残せて嬉しいです。一緒に頑張ったみんなのお蔭です。

③参加校感想
公文国際学園高等部
 悔しいけれどいい経験になりました。他の高校もみんな努力したのだと思います。
東葛飾高等学校
 初出場でみんな緊張しました。他校の熱意を感じました。1年生が多いので、来年にぜひつなげたいと思います。
西高等学校
 1年生ばかりで、準備のとき集まりが悪く、大変でした。悔しいです。来年もみんなで出ようね。
日本学園高等学校
 結果はともかく、仲間と力を尽くして模擬裁判をすることができて幸せです。
山梨学院大学附属高等学校
 1つのことを頑張ってやれて、いい思い出になりました。3年生なので、不可抗力とはいえ弁護人チームは出場できなくて、大変残念でした。
早稲田大学本庄高等学院
 私は3年生ですが、1・2年生が頑張っていて見習わないといけないと思いました。

④額田みさ子 日本弁護士連合会「市民のための法教育委員会」副委員長挨拶
 高校生の熱い気持ちが遺憾なく発揮されました。アンケートに、「シナリオはどのようなものですか?」という質問がありましたが、シナリオといえるものはありません。生徒が事実をいろいろな角度から考えて、主張を自分達で作っています。それが社会を生きていく力につながっていくことを期待しています。

取材を終えて

 本番まで3回にわたり初出場校のレポートをしてきましたが、最後の5日間で主張したいポイントをまとめ、効果的な質問・主張を考えるという作業が格段に進んだと感じられました。対戦した白百合学園高校も公文国際大学高等部も、やはり前日に台本が完成したとのことで、どの学校もぎりぎりまで検討を重ねいいものをつくり上げる努力を惜しみませんでした。
 この後、東葛飾高校は夏休みの終わりに反省会を開く予定ということです。今回の参加が伝統を創る第一歩となるよう期待します。

高校生模擬裁判選手権への道 番外編へ続く

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