東京都立小岩高等学校 現代社会授業「24時間働けますか」

 2010年10月14日(木)11:40~12:30、東京都立小岩高等学校3年生の現代社会授業(必修)を見せていただきました。
 担当は今年の法と教育学会の高校分科会で報告をされた渥美利文先生です。労働契約を通し、契約自由の原則とその例外を考える4時間の授業の1時間目をお伝えします。

東京都立小岩高等学校のプロフィール

 1962年に現在地に設置。1963年4月、開校。バドミントン部について東京アスリート育成推進校に指定され、国際理解教育にも力を入れています。土曜講習、長期休業中の講習など進路指導を充実させ、4年制大学進学率が上昇傾向で、昨年度は50%近くになっています。就職者は15名でした。位置はJR新小岩駅から東へ徒歩約20分。駅前の繁華街を抜けると、高校の隣は住宅地の中に珍しくなった農地が広がり、区立小学校や中学校が点在する環境です。

生徒数 (平成22年度学校要覧より 平成22年5月1日現在)

学級数 男子 女子
1年 8 153 168 321
2年 7 143 137 280
3年 7 129 139 268
22 425 444 869

 

授業

3年5組 36名(男子22名、女子14名 理系・総合系クラス)
教科:現代社会  単元:「経済活動を支える私法の基本的な考え方及び雇用・労働問題」
テーマ:「24時間働けますか」 担当:渥美利文 教諭

〈導入―経済の授業の中における単元の位置づけ〉

先生:「今まで経済の授業で、1970年の「万博」と地球温暖化を取り上げました。これは先生個人の趣味で取り上げたのではなく、下図のような「経済を考える座標軸」を基に考えたものです。
matrix01
縦軸に社会と個人、横軸には左から右へ時間の流れをとります。「万博」は日本経済の高度成長の象徴として、左上の象限に位置づけられます。地球温暖化は、“Think globally, Act locally.”ということで、真ん中あたりです。これからやるワークシート「24時間働けますか」は、個人の現代の経済活動ですから右下の象限になります。
皆さんはこれから卒業したり大学へ行ってから、自営業や会社に就職しますから、働くことを考えてみましょう。今日はワークシートでAさんの就職活動と、採用する側Bさんの例をやってもらいます。AさんとBさんの採用をめぐる契約交渉から、何が見えるか考えてほしいと思います。資料の雇用契約書を見て下さい。これは先生の前任校の生徒で、実際にあった事例を参考にしています。」

〈課題:契約書の作成〉

先生:「席の近い人同士でA、Bの立場に分かれて相談してもいいですし、一人でA、B双方の条件を検討してもいいですから、ワークシートの①賃金、②勤務時間、③休日を埋めてみてください。」
(作業時間約10分。その間、机の間をまわる先生に質問が出ます。)

男子1:「社長(Bさん)に合わせなくていいんですか?」
先生:「そういうことも考えてください。定休日に社員が出勤するのもありかな?」

男子2:「曜日によって勤務時間を変えるのはいいですか?」
先生:「ありだと思う?書いてごらん。もっと鬼のような条件はないですか?」

男子3:「自分が社長なんですか?」
先生:「どちらでもいいですよ。どちらも考えてください。OKかどうかは誰が決めますか?」

〈白紙契約の怖さ〉

先生:「見ていると、上の方は白いまま、一番下の名前の欄に名前を書いてしまっている人がいますが、それは違うでしょう。「名前」ではなくて、これは「サイン」なんです。条件を決めないままサインしていると、相手の好きなようにされてしまいますよ!」

〈条件の異なる契約は有効か無効か〉

先生:「決まった人、誰か黒板に書いてください。」
(男子2名のペアが自分たちの考えた契約を板書しました。)
①月給:16万円 ②勤務時間:10時~18時 ③休日:月・火

先生:「皆さん、このペアと同じではないと思います。考えてほしいのは、日によって勤務時間が違うのはいいのかなど、先生に聞いてくれましたが、ありかどうかは誰が決めるかということです。他のクラスでは、勝手に月給を年俸で2~3億円にしたり、誕生日とクリスマス以外毎日働く代わりに、めちゃ給料が高いとかありました。このようにお互いの条件がかけ離れたままの契約って、有効でしょうか、無効でしょうか?有効と思う人?」
誰も手を挙げません。(挙げかけてやめた人が1人。)
先生:「無効と思う人。」→2人挙手。→先生:「なぜですか?」
男子4:「有効なら、どちらにしようか迷ってしまうから。」

先生:「仮に有効に成立するためには、何が必要でしょうか?どういう条件が揃っていればいいですか?」

〈契約が有効に成立する条件は何か?〉

先生:「当事者同士が契約内容に同意していることが必要ですね。当事者同士で合意すれば、有効になるということです。皆さんも、「鉛筆貸して。→いいよ。」とかするでしょう。それも貸借契約です。2人の同意で成立します。家電量販店とかで話し合いで値段の交渉したことありませんか?同意すれば全部有効です。」

〈契約自由の原則〉

先生:(「契約自由の原則」を黄色い字で板書。)「雇用契約も売買契約も、自由な契約で決められています。契約を結ぶか結ばないか、契約の内容・形式などは、当事者が自由に決定できるという、私法、個人と個人に関する法の基本原則です。先生は当事者ではないから、A・Bの契約は決められない。A・Bがお互い納得すればいいのです。形式も自由だから、口約束でもいいです。今日、この「私法」という言葉を1つ覚えてほしいです。具体的には民法とか、皆さんの生活に一番近い法です。さて、働く場合と働かせる場合、本当に自由で大丈夫でしょうか?それを明日、考えましょう。」

第2時間目~第4時間目の予定

 先生の指導案では、第2時間目は事例のAさんが社長から「君は成績が悪いので、これから毎日24時間働いてもらう。できなければ、今日付けで解雇する。」と言われる設定です。ここでもA・B双方の立場を考え、「私法の原則と例外」について学びます。労働基準法が資料として使われます。
 第3時間目は高卒用求人票を見て、条件を変更してほしい場合の方法や、「私法の原則と例外」が高校生の就職活動にどのように反映しているかを考えます。
 第4時間目はさらに考えを深めるために、労働契約以外に契約を結ぶ当事者の関係が対等でない例を挙げます。消費者契約法、借地借家法が資料となります。「契約の当事者の関係を対等に近づけるためには、どのようなルール(法)が必要か」について、議論します。

取材を終えて

 卒業すると就職したり自営業をしたりして働く人もいる高校生には、労働や契約関係の法は考え方・知識ともにぜひ身につけておいてほしいという先生のお考えでした。
 導入の、経済をマクロの視点からミクロの視点へと移して見ることで、雇用契約へと進む展開に引き込まれます。男子生徒の積極的な質問が、生徒の関心の高さを感じさせました。第4時間目の議論が高まることを期待したいと思います。

ページトップへ