平成22年度「法」に関する教育シンポジウム その1

 2011年1月28日(金)13:40~16:45、東京都教育委員会主催の「『法』に関する教育シンポジウム」が台東区立上野中学校を会場に開催されました。公開授業、パネルディスカッション、実践事例報告と、密度の濃い内容に、東京都内・近隣各県のみならず北海道や四国から240名を超える参加者がありました。まず、第1部公開授業の模様をお伝えします。(当日配布のプリントより適宜引用しています。)

〈台東区立上野中学校のプロフィール〉

 1947年(昭和22年)4月、東京都立上野高等学校内に開校。JR鶯谷駅から徒歩7分に立地。周囲には東京国立博物館、国立科学博物館、東京芸術大学、国際こども図書館、寛永寺など、教育・文化施設や旧跡が多く、居ながらにして素晴らしい学習環境です。

1 公開授業 13:40~14:30

「消費者の保護」
第3学年 34名(男子18名、女子16名) 体育館(ホワイトボードと椅子のみ)
教科:社会科公民的分野  
単元:私たちと経済「消費者の保護」 (全5時間のうち第3時間目)
授業者:髙田孝雄 台東区立上野中学校主任教諭、第一東京弁護士会所属弁護士4名

〈消費者の保護について〉

 生徒は、法の意義と役割についてはルールづくりや条例制定などの模擬的体験活動を通じて学習していますが、現実の生活の中で十分には意識されていません。家庭科でも消費者保護の法律や悪質な商法などについて学んでいますが、契約の概念については学習していません。そこで、契約の学習を通して、消費者保護の法律によって自分が守られていることに気づくとともに、自分と法との関係を実生活との関連から捉えられるようにしました。

〈指導の工夫〉

①法律専門家との連携
 授業の設計段階から、教材・根拠となる法律およびその趣旨や解釈などについて協議しました。第3時間目には、生徒が自ら考えた「契約を解消できる理由・できない理由」を法律専門家に示し、専門家からのアドバイスをもらう場面を設定することで、生徒の「法に対する見方・考え方」を深め、広げることができるようにしました。
②ハプニングカードの工夫
【カードAの例】
私はA君から、「その物」を買った後、新品の同じ物が、近くの店で安く売られていることを発見した。そこで、私は、A君との契約を解消して、払ったお金を返してもらいたいと思っている。私は、契約を解消して、お金を返してもらうことができるでしょうか。
 契約に関して起こりうるさまざまなトラブルを想定し、その対処方法について根拠を明確にして生徒自らが判断し、さらに意見交換を行うことで、契約の原則や例外について生徒自身が気づくようにしました。カードの事例は、契約が解消できないケース(一方的な都合)、解消できるケース(詐欺、債務不履行、消費者保護の趣旨を踏まえて)の4種類です。
③授業構成の工夫
 ハプニングカードを用いて獲得した「契約に対する法的な見方・考え方」を活用し、新たな事例(カードE)について問題解決する活動となるよう、構成しました。
④ワークシートの工夫
 段階を追って自分たちで学習課題を追究できるよう、6枚のワークシートを活用します。

〈第3時間目の模様〉

授業の流れがホワイトボードに掲示されています。

(1)4班に分かれ、カードAまたはB(契約が解消できないケース)、カードCまたはD(解消できるケース)について、弁護士の助言を得ながら話し合います。(20分)
 ある班(9名)は、カードAについて、契約が解消できるという生徒は5名、できないという生徒は4名でした。

弁護士:「売買条件に書いてあるか、ないかで決まるの?書いてなかったらどうなるの?」
生徒1:「時と場合による。お互いに納得する条件(で決まる)。」
弁護士:「それはどういう条件?」
生徒1:「うーん…」
弁護士:「皆さんも品物を買ったら、よその店ではもっと安く売っていたということ、ありませんか?」
生徒2:「ある!だめ(返品できない)と言われました。」
生徒3:「同じことがありましたが、返品するのは面倒。」
弁護士:「反対の立場だったらどうしますか?」
生徒2:「返品を受け付けてあげます。お客様には優しくしてあげたい。」
弁護士:「そうしたら、いつも返品したいと言われる可能性がありますよ。」
生徒2:「それは嫌だな。」
弁護士:「売買で双方合意したあと、巻き戻そうとしていることになります。」

(2)契約についてわかったことを各班1人ずつ発表し、ワークシートにまとめます。(10分)
生徒の発表は次のようになりました。

契約が解消できる場合
  ・契約書に返品可と書いてある場合
  ・売り手の責任によって品物が売買できなくなったとき
  ・相手も解消することに納得したとき
  ・売り手側に不備があったとき

契約が解消できない場合
  ・買い手の理由が自己中心的なとき
  ・品物自体が売買され、契約が完了しているとき
  ・売買条件に書いていないとき
  ・一方的に解約しようとする場合

(3)弁護士のお話
 皆さんは物を買う側の経験が長いので、その発想が強いかと思います。「自己中心的な理由」とか、「売り手側に責任がある」といった考え方が大切です。売り手と買い手の合意があれば契約は成立しますが、そのあとに一方の側の身勝手な理由で解消することはできません。それぞれの合意によって責任が果たされると、次の経済活動が円滑にされていきます。契約はその基礎になる活動です。

(4)新たなケースであるカードEについて、班ごとに話し合います。(10分)
【カードEの概略】
 アンケートの電話に答えたら、「景品が当たった」と営業所に呼び出されました。私は景品のポーチをもらった後、同じ営業所内で開催されているブランド財布の展示会に連れて行かれ、「本来は10万円以上するが、今日なら特別に6万円でいい」と勧められました。でも私には、そんな高い財布を買う意思はありませんでした。しかし、3人に説得され断りきれないまま、終電も近づくのに部屋から出られず、困って契約をしました。今は不要な物を買ったと後悔しています。契約を解消して、お金を返してもらうことができるでしょうか。

生徒4:「クーリングオフが適用できると思います。」
弁護士:「その制度が適用されないとどうですか?」
生徒5:「無理。買う意思はないというけれど、契約は成立してしまっているから。」
生徒6:「3人がかりで説得されているので、無理やり買わされている感じだから、契約解消できると思います。」
生徒7:「監禁されたのと同じだと思う。」
弁護士:「無理やりとか監禁とか、合意があったとか、どう考えますか?クーリングオフ期間についてはどうでしょう。こんな経験はありますか?」
生徒5:「あります。財布屋さんに入って、買わずに帰ろうとしたら気まずい感じになった。でも買わなかったけれど、店員は1人でした。」
弁護士:「店員1人でもそうなら、3人がかりではどうでしょうね。」

(5)ワークシート記入と発表
 カードEについて、自分の考えと班における話し合いをワークシートに記入します。
先生が契約解消できるか・できないか、挙手を求めたところ、できる:できないが1:3ぐらいになりました。解消できる理由は、売り方が無理やりだからということが多く挙げられました。解消できない理由は、最終的に双方とも合意して契約したからということでした。
先生:「では、最初の場所に椅子を戻してください。意見が分かれて、話し合ったと思います。次の時間に結論を出したいと思います。」

〈第2学年の公開授業〉

 第2学年は、同時刻に道徳の授業を公開しました。内容項目4-(1)規則の尊重、主題「きまりの大切さ」ですが、レポートは省略させていただきます。

第2部パネルディスカッションは、次週公開のその2をご覧下さい。

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