千葉県立松戸六実高等学校 労働契約授業新バージョン

 2011年1月21日(金)、松戸六実高校の3年2組で弁護士を招いた現代社会の授業が行われました。労働法に関する授業は、今年度の4月に2組以外の3年生で実施され、法教育レポートでも取り上げています(そのレポートはこちら)。その授業について、担当教諭が弁護士とともに練り直し、新バージョンといえる授業を作り上げました。3年生の理系クラスが、受験本番を目前にしたこの時期に、我を忘れて授業に引き込まれているのを感じました。

授業

第3、4校時(10:50~11:40,11:50~12:40) 場所:教室
3年2組 38名(男子31名、女子7名) 理系
教科:現代社会  単元:雇用問題と労働関係(全4時間のうち本時は第2、3時間)
授業者:加藤 将 教諭、松宮徹郎 弁護士

〈前時の授業〉

 クラスの生徒の進路先などを考え、実態に即しながら労働基準法の概要を学習しました。労働契約、賃金、労働時間、休日などについてプリントにまとめています。

〈5つの雇用問題について班で話し合い〉

先生:「皆さんは将来働き過ぎたり、休みが取れなかったり、賃金が安かったりすることがあるかもしれません。それは正しいことなのか考えてみよう、というのが今日の授業です。弁護士の先生に来てもらっています。まずプリントのQ1~5を読んで、班で考えて結論と理由を書いてください。司会と記録の係、よろしく。発表は班長。では、机を向き合わせてください。」
 生徒は5~7人ずつ6つの班に分かれました。5つの設問について、話し合いは約15分間。めいめい資料集を見たりしながら、だんだん意見交換が活発になってきます。時間が足りなかった班もありましたが、とりあえずQ1とQ2について、話し合いの結果と理由を各班が発表しました。(発表は省略)続いて弁護士の解説があります。

〈弁護士が設問の論点を整理〉

弁護士:「まず、Q2について考えましょう。」

Q2 レストランでアルバイト中に高級ワインを落として割ってしまい、その代金をアルバイト代から引かれました。ガマンするしかないですか。

弁護士:「これ、実は深い話です。6班は結論が出ていないけれど、いい議論をしていました。発表してください。」
男子1:「我慢しなくていい。万引きの場合ならどうするか考えると、店側の被害を、店の従業員全体で割り勘してもいいんじゃないかと思います。」
男子2:「従業員は誰でも割るかもしれない。雇用されているみんなで、分担してもいいと思います。万引きは不特定の人間がすることで、それを店の人で分担するのはおかしいと思います。」
弁護士:「損害は誰に生じていますか?」
男子3:「レストラン側。」
弁護士:「この問題は、レストラン側に生じた損害を誰が負担するのが公平か、という問題なのです。2人はよく考えていました。他に…。(生徒の声に押されて)では男子4君。」
男子4:「結論は、回数による。初犯はレストラン側が負担。(感嘆の声)2~3回以降は、割った従業員の負担。」
弁護士:「それも1つの考え方です。男子4君は何を重視しているか、皆さんわかりますか。1つずつ考えていきましょう。どうやったら公平に損害を分担できるか。この場合、結論は大きく3つ考えられます。1つ目は損害を店に負担させる。2つ目は従業員に負担させる。3つ目は、男子4君のように場合分けする。」

〈損害の負担は店、従業員、場合分けの3パターン〉

弁護士:「損害を負うのは店、従業員、場合分けの3パターンが出ました。皆さんの意見はどれですか?」
 挙手してもらったところ、8人ぐらいずつになりました。理由は以下です。
男子5:「店に責任。雇っている側が、従業員個人の責任を負うべきだと思う。」
女子1:「個人に責任。アルバイトといえど自分の責任だと思います。正社員でも同じ。」
男子6:「場合による。給料から引くことを事前に言われているかどうか、が問題。」
男子7:「場合による。壊したものの値段が一定以上の場合。」
弁護士:「ここでは結論が何であるかより、考える筋道をわかってもらえたらと思います。損害を公平に負担するには、何を基準にするべきか。もう一歩深く考えてほしい、難しいかもしれませんが。では、店側が損害を負担すべきと答えた人たちに聞きます。先ほど店に責任があると答えてくれたけれど、もう少し具体的に、店はなぜ、従業員の行為について責任を負わなければならないのでしょうか?公平な分担を決めるには、店側に納得してもらわないといけませんよ。」

〈店側の責任について、もう一歩深く考える〉

男子8:「店が従業員を指導しているから。」
弁護士:「すばらしい(考えです)。」
男子9:「誰にでも失敗はあるから、店には失敗用の予算があると思う。」(感嘆の声)
男子10:「雇った側はその人を選んだのだから。」
弁護士:「皆さんがかなり深く考えてくれて、徐々に雇った側を納得させる理由が出てきました。他にもいろいろと考えられると思いますが、1つの考え方を示したいと思います。実際の法律で、こういう考え方があります。店は従業員を使って儲けています。儲けに伴って生じた負担は儲けた人が負うべきだという考え方です。利益があるところに損害もある。この考え方によれば、原則としては店側が損害を負担するのが公平と考えるのです。しかし、常に店が損害を負担するのは公平とは言えないのではないでしょうか。場合によっては従業員に責任という考え方もある。たとえば、わざとの場合は例外的に個人が負担するべきと考えられます。」

〈怪我をした人の治療費という損害は、誰が負担するか〉

弁護士:「Q2を深く話したのは、Q4に関わるからです。Q4を見てください。」

Q4 仕事中にやけどをしてしまいました。店長が「早退していいから、家帰って保険証持って病院行きな。」と言ってくれました。優しい店長でよかったのかな…

弁護士:「ここで聞かれているのは店長が優しいかということではなく、怪我をした人の治療費という損害は誰が負担するか、という問題です。その観点からもう1度、考えてください。」
 ここで3校時が終了。

〈6つの班の回答〉

休憩後、5分間の話し合いから再開しました。2班の話し合いを覗いてみると、資料集を見ている仲間に対し、「法律意味ないぞ。弁護士の先生は(法律的な知識は)期待してない。」と言っている生徒がいました。

6班:「店側が払う。理由は、法律にあるから。それと、どのような状況で怪我をしたかで、全額払ってもらえるとか、違いがあると思う。」
5班:「店側が払う。法律にあるからと、部活動とかと同じで、1つの団体に属しているとそこが払うと思います。」
4班:「店側が払う。その日の日当ももらうべきです。」
3班:「店側が払う。仕事中のケガだから。」
2班:「場合分けです。雇ってもらったとき、やけどの危険性などに注意があり、その分高額の給料が払われているといった場合、個人にも分担があると思います。」
1班:「店側が払う。労働基準法で、店側が負担しなければならない。」
(つづけてQ3とQ5についての発表もありましたが、省略します。)

〈「法律にあるから」はやめよう。〉

弁護士:「先ほどの考え方からすれば、原則としては店が負担すべきです。皆さんが出した理由のなかでよくないのは、「法律にあるから」という理由。法律が先にできていたのではありません。人を殺してはいけないから、そういう法律ができたでしょう。法律に書いてあるから、人を殺してはいけないのではないのです。負担を公平にすべきだから、(労働基準法という)法律ができたんです。ここの議論では、「法律にあるから」はやめよう。2班は面白い考え方をしていました。店が損害を負わない代わりに高い給料を払う、という考え方もある。すごいです。一つ意地悪な質問をすると、店に儲けがなくて、治療費を払えないときはどうしますか?ケガで一生働けなくなった人に、どうしたらいい?」
男子11:「難しい。」
弁護士:「5班、団体の中に入っていたら払ってもらえると言っていましたね?」
男子12:「はい。保険がきくように保障されているのではないですか。」
弁護士:「誰が保障しているのかな?」
男子12:「…。」
弁護士:「答えを言うと、店にお金がない場合に備えて、保険という仕組みがあります。これも公平という考え方に基づいています。この場合、Q2の場合の上を行って、必ず保障を受けられる仕組みが作られているのです。」

〈口約束は問題が多い〉

先生:「Q1~5は先輩たちが実際に経験した問題であることです。君たちにもありうることなので、あとの問いについて結論だけでも解説してもらいましょう。」

Q1 3か月働いたら正社員にしてくれると面接のときに言われたのに、半年経ってもアルバイトのままです。仕事の内容も言われていたことと違います。これって仕方がないんですか。

弁護士:「皆さんの答えは分かれていました。理由は「口約束だから」でしたが、それがまさに問題です。法律相談でもそのパターンがすごく多い。覚えておいてください。最初に契約内容を明確にしておくこと。少なくとも求人雑誌の記事などをコピーして持っておいてくれると、相談にのりやすいです。書面化しておくという意識が重要です。給料・労働時間・場所・休み・保険といった重要な項目は書面で示しなさいという法律があるので、皆さんに権利があります。」

〈本当に倒産しそうな会社なら?〉

Q3 ある日、アルバイト先に出勤すると、スタッフ全員が集められた。店長から「この店の営業成績が大変悪いので、君たちアルバイトの時給を今の850円から、一人一律100円ずつ下げます。」と言われた。これって仕方ないことなの?

弁護士:「原則としては仕方なくありません。こんな一方的な言い方で賃金を下げることはできないのが原則です。もし会社が勝手に賃金を下げてきたら、差額を請求できます。賃金のことは2年前まで遡って請求できますが、2年で時効消滅しますから、なるべく早く弁護士に相談してください。話し合いのなかで、4班はいい議論をしていました。賃金を下げないと、1人クビになったりしないか。本当に倒産しそうなら、全員で少しずつ下げてもいいということはある、と話していました。そういう状況のとき、会社と従業員が話し合って合意すれば賃金を下げられる、という例外はあります。」

Q5 美容師として正社員で働いていましたが、先日社長に「来月この店を閉店するのでやめて欲しい。その代わり1か月分の給料を余分に払う。」と言われました。仕事がなくなると困るのでやめたくないんですけど…

弁護士:「1か月分の給料を余分に払うのはなぜかな?」
男子13:「30日前に予告していないから。」
弁護士:「法律にあるから、と言わないで。」
男子14:「急に解雇されて労働者が生活に困るのを避けるため。」
弁護士:「すばらしい。皆さんも急に解雇と言われたら、1か月分の給料をもらえますよねと言ってください。アルバイトでも言える場合があります。」

〈労働基準法はなぜあるのか〉

先生:「いろいろなことを考えてくれたのでここまでの時間が長引いてしまいましたが、次の話し合いに入ります。「労働基準法はなぜ必要か」について話し合います。プリントを配るので、班で話し合って書いてください。」(10分間)
弁護士:「実はこれ、すごく難しい問題です。僕が言うより、皆さん法律を捉えたことを言っているので、指名しますから発表してください。」
3班:「強い立場にある会社側の偏りある意見だけが通るのではないように、(労働者の立場と)できるだけ平等にするため。」
4班:「国として法律で定めなくても、会社と個人の間で(契約すれば)いいという意見が出てきました。(法律があると)裁判がやりやすいという理由も出たけれど、結論は労働者の人権を守るためです。」
弁護士:「一般的な話では、3班の考え方でいいでしょう。もう一歩踏み込むと、会社側が持っている強さって、どういう強さ?それを言わないと、会社は納得しません。」
3班:「雇っている側は、雇いたくなければいつでも切れる。」
6班:「いつでも切れるわけではないけれど、アルバイトは切りやすい。」
弁護士:「労働基準法は正社員とアルバイトを区別していないです。」
6班:「会社には従業員を選ぶ権利があるのに、労働者には会社を選ぶ権利がない。」
弁護士:「非常に難しい質問ですが、皆さんの考え方でよいと思います。私自身もきちんと答えられる自信はないですが、一応私なりの考えを言うと、労働者は働かないと生きていけない。もらうお金は生きる糧。契約を急に解除されると生活できなくなる、という弱さを持っている。だから、勝手に解雇されないように保護することが、全体から見たら公平になるということです。結論はいろいろあると思いますが、皆さんがここまで深く考えてくれたことは、とてもよかった。2班は、「労働基準法の1つ1つの条文が何のためにあるのか考えよう」と言っていました。すごいことです。」
先生:「ワークシートに感想を書いて、放課後に係が集めてください。」

取材を終えて

 1学期の授業と違う点は、設問を5つに絞り、生徒同士が小グループで話し合う時間を設けたことです。話し合いでは、最初のうち資料集を見てばかりいる班に、弁護士が「分担をしているの?」と声をかけます。「バラバラに調べています。」という返事に、教諭が時間のことを言うと、「分担しようか。」の声が出て、生徒同士話し始めました。他の班では、数少ない女子が男子に埋もれたりせずに話し合いに加わっています。
 松宮弁護士は以前、小学校の教員をされていたそうです。机間指導をしながら生徒の発言を拾い上げ、挙手がなくても意見に光をあてる手法は、教員経験者ならではの見事さです。生徒は自分たちの意見がどんどん授業に取り上げられ、高く評価されていくので、真剣に耳を傾けていました。4校時目では、生徒も授業の進め方に慣れて、のびのびと発言できる様子でした。「弁護士の先生は法律の規定を理由にすることを期待していない」と見抜いて、仲間と話し合う姿には感心させられました。生徒の柔軟な考え方が次々に披露され、指導する側もされる側も楽しい授業だったのではないでしょうか。
 加藤教諭は前任校で松宮先生と同僚だったという経緯から、今回、協働の授業作りが実現しました。1学期の授業をされた本村先生を含む3人で、何回も打ち合わせを重ねられたそうです。後日、生徒のワークシートの感想などをふまえて、3人の先生方による授業検討会をなさったそうです。

ページトップへ