2010年度レポートを振り返って インタビュー 藤井剛先生

 これまで法教育レポートでは、法教育に関する様々な試みを紹介してきました。当初はどうしても、先端的なもの・意欲的なものをとりあげることが多くなりました。そうした試みには大きな意義があり、これらに刺激を受けて法教育に関心をもたれた方もいらっしゃったことでしょう。一方、これらの例は素晴らしいけれども、簡単にまねはできないという印象をもたれた方もおられるようです。
 現に、2009年12月の「法と教育学会」設立準備総会・シンポジウムの際、学会への要望として「先進例ではなく、誰にでもできるような教材の提供をしてほしい」という声がありました。そこで、2010年度の法教育レポートでは、なるべく「先進例ではない」ということを意識して取材するようにしてみました。(後掲資料参照)これらの事例は、「○○校だからできる」というものでもないように思われます。しかし詳細に検討すると、なお「一部の先進的な取り組み」の段階にあるものが多いように思えます。
今回、同学会の会員であり、早くから独自の模擬裁判授業などを実践されている千葉県立千葉高等学校の藤井剛先生に、これらの取組みのレポートを改めてご覧いただき、法教育の普及という観点からのご感想や、今後についてのお話などをお伺いしたいと思います。

藤井先生のプロフィール

Q 法教育に取り組まれるようになったきっかけ、これまでの取組みの例など、お聞かせ願えますか?
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「私は法学部の出身で1983年度に教師になり、初任は千葉県立市川東高等学校でした。当時、「現代社会」の資料集を作るために、千葉県内の高校教員20~30名でしょうか、半月に1回程度土曜日の午後、県立千葉東高等学校に集まって研究会をしていました。そこへ連れて行かれて、いろいろなことを学ばせてもらったことが、その後の授業づくりの取組みに大変役立っています。
法に関する授業としては、初期の頃から刑事訴訟法についてクイズのように考える授業を定番にしていました。千葉高校に来てからは、2004年度に「ディベートを活用した教科指導の研究及び教材開発」、2005年度から3年間は「メディアリテラシーの養成と専門機関と連携した探究活動」(千葉県教育委員会による「魅力ある高等学校づくりチャレンジ支援事業」の一環、同委員会ホームページ参照)などに取り組みました。ディベート授業、ODA授業、模擬裁判授業については法教育レポートで紹介されたとおりです。」

レポートの事例について

Q 法教育の先進例とは、どのようなものでしょうか?

「資料の中にあるように、『法教育の先進例とは、法教育に特別の関心をもつ教員や法律専門家が法に関する授業を行なうもので、多くは独創的な内容・方法をともなう授業』、『教員と法律専門家の関係は、教員や法律専門家の個人的な努力によって築かれている場合が多い』ということでいいと思います。この現状から、どのように法教育を普及させていくか、ということが課題になりますね。」

法教育の普及に向けて

「一つは、若い先生を育てるということでしょうか。自分が若いときに研究会で鍛えられたように、ベテランと若い先生方が研究会のようなもので刺激をし合うことが大切ではないかと思います。ただ、昔より先生方が忙しくなり、研究会活動ができにくくなったと感じています。それが残念ですね。
 千葉県では「教科研究員制度」があり、県内の若手教員を教科ごとに毎年1人選び、2年間研究をしてもらいます。そのさい、ベテラン教諭1人が教科指導員、県の指導課からも1人が指導する体制をとります。いわゆる「徒弟制度」ですが、そういう育て方もあります。
 他にも、県の5年研修・10年研修というものがあり、法教育を取り入れることができるでしょう。高校教員の個人的ネットワークによって、普及することも考えられます。「全国公民科・社会科教育研究会」という高校の社会科教員の研究会組織もあります。2011年度は11月1日・2日に千葉県で行うことになっており、私が担当します。
義務教育段階に関しては、それぞれの市で「研究指定校制」があります。法教育を研究指定してもらえるといいですね。市には「市教育研究会」という教科ごとの会もあるので、それに法教育を入れてもらうという方法も考えられます。

教科書の効果

最も普及に効果があると期待できるのは、教科書に記載されることです。高校の社会科の先生には法学部出身でない人もいますし、受験の圧力の大小など、さまざまな事情も違います。教科書に記載されていれば、先生や学校の事情によらず、一定水準の法教育が行われることが期待できるでしょう。私も今、新学習指導要領をふまえた政治・経済の新しい高校教科書を執筆しているところです。」

今後の取組みのアイデア

Q 先生の今後の取組みについてはいかがですか?

「毎年同じことをしているとマンネリ化するので、新年度は新しい授業(「政治・経済」)を考えています。1学期に「政党をつくる」、2学期にディスカッションをするというのがいいか。1年間ないし1学期間、新聞だけで授業をするというのもできるのではないか。「生徒心得」を自分たちでつくる、なんていうのも面白いかもしれません。いろいろアイデアがあります。」

法教育レポートへの助言

Q 法教育レポートも今年は3年目に入るので、マンネリ化を防ぐ工夫をご助言いただけますか?

fujii02「往復書簡というのはどうでしょうか?私なら、憲法の土井真一先生(京都大学)に、『高校生に憲法を教えるとしたら、何を教えたいですか。』ということを是非お聞きしてみたい。それに対する返信をいただけたら、素晴らしいですよね。普段は近寄りがたいような先生との間を、法教育レポートでつないでもらえたらいいと思います。まさにこのホームページが、法教育のフォーラムになるでしょう。
 また、1つの授業をじっくり取り上げるばかりでなく、小さな教材ネタをたくさん示すのもいいかもしれません。」

まとめ

 藤井先生のお話を伺い、法教育の先進例を普及するようなものにしていくために考えられる方途をまとめてみます。先進例とは前述のように、法教育に特別の関心をもつ教員や法律専門家が教える主体となり、多くは独創的な内容や方法をともない、教員と法律専門家の関係が個人的な努力に負っていると特徴づけられます。そのような先進例を普及しやすいものにするために、先生はひとつひとつのハードルを下げていくことを示唆されました。教員の意欲・関心を高める研究や研修を行うこと、教育内容や方法については教科書に載せることです。教員と法律専門家の関係づくりについては、資料中の椚田中学校「いじめ出張授業」の例のように、チラシを見て弁護士会へ電話やファックスで申し込める方法が、個人的な努力を要さない形態だと考えられます。また、松戸六実高校①のように、教員単独で行う従来の授業も、普及に便利であることは言うまでもありません。これを図にまとめると、下図のようになります。

先進例= 教員の特別な関心、 独創的な内容・方法 法律専門家との連携
普及 研究・教員研修 教科書の内容・方法 連携が楽・教員単独でも可能

 

資料

2010年度法教育レポートに取り上げた公立学校授業

授業日 学校名 学年・テーマ 授業者
4/27 千葉県立松戸六実高校① 3年現代社会
労働法と雇用問題
教師
6/30 八王子市立椚田中学校 全校道徳
いじめ問題
出前型
(東京三会弁護士会人権委員会)
10/14 東京都立小岩高校 3年現代社会
労働契約と雇用問題
協働Ⅰ型(教師方式)
11/5 千葉市立緑町中学校 第2学年総合的な学習
野良猫のえさやり
出前型
(千葉県弁護士会)
12/7 中央区立阪本小学校 6年社会
出版差し止め模擬裁判
協働Ⅱ型
(討論援助方式)
1/21 千葉県立松戸六実高校② 3年現代社会
労働契約と雇用問題
協働Ⅲ型
(弁護士方式)
1/28 台東区立上野中学校 3年公民
契約と消費者問題
協働Ⅱ型
(討論援助方式)

 

出前型:教材・方法作り・実際の授業を全て法律専門家が行う。学校との打ち合わせは、授業の枠組み、注意事項などが主。

出前型 教材・方法作り・実際の授業を全て法律専門家が行う。学校との打ち合わせは、授業の枠組み、注意事項などが主。
協働Ⅰ型 教材作成・助言など、授業づくりにおいて教員と法律専門家が連携しており、実際の授業は教員単独で行う。
協働Ⅱ型 Ⅰ型と同様、授業づくりにおいて教員と法律専門家が連携しており、実際の授業も教員と専門家が役割分担をして行う。
協働Ⅲ型 Ⅰ型と同様、授業づくりにおいて教員と法律専門家が連携しており、実際の授業は専門家が行う。

 

*先進例とは

表に挙げた7つの取り組みは全て、法教育に関心のある教員の熱意から始められたものです。教員と法律専門家との関係については、7つのうち、教員と弁護士会・弁護士個人との特別な関係を基盤にせずに行われた取り組みが、松戸六実高校①と椚田中学校の2つだけでした。
 松戸六実高校①については、4月の時点では弁護士の協力はありませんでした。椚田中学校の「いじめ出張授業」は、東京三会(東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会)の「子どもの人権委員会」によるもので、教育委員会を通じてチラシをまき、希望する学校に出前授業をしています。
その他の5つについて、小岩高校の事例は、教員が弁護士と連携して教材・内容を練り、実践は教員単独で通常の現代社会授業として行ったものです。緑町中学校と阪本小学校は、弁護士が学校のPTA役員をしたり、学校関係者と個人的な知り合いであったり、という関係から生まれた取組みです。松戸六実高校②は、①を行った授業者の先生が自ら授業を振り返って、もっとよい法教育授業にしたいと、同僚教員の知り合いであった弁護士とともに新バージョンを作成したものです。いずれも熱意のある教員と弁護士の特別な協働による取組みであり、双方の熱意がなければ授業は実現しなかったのではないか、という点で先進例の段階なのではないかと考えられます。上野中学校の取組みについては、東京都主催のシンポジウムの公開授業という位置づけですから、先進例といえるでしょう。

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