東京大学法科大学院出張教室 文京アカデミー メセナ講座

 ―「法律は難しくない ~東大法科大学院生が身近な事例を解説します~ 相続編・生活編」―

 2011年3月10日(木)、文京シビックセンター3階会議室で(財)文京アカデミー主催のメセナ講座として、東京大学法科大学院出張教室が午前・午後の2部に分けて講義をしました。対象は15歳以上(中学生不可)の文京区在住・在学・在勤者です。同出張教室が一般向けの講座を行うのは初の試みです。定員50名を予定していたところ、59名の応募があり、一般の方の関心の高さがうかがわれます。(当日配布のプリントより適宜引用しています。)

〈メセナ講座とは〉

 自治体や企業の地域貢献活動の一環です。今回は文京区が会場を用意し、東京大学法科大学院の出張教室に所属する大学院生のうち4名のグループが講座を提供しました。文京シビックセンターは東京メトロ(地下鉄)後楽園駅すぐにあり、大変便利なところです。

1 午前の部 相続編 11:00~12:30

 法科大学院と出張教室の紹介の後、相続制度について基本的な問いを示し、考えていく形で講義が進みました。主な問いと解説を簡略に示します。(詳細は教材倉庫の資料を御覧下さい。)

問1 誰が、どのような場合に、どのような割合で相続するのですか?
→配偶者は常に相続人となります。子は相続人となります。子がいない場合は、直系尊属。直系尊属もいない場合は、兄弟姉妹が相続人になります。代襲相続という制度もあります。

問2 債務の相続を拒否できますか?
→相続人の対応には3つがあります。
 単純承認…財産関係を無条件かつ無限に承認します。
 相続放棄…財産関係を一切承継しません。
 限定承認…相続財産を継承するが、債務を承継する場合は、相続によって得た財産がある限度においてのみ、責任を負う、という条件をつけて承認を行います。

問3 長男は、病身の父親にいつもひどい暴力をふるう親不孝者です。こんな子には父親の財産を相続させたくありません。何か方法はありますか?
→欠格・廃除という制度があり、相続の資格を失うことがあります。相続制度は家族の共同関係を基本とするので、相続人となるべき者の資格を問い、行いの悪さの程度により2種類の制裁制度を設けています。
欠格…故意に被相続人または相続について先順位もしくは同順位にあるものを殺害し、または殺害しようとしたために、刑に処せられた場合など。
廃除…被相続人の意志で家庭裁判所に申し立て、調停ないし審判などにより家庭裁判所が認めた場合。一時的な非行では対象になりません。また被相続人の感情的な差別などがないか、家庭裁判所により慎重に判断されます。被相続人は廃除を取り消すこともできます。

問4 私は息子夫婦と同居しています。息子が強く言うので息子に有利な遺言を作成しましたが、遺言を書いたとたん、態度が変わって私を粗末に扱うようになりました。遺言をやめにするわけにはいかないのでしょうか?
→(遺言の種類、書き方の解説などの後)いったん作成した遺言でも、放棄(破棄?)するか新たな遺言を作成し、これで従来の遺言をやめにすると書くか、従来の遺言と異なる内容を書いておけばその限りで前の遺言はやめにすることができます。

問5 遺留分とは何ですか?
→一定の相続人のために法律上必ず留保されなければならない遺産の一定割合です。たと例えば遺言で、「全財産を文京区に寄付する」などと書かれていても、一定の相続人は遺産を一定の割合で相続できることになります。割合の計算は複雑なので専門家にお願いすることをお薦めします。

〈質問タイム〉

質問1:「限定承認」という制度を知らないで、後から借金があることがわかったらどうしたらいいのですか?
→回答:何もしないで黙っていると、「単純承認」したことになり、財産以上に借金があることがわかってもどうしようもありません。なお、限定承認は、相続人全ての合意がないと認められません。一人だけ借金を逃れると、あとの人たちがその分の借金を背負うことになるからです。
質問2:自分が債権者だったら、限定承認されると損するということですか?
→回答:そのために金銭の貸借には担保という制度があるので、遺産相続とは違う話になります。
質問3:相続放棄は一人だけできますか?
→回答:はい、できます。

〈終わりに主催者から〉

もっと質問がありそうでしたが、まだ専門家ではないということでご了解願います。「限定承認」の制度は、知らずにいると損をするかもしれないことです。これだけでも、知らずに損をすることを防ぐため、必要な知識だったと思います。

2 午後の部 生活編 14:00~15:30

 生活編では、他人の身体や財産に被害を生じさせるような行為について、被害者にどのような場合にどのような救済が認められるかという話、いわゆる不法行為法について話されました。3つの事案について、民法の条文に基づいて考えることはもちろんですが、条文ではっきりと判断の方法が決まっているわけではなく、どのような結論を取れば関係者にとって適切な解決になるかという観点から、ワークシートを書きつつ考えていきます。事案は、法科大学院生のコミカルな寸劇も交え、楽しく検討が進みました。(詳細は教材倉庫の資料を御覧下さい。)

事案1
 影山さんは1戸建ての住宅に住んでいますが、その南隣の土地は、今までは駐車場に使われていました。しかし、その土地の持ち主の日村さんは、ある日突然、その土地にマンションを建て始めました。このマンションが完成すると、景山さんの家にはほとんど日が当たらなくなってしまいます。

 影山さんは、日村さんがマンションを建てたことで、具体的には次のようなことが起こったと主張しています。
①室内が暗くなり、昼間でも電灯なしでは新聞が読めなくなりました。
②庭で洗濯物を干せなくなってしまいました。
③靴や洋服、カメラのレンズなどにカビがはえてしまいました。
④室内の壁が腐ってしまいました。
⑤庭に花が咲かなくなったので、趣味の庭いじりができなくなりました。
⑥庭は、湿気のせいで、ミミズやナメクジだらけになってしまいました。
⑦影山さんは、環境が悪くなったので、体調が悪くなってしまいました。
⑧影山さんは、マンションからのぞかれているような気がして、ノイローゼになってしまいました。
 影山さんは、以上のような理由から、日村さんに慰謝料などの損害賠償を払ってほしいと考えています。
 これに対して日村さんは、オフィス街へのアクセスが便利なこの土地に家族向けのマンションを建てることで、ビジネスチャンスをつかもうと考えていたこともあり、法律上のルールに従って自分の土地にマンションを建てたにもかかわらず、損害賠償を払わなければならないことに不満を感じています。
 さて、影山さんは、日村さんから損害賠償を払ってもらうことができるでしょうか?

〈考え方〉

 日村さんがマンションを建てたことは、影山さんが「我慢しなくてはいけない限度」(受忍限度)を超えるものかどうか、考えます。事案の事情を、「我慢しなくてはいけない限度を超えている」という方向にはたらく事情と、「我慢しなくてはいけない限度を超えていない」という方向にはたらく事情に、分類してみます。
 影山さんの主張①~⑧は、「我慢しなくてはいけない限度を超えている」という方向にはたらく事情と考えられます。日村さんの主張、⑨「法律上のルールに従ってマンションを建てたこと」や、⑩「日村さんの土地は、オフィス街へのアクセスが便利な場所にあること」は、影山さんが「我慢しなくてはいけない限度を超えていない」という方向にはたらく事情と考えられます。
 それらを総合して、あなたは、日村さんがマンションを建てたことは、影山さんが「我慢しなくてはいけない限度」を超えていると考えますか?
(ワークシートより。以上の解答例がただ一つの正解というわけではありません。)

〈受忍限度論〉

問1 他人の行為によって怪我をしたり、自分の物が壊されたり、名誉を傷つけられたりしたとき、加害者にどのような「救済」を求めることができるでしょうか?
→①損害賠償 被害をつぐなうためのお金を払わせる
 ②差し止め その行為をやめさせる
 ③新聞などに謝罪文を載せさせる(名誉毀損の場合)

問2 加害者に「損害賠償」を求める根拠は何でしょうか?
→ある行為によって他人に生じた被害(損害)をつぐなう(賠償する)責任を発生させるような行為のことを、「不法行為」といいます。

問3 「不法行為」はどのような場合に成立するでしょうか?
→民法709条を見てみましょう。「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

問4 不法行為にもいろいろな種類のものがあり、事案は「生活侵害型」の不法行為と呼ぶことができます。その特徴は何でしょうか?
→①「生活侵害型」の不法行為は、適法な行為によって行われることが多いといわれています。
 ②「生活侵害型」の不法行為によって侵害されるのは、生命・身体などに比べれば弱い権利であることが多いといわれています。そこで、加害行為の内容と、侵害された利益を、相関関係的に判断することになります。

問5 「生活侵害型」の不法行為はどのような場合に成立するでしょうか?
→① 権利又は法律上保護される利益があること
 ② ①が侵害されたこと
 ③ ②が故意(わざと)または過失(不注意で)によって行われたこと
 ④ 損害(被害)が発生したことと、その損害の金額
 ⑤ ②によって④が発生したこと
 ⑥ 利益の侵害が、我慢しなくてはいけない限度(「受忍限度」)を超えること
 このような枠組みは、⑥の要件に注目して、「受忍限度論」と呼ばれています。

問6 「受忍限度」は、どのように判断するのでしょうか?
→たとえば、次のような事情を総合的に考えることになっています。
 ① 被告の行為の内容・程度
 ② 原告の利益の性質・内容
 ③ 侵害の経過や、原告との交渉の状況
 ④ 被害の防止のための措置の有無・内容・効果
 ⑤ 地域性

事案2の概略
 マンションの下の階の住人が、真上の住人(子ども3人がいる5人家族)の騒音が東京都の条例に違反するほど大きく、毎日夜中まで響いてくるのに困っています。自分やマンション管理組合からの注意や要望にもかかわらず騒音は改善されず、相手は途中から対応もしてくれなくなりました。騒音で毎夜眠れず、相手の対応もストレスになり、体調を崩し精神的にも苦痛を受けています。
(以下、省略)

事案3の概略
 犬山さんはタウンハウス(集合住宅)の隣の猫田さんが、近所の野良猫にえさを与えるので、庭にされた野良猫の糞によってハエがたかる、臭いがひどいなどの被害を受けています。タウンハウスの規約では、動物を飼うことは禁止されています。犬山さんとの交渉や管理団体の決議にもかかわらず、猫田さんはえさやりをやめていません。
(以下、省略)

〈終わりに主催者から〉

 午前中からご出席の方がほとんどのようです。個別のご相談などについては、「法テラス」という機関もありますし(チラシを示す)、文京区役所の相談窓口もありますので、よろしくお願いします。

〈取材を終えて〉

 参加された女性の一人にお話を伺いました。「午前中から参加しています。広報で知り、テーマが面白そうだと興味を持ちました。相続編は基本的なことということで、よかったと思います。つづきに、個々の事例のようなことがあるといいのではないかと思いました。生活編は、普段の生活でトラブルということが思い浮かばないので、どんなことがあるのかと思って楽しみでした。」
 レポーターも、相続の限定承認という制度を知ることができて、勉強になりました。生活編の「受忍限度論」の考え方は、「ルールづくり」の授業を考えるときの参考になると思いました。やみくもにどうすればいいか考えるのではなく、「我慢の限度を超えているか」ということを目安にする考え方です。他にも、いろいろな事情を総合的に考えて、一般的な社会常識に従って、適切な解決を目指すケースもあるそうです。

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