第5回高校生模擬裁判選手権 関東大会

 2011年8月6日(土)9:40~16:30、日本弁護士連合会主催の第5回高校生模擬裁判選手権が東京・大阪・香川の3か所で同時開催されました。
 関東大会は、今年は節電のため東京地方裁判所が使用できず弁護士会館で行われ、湘南白百合学園高等学校が5連覇を達成しました。その対戦で印象的だったことや、受賞者コメントの一部などをお伝えします。また、表彰式を待つ間に、日弁連「市民のための法教育委員会」事務局の担当者にお話を伺いました。

出場校(50音順)

湘南白百合学園高等学校(神奈川) 千葉県立東葛飾高等学校(千葉)
東京都立小石川中等教育学校(東京) 東京都立西高等学校(東京)
日本学園高等学校(東京) 山梨学院大学附属高等学校(山梨)
早稲田大学高等学院(東京) 早稲田大学本庄高等学院(埼玉)

 

試合組み合わせ

第1試合(10:30~12:20) 第2試合(13:20~15:10)
検察側 弁護側 検察側 弁護側
1号法廷(2階) 西 日本学園 早大本庄 早大高等
2号法廷(2階) 山梨学院 早大本庄 東葛飾 湘南白百合
3号法廷(12階) 早大高等 東葛飾 小石川 西
4号法廷(17階) 湘南白百合 小石川 日本学園 山梨学院

 

公訴事実、罪名および罰条

 検察官は、被告人斉藤裕太さんが以下の罪を犯したと主張しています。
被告人は、平成20年1月13日午後6時30分頃、高松市寿町1丁目10番1号株式会社一橋デパート高松店5階宝石店「ジュエリータナカ」において、株式会社田中宝飾管理のダイヤモンド指輪1個(時価20万円相当)を、上着左ポケットに入れ立ち去って、同指輪を窃取したところ、同社代表取締役田中雅彦がこれに気づき、「取ったものを返してください。」と叫んで追いかけてきたので、同デパート5階南側エスカレーター降り口付近において逮捕を免れるために、やにわに右手の手拳で同人の左顔面を一回強く殴り、よって同人に全治2週間を要する左顔面打撲傷を負わせたものである。

罪名および罰条 強盗致傷 刑法240条前段
(当日のプログラムより)

証拠

①争いのない証拠書類の内容が記載された「合意書面」
②事件時に「ジュエリータナカ」に居合わせた客の「供述調書」
③被告人の経歴などに関する「供述調書」
また、法廷では証人尋問(証人:田中雅彦さん)と被告人質問が行われます。

 なお補足しますと、事件当日は店員が休みを取っており、店長の田中さんが1人で店番をしていました。「居合わせた客」は常連客で、斉藤さんとは反対側にいたため、田中さんは斉藤さんに背を向けて常連客の相手をしました。そのとき、常連客は斉藤さんが急にきょろきょろし始めた様子に気づき、田中さんに「あのお客さん、様子が変よ。」と知らせたことが供述調書にあります。また、「ジュエリータナカ」の入り口付近のショーケースはデパートの通路に接しており、斉藤さんが指輪を見ていた時間帯に黒っぽい服装の通行人が斉藤さんの後ろ付近を通りがかったことは、争いのない事実です。斉藤さんは学生時代に野球で右ひじを痛めていることも事実です。対戦では、これらに関することが度々質問されました。

争点

 1つは指輪を窃取したか。もう1つは暴行をしたか。

4号法廷第1試合の印象

 湘南白百合学園高等学校(検察側) 対 東京都立小石川中等教育学校(弁護側)

 湘南白百合学園高等学校チームは1年生のみの編成でしたが、全員が落ち着いて「ゆっくりハキハキと話す」ことができているのが印象的でした。自分たちの主張に自信をもっている感じがしました。
検察官冒頭陳述と論告では、模造紙を半分ぐらいに切った紙を持つ生徒とそれを指し示す生徒が出てきて説明しました。紙を読む順に重ねて持ち、読み終わったものから下へ落としていくというやり方でしたが、時間の節約と、現に説明されていることだけに聴衆の視線を集中させるという効果があると思いました。
 論告はポイントを多数挙げて説明しました。指輪を窃取したことについて、「被告人のポケットから指輪が出たこと」「キョロキョロして盗む機会をうかがっていたこと」「盗む動機があること」「売り場から立ち去るとき、田中さんに声をかけなかったこと」「田中さんに声をかけられても逃げたこと」「田中さんの証言は信用できること」「指輪が偶然にダウンジャケットの左のポケットに落ち込むのは、力の向きから考えて不自然であること」を挙げました。特に、「右側から人にぶつかられたのに、指輪が体の左側面にあるポケットに入るのは不自然である」という説明は説得力があるように感じられました。
 対する小石川中等教育学校は初出場で、5年生(高校2年生に当たる)のみのチームです。検察官請求証人への反対尋問では、「被告人に見せる指輪をどのように出したか?」を尋ね、証人に「被告人からこれを出してと言われました。」と回答されてしまいました。ちょっと不利か、と心配されますが、弁護人は動揺を見せませんでした。弁護人は続けて、「指輪をガラスケースにのせて見せた人は、みな指輪を買うのですか?」と尋ね、「買わない人もいます。」という回答を引き出しました。しかし、証人側も負けていません。「下見だけの人もいるのですね?」と畳みかける弁護人に対し、「はい。でもその時は、私に声をかけてくれます。」と切り返しました。どちらも頑張っていると感じるやり取りでしたが、この点について、検察側は論告で「立ち去るときに田中証人に声をかけなかった」ことを、「指輪を窃取した」証拠の1つに挙げました。また、弁護人が証人に、「殴られたというこぶしの感触」を聞いたことは、検察側に有利になってしまったのではないかと思われました。
 被告人への検察官の質問は、被告人の見せ場です。検察官は、検察官調書に記載されたことが、それ以前の取り調べの時の供述と違っている点を追求しました。
被告人:「検察官がそう書いただけです。」
検察官:「あなたはそれに同意するサインをしたでしょう?」
被告人:「間違っていると感じましたが、とりあえずサインをしました。言いたくないことは言わなかったのに、書かれたのです。」
この後の検察官の質問は、「質問が重複している」という異議が出され、異議が認められました。弁護人が再質問で、「調書のやり方がわからなかったのですか?」とフォローしたのはよかったと思いました。
 弁論では、「指輪を斉藤さんが窃取したという場面を見た人がいないこと」「通行人にぶつかられて落ちた指輪が、偶然にポケットに入ったこと」「証人は冷静と言い難いこと」「斉藤さんの態度は自然であること」を挙げて、詳しく説明しました。

2号法廷第2試合の印象

千葉県立東葛飾高等学校(検察側)対湘南白百合学園高等学校(弁護側)

 印象に残った点は、検察官請求証人への反対尋問で、弁護人が「斉藤さんは(店を離れるとき)最初、歩いていたのですか?」と尋ね、証人から「はい。」という回答を引き出したことです。これは被告人が指輪を盗んだのではないように思え、被告人に有利になりそうかなと思いました。
 論告では、被告人が田中さんを殴った点について、「被告人が完全に振り向いた後に田中さんは顔面に衝撃を感じているから、被告人のひじがぶつかったと考えるのは不自然だ。」と主張しました。これは説得力を感じました。
 しかし、弁論もなるほどと思わせる点がありました。「指輪を婚約者のために盗むなら、サイズを合わせないといけない」「金目当てなら高額なものを取るのが自然」という、動機についての主張です。第1試合の検察側の時は、指輪が落ちたはずみでポケットに入ることの不自然さを力の向きから科学的に主張した湘南白百合学園ですが、弁護側に回ると被告人の動機に着目し、強調した点に、柔軟な思考を感じました。

講評より

 表彰式で各法廷の審査員が2人ずつ講評をしたなかから、出場者全員に関わるアドバイスを拾ってみました。
・「見て聞いてわかる裁判」という観点から、人に伝わる話し方が大事です。「大きな声で、自信をもって話す」ということです。短く答えられる質問がよいでしょう。(川田宏一 東京地方裁判所判事)
・尋問で、聞いている人が時間的・距離的・態勢などリアルに情景を思い描けるようにするためには、ちょっと引いてみて、「その問いで情景を思い描けるか」を意識してください。(白石葉子 東京地方検察庁総務部副部長)
・証拠として何が大事かを印象付けると、強力です。(鈴木啓文 日弁連事務次長)

受賞者コメント

優勝:湘南白百合学園高等学校
 「1年生だけ8人で、やっていけるか不安でした。準備は昨晩から今日にかけて、ぎりぎり間に合いました。」
準優勝:早稲田大学本庄高等学院
 「自分は1年生の時から出場していますが、今年3年目で初めて賞をいただき、嬉しいです。仲間一人ひとりが頑張ったおかげだと思います。」
審査員特別賞(今年度初めて設けられました。各法廷から1人ずつ選ばれました。)
 1号法廷:堤 彩香さん(早稲田大学本庄高等学院)
  「びっくりしました。みんなの協力のおかげと、感謝しています。」
 2号法廷:清田果奈子さん(東葛飾高等学校)
  「証人役でドキドキしました。」
 3号法廷:中村昌代さん(小石川中等教育学校)
  「証人役は楽しかったです。」
 4号法廷:塚田珠莉さん(湘南白百合学園高等学校)
  「全員1年生で要領がつかめませんでしたが、友達がアドバイスしてくれました。」

「市民のための法教育委員会」事務局インタビュー

表彰式が始まるまでの移動時間に、「市民のための法教育委員会」事務局長の村松剛弁護士にお話を伺いました。

Q:今回はオリジナル教材とお聞きしました。
A:「これまでは、実際の事件をベースに作成していました。もちろん、元の事件が特定できないよう大幅に加工・修正をしていました。しかしながら、実際の事件がベースになっているため、大会終了後に教材を全て回収するなどの配慮が必要で、生徒たちが事後に利用することは出来ませんでした。そこで、教材を広く、自由に使ってもらえるようにと、今回は全くの架空のストーリーを基に教材を作成しました。4名の教材チームが数か月かけて作りました。争点が明確で、ポイントがしぼりやすいという意味でシンプルなものにしようと考えました。今回の教材にはダウンジャケットや指輪、お店やエスカレーターの写真も用意し、リアル感を出せたかと思います。」

Q:前回は福岡会場がありましたが、今回ないのはなぜですか?
A:「これまで福岡会場は、九州弁護士会連合会が中心となって運営していました。今回は九州の各弁護士会が、九州各地における夏のジュニアロースクールに力を入れたいということで、今年は福岡会場の開催を見送ることとしました。」

Q:四国大会は香川県が予選を催しています。
A:「香川県は香川県弁護士会からの企画・提案により、2校で予選をしました。準備は大変だったものの、大変盛り上がったと聞いています。」

Q:関東大会の応募状況はいかがでしたか?
A:「ちょうど8校でした。第1回からずっと参加の公文国際高等学校の出場がなかったのは、残念でした。広がりをもたせるため、もう少し弁護士会の方から広報をするといいかもしれないと思います。秋に今年の大会の総括をしますので、そこで検討したいと考えています。」

Q:選手権の募集時期は2月ですが、公立学校の先生の異動の時期が3月なので、難しいものがありませんか?
A:「選手権の説明会を5月末に行っているので、募集を新学期に入った4月以降にするのは時間的に無理があります。」

Q:担当者として、これだけは是非ということをお願いします。
A:「模擬裁判選手権は他のイベントよりも準備に時間がかかり、生徒にとって負担感が大きいかもしれませんが、それだけに得られるものも多いと思います。生徒が自分たちで考え抜いて、主張を組み立てていくという、法教育の1つの到達点のやり方だと思います。是非、多くの学校が参加していただきたいと思います。」

取材を終えて

 学校の授業等で行われる模擬裁判の意義は、司法制度の理解・法的なものの見方や知識の学習・多角的にものを見ること・コミュニケーション力・じっくり考えることなど、さまざまなものが考えられます。高校生模擬裁判選手権も同様の意義をもつ上に、他校との対戦という点が校内の取組みにはない魅力でしょう。出場した東葛飾高校の生徒からは、事前準備の段階で次のような声を聞きました。「やってみないとわからないところがあり、大変ですが、頑張ります。」反対尋問や反対質問ではどういうことが尋ねられるか。味方の質問の最中にも、異議が出されるかもしれない、といった不確定要素は、試合形式ならではの面白さでしょう。「自分のさっきまでの発言と矛盾しないようにしないといけない。」「自分の予想と違う答えがくるので、どんどん修正していかないといけない。」と、生徒たちは考えます。さらに、チームで考え、助け合う楽しさもあります。湘南白百合学園高校の生徒が「友達がアドバイスしてくれました。」と、一緒に戦う友達に感謝しています。きっと皆さん多くのものを得られたことでしょう。多くの学校が参加するようになることを期待しています。
 

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