第2回法と教育学会学術大会 ~発達段階と法教育 その1

 2011年9月4日(日)9:30~16:50、第2回法と教育学会学術大会・会員総会が学習院大学目白キャンパスを会場に開催されました。キャンパスの深い緑が蒸し暑さを和らげてくれる中、全国から多くの参加者が集いました。その1では、小学校関係の発表を主とする第1分科会の模様を当日の資料などからお伝えします。質疑応答では、フロアから様々な意見が出されました。

プログラム

09:30~12:00 分科会
12:00~13:00  昼休憩・理事会
13:00~13:30  会員総会
13:40~14:40  基調講演
「正義とケアへの教育―たえずロールズとノディングズを顧みつつ」
14:50~16:50  パネルディスカッション
「発達段階と法教育」
17:00~     懇親レセプション

 

第1分科会

司会:渡部竜也(東京学芸大学教育学部)      (以下、敬称略)

〈発表〉

自由研究発表(1):「小・中・高等学校をつなぐ法教育実践のあり方」
 関本祐希(大阪府守口市立大久保中学校)、杉浦真理(立命館宇治高等学校)、
 松崎康裕(大阪府立門真なみはや高等学校)

①「法についての学習」、②「司法制度についての学習」、③「法形成過程についての学習」を通して、基礎的な法的リテラシー、すなわち「法的な疑問・被害を感じたときに動ける力」を育てることを目指します。①~③の学習によって目指される力を、順に「法に関する基礎知識」、「アクセスする力」、「行動を起こす力」とし、各学校種で目指すべき法教育を考えます。
小学校段階では、個別の法に関する基礎的知識ではなく、学校や家庭・地域で起こる具体的な事例を、「自由」「平等」「公正」「正義」などの法的な概念をもって考える授業を展開することが考えられます。(授業例:「ルールづくり」)また、6年生社会科では、子どもの身近な事例を取り上げて憲法学習を進めていくことを大切にしたいと思います。
中学校の憲法学習においては、現実課題を出発点として法の原理・原則を学ぶことを主眼にしたいと思います。(授業例:「はたらくときの約束事」)同時に、将来市民として行動を起こす力として、ロールプレイング学習の手法を利用して相手との交渉を体験し、その難しさも学習します。最後には、社会に出たときに法的トラブルを抱えた際、相談できる機関を知る、という学習を提案したいと思います。
高等学校では、中学校で学んだ方の基礎的知識を基に、現状の法を変える、あるいは法を新たに作り出すことができるという思いをもたせる授業が考えられます。(授業例:安土町のリコール運動)また、現実社会に行動を起こしてみるという経験も有用です。さらに専門家とのコラボ授業などを通して、相談することを学んでもらいたいと思います。

自由研究発表(2):「法による小学校国際理解学習の開発」
 二階堂年惠(広島文化学園大学)、西本聖史(広島弁護士会)、
 田村耕一(広島大学)、川上秀和(福山市立日吉台小学校)

 法の観点から国際理解学習に取り組む意義は、一つは「法やルール」がその地域の文化的特色を色濃く反映して形作られることが多いので、その地域の文化的特色を効果的に理解できること。もう一つは、法は他者との利害調整・紛争解決を本来の目的とするから、他者との軋轢の解消について一定の明確な視点を示すことができることです。
 本発表では、子どもたちが異文化を理解し、自分とは異なる文化をもっている人とのより良い関わり方についての法的思考力・判断力を育成する授業開発を提案します。異文化交流における考え方の枠組み(知的ツール)として、対象となっている事柄が「個人のこと」なのか「みんなのこと」なのか、被侵害利益が「大切なこと」か否か、という2つの軸を組み合わせたカテゴリー分けを用います。それにより4つの法的態度、「保護」「放任」「規制」「軋轢(よく話し合う)」が導き出されます。授業では、他国の人々との関わり方を分類することを通して、異文化の人々との望ましい関わり方を身につけます。

自由研究発表(3):「きまりがあるのは何のため?―きまりの意味を考えてみよう!」
 山賀良彦(東京都行政書士会北支部)

 法律や身のまわりのきまりには目的や理由があって存在していることを児童が気づき、考えることを目指す小学校の授業実践の報告です。学習指導案作成においては、次の4点に留意しました。①学校のおかれた地域、学校の教育方針、担任の先生との話し合いを重視する ②新学習指導要領を踏まえる ③児童の関心 ④時代に合った題材。 その地域は、荒川放水路を造ったことで自然が大きく変化した地域であり、学校は環境教育に力を入れていました。児童の環境への関心も高いので、「生物多様性基本法」を資料とし、6年生全3クラスの道徳の授業として45分間の授業を行いました。学習指導要領では、内容の3(2)「自然の偉大さを知り、自然環境を大切にする」に相当します。担任の先生とは事前に5回程度の話し合いを行い、生物多様性基本法について、その沿革・存在意義を考えることを通じて、「きまり」の目的・存在理由を自分自身で考えること、それを知った上で「きまり」を守ることが大切であることをポイントにしました。
 今後も行政書士の特性を活かし、法律だけではなく地域のきまりその他などにも、目的や理由があることを子どもと共に考えていく授業をしたいと思います。

実践研究発表:「学校生活の問題解決を図る法教育(さいたま市立蓮沼小学校での実践)」
 今村信哉(さいたま市教育委員会・前さいたま市立蓮沼小学校長)、小山 香(埼玉弁護士会)

① 特別活動における法教育 
さいたま市立蓮沼小学校における法教育実践は、今年で5年目を迎えました。(当レポートでも、2009年度に取り上げています。)本校では、法教育を特別活動に位置付けています。学習指導要領解説によれば、「学級活動や児童会活動においては、諸問題についてみんなで話し合って民主的に解決したり、きまりの必要性を理解させたりする」場面が多くあり、法教育そのものと考えられます。
5年前、埼玉弁護士会では「個人の尊厳と共生社会の実現」をモデルとする法教育を実践するため、法教育PTを作って模索をしていました。その活動の中で、紛争の解決案を当事者に考えさせる「自律型調停」の理念が、特別活動で目指すものと同一であるとの気づきから、学校現場の特別活動を弁護士が支えるという法教育の実践が始まることになりました。
② 児童の発達段階に即した法教育
 特別活動は集団活動であり、集団活動の発達的特質を踏まえた指導が求められます。高学年は、思春期にさしかかり、集団の役割や責任を自覚する時期です。学習指導要領では、学級活動の内容として「学級や学校における生活上の諸問題の解決」が挙げられていますが、問題も自分で解決しようとする時期であり、「自律型調停」式の法教育がふさわしいと考えられます。
③ 実践内容
・学校側の準備
 6年生担任が子どもに対してアンケートを行い、子どもが抱えている問題・疑問について、集約・分類します。班の数に合わせてテーマを絞り込みます。子どもはアンケートに基づき所属する班が決められます。司会・進行はこれまで子どもが行っていましたが、荷が重いので弁護士が担うべきではないか検討されています。
 過去4回の実施の際のテーマを大きく分類すると、ルール、仲間、いじめ、進学、その他です。
・弁護士会側の対応
 学校側と打ち合わせをし、子どもの班の数に合わせてベテランと若手がペアを組み、事前に問題・疑問について準備をします。人数が足りないときは、単独でします。
・当日の内容
 弁護士は、司会役の子どもを支えながら、問題・疑問について、いろいろな視点からの議論を進めます。解決方法等、子どもからの意見を求めて話し合い、一緒に解決方法を模索します。
④ 課題
 このような授業をするには時間がかかります。特別活動は1年間35時間でいろいろなことをやらねばならないので、どうしたら効果的・効率的にできるか、モデルを作ることが必要ではないかと思っています。
 もう一つは、「総合的な学習の時間」の使い方です。法教育を行うために、学校の年間計画にどう位置づけるか。1つの学校で検討するのは難しいので、学会や弁護士会とも協働したいと思います。
 小学校における法教育の今後については、やはり小学生が受け入れるものでなければなりません。トラブル解決の答えを要求するなら臨床心理士にお願いすればいいし、給食のメニューについてなら栄養士に来てもらえばいいでしょう。トラブル解決の過程を重視すれば、弁護士にお願いすることになります。

フロアから質疑応答・意見

自由研究発表(1)について
意見:「「個人の尊厳」には「放っておく」という側面がかなりあると思います。けれど、幼稚園や小学校低学年では、クラスを統治して集団として維持していかねばならないために、「個人の領域を放っておかない」という面があります。「個人の尊厳」との間にジレンマがあり、その点で法教育は低学年の指導において挑戦していると思います。」
発表者:「中学校の方が難しいものがあると思います。法教育では、校則を変える提案までさせないと、といわれますが、学級会で校則を決められるものではありません。「個人の権利」から「社会契約説」に進み、国家へという話し方の方が、生徒には効果があるようです。」
意見:「法教育は小学校が重要だと思います。札幌弁護士会では、「ルールは実生活を改良していくためのもの」というところから始めました。「個人の尊厳」を実現するための「自己統治」と考えます。法=ルールは、「公共の福祉のため」から始まるのではなく、「何のための公共の福祉か」から考えて、ルールにつなげていくことが大事であると考えます。中学校や高校では個別の問題をせざるをえなくなるので、小学校で法教育を行うことでいいと思います。」

自由研究発表(2)について
意見:「「子どもの権利条約」の重要性を考慮されたでしょうか。「子どもの権利条約」を小・中・高校と膨らませていくことが重要だろうと考えます。」
発表者:「授業で「子どもの権利条約」を取り上げたことがあります。内容を学習していくことは可能ですが、時間が不足なことと、学年の教師集団として単純にやるには難しいという現場の感覚があります。条約の精神や視点については、豊かに広げたいという思いは強くあります。」
意見:「本校では、子どもが学級会の議題を決めるときに、この国際理解のマトリックスに似たものを使います。「議題のものさし」と呼んでいますが。学習指導要領解説には、児童に任せることのできないテーマとされていることがあります。例えば「学校全体のきまり」です。「学級のきまり」しかテーマにできません。低学年から「身近なきまり」から始めて、「地域のきまり」へとつながっていけばよいのではないかと思います。」

自由研究発表(3)について
司会:「行政書士が法教育をする意味とはなんでしょうか。」
発表関係者:「東京都行政書士会では、許認可申請や自主交渉援助型のADRセンターなどの活動をしています。紛争予防の観点からの活動で、弁護士の業務と重複しないようにしています。「なぜ許認可が必要なのか」という考え方は、「法的な見方・考え方」と同じと思っています。」

実践研究発表について
発表者:「シャープペンを学校に持ってこないというきまりについては、筆圧が弱くなる、おもちゃになるなどの理由がありますが、大事なことは、ルールが子どもにとっての壁にならなければいけないということです。ルールは子どもが討論するための題材になり、それを学校全体ですることが重要です。」
発表者:「忘れ物についての指導は、家庭の影響が大きいので、それぞれの家庭のことがわかる担任の先生と相対ですることが必要です。」

〈第2分科会の発表題目〉

自由研究発表①…(都合により中止)
自由研究発表② 「裁判員教育の構想と試行」
 飯 考行(弘前大学人文学部)、宮崎秀一(弘前大学教育学部)、平野 潔(弘前大学人文学部)
自由研究発表③ 「役割体験学習論に基づく法教育―法教育実践の理論的枠組」
 井門正美(秋田大学教育文化学部)、三浦広久(秋田弁護士会)
実践研究発表 「模擬裁判実施による生徒の変化」
 藤井 剛(千葉県立千葉高等学校)

〈第3分科会の発表題目〉

自由研究発表① 「社会福祉学部における法学教育の現状と改善」
 山本克司(聖カタリナ大学人間健康福祉学部)
自由研究発表② 「金沢大学法友会における法教育研究実践活動と法学教育上の意義」
 野坂佳生(金沢大学大学院法務研究科)、福本知行(金沢大学人間社会学域法学系)、荒井美友季(金沢大学人間社会学域法学類)
自由研究発表③ 「中・高等学校における労働法教育の現状と課題」
 鈴木隆弘(高千穂大学人間科学部)
実践研究発表 「高等学校における法教育カリキュラムについて―東京都高等学校法教育研究会の活動を通じて」
太田正行(慶應義塾大学教職課程センター)

ここまでの取材から

 小学校、中学校、高校と、先生方はそれぞれの子どもの発達段階を考慮した授業を開発することに努力されています。フロアからの活発な質問・意見により、幼稚園や小学校低学年の段階では、「個人の領域を放っておかないジレンマ」があること。小学校高学年や中学になると、校則を題材にすることは学習指導要領による制約があることなど、現場の切実な状況がわかりました。この分科会での議論をもとに、さらに研究の輪が広がっていくことを期待したいと思います。

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