平成23年度 関東弁護士会連合会 シンポジウム ―これからの法教育

 2011年9月30日(金)10:00~13:00、関東弁護士会連合会の平成23年度定期大会シンポジウムが、法教育をテーマに京王プラザホテルで開催されました。関東各地から557名の参加者を迎える盛会で、法教育の普及に向けた調査や実践の報告、課題と戦略、パネルディスカッションなど密度の濃い3時間でした。詳細は同シンポジウムに合わせて出版された関東弁護士会連合会編『これからの法教育 さらなる普及に向けて』(現代人文社,2011年)をご覧いただき、ここでは現場教師の声やパネルディスカッションに注目したいと思います。(同書、および当日のプリントから適宜引用させていただきます。)

プログラム

第1部 法教育の意義と普及に向けた課題~教育者と法律実務家との連携の重要性~
基調報告
第2部 法教育実践に向けた連携と課題
   各地の授業の報告(意義と課題)
   杉並区和田中学校ビデオ上映と解説
第3部 法教育のエッセンスと連携・戦略について
   海外における法教育
   法教育普及のための戦略
   パネルディスカッション

第1部

「法教育の意義と普及に向けた課題~教育者と法律実務家との連携の重要性~」
  吉田幸加 シンポジウム委員会委員

 私たち弁護士が考える法教育は、2002年宣言(『これからの法教育 さらなる普及に向けて』p.161)に述べられています。日本国憲法の精神である「個人が尊重される自由で公正な社会」と「個人の自己実現」のためには、国民一人ひとりが、法の基礎にある考え方を理解し、社会に生じる様々な問題を公正に解決していくための知識・技能・意欲を持つことが重要だと考え、法教育はそれを目指すものです。
 法教育はいまだ広く普及したとは言えない状況ですが、その原因として次の4点を考えます。① 教員に法教育の意義や目的・内容が周知されていない。 ② 学校の教育カリキュラムに関し、法教育のための時間を確保することが難しい。学習成果をどのように評価すればよいかも不明確。 ③法教育授業実践に関し、教員の法的知識・理解の不足に加え、教材の不足。④ 法律実務家の担い手不足、多忙の問題。
 当シンポジウム委員会では今年度、関東近郊の法教育に関わった経験のある教員等131名にアンケートを実施し、法律実務家が法教育に関与する意義を確認して、法教育普及のための具体的な連携の方法を次のように考えています。① 教育現場における連携(授業づくり)② 教材・教育カリキュラムの研究開発 ③ 研究会等(各地で継続的に)④ 教育者に対する研修会の実施

第2部

「各地の授業の報告(意義と課題)」
  青木寛文 シンポジウム委員会副委員長

 法教育普及のためには優れた授業案の作成が必要と考え、実際に東京都、茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、長野県の小・中・高校と弁護士が連携して12のモデル授業を作りました。『これからの法教育 さらなる普及に向けて』の中で紹介されていますので、全国に広まってほしいと思います。この連携作業により、教育者と法律実務家が連携する意義、およびどのような課題があるかを確認することができます。
これらのモデル授業は、「配分的正義」を共通のテーマとしています。それにより各学校で授業をした結果、同じような成果や課題があれば、一定程度の一般性があること。また、小・中・高校で成果や課題がどのように変化するかも知ることができると考えられます。全ての授業でディスカッションを取り入れ、多くの子どもが楽しかったと感じ、それが法教育への関心に高まったと言えます。「配分的正義」は小学校低学年でも素朴に理解できる一方、大人に難しいテーマでもあります。裁判員制度の導入により、学校の授業がそちらへ偏るきらいもあるので、価値のあるテーマとして選びました。

「杉並区立和田中学校ビデオ上映―避難所でのシュークリームの分配授業―と解説」
  杉浦元一 杉並区立和田中学校主幹教諭
  吉井久美子 シンポジウム委員会委員
  橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授

 今回のシンポジウムにあたり和田中学校で行われた実践授業は、第2学年の社会科公民的分野「私たちと現代社会」の「現代社会をとらえる見方や考え方」で実施されました。東日本大震災の避難所での実話をアレンジし、形式的平等でいいのか、それぞれの個性に着目して分配するのがいいのかを考える授業です。弁護士は事前の題材決定やワークシートの作成、当日のグループ討論の手助けに参加しました。
 報告に続いて、吉井委員とゲストのお2人による意見交換がありました。
杉浦先生:「これまで模擬裁判の授業では、議論も活発ですが授業のまとめがわかりやすく終わることができました。この配分的正義の授業(『これからの法教育 さらなる普及に向けて』p.227~233)は、まとめが難しいという感想でした。」
橋本先生:「指導案を見ると、「公正」の概念をわかりやすく授業展開していて、先進的と言えます。シュークリームの配分では切迫感があるのか疑問ですが。例えば予防接種などなら、切迫感があるのではないかと思います。」
吉井委員:「その点は先生と議論したところです。」
杉浦先生:「水の分配などですと生死にかかわるので、究極の問題を生徒に考えさせることになります。「この人は死んでもいいよね」という議論が授業の中で活発に行われていいのか、教師としてはしてほしくない、という思いがありました。「自分はいらない」という人が現れるという選択肢があってもいいとか、生ものだから迅速に分配せねばならないなど考え、シュークリームということになりました。弁護士からは、配分方法を自由に考えさせたいと言われましたが、本当に自由に考えさせていいのか、引っかかりました。中学2年生はそれほど思考力が発達しているわけではなく、個人差も大きいです。状況設定がないと考えの筋道が立たない生徒も多い。ある程度の方向性とねらいをもち、授業としてのまとめを考えたいと思いました。」
吉井委員:「法教育の授業では、法的な知識を得るだけではなく、子ども自身が自律的に考え、意見を出し合いまとめることが重要と考えます。できる限り自由な発想を妨げないで、というのが理想と考えます。」
橋本先生:「弁護士が協力するのはいいことずくめだと思います。」
吉井委員:「学校の先生と打ち合わせ、学校のことをよく把握してから授業に臨むことが重要でした。」
杉浦先生:「弁護士が授業に参加する意義については、弁護士が授業に入らないと、まとめが弱くなったと思います。弁護士に「こういうことでした。」と話してもらうことで、授業の意味を実感したのが、弁護士が授業に参加する最大の意義だと思います。実際の授業づくりでも、意味や解釈を話してもらい、自分の詰めの甘いところを質問してもらえたことがよかったと思います。安心して授業に臨むことができました。
 悪い点はないですが、あえて言えば、弁護士は理想が高くて、生徒に高いレベルを要求しますが、生徒がもともと持つ資質を把握していないことがあります。学校はあいまいさを残したまま、毎日が過ぎてゆくところですが、弁護士はそれを許してくれないところがあると感じました。」
吉井委員:「弁護士が授業に入ることで、議論が活発化し、必要があれば軌道修正もできるという意義がありました。和田中の子どもたちの感想を見ると、議論する面白さ、難しさを伝えられたと思います。」
橋本先生:「まだまだ法教育自体はマイナーです。法教育の真の意味と目的を現場の先生方に伝えようとするとき、弁護士が加わることは有効です。今回の実践授業を分析して、良い点・課題を見つけることが重要です。法教育の普及のために、弁護士に法教育をやってみたいと思ってもらうことが大事です。」

第3部

「海外における法教育~アメリカと韓国を例に~」
  南川麻由子 シンポジウム委員会委員

 アメリカは1970年代から法教育の取り組みが活発化し、とりわけ民間団体等を中心とした活動が普及しています。米国法曹協会(ABA)、市民教育センター(CCE)、憲法上の権利財団シカゴ(CRFC)、ストリート・ローの4つが代表的です。ABAの“Essentials of Law-Related education”は法教育のあるべき形を提言し、普及の足掛かりになっていると言えます。
 韓国の法教育は2008年から国家・法務部が主導して積極的に推進していますが、まだ歴史が浅く、日本と同様関係各所の連携が課題のようです。

「法教育普及のための戦略~法教育を広めていくために、今、すべきこと~」
  伊達有希子 シンポジウム委員会委員

 法教育の普及のために必要なものを以下のように考えています。(前掲書p.143~152)
1)学校における法教育の実践に関するもの
 法教育に関する指針と評価基準の作成→「法教育指導要綱(案)」(前掲書p.163~184)
 教員が使用しやすい教材・授業案・プログラムの開発
教員に情報を流通させるための仕組みの構築(教材の一括検索提供システムなど)
文部科学省や教育委員会に対する働きかけ
法教育の担い手の育成(教員、法律実務家)
法教育センターの設置(弁護士会の委員会活動だけでは一貫性が困難)
2)法律実務家に積極的に関与してもらうためのもの
 法教育への関与が責務であることの理解の獲得
 参加しやすい体制づくり
3)教員・法律実務家に法教育促進の意欲をもってもらうためのもの
 助成金の提供、教員表彰制度、公刊物掲載、学会発表等
4)関連する団体のパートナーシップ形成
5)市民に法の役割を理解してもらうためのもの(法教育センターが有効ではないか)
6)法教育に関する立法措置

〈パネルディスカッション〉

「法教育のエッセンスと連携・戦略について」
コーディネーター:佐藤 裕 シンポジウム委員会副委員長
パネリスト:土井真一 京都大学大学院法学研究科教授
      橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授
      館 潤二 筑波大学附属中学校副校長
      後藤直樹 シンポジウム委員会副委員長

佐藤委員:「連携は必要という前提で、その理由はいかがですか?」
橋本先生:「1つは、法教育の担い手が学校の先生、特に中学校の社会科であることを考えたとき、地理・歴史専門の先生が多く、公民科の中もさらに細分化しているので、質の高い授業をつくるためには法律専門家と協力することが不可欠です。もう1つは、アメリカの事例で考えると、最初に重点的に連携して教材をつくり、その後学校の先生だけでという方法がいいようです。日本は連携の時期に当たると考えられます。」
佐藤委員:「教材作成における連携のお話を聞かせてください。」
土井先生:「学校の先生にイメージをもってもらうために、法務省の法教育研究会で教材をつくりました。法律実務家が当然と思うことと学校の先生が当然と思うことをすり合わせるプロセスが大事でした。」
館 先生:「私も法教育研究会の教材づくりに参加して、最も勉強になったのは土井先生から憲法の基礎に何があるか、「個人の尊厳」のあとに「立憲主義」があることをお話しいただいたことです。みんなのことをみんなで決めるのが民主主義。みんなで決めてはならないこともあるのが立憲主義と言われました。専門家は難しいことを易しく伝えられる。自分も難しいことを噛み砕いて考えるようになりました。」
佐藤委員:「異なる分野の専門家が集ったことに価値があるということですね。」
橋本先生:「小学校の特別活動で使えるような教材づくりをしています。紛争やトラブルを解決するための切り口は、教育者は知らないので弁護士に教えてもらえます。実用知を教える意義があると思います。」
佐藤委員:「実際に授業をする際の連携はいかがですか?」
館 先生:「学校には自由で民主的な社会とかけ離れた実態もあります。学校で新たな社会関係づくり、人間関係づくりを、価値に関する活動を通して学ぶことが必要だと思います。生徒にとって、親や教師以外の人と出会うことも大事です。法律実務家が参加する授業が特別授業という形でしかできないことが課題です。いい教材がすぐ使えて、ちょっと電話すればすぐ授業ができると助かります。」
後藤委員:「ひたちなか市で小学校の先生と一緒に6年生の教材をつくりました。国王が傍若無人の人権侵害をするのを防止するプログラムを考えました。弁護士は、学校のカリキュラムに入らない形のものをもって行ってしまいます。それを学校の先生とうまく使えるように、知恵を出し合いました。先生は必ず、「この時間での獲得目標」を考えます。そのためにワークシートなどを工夫する点が、とても参考になりました。先生には、弁護士が立体的に憲法を伝えることができたと思います。」
佐藤委員:幸福・正義・公正はどういう関係ですか?」
土井先生:現代社会の抱える問題を考える基本的枠組みとなる概念でしょう。こうした概念を使って問題を分析できるよう、考えてほしいと思います。法教育は細かな法の知識を教えることではありません。なぜ法が大事で、なぜ法律家が大事なのか納得し、子どもが法を使おうとすることが大事です。基礎的な概念から考えさせてください。
   法は所与のものでも守るものでもなく、法を評価し、正しい法やルールをつくるということをはっきりさせたいと思います。まず幸福を挙げるのは、何のために我々が社会をつくり協力するのか→幸せになるためです。幸せな正しい生き方は1つだけとすると、自由な生き方が失われるので、幸せについてしっかり考えることが大事です。人によって幸せが違う→他人と対立することもある→どのようにして解決するか。そこで正義を考えることが必要になります。
   正義の強制でなく、正義を考えるとはどういうことか、を教えてください。功利主義は、できるだけ多くの人が幸せになることです。すると、一部の人が犠牲になる→これは正しいことでしょうか?公正・公平を考えることになります。一人ひとりの意見を適切に配慮する必要があります。こういうストーリーとして考えてもらいたい。このような枠組みで教えてもらいたいと思います。

佐藤委員:「学習指導要領にはそこまで書いてありません。弁護士も考えてほしいと思います。」
後藤委員:「ABAの“Essentials ~”に相当するものが必要だと思っていました。今まで法教育の定義は抽象的だったので、この本(前掲書)を作ることでとりあえず目に見える形にしたら、改善のための共通の土台になると考えました。技能面やものの考え方をできる限り詳しく述べているのが特徴です。これをブラッシュアップして教材にするようにしたいし、授業のチェックリストとしてお使いいただければと思います。」
土井先生:「連携がどういう形で実現するか。法律実務家と学者の連携もなかなか難しいものがあります。間に立ち、恒常的に働きかけながらコアになるものが必要だと思います。法教育の普及と言っていますが、「法の支配」の普及のことになります。地道にやっていけば大きな実になることであり、弁護士会と弁護士が大きな役割を果たしてくれると思います。」
佐藤委員:「法教育センターの位置づけが重要かと思います。」

取材を終えて

 これからの法教育の普及と、教師・研究者・法律実務家の連携について多くの報告や示唆がありました。法律実務家と研究者との連携もなかなか難しいという土井先生のお話でしたので、このディスカッションの中で話された憲法の教え方の部分は、太字にしてみました。憲法は小学校から高校まで社会科の必須の内容であり、現場の教師や連携する法律実務家にとって、非常に有意義なお話だったのではないかと思います。
 現場の教師の切実な声も印象的でした。館先生が、学校には民主的とはいえない実態もあること、だから学校で社会関係や人間関係を改めて学ぶ必要があると述べられています。すぐ使える良い教材があって、電話すればすぐに弁護士と連携授業ができるようになれば素晴らしいことでしょう。
連携授業には、担当教師と法律実務家の打ち合わせが重要であることは多くの方が言われることですが、杉浦先生はその際に弁護士と意見が食い違った点を率直に語られていました。「子どもたちに自由に討論させる」のか、「方向性が必要」なのかという点は、教師と法律実務家の間でよく話し合われるべきことのようです。
『これからの法教育 さらなる普及に向けて』には、10のモデル授業の指導案・ワークシートや、関東弁護士会連合会の「法教育指導要綱(案)」などの全文が収録されています。このシンポジウムおよび同書が、さらなる法教育の普及に貢献することを期待しています。

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