第45回千葉大学教育学部附属小学校公開研究会 ―6年生社会科

 2012年2月9日(木)・10日(金)、第45回千葉大学教育学部附属小学校公開研究会が行われました。第1日目の6年生社会科では、「権利と義務の意義から国民主権に対する理解を深めさせるためにはどうすればよいか」をテーマに、児童の意見変容を目に見える形で表す、興味深い授業が展開されました。授業後の分科会と合わせて、お伝えします。

1 授業

6年2組 40名(男子20名、女子20名)当日1名欠席
9:00~9:50 場所:教室
教科:社会科 単元:「わたしたちのくらしと日本国憲法」
(1単位時間20分として12単位時間扱い 本時はその第7・8単位時間目)
本時の目標:「国民主権について改めて考える」
授業者:三浦昌宏 教諭

〈前時までの学習〉

 日本国憲法の概要と、三大原則があることを理解してきました。まず、基本的人権の尊重について、実際に国民生活とどのような関わりがあるのか、具体的な事例を踏まえながら考えました。国民主権については、選挙権拡大の歴史などを学習した後、体験的活動をさせたいと考え、未来の千葉市長選挙を想定して、模擬選挙を行いました。児童が市長候補者になって、「もしも自分が千葉市長になったら」というマニフェストを作りました。そして、本物そっくりの投票箱を作って模擬投票をし、模擬選挙を踏まえての感想を書きました。黒板の左側には、実際の投票率が年々低下しているグラフ、右側にはインタビュー調査で調べた「投票に行く理由・行かない理由」などを書いた模造紙が掲示されています。

〈開始2分前に参観者へインタビュー〉

 教室内の参観者に対し、児童が1人ずつ小さなメモ用紙をもって、ミニインタビューをしました。メモには4つの質問、「どこに住んでいますか?」「そこの市長の氏名は?」「あなたは選挙に必ず行きますか?」「それはなぜですか?」が書いてあり、児童が参観者の回答を書き込んでいきました。

〈導入は「選挙に行く理由」から〉

先生:「市長さんの名前を答えられた参観者はいましたか?」
→児童のほぼ全員が挙手。選挙もほぼ全員が行っていることがわかりました。
先生:「その理由で、ここ(掲示物)に出ている以外は何ですか?」
児童1:「せっかく持っている権利を活用したいからでした。」
先生:「前回、未来の千葉市長選挙について感想を書いた中に、このようなものがありました。
  『投票してみて、自分の一票で政治が変わるかもしれないと思いました。』
  『せっかく政治に関わるチャンスなので、選挙に行った方がいいと思いました。』
  『投票日に休んでしまったが、支持していたKさんが当選してよかった。』
  『病気や用事で投票できない人の気持ちがわかった。』
  『自分が投票をすると、これからこの人は何をしてくれるのだろうなどと、政治に関心がもてると思いました。』
  『興味がない・面倒などの理由で選挙に行かないのはおかしい。』
  『私1人くらい投票しなくていい、というのは昔の人の努力を無駄にしているのではないか』

実際に模擬投票をしてみんなが感じたことでした。選挙に行かない理由の中で、たとえ投票制度が変わってもクリアできないというものがありましたね。どれですか?」
口々に:「興味がない。」「面倒くさいから。」

〈義務投票制の是非について最初の意見〉

先生:「興味がない、面倒くさいといった理由で投票に行かない人を100%行くようにするには、義務にしないと無理だろうという案が前回の授業の最後に出ました。今日はそのことについて考えていきます。ワークシートを配ります。」
2012041902先生:「自分の考えに近いところを、ワークシートの線分の上に丸をつけ、その理由も書いてください。」(5分間)
児童がワークシートに記入している間、先生は黒板にも同じ線分を書きました。
先生:「自分の考えがどこか、黒板にネームプレートを貼ってみます。廊下側の列から。」
 全員がネームプレートを貼った結果は、「賛成」2名+「やや賛成」13名=15名。「迷う」に17名。「やや反対」1名+「反対」6名=7名になりました。

〈義務投票制についての意見の理由〉

【賛成の理由】
児童:より多くの人の意見が聞ける。政治に関心をもつようになる。投票は当たり前だから。

【反対の理由】
児童2:「猛暑に無理をしたりすると熱中症になるから。」
先生:「天候のことですね。台風とか、どうしてもやむにやまれないときはどうですか?」
児童3:「投票日を替えればいいと思います。」
児童4:「でも、病気や体調不良のせいにする人が出るかもしれない。」
児童5:「投票を強制することは、思想および良心の自由に反することになるから。」(ざわめき)
先生:「なぜ反するのですか?」
児童5:「投票しなくてもいいと考えている人にとっては、憲法に違反することになります。」
児童6:「そもそも投票率が低いのは政治に対する関心が低いからで、義務にしても関心が高まるかどうかわからないから、投票率も上がるかどうかわかりません。」
先生:「でも、模擬投票で関心が高まった人もいましたね。」
児童6:「確かにいるけれど、みんながみんなというわけではないと思います。」
先生:「確かに、みんなの感想の中にも面倒くさいというのがありました。」

先生:「他に賛成の人、いますか?」
児童7:「面倒だからとかは、昔の人がつくってきた制度を馬鹿にしていると思えるし、義務にしなければ選挙に行かないというのはおかしいと思います。」
児童8:「その権利を求めていない人に対して強制するのはどうかと思います。」
先生:「昔の人は選挙権を欲しいと思っていたけれど、今の僕たちは思っていないと。個人によっても違うというのですね。」
児童9:「やや賛成ですが、賛成なのは国民の意見を反映できるからで、迷っている部分は、病気などで行かれないと困るからです。」
先生:「困る理由は、急病や急用ですね。」
児童10:「今は40%以上の人が選挙に行っていない状態で、政治のことを考えていないということです。そのまま義務化したら、適当に投票してしまって、しっかり考えた人の意見がおかしくなるから、義務にしないほうがいいと思います。」
先生:「なるほど。」
児童11:「白票が増えても困ると思います。」
先生:「なぜ?」→児童11:「意識のない投票が増えるから。」
先生:「白票の意義は何でしたか?」
口々に:「投票したい人がいないことの表明。」など

【迷っている理由】
先生:「迷っている人はいますか?」
児童12:「義務というとピンときません。」
先生:「どういうところが?」
児童12:「投票は仕事のように重要なことなのか。そこまでするべきなのか。」

〈義務投票制の例〉

先生:「義務投票制を本当にしている国もあります。この国旗はどの国ですか?」
口々に:「オーストラリア。」
先生:「違反するとこういう罰則があります。罰金2000円以下。以前の投票率は日本の参院選と同じで58%でした。それが92%になりました。高くなりましたね。」
口々に:「高くなったけれど、まだ100%にはなっていないよ。」
先生:「シンガポールはこんな罰則です。選挙人名簿から削除。病気とかが証明できれば大丈夫です。これは、300円払えばまた復活させてもらえます。どうですか?投票率は94%。もう1つ、キプロス。島の形の国旗ですね。ここは罰金3万円以下。さらに違反が連続した場合、入獄。残念ながら、投票率のデータはありません。何か感想はありますか?」
児童13:「これらの国には必ず罰がありますね。」
先生:「罰について、妥当だと思いますか?」
口々に:「怖い。」→先生:「怖いだけ?」
口々に:「そこまでしなくても。」「お金がかかってしまう。(お金を払わないといけないなんて。)」
先生:「みんな、罰にだけ目が向いているけれど、確実に投票率が上がっているでしょ。上がるのはいいことなんでしょ?」
児童14:「投票がどういう中身なのかが問題。」
先生:「投票率が上がることに賛成の人?」→3分の1くらい挙手。
口々に:「純粋に上がればいいけれど。」
先生:「投票率が上がるのはいいんだね。投票が当たり前になるならいいんじゃないの?(児童思考中)では、最終の考えを書いてください。国民主権を踏まえて、その理由も。」(約4分)

〈最終の考えは〉

先生:「考えが変わった人だけ前へ出て、ネームプレートを動かしてください。」
 「賛成」0。「やや賛成」=3名。「迷っている」=9名。「反対」=27名になりました。

  賛成 やや賛成 迷う やや反対 反対
最初の考え 2 13 17 1 6
 
最終の考え 0 3 9 0 27

 

2 分科会(11:10~12:30)

〈研究主題「公共意識を高める社会科学習―実社会でゆれる思考の相違を通して―」〉

 さまざまな社会的事象に対する他者との考えの相違を認識し、対話を通して社会的事象を捉え直し、自分の考えを再構築しようとする意識を高めます。さらに、社会的事象と自分の生活を関わらせ、自分ができることを考えるようになることを目指します。教材には、実社会で思考のゆれを図るものを選びます。

〈6年生授業について〉

三浦教諭:「国民の権利と義務について、言葉だけの学習になりがちなので、週3回の授業でじっくり考えさせたいと思いました。基本的人権の尊重では、交換日記やメールは見られてOKか?連絡網に名前や電話番号が載ることは?ストリートビューは?について考えました。今日の授業では、最初の考えとして賛成が多いと予想していましたが、1時間でここまで意見が変容するとは思いませんでした。最終の考えとして一番多かったのは、「義務投票制になって適当に投票するようになるのはよくない」という意見でした。国の調査でも多い理由です。また、「罰則なしで当たり前のように投票することが大事だと思う」という感想が多かったです。義務制を踏まえつつ、新しい提案をしている子どもも5人いました。そこまでは本時の中でねらっていませんでしたが、公共意識が育っている証拠だと思います。」

質問:「『迷う』をなくし、『どちらかというと』を入れた4段階にするのはどうですか?」
回答:「数直線上で自由に場所を示す方法は、今年度通してずっとしています。その項目に当てはまらず微妙な位置づけをする中立派が多くいたので、修正していくうちにこの形になりました。クラスの実態によって変えてもいいと思います。」

質問:「『思考のゆれに対する根拠を明確にもった話し合い』がテーマですが、どうやって根拠をもつのかのプロセスを聞かせてください。」
回答:「根拠をもつとは、学びを深めていくことだと考えます。選挙に関心がない子もいましたので、少しずつさかのぼって政治単元から話合いに向けての準備を始めました。どのような話合いにしていきたいのか、単元をさかのぼって立ち位置を決めればいいと思います。前の時間の「未来の千葉市長選挙」の授業で、20歳代前半の投票率の低さが明らかになり、そこまで低いなら義務制が必要という意見が出てきたので、今日取り上げました。児童は強烈な体験に基づくと自分の意見を変えないということもありますが、今日は他のさまざまな考えを聞いて、そこ(罰則)までしないでもいいのではという意見が多く出て、児童の考えが変わりました。」

感想:「児童のどんな意見にも、先生が淡々と公平に扱っていたことに感銘を受けました。先生の姿勢が児童にとって意見を表明しやすくしていて、勉強になりました。」

〈講師より〉

千葉市教育センター副所長 大久保良孝 先生
 附属学校の使命は「提案」と、「現場に持ち帰って使えること」ですが、全体として達成されたと思います。思考は自分で調べたことに加えて、友達や教師の意見から自分を再構築することであり、自分をメタ認知することです。6年生の授業では、最後に「立候補した人にとっては義務投票制と今の制度のどちらがいい?」と聞いたらどう答えるか、と思いました。

取材を終えて

 先週、千葉市選挙管理委員会・千葉県弁護士会共催の模擬選挙授業のレポートを掲載しましたが、今回の授業により、模擬選挙授業の後にどういう授業をするとさらに深めることができるかを考えさせられ、大変参考になりました。子どもたちは自分のこととして、義務投票制の是非を考えていると感じられました。義務制反対に変わった理由は、罰則の衝撃よりも、「いい加減な投票が増えるおそれ」という意見に納得した結果のように見えました。全国中学校社会科研究会大会のワークショップでも、中学生が義務投票制について同じ反対理由を挙げており、小学生についても同じように理解できることが素晴らしいと思います。国民の権利と義務の核心に迫る授業が、広く実践されることを期待したいと思いました。

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