平成23年度法教育シンポジウムin山梨 その2

 その1にひきつづき、2012年2月19日に開催された法教育シンポジウムin山梨から、スポーツジャーナリストの増田明美氏による特別講演とパネルディスカッションの模様をお伝えします。パネリストの小学校の先生から、現場の声を代表して現状と課題が報告され、「心メーター」という興味深い教材も紹介されました。

2 特別講演

「子どもたちにルールを教える大切さ」

増田明美 スポーツジャーナリスト・大阪芸術大学教授

 橋本先生の基調講演を聞き、トゥールミン図式のような思慮深さを子どもの頃から養うことが法教育というものなのかと感慨を覚えました。ルールを守ることについては、大人が子どもにしっかりした手本を見せているか、大人の意識が大事だと思います。スポーツにはどの種目にもルールがあります。「遊び」には審判がいないので、ルールが甘くなりますが、スポーツでは、肌できまりを守る大切さがわかってもらえると思います。ドーピングが一番嫌なことで、ドーピング教育というのがあります。正々堂々と戦う意識を養うスポーツの経験が重要です。
 学校教育の最終の目標は受験になりますが、法教育は考えることなので面接に役立つと言われ、なるほどと思いました。地域で、家庭で、学校で体験を通して取り組んでいけたらいいと思います。

3 パネルディスカッション

「法教育の普及に向けて」

〈パネリスト〉

 増田 明美 スポーツジャーナリスト・大阪芸術大学教授
 久保田 勲 甲斐市立双葉東小学校教諭 研究主任
 橋本 康弘 福井大学教育地域科学部准教授
 丸山 嘉代 法務省大臣官房付
 水上 浩一 山梨県弁護士会法教育委員会委員長

〈コーディネーター〉

 古井 明男 前日本弁護士連合会市民のための法教育委員会委員長(以下、敬称略)

〈まず、パネリストを短く紹介した中から〉

古井(コーディネーター):「会場の皆さんの中で、橋本先生の授業を受けてみたいと思われた方は挙手願います。」
→ほとんど全員挙手。

久保田:「小学校教員なのでひととおり何でも教えていますが、専門は社会科と情報教育です。この2年ぐらい、山梨の法教育研究会に入っていますが、現場では新しく入ってきた言葉が目について、司法制度を教えなくてはいけないのかなどと、勝手な思い込みをしているところがあります。法教育という言葉が現場で一人歩きをしていると、子どもに一定水準の法教育をすることが難しいと思っています。」
古井(コーディネーター):「法教育というネーミングがよくないと言われることもありますが、苦労はありましたか?」
丸山:「皆さんにとっつきにくいと言われます。法には関わらないにこしたことはないとか、知識重視と思われがちです。最初は、裁判員制度が始まるのでどうしたらいいかというところからスタートし、考え方の教育の方が大事ということに変わっていきましたが、マナーやモラルも外延として含まれるので、ネーミングはなかなか変えられませんでした。教材例や授業を見ていただくのが一番と思っています。」
橋本:「紛争やトラブルにぶつかったときに解決する力を養うことが大切です。ネーミングについて、私はもともと「法に関連する教育」とするのがよいと思っていました。幅広いものとイメージしています。」
水上:「山梨県弁護士会では、県下300を超える小・中・高校に出前授業などの様々なメニューを示して、希望全てに応えています。平成16年の夏休みからは子どもロー・スクールを行っています。翌年から山梨学院大学の協力により、模擬裁判法廷を借りて、模擬裁判中心に続いています。裁判所の協力により、若手法曹三者への質問も設けています。法教育委員23名では賄えないので、バックアップメンバー24名も加えて実施しています。」

〈学校現場での法教育の定着を目指して―小学校現場からの報告〉

久保田:「今、学校現場ではということで、現状を話します。1つには、「あふれる○○教育。」また新しいものが入ってきたという負担感が本当の気持ちだと思います。そしてもう1つは「子どもたちに○○を教えなくては!」という誤解。たとえばキャリア教育が入ってきたとき、現場は理解不足で混乱しましたが、「基礎となる能力や態度を育てる」とされたので、可能感が出ました。法教育についても同様に、誤解を解かなくてはなりません。現場主導の組織だった法教育研究は立ち上がっていないのではないでしょうか?もちろん県教育委員会は教育課程講習会をしていますが、現場はねらいまでつかめているのか疑問です。
   法教育の定着を目指して、課題を挙げます。法教育のあり方について、学校現場に新しい教育内容が加わると考えるのではなく、これまでの教育内容の組み直し・意識化・重点化を図っていきたいと考えます。必要なことは、
① 法教育のねらいの共通確認
② 学校教育全体における法教育の位置づけ(全体計画表の作成)
③ 実践の積み上げとモデル化
です。①は、自由で公正な民主主義の担い手として、自主的に考え、判断し、行動する能力を身につけるといった法教育のねらいを、現場教員が共有することです。②については、特定の教科や領域だけでなく、学校ごとの目指す子ども像、学習指導要領との関連、言語力育成との関連を明らかにし、教科書との対照を示し、月別指導計画があるといいと思います。③については、ポイントは記録を残すことです。
授業案(指導案)引継ぎのシステム、教材や教具の整備・保管、外部機関との連携の手配方法や打ち合わせ内容といったものを、教員の異動があっても引き継ぐことが大事です。」

〈学級づくりについて〉

久保田:「大切なのは学級づくりになってくると思います。自分たちの力で合意形成できる、話し合いができる学級をつくることが必要です。法教育からは離れるかもしれませんが、共助の心を涵養することが大事でしょう。合意形成のための安全な風土、何でも言い合えるような人間関係づくりとも言えます。」

〈道徳授業の意義〉

久保田:「今やっていることのうち、将来法教育につながるものとしては道徳が大事だと思います。道徳とは、学校教育全体を通じて、道徳性(道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度など)を養うことです。道徳的価値を押し付けるのではなく、思考型の授業をする時間と捉えます。週1時間の道徳の時間に指導すべき内容項目の数は、小学校低学年=16、中学年=18、高学年=22、中学校=24です。どれも思考型の授業をすれば、法教育につながると思います。特に学習指導要領の道徳の内容のうち、小学校全学年の4の(1)規則の尊重・公徳心・遵法・権利と義務、小学校高学年の4の(2)公平・公正・正義が関わりが深いと思います。たとえば「ボールが寂しそう」という授業では、自分の都合と遵法の間で、価値を押し付けるのではなく、あなたはどう思うか?と話し合うことで考えるといいと思います。実践例として、「心メーター」というものを活用しています。紙でできた円グラフのようなもので、青い面積とピンクの面積が動かせるようになっており、自分の考えをうまく言葉にできない子どもでも、考えを表現しやすくなります。同じぐらいの表現の子どもがいると、理由も発言しやすくなります。お互いに心の中を見せ合うと、法教育につながると思います。」
古井(コーディネーター):「中学や高校では、価値を教える場合、授業をするうえで注意点はありますか?」
橋本:「幸福・正義・公正は価値的内容です。正義というと、○○国の正義などと捉えがちですが、社会のものごとを読み解くための分析枠組みと位置付ければ、価値の押しつけにならないと考えます。」

〈教材づくりについて〉

橋本:「教材を作る際のアドバイスとしては、身近に感じられる素材を使うこと。「回転寿司屋」の例のように、効率と公正の概念がパッとつかめること。利害関係が明確になりやすいこと、も必要です。」
丸山:「教材がどのように使われているかと言われますと、『はじめての法教育』の4つ、(1)ルールづくり、(2)私法と消費者保護、(3)憲法、(4)司法のうち、使われているのは(1)がほとんどです。(3)憲法の教材は、多数決で決めてよいこととよくないことがあり、それを国の政治に置き換えたとき、民主主義によって侵してはならない人権があるという内容で、よくできていると思います。
 教材づくりでは、法務省で懸賞論文を募集しており、昨年度第1回の時は国語科でできる法教育の提案がありました。今年度は、特別活動で修学旅行のお小遣いの額をめぐる教材があります。普段学校でしていることに、法教育的視点を付け加える授業です。ストロー飛行機の教材もあります。いろいろな教科で使えるものが開発されているので、お使いいただきたいと思います。」

〈法教育プロジェクトの報告〉

丸山:「平成22年度から3年間、京都で法教育プロジェクト第1弾を行っています。教育委員会と各学校・弁護士会・法テラス・裁判所・検察庁が3か月に1回協議会を行い、地元の人に法教育とはどういうことか知っていただくところから始めています。第2弾は今年度より、岐阜で行います。参加各機関が、お互いにどう考えているか知り合うと、連携がスムーズになります。資料の記録が大事なので、プロジェクトごとに記録を残したいと思います。理想としては、各地域のプロジェクトの記録を作り、紐解けるといいと思います。山梨県も手を挙げていただけると、プロジェクトができます。」
古井(コーディネーター):「地域と学校の連携ということでは、生きた教材が社会活動の中にあると思います。」
水上:「弁護士会としては、山梨学院大学の先生に手引きしてもらい、現場の先生とつながって研究会をしたり、出前授業に現場の目からの意見をいただいたりして、授業をつくっていきたいと思っています。生きる力を育む法教育には、紛争の予防・解決に携わる弁護士の力を利用してもらえると思います。法教育の進化に寄与していきたいと思っています。」

〈最後に一言〉

橋本:「福井法教育研究会の例では、弁護士との協働にあたっては学校の先生の心理的ハードルを下げることが必要だと感じます。弁護士は、法教育に心が洗われる思いがするからやりたいという声があります。弁護士にもメリットがあると思います。」
古井(コーディネーター):「社会人に対する法教育はどういう状況ですか?」
丸山:「まだ始まっていない状況ですが、地域の中の1つの拠点として学校は大きな存在だと思います。法テラスでは、成人に対するトラブル対応などの教育をしています。成人の場合は、法的考え方というよりは実際の出来事から入らざるを得ないかと思います。あらためて学校との連携については、学校の仕組みがわかるにつれて、こちらの押し売りをするのではなく、学校のことをもっと知って合わせないといけないと痛感しました。」
古井(コーディネーター):「日弁連では市民のための法教育が必要と考えています。公民館活動など、大人のグループ活動に広げていきたいと考えています。」

〈会場からのコメント・応答〉

意見1:「小集団の討論授業を小学校で行いましたが、大学まで続けねばならないと思います。」
意見2:「今日は文部科学省との連携について触れられませんでしたが、今後に期待します。大学における法教育も、一般教養が崩壊した今、ぜひ提言してほしいと思います。基本的に、法教育は何のために誰のためにかを明確にすることが大事だと思います。」
意見3:「弁護士の就職問題や死刑制度の是非の問題をちゃんとしないままでは、法教育を言っている場合ではないと思います。」

久保田:「法教育は、子どもたちのためになればいいと思っています。」
水上:「大学や社会人の教育は手付かずなので、引き継いでいきたいと思います。」
丸山:「先ほど、法教育は思慮深さを養うものと言われましたが、高松のシンポジウムでは人を幸せにするものであるとされました。ぜひ法教育推進にご協力をお願いしたいと思います。」
橋本:「今日はおかげで道徳に対するイメージが少し変わりました。教え込むイメージが強かったのですが、法の冷静な視点を入れながら道徳教育を豊かなものにすることができると思いました。」

取材を終えて

 橋本先生は法教育研究の始まりからつねに法教育をリードされてきましたが、今回のシンポジウムで道徳の可能性を再発見された旨を述べられました。これから道徳教育において、法教育の機会が広がることが期待されます。法務省の丸山氏は、学校の仕組みに法教育の側が歩み寄っていかねばならないと言われました。現場の先生の報告からいろいろ示唆を受けた、意義深いシンポジウムだったと思います。

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