第17回全国高校ディベート選手権 準決勝より
2012年8月11日(土)~13日(月)、読売新聞社・全国教室ディベート連盟主催の第17回全国中学・高校ディベート選手権が東洋大学を会場に開催されました。高校の部の論題は、「日本は死刑制度を廃止すべきである。是か非か」というものでした。法教育にも関わりが深いと思われる論題について、どのようなディベートがされるか、準決勝の一試合の模様をお伝えします。(決勝戦の模様などはユーストリームで配信されています。)
第17回全国高校ディベート選手権の概要
全国中学・高校ディベート選手権はディベート甲子園ともよばれ、今年で17回目を迎えました。高校の部の論題は、「日本は死刑制度を廃止すべである。是か非か」で、他の刑罰については変更を加えないものとします。2月に論題が発表されてから、選手たちは長い時間をかけて準備をし、全国7地区で行われる地区予選に臨みます。予選を勝ち抜いた地区代表32校が、8月11日~13日の全国大会に出場しました。全国大会の会場は、第11回大会から東洋大学白山キャンパスです。
全国大会では、予選リーグの後、決勝トーナメントが行われます。今回、決勝トーナメントで準決勝に進出したのは、灘高等学校(兵庫県)、洛南高等学校(京都府)、東海高等学校(愛知県)、創価高等学校(東京都)の4校でした。準決勝2試合の中から、灘高等学校対洛南高等学校の試合について、勝敗よりもどのような議論がされるかに着目してレポートしたいと思います。
試合の流れ
ディベート甲子園は、中立の立場にある審判(主審1名、副審4名)を説得する競技ディベートです。相手をやり込めるような物言いは評価されません。説得のために努力することを通じて、より妥当で説得力のある議論を考えようとする態度や能力を身につけることを目指しています。試合は、以下の流れで進みます。
(1)立 論: | ①肯定側立論6分 ②否定側質疑3分 ③否定側立論6分 ④肯定側質疑3分 (それぞれのスピーチ前に各1分の準備時間あり。) |
(2)第1反駁: | ⑤否定側4分 ⑥肯定側4分 (それぞれのスピーチ前に各2分の準備時間あり。) |
(3)第2反駁: | ⑦否定側4分 ⑧肯定側4分 (それぞれのスピーチ前に各2分の準備時間あり。) |
(4)講評・判定 |
原則として4名の選手が、立論・質疑・第1反駁・第2反駁の各ステージを担当します。質疑における応答は、立論担当者が担当します。
肯定側立論は、論題を肯定するためのプランを示し、そのプランからどのようなメリットが発生するかを論証します。否定側立論は、現状維持の立場をとるものとし、主に肯定側のプランからどのようなディメリットが発生するかを論証します。質疑での応答は、立論の補足として扱われます。反駁は、メリット(あるいはディメリット)に対する反論、反論に対する再反論、メリットとディメリットの大きさの比較を行います。
【注意事項から】
・立論で提出されず、反駁で新たに提出された主張や根拠は、「新しい議論」と呼ばれ無効となります。
・第1反駁で出せる反論を第2反駁で初めて出すことは、「遅すぎる反論」と呼ばれ無効となります。
【判定】
試合の判定は、細則に基づき審判が行います。メリットがディメリットより大きいと判断される場合は、肯定側の勝利となります。そうでない場合には、否定側の勝利となります。引き分けはありません。
(ここまで、「第17回全国中学・高校ディベート選手権パンフレット」から適宜引用させていただいています。)
〈洛南高等学校(肯定側)vs灘高等学校(否定側)〉
①肯定側立論
日本は死刑制度を廃止して、無期懲役の意義を再確認した方がよい。無期懲役は、現在終身刑化の傾向にあり、メディアは無期懲役の実態を周知徹底するべきだろう。
死刑制度を廃止するメリットは、冤罪による誤執行の防止である。冤罪の発生する原因はいくつかある。1つは、重大な証拠のねつ造や紛失ということがある。もう1つは、司法は人間が行うため、手続をいくら改善しても間違いはあるということである。
これまで、死刑が確定したが冤罪だった事件は4件ある。冤罪を防ぐための再審制度は、再審開始までに時間がかかるという問題がある。それにひきかえ、死刑は決定から執行まで短期化する傾向にあり、刑罰の厳罰化傾向もある。死刑執行は不意打ち的であり、再審請求のタイミングが難しい。再審請求中の確定囚でも死刑が執行されることがある。
冤罪により無実の人間の命が奪われる間違いは、絶対あってはならない。死刑の抑止効果というあいまいなもののために、個人の生命を奪うことはできない。
(根拠となる引用は大量になるため、ここでは省略しました。以下同様)
②否定側質疑
質問:「死刑になるはずの人は、替わりに一生閉じ込められるのですね?」
→応答:「そうです。」
質問:「人間だからミスはあるといいますが、どういう間違いが冤罪につながるのですか?」
→応答:「例えばDNA鑑定にも間違いはあります。」
質問:「冤罪が起こるのは、検察が有罪にしようとすることと、人間のミスという原因からですね?」
→応答:「そうです。」
③否定側立論
死刑制度は、凶悪犯罪の増加の抑止という効果がある。死刑は、人間の「生きたい」という本能に訴えるので、一般人に対する凶悪犯罪の抑止力となる。無期懲役は、すぐに出所できると思われているため、抑止力は小さい。
殺人犯に対しては、釈放後の2度目の殺人の防止効果がある。殺人を犯した人は、一度越えてはならない線を越えてしまったので、再犯しやすい傾向がある上、更生してからも周囲からの差別に繰り返しさらされたりし、自己に対する否定的アイデンティティを形成しやすい。しかし、殺人犯の再犯率は0.9%で、高いとは言えないのは、殺人の前科があるのに再び殺人をしたら必ず死刑になるからである。一度殺人をした人は、死刑を考えざるをえないから、死刑の抑止力は大きい。
死刑にならないから殺人を考えたという少年事件の犯人もいる。死刑には執行による抑止力と、死刑の存在による抑止力がある。死刑1件をやめると、殺人が17件増えるというデータがある。
国家は、平和的秩序を保つうえで責任がある。最も多くの命を救える判断をするべきである。
④肯定側質疑
質問:「死刑は代替できるか?」
→応答:「できない。」
質問:「抑止力が働く人数はどのくらい?」
→応答:「数は言えないが、人間の本能に働きかけるので多くの人に働く。」
質問:「0.9%が少ないとは、何と比較して少ないのか?」
→応答:「再犯率を比べたとき。」
⑤否定側第一反駁
肯定側は、検察がなぜ有罪にしようとするかを述べていない。裁判員制度の導入により、検察はより起訴に慎重になっており、起訴率は低下傾向にある。殺人罪の起訴率は46%から26%に低下している。
DNA鑑定の精度は向上している。証拠品の一元管理制度も、今年4月から証拠管理センターが稼働しており、手続上のミスを減らす努力がされている。肯定側は、人がどういうミスをしてそれがどう冤罪につながるかを述べていない。
再審請求の困難性については、冤罪の可能性が少しでもあれば、死刑は執行されていないのが現状である。
無期懲役も、その人の一生を奪うことにかわりはない。無期懲役の抑止力はあいまいである。
⑥肯定側第一反駁
人間にはミスがあるという冤罪構造は変わらない。再審請求は死刑執行停止事由にならないし、利用しにくく制度として機能していない。死刑ではなく無期懲役なら、冤罪の人が救済される。
抑止力は、殺人しようとする動機のある人にのみ働く。一般人がその動機をもつことは稀だろう。
殺人を犯した人は、殺す対象がもういないので、新たに殺人する必要がないから見せかけ上、殺人が抑止されているだけである。
⑦否定側第二反駁
一般人は殺人に関係がないとは言えない。実際に殺人まで至る人の背後には抑止されている人がいるはずだ。人間には激情に駆られての犯行ということもある。
傷害罪や暴行罪の再犯率は21.1%である。
死刑が確定し執行されてしまったが、ミスから起こった冤罪だった事案が存在するという証明を肯定側はしていない。
国家は国民の生命を守る方法として、可能性のより大きい方法を取るべきである。
⑧肯定側第二反駁
ミスを排除しきれないこと。再審請求制度の不具合。無期懲役の終身刑化で抑止できるかもしれないこと。同じ殺人は2度することがないこと。国家が無実の人を殺すリスクは重大なことであること。
〈審判より講評・判定〉
否定側の主張した死刑の一般抑止の話と、1回殺人を犯した人の再犯性が高まることや社会からの差別の傾向の話を考えると、確かに死刑がなくなると凶悪犯罪が増えるらしいと解釈できます。
このディメリットを、肯定側の主張するメリットと比較して考えます。肯定側は、冤罪のおそれを主張し、審査員も、人間にミスがあることについてはその通りと思いました。問題は、ミスが冤罪に結びつく可能性はどの程度かということです。否定側は、裁判員制度により有罪のインセンティブが変わったことと、ミスに対する改善策を主張し、それだけのステップを踏んだ上で多重的にミスが繰り返されて初めて冤罪になるだろうといいました。審査員は、肯定側の言うよりは、冤罪の可能性は低いと思いました。
肯定側は、冤罪の問題が重大なので、ディメリットを上回ると一貫して主張していました。否定側は、無期懲役の終身刑化を適用しても結局は死ぬのであり、死刑とどう違うのか、と主張しましたが、大変重要なことです。国が手を下した死と、結果的に寿命で死ぬこととの違いについて、肯定側は説得的に話ができたか。そのことと、凶悪犯罪が増えることを、どう比較して説得できたか、です。
得点は、肯定側78点、否定側97点でした。
審査員:「今日の話は、国が人の生命にどの程度まで介入していいのかという話でもあります。将来、みなさんは本当にこの問題を議論するかもしれません。ディベートはより良い社会を生み出すための議論をする営みです。その議論から出てきた新しい議論が、社会を良くしていくでしょう。」
取材を終えて
肯定側が、人間の生命に対する本能や、犯罪を犯した人が社会復帰した場合の社会的な立場、終身刑と死刑の違い、国家が国民の生命安全を守る義務など、多角的な立場から議論していることが印象的でした。生徒は、これらの立場の根拠となるデータをそれぞれ挙げていましたが、準備には相当な手間暇をかけたことでしょう。生徒が膨大な資料を自ら調べることが、ディベートの意義の1つだといわれていますが、その通りだと思いました。
第17回の選手権パンフレット「議論のポイント」には、「いかなる理由に基づけば国家が国民の命を奪うということが正当化できるのか、あるいは正当化できないのかは国家と国民の関係のあるべき姿をめぐる重要な論点」(p.25)とありました。
それにしても、選手の皆さんの反応の速さには、ところどころついていけない部分がありました。このレポートで議論に抜けているところがありましたら、選手の方々、どうぞお許しください。
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