日本社会科教育学会 第62回全国研究大会より法教育の分科会

 2012年9月29日(土)・30日(日)、日本社会科教育学会第62回全国研究大会(東京大会)が東京学芸大学を会場に開催されました。大会2日目の自由研究Ⅱ第9分科会(9:00~11:30)では、5つの法教育研究が発表されました。その概略をお伝えします。
(大会発表論文集、当日配布のプリントより適宜引用させていただきます。)

1 「法教育の基本的な価値―多元的、重層的な価値判断基準について―」

 中平一義 先生   東京学芸大学大学院、厚木市立東名中学校

 中学校では2012年度に新学習指導要領が完全実施されましたが、社会の見方として、「対立と合意」「効率と公正」という概念が新たに示されています。それらをどのように考えるべきなのか、法教育を行う上での価値判断基準について考察した発表です。「対立と合意」「効率と公正」の概念を、具体的に「学校における部活動のグランド使用について」の授業指導案を例に説明している点が、現場の先生方にわかりやすいのではないでしょうか。
 授業は、実際に中学3年生公民的分野で「対立と合意、民主主義と立憲主義の基礎を学ぶ」として、2012年7月に2時間を使い実施されました。第1時は、「対立する事象を見極め解決のために話し合う」、第2時は「民主主義だけでは決めてはいけないことを考える」だったとのことです。
 第1時ではまず、「対立と合意」の構造を考えます。「対立」は、各部で学校のグランド使用について争い事が起きていること。「合意」は、様々な情報や条件を加味した上で、どのような解決策があるのか考えることです。そして、「対立の把握」をすると、争点は部活動の練習時間の振り分けになります。個人の尊重を基底にし、誰もが公平に部活動に臨めるという公立中学校の目的の達成のため、対立を解決することを考えます。次に、価値判断の枠組みとして、個人の尊重を具現化する手立てを考えます。「効率」は、グランドの使用について、どの部も使わないという日をつくらないこと。「公正」は、配分的正義を中心に、手続き的正義も加味します。配分されるものは利益と負担に分けられ、「類似性の原理」によって分配します。類似性は、能力・的確性・必要によって考えます。具体的には、グランドの使用日の配分を、各部の人数と実績などを考慮して決めます。「効率」は「公正」と並列で捉えてはならず、「公正」という条件をふまえた「効率」であることが求められると考えたそうです。生徒からはさまざまな解決策が提案され、まとめ方は「いろいろな判断方法がある」としたそうです。
 第2時は、話し合い(特に多数決)としての民主主義だけでは決められないことについて、「野球部に入りたい希望をもつ転入生が入る部の決め方」と「野球部のユニフォームのデザインの決め方」という事例で考えたとのことです。
価値については議論があり、公正に内包される価値と公教育との関係性は今後の課題とするそうです。

2 「テキサス州の社会科における法的リテラシーの育成の方法論」

  磯山恭子 先生   静岡大学

 テキサス州弁護士会の法教育組織Law Focused Education Inc.によって開発された法教育プログラム“Handbook of Strategies”の分析を通し、アメリカの社会科における法的リテラシーの育成の方法論を明らかにしようとする研究です。
 1975年から始まったテキサス州における法教育プログラムは、改編を経て、1979年には14の州で採用され評価を得ました。その理由は、カリキュラムを教育システムおよび学校現場の実態に合わせて開発したこと、社会科フレームワークに取り入れられることを意識して開発したこと、の2つと考えるとのことです。報告者は、社会科における法教育の内容構成が初めて提案されたと意義づけています。
 Law Focused Education Inc.は現在、“Texas Essential Knowledge and Skills for Social Studies”(略称TEKS/SS) に対応するためのものを含め、いくつかの法教育カリキュラム(2003~2012年)を開発しているそうです。それらの分析を通し、「小学校低学年の法教育は、歴史・地理・経済・政治市民的資質・文化・科学・技術及び社会・社会科技能のすべての教育との関連を視野に入れながら開発されている」などの特色があることが指摘されています。
 “Handbook of Strategies”は、1977年以来現在に至るまで法教育の教育方法として位置づけられており、市民的資質の育成の1つの方法論を提示するものとのことです。とりわけ、思考・判断・表現の技能を効果的に習得させることが強調されているとします。その特色は、「法的リテラシーの内実を、選択する力・議論する力・考える力・表現する力を中核に捉えていること」、「選択する力と考える力の育成を重視していること」、の2つとしています。

3 「法教育におけるPISAの視座―DeSeCoキー・コンピテンシーからみた法教育の特質と固有性の再確認―」 

 吉田浩幸 先生  藤沢市立藤ヶ岡中学校・横浜国立大学法教育研究会

 発表者は、PISAリテラシーとは、DeSeCoキー・コンピテンシーの中のカテゴリー1の能力の一部を測定可能な程度にまで具体化したものであり、評価問題の文脈への活用に限定されたものにすぎないという限界を指摘します。その上で、法教育はPISA型読解力の育成だけを目的とするのではなく、PISAの枠組みであるDeSeCoキー・コンピテンシーを総合的に扱おうとする学習であると位置づけます。すなわち、キー・コンピテンシーのカテゴリー2(社会・国家)とカテゴリー3(個人)を分析的に捉えるとともに、それらをカテゴリー1(道具=法的なもの)を相互作用的に用いることによって関係づけるとし、発表者独自の概念図を作成していました。

4 「ルールを題材とした法教育授業実践―ルールの性格の違いをふまえたルールづくりの授業実践―」

 野嵜雄太 先生  相模原市立上溝中学校、村松 謙 先生  横浜弁護士会

 発表者は、2010年度の大会(筑波大学)で、小学校6年生を対象としたルールづくりの論文を発表しましたが、それにより、「協働性に関わるルール(共通の価値を実現するためのルール)の検討は、ルールの役割・機能の理解につなげやすい」という仮説を導きました。今回は、中学校における授業で「個別性に関わるルール(個人の自由の尊重に関わるルール)の検討は、よいルールの条件の理解につなげやすいのではないか」という仮説を立て、実践した結果を報告しました。
 授業は、中学2年生の社会科の特設単元として3月に1時間で行われたとのことです。単元名は「よいルールってどんなもの?」とし、「Z中学校では学校のルールや校則ではないが、生徒たちの間だけでつくられた『3年生は派手な色のバッグを学校に持ってきてはいけない』というルールがある」という子ども社会(私的自治)の場面における架空のルールを設定し、このルールの問題点を考えさせたそうです。その結果、生徒は「何色が派手にあたるか」は個人によって感覚が異なることに気付き、「具体性」や「明確性」というよいルールの条件を理解することにつながったそうです。「3年生のみ規制される」のは不公平であるとして、よいルールの条件の「公平性」や「平等性」にも気づいたとのことです。「ルールの決め方(手続きの公平性)」に関することは生徒から出てこなかったので、弁護士に解説してもらい、まとめたそうです。
 発表者は、ルールの何を理解させたいかによって、ルールの性格の違い(協働性に関わるか、個別性に関わるか)を考慮した授業づくりをする必要性を指摘しました。今後の課題としては、ルールの性格の違いに着目した教材開発、発達段階の考慮などを挙げていました。

5 「民主主義と立憲主義―憲法教育の再検討―」

 大坂 誠 先生  川崎市立野川中学校 

 民主主義と立憲主義の関係が中学校学習指導要領にどのように位置づけられているか、明らかにしようとする研究です。発表者は、学習指導要領とその解説編の公民的分野の目標と内容(3)から、民主主義の位置づけを読み取りました。同じく学習指導要領等の歴史的分野の内容(5)や内容の取扱い(5)からは、大日本帝国憲法の記述に関して外見的立憲主義憲法と近代立憲主義憲法の違いを指摘しました。立憲主義については、公民的分野の学習指導要領等に立憲主義の語句はないものの、理念を読み取ることはでき、人権保障を目的とした日本国憲法の近代立憲主義憲法としての特質や、違憲審査制による人権保障という現代立憲主義憲法の特質を読み取ることができるとしています。
 今後の課題として、歴史的分野における憲法教育の意義を、「民主主義と立憲主義の関係の歴史的発展を通して、人権保障の歴史を理解することにある」とし、歴史的分野における憲法教育の積極的な取り組みが、公民的分野における憲法教育にとって欠かせないとしています。
 実践例としては、中学校第2学年の歴史的分野「明治維新と立憲国家の歩み」の単元で、3月に行われた2時間の授業が報告されました。授業のねらいは、「市民革命後の英・米・仏の憲法や人権宣言と大日本帝国憲法を比較し、大日本帝国憲法の特色を明らかにし、わが国の近代の特色について理解させること」でした。

〈取材を終えて〉

 発表からは、学校のルールについて考える授業実践が、中学校社会科公民的分野や社会科特設単元として行われたことがわかりました。歴史的分野においても、大日本帝国憲法を欧米の市民革命後の憲法などと比較して、近代立憲主義憲法の意義を考える法教育の授業が行われたとのことで、中学校の社会科において法教育が様々な形で実践されつつあるように感じました。これら3つの授業はすべて神奈川県内の中学校で行われています。神奈川県の中学校の先生方と、横浜弁護士会、横浜国立大学が協働している法教育研究会の成果のようです。このような実践研究が、学会発表を通して他の地域の研究の参考になるといいと思います。

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