第53回「法の日」週間記念行事 「終の信託」特別試写会とトークセッション

 2012年10月6日(土)、「法の日」(10月1日)週間にちなむ記念行事「法の日」フェスタ~法を身近に感じてみよう~が最高裁判所、法務省、日本弁護士連合会、それぞれにおいて同日開催されました。
 今回は、日本弁護士連合会主催の、映画「終の信託」特別試写会・舞台挨拶・トークセッションにお邪魔しました。舞台挨拶には周防正行監督と主演の草刈民代さんが登場する豪華な顔ぶれで、弁護士会館2階の会場いっぱいの観客から盛大な拍手がわきました。

1 特別試写会(13:05~15:30)

映画「終の信託」
監督・脚本:周防正行  出演:草刈民代、役所広司、浅野忠信、大沢たかお
原作:朔 立木(光文社文庫)

〈映画のテーマ:医療か?殺人か?〉

 呼吸器内科のエリート女医が、殺人の嫌疑を受けるに至る物語です。女医の担当する一人のぜんそく患者の病気は徐々に進行し、患者は信頼する女医に、「延命治療は望まない。最後のときは早く楽にしてほしい。」と頼んでいました。患者が心肺停止状態に陥って入院してきたとき、女医はどうしたらいいのか悩むことになります。
(映画のチラシ参考)                           

2 舞台挨拶(15:35~15:50)

周防監督:「リビング・ウィルは、残された人のための言葉だと思います。免許証の裏を見てみると、(自分に万一のことがあったとき提供する)臓器の名前まで書いてあります。残された人の決断の根拠として、本人の意思の手がかりくらい残してあげたい。残された人のために、重要なことです。」

司会者から、リビング・ウィルを妻・草刈民代さんに話しているかどうかと尋ねられた監督は、肯定の返事をしました。すると草刈さんは、
草刈さん:「そうでしたっけ?」
会場:爆笑
監督:「やっぱり文書で残さないとダメか。」(笑)
草刈さん:「自分がこの世を去る時どうなるかわかりませんが、言うべきことははっきり言っておいて、周りに迷惑をかけないようにしたいと思います。」

3 トークセッション

テーマ:「刑事司法と市民」
登壇者:周防正行 監督、 山岸憲司 日本弁護士連合会会長、 菊間千乃 弁護士 (以下、敬称略)

〈映画化の動機〉

菊間:「なぜこの映画を撮ろうと思われたのですか?」
周防:「原作を読んで、人と人が向き合った時に生まれる濃密な空気を描きたいと思いました。終末医療や司法といったテーマも重要でしたが、後半45分の取調べの緊張感をどう表現するのかという映画的テーマもありました。」
菊間:「後半の、検察庁での女医と検事の1対1のやり取りは、45分間もあったんですね。あっという間のように感じました。」

〈弁護士としての感想〉

山岸:「弁護士としては、医師が延命措置を開始するかしないか、した後中止するかどうか判断するとき、殺人の被疑者や被告人になる可能性があるということ、法がどこまで踏み込めるのか、踏み込んではいけないのかを考えさせられる、重いテーマだと思いました。取調べに同席した検察事務官の表情に市民感覚が表れており、興味深く感じられました。」

〈テーマについて〉

周防:「延命医療の中止が罪に問われますが、裁判で解決できるのは被告人の有罪無罪の判断だけで、事件そのものを解決できるわけではありません。当事者にとっては、それから先も続いているし、いろいろな解決の形がある。人としてどうなのか、というのは法律だけの問題ではない。法律からこぼれ落ちるものがあります。もう少し、医療に司法がどこまで介入するべきか、すべきでないのか、今、議論する必要があると思います。」
山岸:「非常に困難な課題だと思います。医療の進歩により、治癒につながらない医療を、どこまでするのか。インフォームド・コンセントを大事にすることが医療の民主主義といわれますが、どこまでの人が適切に自分で判断できるのか、何をよすがに判断できるのか。ルールで一定の基準を示すことも必要かと思います。日々、現場と家族の葛藤があると思います。どういう看取りをしていくのが正しいのか、議論を深めていくのが大切だと思います。」
周防:「ある程度のルールがないと、医療の現場が萎縮していくと思います。多くの医師は患者に良かれと思って決断します。その行為が殺人罪に問われることに違和感を覚えます。殺人罪を適用されないようなルールがつくれないのかと思います。一方で、どこのレベルでルールをつくるのかも見えないのに、今、議員立法で尊厳死法をつくるという話があります。しかし、中身についてどれだけ深く話し合いをするか、一人ひとりが考えないといけないと思います。」
山岸:「(どこのレベルでルールをつくるのかというのは)基準を法でつくるのか、医師会のガイドラインなどでいいのか、ということですね。ともかく、一人ひとりが考えてほしいと思います。自分自身のことは書いて残しておくのが、家族への親切だと思います。皆様も、この映画を契機にお考えいただきたいと思います。」
菊間:「日弁連としてはどう考えていますか?」
山岸:「議員立法で進められている尊厳死法については、患者の自己決定権を求めていますが、国民的合意を得て進めていくことが必要です。まず、議論をしてほしいと思います。いろいろな意見があると思われ、生きる権利をストップさせるようなことは反対だという人もいます。」
周防:「1つルールがあると、それに縛られるということがあります。法ができたとして、まだ生きたいという気持ちのある人が社会悪とみなされては困ります。『法が人の生きる権利を奪いかねない』という意見に耳を傾けねばなりません。私もどうしたらいいのかわかりません。ただ、一生懸命やっている医師の罪を問われるのは、医療現場を萎縮させる。自分が死ぬ立場である場合と、見送る立場の場合でも、考えが違うと思います。なかなか結論が出ません。」

〈取り調べの可視化の意義について〉

菊間:「映画の中で、検察のしきたりにより、被疑者の一人称で調書が作成されています。それは、検事の質問に対して「はい。」などと答えた実際の問答とは違いますね。」
周防:「そうです、本当に不思議です。全部その人が喋ったように書くのは、江戸時代からの伝統で、それが今も残っている。その形式に疑問をもつ法曹関係者があまりにも少ないのに驚きます。調書がこう作られるということを映画できちんと見せたいと思い、このシーンを撮影しました。彼女の受け答えを検事がまとめるとこうなるということを見せたかったのです。人が人を裁くということは、本当に大変なことで、常に間違いが起こる可能性があるのです。」
菊間:「弁護士は登場しませんでしたが、彼女の弁護士だったらどうしますか?」
山岸:「事件の背景みたいなことが少し紹介されていましたが、なぜ3年も経って事件になったのか、病院内の事情などにより、物事が歪められていくこともありえます。早い段階で弁護士を入れて事実と証拠の収集をしていただけたらと思います。この場合は、患者が女医に何を信託していたか、きちんと事実を明らかにして、不起訴に持ち込むという弁護活動になると思います。」
周防:「2点だけ言いたいのですが、1つは、警察や検察に参考人として呼び出しを受けたとき、参考人だからと気楽に行くと身柄をとられ、すぐには帰れなくなるおそれがあるので、行く前にまず弁護士に相談してくださいということ。2つめは、患者のつけていた日誌が証拠になりましたが、本当の事件だったら検察はこれを開示しない可能性がある。映画の中ではこのあたりは明らかになっていませんが、個人的には、患者の妻が自発的に証拠を出したのではないか思いたいです。」
山岸:「(取調べで分かってもらえなくても)裁判で話せばわかってもらえると思うのはやめて、弁護士に相談してほしいと思います。納得のいかない調書には、サインをしないでください。映画は、専門家には見えない部分を見抜いてくれています。人質司法という感覚をもっていただきたいと思います。証拠を後から検証できることが大事であり、取り調べの可視化運動にご理解をお願いいたします。冤罪を防ぐために、一部可視化ではなく、全面的な可視化が必要です。」

【後日、山岸会長から寄せられたメッセージ】

 「ちなみに、このトークセッションを題材に、「日弁連会長山岸憲司公式ブログ」(http://jfba.cocolog-nifty.com/blog/ target=”_blank”)に3回にわたって記事が掲載されています。短時間のトークセッションでは伝えきれなかったことをお読みいただけたらと思います。仮想ディベートをやってみられてはいかがでしょうか。」

取材を終えて

 「見終わって、すぐに感想が出てくるような映画ではない」と監督自身が言われていましたように、重い内容の映画でした。終末医療のあり方について、いろいろな考え方があると思います。誰もが、周囲に迷惑をかけたくないとは思うでしょう。しかし、周りからは意識がないように見え、実際に自分からは何の意思表示もできない場合も、意識はあるのかもしれない、と映画の中の患者は語っていました。植物状態でも生きる権利はあるし、生きることが社会悪とみなされるのは困る、という考え方もあるとのことです。監督もどうしたらいいかわからない、と言われていましたし、弁護士から見ても難しい問題ということでした。医療現場が委縮しないような一定のルールについては、法ではなくガイドラインというような方法も考えられるそうです。誰もが考えてほしい問題であり、法教育授業のテーマとして、有意義ではないかと思いました。
 取り調べの可視化・証拠の全面開示については深く考えたことがありませんでしたが、調書が作られる過程を映画で見られたおかげで、大事な問題であることが実感できました。自分には関係のないことと思われがちだと思いますが、パソコンがウィルスにより外部操作され、いつの間にか犯罪者と疑われてしまう事件もありました。けっして他人ごとではなく、法教育でも考えていいテーマではないかと思いました。
 この日の参加者には、若い女性が多く見受けられました。参加証に2名様ご招待と書いてあったので、急遽同伴者を誘った方もおられたのではないでしょうか?大事なことをたくさんの人に考えてもらうために、効果的な方法だと思いました。

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