日本社会科教育学会第62回全国研究大会 公開授業

 2012年9月28日(金)11:40~15:30、日本社会科教育学会第62回全国研究大会のプレイベントとして、東京学芸大学附属小金井中学校・小学校の公開授業が行われました。
 大会全体のテーマ「リスク社会における社会科のあり方を考える」に関連した題材として、中学校授業では東日本大震災のがれき処理、小学校では車社会が取り上げられました。授業後の研究協議会の模様とあわせてお伝えします。
(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

1 中学校 地理授業

2年A組 40名(男子19名、女子21名) 11:40~12:30 場所:合同棟大教室
単 元:特設(東日本大震災を忘れないという3年間構想の取り組みの中の1時間。この授業の後に、東北地方の学習をする予定。)
テーマ:「宮古のがれきと私たち:宮古の中学生ががれきやその受け入れをどう考えているか知り、自分たちはこれからがれき処理にどう向き合っていくか考える」  
授業者:田﨑義久 教諭

〈導入は宮古の中学生の作品から〉

 本時の最初に、宮古の中学生がまとめた「宮古のがれきについて」が資料として配布されていました。内容は、東京都が宮古のがれき広域処理の先陣を切ったおかげで、他の県が続いて受け入れ、がれきが少しずつなくなってきているというもので、先生が読み上げました。
 次に、先生が現地訪問したときに撮影してきたがれきの写真が提示されました。宮古では70万トンのがれきが出て、宮古市だけで処理すると35年分に相当すること。東京都が昨年から1万8千トン受け入れるなどした結果、7月現在で5万トンが処理されたが、まだ大量に残っていることが紹介されました。

〈がれきの受け入れに賛成か、反対か、議論する〉

 続いて、東京から宮古へがれき処理の仕事に行っている中西さんのことが紹介されました。中西さんの、「がれきを持ってくるな(などと)、なんでそんなことを言うんだ。冷たいなあ」という言葉が紹介され、その考えに賛成か反対かを考えるのが、本時のテーマです。まず、自分の考えをノートに書いて(5分間)から、議論しました。「反対」や「中西さんの考えはおかしいのではないか」という意見が出やすい雰囲気を作るのが指導のポイントでした。

先生:「東京都でも、当初、受け入れ反対のメールが2800件位きたそうです。反対の人、手を挙げて。」→6名位挙手。
先生:「反対、賛成のどちらでもない人は?」→8名位挙手。
先生:「反対の人、理由を言って下さい。」
男子1:「自分はともかく、処理場の周囲の人は放射能が嫌かもしれないからです。みんなの意見が一致していないと。」
女子1:「完全に安全なのかわからないからです。自分はいいけれど。」
男子2:「放射能に不安があるのは当然だから、一方的に冷たいとは言えないと思います。」
女子2:「(賛成の人も)本音は受け入れたくないと思います。」

先生:「受け入れはしかたないから、ということですね。中立の人の理由は?」
男子3:「がれきを海外の島にもって行けばいいという案について、例えば今、領土問題があるのに、自分の都合のいい時だけ海外の土地を使うというのは、都合がよすぎると思います。」
女子3:「日本の中のことを海外に持ち出すのはよくないと思います。」

先生:「賛成の人の理由はどうですか?」
女子4:「持ってくるなという人がおかしいと思うけれど、思うのはしかたない。」
男子4:「放射線量を測定しているのだから、嫌がる人は風評に左右されていると思います。がれきを出す側と受け入れる側、両方で測定すればいいと思います。」
先生:「都の職員が現地でずっと測定して、結果も公表しています。(中略)がれきを燃やした時に出る放射性物質を、フィルターで吸着するといった仕組みも取り入れています。」

先生:「中立の人、まだいますか?」
男子5:「時間が解決してくれるのではないかと思います。」
女子5:「小さな子どものことを考えると、受け入れたくない人がいるのは理解できます。」

〈反対の人に協力してもらうためにどうすればいいか、グループ討論〉

 「不安をもち反対する人々に協力してもらうためにはどうすればいいか」について、4人グループになり、意見交換をしました(3分間)。次に、自分の意見をノートに書いて(3分間)から、発表しました。「問題を広報する」「安全性を説明する」といった意見が出ましたが、それらの方法は既にパンフレットで説明されていることを、先生はパンフレットの実物を示して紹介しました。すると、「被災者の思いを伝える。賠償金を支払う。」という意見が出ました。授業は、「がれきを通して、被災地の思いを知ってほしい。」と締めくくられました。

2 小学校 第5学年社会科授業

5年2組 39名(男子19名、女子20名)
13:20~14:05 場所:合同棟大教室
単 元:わたしたちの生活と工業生産(全15時間)のうち、「交通事故や渋滞がもたらす影響、その対策について追及する」(5時間のうち本時は第4時。全体の第7時間目。)
テーマ:「環状8号線の渋滞対策として計画される外環道東八インターチェンジや中央ジャンクションの様子、予定地住民の心配について調べ、渋滞や騒音・振動の解決策の見通し、あるいは難しさについて指摘できること」
授業者:根本 徹 教諭

〈小学校でリスク社会を取り上げる意義〉

 リスク社会では、社会的な利便性の享受と危険性の配分とが、様々な面で同時進行していき、しかも、利便性を直接的に享受する者と危険を被る者とが同一でないことも生じます。こうした構造は、廃棄物処理や水資源の確保等で学習することが可能ですが、廃棄物処理場の移転・新設やダム開発などをめぐる住民の危機感について学習される機会は多いとはいえません。むしろ、教員の中立性を重視する立場から回避される傾向にあるともいえます。しかし、それぞれの立場に寄り添って、社会的事象を広い視野から理解しようとする姿勢が、公民的資質の育成の基礎につながると考えます。
 子ども達は、車の利便性や安全性、環境に配慮した性能に着目することはでき、渋滞や交通事故の不利益も体験的に理解しやすい状況にあります。一方、大気汚染・騒音や振動、立ち退き問題といったリスクは見逃しがちであり、この学習でより多くの立場から考えさせようとします。                (プリントより、要約)

〈前時までの学習〉

 子どもの生活の中の車を丁寧に実感させるために、学校の前の道路の交通量・自動車の種類・ナンバー調べを行い、統計資料と比較したりしました。東八インターは、社会科見学で通ったことがあります。渋滞の影響や渋滞を減らすための工夫について、自分の考えを書き、発表したりしています。

〈「東八インターチェンジができると、どうなるのか」話し合う〉

 地図を映写し、既存の高速道路と外環道や予定されるインターチェンジの位置を確かめました。外環道は地下を通るけれど、インターチェンジは地上部分であること、既存の道路の渋滞が緩和される見込みであること、周辺住民のアンケートによる不安の声などに触れながら、インターチェンジができるとどうなると思うか、先生が子ども達に聞いていきました。
 子どもたちからは、周辺の緑地が減ると、CO2が増えて温暖化問題につながること、地上との接続部分の大気汚染や振動、騒音、工事中の騒音、インター出口から一般道路への渋滞増加など、様々な懸念が発表されました。「あちらの立場を立てると、こちらの立場が立たない。立場どうしで対立することになるのかもしれない。」ということを述べた男子もいました。自分の考えをノートに書いて、終わりました。

3 研究協議会(14:25~15:30)

〈中学校授業について〉

授業者:「放射能のことはまだ理科で学習していないので、どこまで教えるか難しいものがあります。言葉尻に引っかかってしまうことがあるので、中西さんの言葉を使うことも悩みました。冷たいという言葉に生徒が執着してしまったので、がれきがまだ残っているビデオの方がよかったかと思います。」
質問1:「指導案には、『がれき受入れの問題は、放射線をどのようにとらえるかという立場によって考え方が違ってくる。(中略)不安を解消することで、もっと多くの人々が受け入れ賛成へと変わってくれることを期待したい。』とありますが、『期待したい』というと、教師の中立性に反さないでしょうか。リアルな問題は情報量が多すぎて、社会科のねらう思考判断力があいまいになるかと考えます。モデルを取り上げて、論点を明らかにする方がよくありませんか?」
回答:「実際に関係者の話を聞くと、中立な立場というよりは、何とかこの問題を解決しないといけないと感じました。人任せではなく、自分たちにできることを考えるのが大事だと思いました。情報量が多いのはその通りで、広がり過ぎて収拾がつかなくなると思います。今は解決できないけれど、生徒の心に残ってさらに調べたり、一歩踏み出すところにつながってくれるといいと思います。」

質問2:「1年生からの特設単元ということですが、生徒のモーティベーションはどうですか?」
回答:「またかと思う生徒もいましたが、向かい合う姿勢が出てきたと感じます。夏休みの宿題に新聞で関連ニュースの内容と感想をまとめる課題を出しましたが、何か考えるきっかけにはなっていると思います。」
質問3:「3年生の到達点はどこですか?」
回答:「緊急消防援助隊を取り上げ、地方自治との関連を扱いたいと思います。」

意見:「生徒の『気持ちはわかるが』、『本音は』という発言が何を意味するのか。『冷たいといったこと自体が冷たい』といった生徒もいました。情意的な部分と理知的な部分が賛成・反対にどうつながるか、個人の主観の入ったテーマだったと思います。リスク社会に正面から向き合う取り組みで、評価できると思いました。」(上越教育大学の先生)
回答:「言葉にならない部分を今後話し合いにできるよう、取り組みたいと考えます。」

〈小学校の授業について〉

授業者:「自動車生産の単元と公害の単元に間があくと、結び付けにくくなるかと思っていました。車の利便性を享受する人とリスクを被る人が、必ずしも同一でないことを学習するべきと感じます。子ども達は最初、自分の渋滞の辛い体験など、車の利用者としてのイメージしかありませんでした。杉並区在住のクラスメートや、都のホームページから、健康被害や周辺の人のことを学習しました。」
質問1:「周辺住民のアンケートのことを教えてください。」
回答:「三鷹市まちづくり推進課で地区住民と話し合いをした資料です。騒音被害・交通量・住宅街の環境悪化が心配されていました。」

質問2:「『インターチェンジができると、どうなるのかな』というめあてはわかりにくいですが、なぜですか?」
回答:「論点はインターができると渋滞が解消されるか、されないかということですが、二極の対立という構造は避けたいと思っていたからです。」
質問3:「子どもの意見が広がり過ぎたときは、どうまとめるのですか?」
回答:「視野が狭まるよりはよいと考えます。周辺住民がどう思いますか?と聞くと、不安が前提のようになります。今までに、利用者と周辺住民の立場や今後の車の開発のあり方まで、幅広い意見が出てきました。」

質問4:「被災地では今、震災遺構をどうするかと処理場をどこにするかが問題です。大人になったときどうやって問題解決するのかを教えられるのは社会科なのかと思っていますが、今はできていないような気がします。今日の授業では、大人の中で出ている問題をなぞっていますが、どうやってなぞりに当事者性をもたせ、解決の手立てがあるかを指し示すのか、いろいろあって終わりにするのか、どう考えますか?」
回答:「このインターの計画が出たとき、環状8号線側の渋滞がなくなり喜ばれるかと思われていました。しかし、調べると、環境を考えてあまり喜ばれていないことがわかりました。インターを造る、造らないの話にするのは差支えがあるし、あと10年もすると車の性能が変わるので、考えるきっかけとしての授業で十分だと思います。」

意見:「危険性と利便性で教材が構成された授業でした。人間に焦点化することで、教材構成が見えやすくなっていました。子ども達は視点の取得を図っています。それが今日の授業の意義だったと思います。今後は、振り返りで新聞や意見広告を作るそうですが、新聞と意見広告は性格が違うので、単元内容との整合性を考えるのが課題かと思います。」(関西学院大学の先生)

取材を終えて

 中学校の地理授業は、賛成・反対・中立の立場を考えることが「対立と合意」、がれき処理を広域で行うことについて考えるのが「効率と公正」につながる題材だと思いました。小学校の授業では、子ども達が当初、車の利用者としての視点しかもっていなかったのに、学習により視点が広がっている意義が確認されました。どちらの授業でも、現実の問題を取り上げるに際し、先生は価値観の押しつけにならないよう、中立性に悩まれたことがわかりました。主体的に社会に参画しようとする態度を育てるには、教育の中立性とのバランスを考慮しつつ指導する難しさがあるようですが、それぞれ意義深い授業だったと思います。

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