第30回関東ブロック中学校社会科教育研究大会 その2

 先週に引き続き、2012年11月8日(木)に開催された第30回関東ブロック中学校社会科教育研究大会において、午後の4会場の行事のうち、宮本中学校会場における公開授業と分科会にお邪魔しました。中学校3年公民的分野の「暮らしを支える地方自治」の授業と、指導講評、文部科学省の樋口雅夫先生による講演の模様をお伝えします。(指導案集および当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

1 公開授業

〈船橋市立宮本中学校のプロフィール〉

1947年 開校。7学級343名。
1950年 現在地に校舎を新築移転。
1987年 33学級1362名。その後生徒は漸減。
2003年 17学級592名。
中学校周辺は花輪台と呼ばれる高台になっており、古くからの住宅街で、県立船橋高校が隣接しています。はるか西には、船橋大神宮や大神宮とJR船橋駅を結ぶ本町通り商店街などが広がっています。JR東船橋駅より徒歩約7分。

〈授業〉

3年1組  37名(男子21名、女子16名)
13:30~14:20  場所:体育館
教科:社会科公民的分野  
単元:「暮らしを支える地方自治 ~これからの船橋市のあり方を考えよう~」
 (全5時間のうち本時は第5時間目)
研究主題:「社会参画力を育てる社会科学習のあり方」
本時の目標:「船橋市のまちづくりに自らが参画しようとする意識をもっている。」「グループで学び合いながら、対立と合意、効率と公正の視点からより良い船橋をつくるための方策を練り合おうとしている。」
授業者:千葉信也 船橋市立宮本中学校教諭

〈前時までの授業〉

単元を貫く学習課題は、「船橋を例に、地方自治を通してよりよいまちをつくるためには自分はどうしたらよいかを考えてみよう。」です。
第1時:地理・歴史の観点から、「アド街ック天国!船橋」と題して、船橋市の概要を知り、自分の言葉で表現する。
第2時:地方自治の考え方とその仕組みを理解する。
第3時:船橋市役所の仕事と財政。4人グループの「学び合い学習」により、市の財政資料や小学校4年生で使用した社会科副読本から、市の財政が国に大きく依存していること、市役所の仕事と国や地方の仕事の違いなどを理解する。
第4時:地方自治における住民の権利、直接請求権と、地方分権の意義を理解する。

〈本時(第5時間目)について〉

 事前アンケートから、多くの生徒が船橋市の課題として挙げた治安・交通・環境について、よりよい船橋をつくるための方策をグループで考えます。市民参画によって生活が向上した好例として、京成電鉄踏切の高架化を紹介し、社会参画への意識を高めるようにしたいと考えます。(ここまで、『指導案集』p.33~45参照)

〈導入は京成電鉄・船橋大神宮付近の踏切風景の写真から〉

 体育館には黒板とパーテーションが用意され、生徒は机をコの字型に並べて着席しています。先生は、本町通りの京成電鉄踏切が高架化される前の風景写真(今から10年前)と現在の写真を見せました。
先生:「京成電鉄の線路はなぜ高架化されたのでしょうか?」
生徒1:「踏切のそばに信号もあり、交通渋滞がひどかったからです。」
生徒2:「踏切事故をなくすため。」
先生:「そうですね。では今は、高架下はどのように利用されていますか?」
生徒3:「保育園みたいな施設があります。」
生徒4:「駐車場。」
生徒5:「駐輪場。」
先生:「デイサービスの施設もできています。こういうものができて、どうなりますか?」
生徒6:「便利になります。」

〈船橋市の課題3点について、もっとよくする方法を考える〉

先生:「学習課題は、『将来の船橋のまちをもっとよくするためにはどうしたらよいかを考えよう。』です。ワークシートに書いてください。『治安』『交通』『環境』の3つの観点から、船橋市の問題点を1つずつ、いつもの4人グループで考えて書いてください。」(約8分間)
生徒から挙げられた問題点:治安―ひったくりが多いこと、交通―放置自転車、暴走族、環境―たばこの吸い殻、など

先生:「では、これらの問題点を改善または解決するためには、どうすればいいでしょうか?その手段や方法を、3つそれぞれについてグループで話し合って、手元のホワイトボードに書いてください。」(約15分間)
 机間指導では、たとえばひったくりについては、
ある班:「照明を明るくする。」
先生:「自分たちがどういう働きかけをするか、を考えてください。」
放置自転車については、
ある班:「自分は放置しない。」
先生:「それプラス、どういうふうに問題を解決するか、働きかけていくか。自分が全部できないからです。」
>生徒7:「交番に言うのかな?」
生徒8:「市役所に相談する。」
というやり取りが聞かれました。

終わった班から、小さなホワイトボードをパーテーションに掛けていきます。いくつかの班が発表しました。次のような「働きかけ」が挙げられました。
・署名活動
・市ホームページの「市民の声」に、全力でコメントを寄せる。
・「ごみを捨てないで」と書いて出す。
・国や県のレベルの問題ではないので、市の専門の部署に掛け合い、どうしたらいいか考える。

〈まとめは、市民参画の実例〉

先生:「京成電鉄高架下の利用方法については、実際に市役所が利用案を募集して、市民がいろいろ提案しました。(資料・意見の一覧表を提示)その結果、今のようにさまざまな施設ができたのです。最後に、『将来の船橋をもっとよくするために、自分はどのような考え方・意識をもつことが大切なのでしょうか?』について、ワークシートに自分の考えを書いてください。」(約5分間)
生徒9:「自分が積極的に参加しないといけないと思います。」

2 研究協議(14:40~15:25)

〈質疑応答〉

質問:「治安・交通・環境を取り上げた理由は何ですか?」
回答:「事前アンケートにより、生徒から多く挙げられたものを選びましたが、背景には、課題意識が出にくいという実情があります。」

意見:「もっと生徒に意見を言わせてあげたかったと思いました。」
意見:「3つの課題をまとめてするのは難しいので、1つ1つの課題についてでもよかったかもしれないと思います。」

質問:「全体での学び合いについて教えてください。」
回答:「今日は時間が足りませんでしたが、日々、コの字型で授業をし、学び合いを取り入れています。自由に発言をさせたり、1人の生徒の発言に補足や反対意見を促したりしています。生徒の「つぶやき」をうまく拾ってあげることを大事にし、少数意見をあえて取り入れることに、全体の学び合いがあると考えています。」

〈指導・講評〉

小林伸一 八千代市教育委員会指導主事
 本日の公開授業は,現代的な教育課題として求められている「社会参画」に焦点を当て,単元を構造化することで「社会的な見方・考え方」を身につけさせることを試みたすばらしい授業実践だったと思います。
 歴史的分野の公開授業では,実際の社会に存在する問題を教材化したとき,問題解決型学習をどう行うかがポイントになると感じました。学習問題を設定するとき,学習指導要領の内容の項目から中心概念を設定し,そこから離れないようにすることが大切だと考えます。「地域の歴史という貴重な教材を,どのような形で授業に生かすのか,単元の組み立て方の難しさを改めて気付かされました。
 公民的分野の公開授業では,アンケートの前に「前ふり」をしておくことも一つであったのではないかと考えられます。たとえば,自分の住んでいる街にどんな問題点があるのかなどについて,生徒が買い物をするときに探しておいてもらうといったようなことです。そうしておくことで事前アンケートの中にある子どもたちの声をうまく拾い上げ,授業を進めていくことができたのではないかと思いました。

3 講演(15:30~16:30)

「学習指導要領のめざす社会科学習のあり方」
樋口雅夫 文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官、国立教育政策研究所

〈学習指導要領改訂のポイント〉

 学習指導要領改訂の基本的な考え方では、「生きる力」の育成という点は旧版から変わっていません。社会的な見方や考え方を成長させること、知識・技能の習得と、思考力・判断力・表現力等の育成のバランスを重視すること、公共的な事柄に自ら参画していく資質や能力を育成することがポイントです。習得・活用・探究は、一方向なのではなく、相互に関連し合って力を伸ばしていくものです。
 公民的分野の改訂の要点では、「現代社会を捉える見方や考え方の基礎の養成」に関し、「対立と合意」「効率と公正」を理解させることがどう次へつながるのかを考えていただきたいと思います。地理的分野の「社会参画の視点を取り入れた身近な地域の調査」については、3年生の公民的分野で活かされるよう、3年間を見通した計画を立てていただければと思います。

〈公民的分野の「現代社会を捉える見方や考え方」を成長させるには〉

 「現代社会を捉える見方や考え方」の基礎としては、「対立と合意」「効率と公正」などがあります。これがないと、自分の経験則でしか考えることができません。今日の公民の授業は社会参画の手がかりを探させる授業でしたが、社会参画の手がかりにもこの見方・考え方が必要です。「対立と合意」「効率と公正」の概念図は、下図に示すように考えられます。

物事の決定・きまりの形成
判断基準としての「効率、公正」↑     ↓「個人の責任」
「対立・合意」(学級・学校・地域社会・国家など)

 

 今日の授業に関して、第1時~第5時の中で税・歳入歳出について学んでいますから、「まちをよくするためにお金を効率的かつ公正にどこに配分するか」という授業案も考えられると思います。配分する際に、「効率と公正」の視点を取り入れることができます。次の経済の学習などのときに、生徒自身がこの視点をもって考えるように、もう一度問うてほしいと思います。

〈言語活動の充実〉

 学習課題の解決の際、自分で考え、自分の言葉で表現するためには、言語活動の充実が目指されます。言語活動を充実させるための工夫には、学習課題を問い(疑問)の形でつくることがあります。「学習課題」→「テキストの読み取り」→「内容を解釈する」→「内容を説明する」→「考えを論述する」→「学習課題」という作業のすべてが、言語活動になります。毎日の授業でこのすべてをするのではなく、今日の授業はこれと、ねらいをはっきりさせることが大事です。

〈政治学習の基本的なねらい〉

 政治学習の基本的なねらいは、「政治に関する課題を解決しようとする態度の育成」です。「現実の政治に対する関心を高め、身近で具体的な事例を取り上げて学習を展開し、政治的な事象を捉える見方や考え方の基礎を養うとともに、将来国政に参加する公民としての意欲と態度を育てるように配慮すること」と、中学校学習指導要領解説にあります。地方自治の次の段階としては、どのように国政・国際社会につなげていくかがポイントです。

〈社会参画に関して〉

 公民的分野の学習の流れのゴールが、「私たちと国際社会の諸課題」の「よりよい社会を目指して」です。文科省が公表した『言語活動の充実に関する指導事例集』の中の単元「『買い物弱者』問題を考える」という事例では、「買い物弱者」問題が生まれないような仕組みを考える、というところまで取り組んでいます。また、中学校社会科における「思考・判断・表現」の効果的で効率的な評価の試みとして、『中等教育資料』(平成24年6月号)に「学習指導と学習評価の工夫改善」の実践例が紹介されています。参考にしていただければと思います。

〈取材を終えて〉

 公立中学校の生徒にとっては、自分たちの住むまちの問題は身近であり、切実感をもって考えているようでした。事前アンケートで問題点を絞り込むという準備がされ、授業づくりが工夫されていたと思います。問題点の解決方法について、生徒は、はじめは「自分が○○しないようにする」といった考えをしていましたが、机間指導により先生から「自分以外の人についてどうするか」が大事なことに気付かされていくのがわかりました。
 この授業の話し合い活動の中では、「効率と公正」という観点での議論は出てきにくいようでした。それに関して、授業後の樋口先生の講演では、「まちをよくするためにお金を効率的かつ公正にどこに配分するか」という授業案も考えられるというお話がありました。配分する際に、「効率と公正」の視点を取り入れることができるということです。(2011年度の第44回全国中学校社会科教育研究大会における公民的分野公開授業Ⅰ「国民生活と福祉」の例 が、その参考になるかと思いますので、どうぞご覧下さい。)みんなのお金の配分を考えるということが、法的な参加につながる授業になるということだと思います。法教育と銘打たずに法教育になる授業が、実現していくといいと思いました。

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